71 / 77
第二章 お祭り編
第七十話 泉澄神社の――
しおりを挟む
あっという間に日は暮れて、今日もお屋敷の皆がお茶の間に集まって、晩御飯の時間がやって来た。
「お待ちどうさま~」
「ごはんの時間ですよ」
蓬さんとちよさんが、台所から運んで来た料理をちゃぶ台の上に並べていく。
今日の晩御飯の献立は、なすの煮浸しと、魚の塩焼きとこんにゃくのみそ田楽。何となく夏を感じさせるメニューで、ますます食欲が湧いてくる。号令が待ち遠しい。
「それでは、手を合わせて」
長いちゃぶ台のお誕生日席の位置に居る御珠様の声が響いて、いつもの様に俺はいそいそと手を合わせた。
「と、……その前に一つ連絡が」
だけど。御珠様はふと、何かを思い出した様に合わせた両手を離してしまった。
「「?」」
こんなことは珍しいから、俺の左隣に座る灯詠、それからその正面に座っている都季は不思議そうな……というか明らかに、早くご飯を食べたい、っていう表情をする。
やっぱりまだまだ子供だなあ、なんて思っていると、コホン、と御珠様が咳ばらいをして。
「今朝伝えた通り――」
それから、落ち着いた声で話し出した。
「街の、泉澄神社の凛が今日、この屋敷に来てくれてな。様々なことについて、黄昏時辺りまで話し合ったよ」
結局あの後も御珠様と凛さんの会合は続いたらしく、ようやく終わったのは日が沈む頃だった。
――あんなに長い間、二人だけで何を話し合ったんだろう? その疑問が一日中、ずっと俺の頭の中をよぎっていたのだ。
「と、言ってもまあ、大きな話題は一つだけだが」
一つだけ……と、いうことはきっと、かなり重大なテーマだったのだろう。ますます興味が湧いてくるのを実感していると……。
「ふふ、そんなに気になるか? 景」
御珠様がこっちを向いて、口元に袖を当てて笑った。
「い、いや、えっと……はい」
い、いけない、そんなにうずうずしていたのか……。だけど、誤魔化しても仕方がないので、俺は素直に頷いた。
「………それも然り」
と、右隣に座る十徹さんが頷いて。
「そりゃあ気になるよねえ、景君」
十徹さんの正面に座る蓬さんが、朗らかに笑った。
どうやら蓬さんと十徹さんは話し合いの内容を知ってるみたいだ。
「楽しみですね……!」
と、俺の正面に座るちよさんがほころんで。その優しい笑顔に、胸がちょっと熱くなる。
うずうずとしているちよさんの様子から、きっと、とても良い内容の話し合いだったのだと感じる。
「都季、御珠様は凛と何を話し合ったのでしょう……?」
「……おもちゃ屋さんを、沢山建てる計画だと…………」
「えっ……で、でも、そんなに有ったら、どこに行くか迷ってしまうのです……!」
「……嬉しい悩み…………」
と、子狐達はちゃぶ台の端っこの方に寄ってひそひそと話していて。
「ふふふ、知りたいか、おぬしたち?」
そんな皆の様子を見て、御珠様はますます楽しそうに話し掛ける。
「「「はい!」」」
と、速攻で部屋の隅から帰ってきた子狐達と返事がかぶってしまった。そりゃあもう、知りたいに決まっている。一体、どんな話だったんだろう……!?
「なるほどなるほど、そうじゃのう……」
と、御珠様は声の調子を崩さずに言うけれど。実は、九本のしっぽがぱたぱたと、元気に揺れていて。
ああ、御珠様の嬉しいんだな……って、伝わってきて、暖かい気持ちになってくる
「それでは、発表することにしようかのう」
そして御珠様が、居住まいを正して。
「実は……」
静かになったお茶の間の空気は、少しだけ緊張しておる。
「実はじゃのう」
俺はただ息を呑んで、御珠様の言葉を待つ。
「今年も予定通り――」
そう言い掛けると御珠様は一瞬、語るのを止めて。
「泉澄神社の夏祭りが開催されることになったぞ」
そして、こう告げたのだった。
「「やったーっ!」」
都季と灯詠がぴょんと飛び跳ねて、ハイタッチをした。
「そろそろ、そんな時期でしたね……!」
ちよさんも楽しそうに、ゆらゆらと長いしっぽを揺らしている。
お祭り……お祭りか……! 自然と心が躍って、無性に嬉しくなってくる……!!
