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番外編(短編)
俺の幸せは(※ウォルターの話)
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「はー……クッソだりぃ」
口を突いて出たため息と悪態に、すれ違う奴らがわかりやすく怯える。目が合えば青褪め、まるで見てはいけないものでも見てしまったかのように目を逸らして深々と頭を下げて走り去っていく。
そんないつもの光景にすら、抑えきれないほどのいら立ちを感じる。
「うぜえ」
吐き捨てるように呟くと、人気のない場所を目指して歩みを進めた。
たどり着いたのはこの公邸に備え付けられたキッチンだ。といっても子ども食堂の試作なども行うため調理室と言っていいほどの広さがある。
一歩足を踏み入れると、中から美味そうな匂いが漂ってきた。
これは焼き立てのパンだ。胸いっぱいにパンのいい匂いを吸い込む。それだけでもイラつきが僅かに治まるのがわかる。
中央に配置されたキッチンテーブルには、やはりパンが置いてあった。冷ましているところなのだろうか。大きな塊のパンを目にして初めて自分が空腹を感じていることに気が付く。
だが人影はない。耳を澄ますと、部屋の奥にある作り付けの物置きからゴソゴソと音が聞こえてきた。
俺は足音を忍ばせて、物置に近づいていく。静かにドアを開けると薄暗い中に頭一つ分小さな人影が何かを探しているのが目に入った。
悪戯心が沸き上がり、彼の背後からそっと近づく。声をかけようと思った瞬間、両腕を掴まれた。
突然の事に驚きで声が出ない。俺の両腕を掴んだ人影は、それを自分の腹へ回す。意図せず俺は人影を後ろから抱きしめているような体勢になってしまった。
「おかえり。思ったより早かったな」
甘えるような声。ユージンのこんな声、初めて耳にした。
黙ったままの俺に何を思ったのか、今度は後頭部を俺の胸に擦り付けてくる。
「なあ、まだ怒ってんの? きのうは何言ってんだよって思ったけど、よく考えたら確かにそのせいで危ない目にあったこともあったし。ごめん。俺も悪かった。だから……」
そこでユージンはいったん言葉を区切ると、俺の腕の中でくるりと回転すると、正面からぎゅっと抱き着いてきた。
「今日は一緒に寝よ……?」
だめだ。これ以上はもう耐えられない。
「それマジで言ってんの? 俺はいいいけど」
ふざけた調子に聞こえるように、注意深く声を出す。その途端、抱き着いていたユージンの両肩がおもしろいぐらい跳ねた。
「は? え!? うわーーー!!」
状況を理解したユージンは慌てて俺の腕から抜け出そうとする。それが少し悔しくて、ふざけたふりをして腕に力を込めた。
「あいつの前だとそんな感じなんだ」
「いや! ちが……違わなくはないんだけど、いやでも……うわ! 恥ずい! 死にたい!」
ユージンは動揺のあまり今度は俺をぎゅっと抱きしめて胸に顔を埋めて喚いている。俺からは耳しか見えないけれど、両耳とも薄暗がりの中でもわかるほど真っ赤になっている。
「敬語も使ってないんだな。そりゃそうか、夫婦だもんな」
「……敬語は禁止ってルールができたんだよ」
相変わらず俺の胸に顔を埋めたまま、ユージンが呻いた。可愛いな、クソ。
俺はほんの一瞬だけぎゅっと彼を抱きしめてから、すぐに解放してやる。あからさまにホッとしている様子が憎らしい。
「そうか、今日のパーティーはウォルターも出てたんだな」
「まあな。いちおう王族の血筋だし?」
「うまいもんいっぱい食べれた?」
「全然。つーかつまんなすぎて抜けてきた」
「おまえ、本当そういうとこだぞ」
ユージンはくすくす笑いながら俺の腕を引っ張り、物置を出る。もう片方の手には何か大きな包みを持っている。
「腹減ってる?」
「パンの匂いで減ってきたとこ」
「今、新しく運営するカフェのメニュー、試作するところだったんだよ。何か作ってやろうか」
俺は黙って頷くと、ユージンの対面になるように移動した。ユージンはそんな俺を見て目を細める。ほんのついさっきまで、子猫みたいに甘えた声を出していたくせに、今はすっかり幼馴染の兄貴の顔になっている。なんだか少し面白くない。
けれどそんなことを本人にぶつけるほど、俺ももう子供じゃない。何気ないふりを装って、黙ってユージンの作業を眺めることにした。
子どもの頃から俺はユージンが料理しているところを見るのが好きなのだ。ユージンは粗熱が取れたらしいパンを真剣な目で切り分けていく。
理想の厚さに切るのは技術がいることだと話していたのを思い出す。
切ったパンを軽く焼いたユージンは慣れた手つきでレタスを洗い、紫玉ねぎをスライスしていく。トントンとリズムよく聞こえる包丁の音が癒される。
パンにオリーブオイルを垂らし、水気を切ったレタスを敷く。その上にたっぷりのクリームチーズとスライスしたスモークサーモン、紫玉ねぎ、と重ねてケイパーとディルを添える。仕上げに黒コショウをたっぷりかけてオリーブオイルをほんの少し回しかける。
「はい、おまちどうさま」
出来立てのオープンサンドを載せた真っ白な皿が俺の前に置かれる。小さな頃から大好きなパン・ド・カンパーニュのスモークサーモンとクリームチーズのオープンサンド。黒コショウとケイパー多め。
「サンキュ。いただきます」
「俺も食べよ」
向かい合って俺たちは静かにサンドイッチを食べる。外はまだ明るくて、窓を背にして座っているユージンの後ろから午後の陽射しが入り込む。少しだけ開いた窓からは優しい風が吹き込む。
こうしていると、まるでこの世界に俺たち以外誰も存在していないような気分になる。
食べ終えた頃を見計らって、俺の前にティーカップが置かれた。俺の一番好きな紅茶の香りがふわりと漂う。
視線を感じて目を上げると、頬杖をついたユージンが俺を見ていた。その瞳は凪いだ海のように穏やかでどこまでも優しい。
少し恥ずかしくなって目を逸らす。ユージンが小さく笑った気配がした。
まるきり子ども扱いだ。少しやり返したくなって、逸らした目を再びユージンへ向ける。
「そんなに似てたか」
ユージンはきょとんとした目で首を傾げた。
「なにが?」
「俺とジェラルド」
その途端、大きな目