なるほど、だから巫女さんの凛さんと打ち合わせをしていたんだ……! そう、思いながら御珠様の方を見ると。
「更に今年は、もう一つ知らせが有る」
御珠様は更に、こう付け加えたのだった。
? もう一つのお知らせ? 何だろう……と思いながら周囲を見れば、今度はちよさんもきょとんとして、ぱちぱちと瞬きをしている。子狐達も不思議そうに、首を傾げていた。
蓬さんと十徹さんは、普段とそれほど変わらない様に見えるけど……。
「……なんと、今年はだな、特別に――」
御珠様の口調がまた、ゆっくりになって。お茶の間に、緊張が漂う。
お茶の間が静かになったせいか、早くなった自分の鼓動が聞こえてくる。
そして御珠様は、焦らす様に少し間を置いてから……。
「――このお屋敷の者も一緒に、お祭りの準備を手伝うことになった」
にっこりと笑って、こう告げたのだった。
「「……えっ?」」
子狐達が、意外そうな声を上げる。ちよさんも大きな目を丸くしている。
「え、えっと……もしかしてそれって、今年が初めてなんですか?」
都季と灯詠と、ちよさんの反応からしてそうみたいだけど……まだ今一つ事情を把握できていない俺は、右手をそろっと挙げて御珠様に尋ねた。
「うむ。どうやら今年は、神社の氏子だけでは人が足りぬらしくてのう」
きっと、御珠様にとっても予想外の話だったんだろうことが、何となく気配から伝わってくる。
「それならばと、わらわも手を挙げた次第なのだが――」
そして御珠様は、ちゃぶ台の周りに座るお屋敷の皆を見て。
「――おぬしたち、お祭りの成功の為にも、是非とも手伝ってくれんか……?」
それから決め手となるセリフを、一つ。
「もし手伝ってくれたなら、素敵なご褒美が出るのだが……」
「「やります!」」
子狐達が我先にと手を挙げてちゃぶ台から体を乗り出した。そりゃあもう、凄まじい勢いで。
『ご褒美』パワー、恐るべし……。
「そういう事情なら、勿論協力しますよ」
蓬さんがうんうん、と納得した返事をして。
「ふふ、蓬はお祭りが大好きじゃからのう」
御珠様が、リラックスした様に扇を広げた。
「い、いや、そんなことは……」
と、否定するのとは裏腹に、確かに蓬さんの太いしっぽはぶんぶんと楽しそうに揺れていて……。
「景がいるからって、別段かっこつける必要はないのじゃぞ? いつもは祭りと聞くとあんなにはしゃいで……ん、」
「……御珠様……!」
慌てて蓬さんが御珠様の口を塞ぐ。だけどしっぽは左右に動いたままだ。
「ははは、すまんすまん」
蓬さんをからかっている時の御珠様はいつも以上に生き生きしているなあ……と、俺は蓬さんに同情しながらそんなやり取りを眺めている。悪びれもなく御珠様が謝る蓬さんは『まったくもう』、と言って座るけれど、表情は緩んでいて。
二人とも、本当に仲が良いんだな……と、和やかな気持ちになる。
「御意」
静かにその様子を見守っていた十徹さんの表情も穏やかで。十徹さんも、お祭りが楽しみなんだということが、はっきりと伝わってきた。
「さて、と」
そして、御珠様はこっちを向いて。
「どうじゃ? ちよと景は。協力してくれるか?」
そんな問いかけに、ちゃぶ台をはさんで向かい合わせに座るちよさんと俺は、目を合わせる。
――そんなの、決まっている。
「「やります!」」
「ふむ。良い返事じゃのう!」
と御珠様は言うと、ほっとした様な表情を浮かべて。
「皆、協力ありがとう。まあ、日取りはもう少し先だから、詳しい話が分かれば連絡するぞ」
それからすぐにうずうずとした様子で、お酒が並々と注がれた盃を持って立ち上がる。
「それよりも! お祭りの開催決定を祝って……」
そして、意気揚々と盃を掲げて――。
「乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
陽気な声が、お茶の間に響き渡った。
そして、夕食後。
風呂から出た俺は、自分の部屋に向かって縁側を歩いていた。今日も風に頬を撫でられる。涼しくもなく、暑くもなく。この季節を表した様な風だった。
長い長い縁側の先に誰かが腰掛けているのが、遠くから分かる。
「あ、景さん」
「こんばんは、ちよさん」
ちよさんは庭を眺めながら、灰色がかったセミロングの黒髪を櫛でとかしていた。横顔が月明かりにほんのりと照らされている。グレーと白の混じった頬の毛が、風にほのかに揺れている。
「楽しみですね、お祭り」
夕食の発表から何時間もたっても、まだ喜びが抑えられない自分がいる。どうして、どうしてこんなに嬉しいんだろう? それが、自分でもよく分からなかった。だって……。
「はい! お祭り、大好きです……!」
熱が続いているのはちよさんも同じらしく、口調は弾んでいて、大きな耳がぴんと立っていた。
「景さんもお祭りに、よく行くのですか?」
「えっと……」
ちよさんのそんな質問に、ちょっと恥ずかしくなって、言い淀んでしまう。
実は……。
「実は……殆ど初めてなんです。お祭りに行くの」
そう、俺は今までお祭りに行ったことが無かったのだ。有ったとしても、本当に幼い時に一度か二度ぐらいで、はっきりと記憶には残っていない。そもそも今まで、お祭りに興味を持ったことなんて、殆ど無かったはずなのに。
なのに、それなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう?
その理由が分からなくて、純粋に楽しみな一方で少し戸惑ってしまっても居たのだ。
「そうなんですか……!」
するとちよさんは、エメラルド色の瞳をきらきら輝かせて。
「お祭りには、おいしいものや、楽しいものが沢山有るんですよ……! 射的に、ヨーヨー釣りに、型抜きに、ひもくじに――」
それから浮き浮きとして、お祭りの屋台の名前を一つ一つ指折り数え始めるのだった。
こんなにはしゃいでいるちよさんを見るのは初めてで、新鮮だった。そして……やっぱり、ちよさんは優しいな……と、改めて思う。
射的、ヨーヨー釣り、型抜き、ひもくじ。
どこかで、聞いたことが有る遊びだ。その一つ一つを想像すると、楽しくなってくる……!
「たこ焼きに、大判焼きに、水あめに、イカ焼きに――」
「晩御飯を食べたばかりなのに、お腹が空いちゃいますね……!」
その言葉の通りに、一気に空腹に引き込まれている俺が居た。夜、賑やかな雰囲気の下で食べる食べ物はきっと、格別なんだろう。ああ、考えていると更に腹が減る……!
「まだまだ、沢山の屋台が有るんですよ……! 輪投げ、たい焼き、かき氷、お化け屋敷に……」
どうやら、泉澄神社のお祭りはかなり大きく、両手じゃ全然足りないぐらいの数の屋台が出るみたいだ。
「りんご飴、わたあめ、滝撃ち、輪投げと、それから……」
? 一つだけ、聞いたことの無い名前が……?
「た、たきうち……ですか?」
「はい。滝撃ち以外に、川すくいも有るんですよ……!」
滝撃ちと、川すくい。他のものは大体想像がつくけれど、この二つだけは今までに聞いたことの無い……よな……。もしかして、この世界のお祭りに独自の屋台とか……?
「その滝撃ちと、川すくいは、どんな内容なのですか……?」
「そうですね、二つとも泉澄神社の伝統の――」
と、ちよさんは言い掛けて。だけど、途中でぴたっと止まって。
「これは、お祭りまで……取っておきましょう。とっても楽しい屋台ですよ!」
ちょっと悪戯っぽく笑って、しっぽをくいっと揺らしたのだった。
「期待が膨らみますね……!」
何にも知らないままで楽しみに取っておいた方がきっと、本番もっともっと楽しめるな……!
……とは思う一方で、気になって気になって仕方がなくなってくるのもまた事実。
滝撃ちと川すくい。何となく分かるようで、分からないネーミングだ。水にまつわる遊びだってことは伝わるけど……。
「私たちがお祭りのお手伝いをするのは、今年が初めてなんです」
「あっ、やっぱりそうだったんですか」
「この街で一番大きな行事なので、びっくりしちゃいました」
「お祭りのお手伝い……楽しみだけど、ちょっと緊張しますね……!」
「だけど、とっても、わくわくします…………!」
その後もちよさんと、お祭りの話題で盛り上がりながら、夜は更けていく。
本当に、待ち遠しいな、夏祭り……!
「お待ちどうさま~」
「ごはんの時間ですよ」
蓬さんとちよさんが、台所から運んで来た料理をちゃぶ台の上に並べていく。
今日の晩御飯の献立は、なすの煮浸しと、魚の塩焼きとこんにゃくのみそ田楽。何となく夏を感じさせるメニューで、ますます食欲が湧いてくる。号令が待ち遠しい。
「それでは、手を合わせて」
長いちゃぶ台のお誕生日席の位置に居る御珠様の声が響いて、いつもの様に俺はいそいそと手を合わせた。
「と、……その前に一つ連絡が」
だけど。御珠様はふと、何かを思い出した様に合わせた両手を離してしまった。
「「?」」
こんなことは珍しいから、俺の左隣に座る灯詠、それからその正面に座っている都季は不思議そうな……というか明らかに、早くご飯を食べたい、っていう表情をする。
やっぱりまだまだ子供だなあ、なんて思っていると、コホン、と御珠様が咳ばらいをして。
「今朝伝えた通り――」
それから、落ち着いた声で話し出した。
「街の、泉澄神社の凛が今日、この屋敷に来てくれてな。様々なことについて、黄昏時辺りまで話し合ったよ」
結局あの後も御珠様と凛さんの会合は続いたらしく、ようやく終わったのは日が沈む頃だった。
――あんなに長い間、二人だけで何を話し合ったんだろう? その疑問が一日中、ずっと俺の頭の中をよぎっていたのだ。
「と、言ってもまあ、大きな話題は一つだけだが」
一つだけ……と、いうことはきっと、かなり重大なテーマだったのだろう。ますます興味が湧いてくるのを実感していると……。
「ふふ、そんなに気になるか? 景」
御珠様がこっちを向いて、口元に袖を当てて笑った。
「い、いや、えっと……はい」
い、いけない、そんなにうずうずしていたのか……。だけど、誤魔化しても仕方がないので、俺は素直に頷いた。
「………それも然り」
と、右隣に座る十徹さんが頷いて。
「そりゃあ気になるよねえ、景君」
十徹さんの正面に座る蓬さんが、朗らかに笑った。
どうやら蓬さんと十徹さんは話し合いの内容を知ってるみたいだ。
「楽しみですね……!」
と、俺の正面に座るちよさんがほころんで。その優しい笑顔に、胸がちょっと熱くなる。
うずうずとしているちよさんの様子から、きっと、とても良い内容の話し合いだったのだと感じる。
「都季、御珠様は凛と何を話し合ったのでしょう……?」
「……おもちゃ屋さんを、沢山建てる計画だと…………」
「えっ……で、でも、そんなに有ったら、どこに行くか迷ってしまうのです……!」
「……嬉しい悩み…………」
と、子狐達はちゃぶ台の端っこの方に寄ってひそひそと話していて。
「ふふふ、知りたいか、おぬしたち?」
そんな皆の様子を見て、御珠様はますます楽しそうに話し掛ける。
「「「はい!」」」
と、速攻で部屋の隅から帰ってきた子狐達と返事がかぶってしまった。そりゃあもう、知りたいに決まっている。一体、どんな話だったんだろう……!?
「なるほどなるほど、そうじゃのう……」
と、御珠様は声の調子を崩さずに言うけれど。実は、九本のしっぽがぱたぱたと、元気に揺れていて。
ああ、御珠様の嬉しいんだな……って、伝わってきて、暖かい気持ちになってくる
「それでは、発表することにしようかのう」
そして御珠様が、居住まいを正して。
「実は……」
静かになったお茶の間の空気は、少しだけ緊張しておる。
「実はじゃのう」
俺はただ息を呑んで、御珠様の言葉を待つ。
「今年も予定通り――」
そう言い掛けると御珠様は一瞬、語るのを止めて。
「泉澄神社の夏祭りが開催されることになったぞ」
そして、こう告げたのだった。
「「やったーっ!」」
都季と灯詠がぴょんと飛び跳ねて、ハイタッチをした。
「そろそろ、そんな時期でしたね……!」
ちよさんも楽しそうに、ゆらゆらと長いしっぽを揺らしている。
お祭り……お祭りか……! 自然と心が躍って、無性に嬉しくなってくる……!!
なるほど、だから巫女さんの凛さんと打ち合わせをしていたんだ……! そう、思いながら御珠様の方を見ると。
「更に今年は、もう一つ知らせが有る」
御珠様は更に、こう付け加えたのだった。
? もう一つのお知らせ? 何だろう……と思いながら周囲を見れば、今度はちよさんもきょとんとして、ぱちぱちと瞬きをしている。子狐達も不思議そうに、首を傾げていた。
蓬さんと十徹さんは、普段とそれほど変わらない様に見えるけど……。
「……なんと、今年はだな、特別に――」
御珠様の口調がまた、ゆっくりになって。お茶の間に、緊張が漂う。
お茶の間が静かになったせいか、早くなった自分の鼓動が聞こえてくる。
そして御珠様は、焦らす様に少し間を置いてから……。
「――このお屋敷の者も一緒に、お祭りの準備を手伝うことになった」
にっこりと笑って、こう告げたのだった。
「「……えっ?」」
子狐達が、意外そうな声を上げる。ちよさんも大きな目を丸くしている。
「え、えっと……もしかしてそれって、今年が初めてなんですか?」
都季と灯詠と、ちよさんの反応からしてそうみたいだけど……まだ今一つ事情を把握できていない俺は、右手をそろっと挙げて御珠様に尋ねた。
「うむ。どうやら今年は、神社の氏子だけでは人が足りぬらしくてのう」
きっと、御珠様にとっても予想外の話だったんだろうことが、何となく気配から伝わってくる。
「それならばと、わらわも手を挙げた次第なのだが――」
そして御珠様は、ちゃぶ台の周りに座るお屋敷の皆を見て。
「――おぬしたち、お祭りの成功の為にも、是非とも手伝ってくれんか……?」
それから決め手となるセリフを、一つ。
「もし手伝ってくれたなら、素敵なご褒美が出るのだが……」
「「やります!」」
子狐達が我先にと手を挙げてちゃぶ台から体を乗り出した。そりゃあもう、凄まじい勢いで。
『ご褒美』パワー、恐るべし……。
「そういう事情なら、勿論協力しますよ」
蓬さんがうんうん、と納得した返事をして。
「ふふ、蓬はお祭りが大好きじゃからのう」
御珠様が、リラックスした様に扇を広げた。
「い、いや、そんなことは……」
と、否定するのとは裏腹に、確かに蓬さんの太いしっぽはぶんぶんと楽しそうに揺れていて……。
「景がいるからって、別段かっこつける必要はないのじゃぞ? いつもは祭りと聞くとあんなにはしゃいで……ん、」
「……御珠様……!」
慌てて蓬さんが御珠様の口を塞ぐ。だけどしっぽは左右に動いたままだ。
「ははは、すまんすまん」
蓬さんをからかっている時の御珠様はいつも以上に生き生きしているなあ……と、俺は蓬さんに同情しながらそんなやり取りを眺めている。悪びれもなく御珠様が謝る蓬さんは『まったくもう』、と言って座るけれど、表情は緩んでいて。
二人とも、本当に仲が良いんだな……と、和やかな気持ちになる。
「御意」
静かにその様子を見守っていた十徹さんの表情も穏やかで。十徹さんも、お祭りが楽しみなんだということが、はっきりと伝わってきた。
「さて、と」
そして、御珠様はこっちを向いて。
「どうじゃ? ちよと景は。協力してくれるか?」
そんな問いかけに、ちゃぶ台をはさんで向かい合わせに座るちよさんと俺は、目を合わせる。
――そんなの、決まっている。
「「やります!」」
「ふむ。良い返事じゃのう!」
と御珠様は言うと、ほっとした様な表情を浮かべて。
「皆、協力ありがとう。まあ、日取りはもう少し先だから、詳しい話が分かれば連絡するぞ」
それからすぐにうずうずとした様子で、お酒が並々と注がれた盃を持って立ち上がる。
「それよりも! お祭りの開催決定を祝って……」
そして、意気揚々と盃を掲げて――。
「乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
陽気な声が、お茶の間に響き渡った。
そして、夕食後。
風呂から出た俺は、自分の部屋に向かって縁側を歩いていた。今日も風に頬を撫でられる。涼しくもなく、暑くもなく。この季節を表した様な風だった。
長い長い縁側の先に誰かが腰掛けているのが、遠くから分かる。
「あ、景さん」
「こんばんは、ちよさん」
ちよさんは庭を眺めながら、灰色がかったセミロングの黒髪を櫛でとかしていた。横顔が月明かりにほんのりと照らされている。グレーと白の混じった頬の毛が、風にほのかに揺れている。
「楽しみですね、お祭り」
夕食の発表から何時間もたっても、まだ喜びが抑えられない自分がいる。どうして、どうしてこんなに嬉しいんだろう? それが、自分でもよく分からなかった。だって……。
「はい! お祭り、大好きです……!」
熱が続いているのはちよさんも同じらしく、口調は弾んでいて、大きな耳がぴんと立っていた。
「景さんもお祭りに、よく行くのですか?」
「えっと……」
ちよさんのそんな質問に、ちょっと恥ずかしくなって、言い淀んでしまう。
実は……。
「実は……殆ど初めてなんです。お祭りに行くの」
そう、俺は今までお祭りに行ったことが無かったのだ。有ったとしても、本当に幼い時に一度か二度ぐらいで、はっきりと記憶には残っていない。そもそも今まで、お祭りに興味を持ったことなんて、殆ど無かったはずなのに。
なのに、それなのに、どうしてこんなに嬉しいんだろう?
その理由が分からなくて、純粋に楽しみな一方で少し戸惑ってしまっても居たのだ。
「そうなんですか……!」
するとちよさんは、エメラルド色の瞳をきらきら輝かせて。
「お祭りには、おいしいものや、楽しいものが沢山有るんですよ……! 射的に、ヨーヨー釣りに、型抜きに、ひもくじに――」
それから浮き浮きとして、お祭りの屋台の名前を一つ一つ指折り数え始めるのだった。
こんなにはしゃいでいるちよさんを見るのは初めてで、新鮮だった。そして……やっぱり、ちよさんは優しいな……と、改めて思う。
射的、ヨーヨー釣り、型抜き、ひもくじ。
どこかで、聞いたことが有る遊びだ。その一つ一つを想像すると、楽しくなってくる……!
「たこ焼きに、大判焼きに、水あめに、イカ焼きに――」
「晩御飯を食べたばかりなのに、お腹が空いちゃいますね……!」
その言葉の通りに、一気に空腹に引き込まれている俺が居た。夜、賑やかな雰囲気の下で食べる食べ物はきっと、格別なんだろう。ああ、考えていると更に腹が減る……!
「まだまだ、沢山の屋台が有るんですよ……! 輪投げ、たい焼き、かき氷、お化け屋敷に……」
どうやら、泉澄神社のお祭りはかなり大きく、両手じゃ全然足りないぐらいの数の屋台が出るみたいだ。
「りんご飴、わたあめ、滝撃ち、輪投げと、それから……」
? 一つだけ、聞いたことの無い名前が……?
「た、たきうち……ですか?」
「はい。滝撃ち以外に、川すくいも有るんですよ……!」
滝撃ちと、川すくい。他のものは大体想像がつくけれど、この二つだけは今までに聞いたことの無い……よな……。もしかして、この世界のお祭りに独自の屋台とか……?
「その滝撃ちと、川すくいは、どんな内容なのですか……?」
「そうですね、二つとも泉澄神社の伝統の――」
と、ちよさんは言い掛けて。だけど、途中でぴたっと止まって。
「これは、お祭りまで……取っておきましょう。とっても楽しい屋台ですよ!」
ちょっと悪戯っぽく笑って、しっぽをくいっと揺らしたのだった。
「期待が膨らみますね……!」
何にも知らないままで楽しみに取っておいた方がきっと、本番もっともっと楽しめるな……!
……とは思う一方で、気になって気になって仕方がなくなってくるのもまた事実。
滝撃ちと川すくい。何となく分かるようで、分からないネーミングだ。水にまつわる遊びだってことは伝わるけど……。
「私たちがお祭りのお手伝いをするのは、今年が初めてなんです」
「あっ、やっぱりそうだったんですか」
「この街で一番大きな行事なので、びっくりしちゃいました」
「お祭りのお手伝い……楽しみだけど、ちょっと緊張しますね……!」
「だけど、とっても、わくわくします…………!」
その後もちよさんと、お祭りの話題で盛り上がりながら、夜は更けていく。
本当に、待ち遠しいな、夏祭り……!
0
あなたにおすすめの小説
犬の散歩中に異世界召喚されました
おばあ
ファンタジー
そろそろ定年後とか終活とか考えなきゃいけないというくらいの歳になって飼い犬と一緒に異世界とやらへ飛ばされました。
何勝手なことをしてくれてんだいと腹が立ちましたので好き勝手やらせてもらいます。
カミサマの許可はもらいました。
ストーカーから逃げ切ったのも束の間、転移後はヤンデレ騎士団に殺されかけている現実!
由汰のらん
ファンタジー
ストーカーから逃げていたある日、ハルは異世界に召喚されてしまう。
しかし神官によれば、どうやらハルは間違って召喚された模様。さらに王子に盾ついてしまったことがきっかけで、ハルは国外追放されてしまう。
さらに連行されている道中、魔族に襲われ、ハルの荷馬車は置き去りに。
そのさなか、黒い閃光を放つ騎士が、ハルに取引を持ちかけてきた。
「貴様の血を差し出せ。さすれば助けてやろう。」
やたら態度のでかい騎士は、なんとダンピールだった!
しかしハルの血が特殊だと知った騎士はハルを連れ帰って?
いっそ美味しい血と癒しを与えるダンピール騎士団のセラピストを目指します!
聖女の力を妹に奪われ魔獣の森に捨てられたけど、何故か懐いてきた白狼(実は呪われた皇帝陛下)のブラッシング係に任命されました
AK
恋愛
「--リリアナ、貴様との婚約は破棄する! そして妹の功績を盗んだ罪で、この国からの追放を命じる!」
公爵令嬢リリアナは、腹違いの妹・ミナの嘘によって「偽聖女」の汚名を着せられ、婚約者の第二王子からも、実の父からも絶縁されてしまう。 身一つで放り出されたのは、凶暴な魔獣が跋扈する北の禁足地『帰らずの魔の森』。
死を覚悟したリリアナが出会ったのは、伝説の魔獣フェンリル——ではなく、呪いによって巨大な白狼の姿になった隣国の皇帝・アジュラ四世だった!
人間には効果が薄いが、動物に対しては絶大な癒やし効果を発揮するリリアナの「聖女の力」。 彼女が何気なく白狼をブラッシングすると、苦しんでいた皇帝の呪いが解け始め……?
「余の呪いを解くどころか、極上の手触りで撫でてくるとは……。貴様、責任を取って余の専属ブラッシング係になれ」
こうしてリリアナは、冷徹と恐れられる氷の皇帝(中身はツンデレもふもふ)に拾われ、帝国で溺愛されることに。 豪華な離宮で美味しい食事に、最高のもふもふタイム。虐げられていた日々が嘘のような幸せスローライフが始まる。
一方、本物の聖女を追放してしまった祖国では、妹のミナが聖女の力を発揮できず、大地が枯れ、疫病が蔓延し始めていた。 元婚約者や父が慌ててミレイユを連れ戻そうとするが、時すでに遅し。 「私の主人は、この可愛い狼様(皇帝陛下)だけですので」 これは、すべてを奪われた令嬢が、最強のパートナーを得て幸せになり、自分を捨てた者たちを見返す逆転の物語。
二度目の召喚なんて、聞いてません!
みん
恋愛
私─神咲志乃は4年前の夏、たまたま学校の図書室に居た3人と共に異世界へと召喚されてしまった。
その異世界で淡い恋をした。それでも、志乃は義務を果たすと居残ると言う他の3人とは別れ、1人日本へと還った。
それから4年が経ったある日。何故かまた、異世界へと召喚されてしまう。「何で!?」
❋相変わらずのゆるふわ設定と、メンタルは豆腐並みなので、軽い気持ちで読んでいただけると助かります。
❋気を付けてはいますが、誤字が多いかもしれません。
❋他視点の話があります。
我儘令嬢なんて無理だったので小心者令嬢になったらみんなに甘やかされました。
たぬきち25番
恋愛
「ここはどこですか?私はだれですか?」目を覚ましたら全く知らない場所にいました。
しかも以前の私は、かなり我儘令嬢だったそうです。
そんなマイナスからのスタートですが、文句はいえません。
ずっと冷たかった周りの目が、なんだか最近優しい気がします。
というか、甘やかされてません?
これって、どういうことでしょう?
※後日談は激甘です。
激甘が苦手な方は後日談以外をお楽しみ下さい。
※小説家になろう様にも公開させて頂いております。
ただあちらは、マルチエンディングではございませんので、その関係でこちらとは、内容が大幅に異なります。ご了承下さい。
タイトルも違います。タイトル:異世界、訳アリ令嬢の恋の行方は?!~あの時、もしあなたを選ばなければ~
若返ったオバさんは異世界でもうどん職人になりました
mabu
ファンタジー
聖女召喚に巻き込まれた普通のオバさんが無能なスキルと判断され追放されるが国から貰ったお金と隠されたスキルでお店を開き気ままにのんびりお気楽生活をしていくお話。
なるべく1日1話進めていたのですが仕事で不規則な時間になったり投稿も不規則になり週1や月1になるかもしれません。
不定期投稿になりますが宜しくお願いします🙇
感想、ご指摘もありがとうございます。
なるべく修正など対応していきたいと思っていますが皆様の広い心でスルーして頂きたくお願い致します。
読み進めて不快になる場合は履歴削除をして頂けると有り難いです。
お返事は何方様に対しても控えさせて頂きますのでご了承下さいます様、お願い致します。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
転移特典としてゲットしたチートな箱庭で現代技術アリのスローライフをしていたら訳アリの女性たちが迷い込んできました。
山椒
ファンタジー
そのコンビニにいた人たち全員が異世界転移された。
異世界転移する前に神に世界を救うために呼んだと言われ特典のようなものを決めるように言われた。
その中の一人であるフリーターの優斗は異世界に行くのは納得しても世界を救う気などなくまったりと過ごすつもりだった。
攻撃、防御、速度、魔法、特殊の五項目に割り振るためのポイントは一億ポイントあったが、特殊に八割割り振り、魔法に二割割り振ったことでチートな箱庭をゲットする。
そのチートな箱庭は優斗が思った通りにできるチートな箱庭だった。
前の世界でやっている番組が見れるテレビが出せたり、両親に電話できるスマホを出せたりなど異世界にいることを嘲笑っているようであった。
そんなチートな箱庭でまったりと過ごしていれば迷い込んでくる女性たちがいた。
偽物の聖女が現れたせいで追放された本物の聖女やら国を乗っ取られて追放されたサキュバスの王女など。
チートな箱庭で作った現代技術たちを前に、女性たちは現代技術にどっぷりとはまっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる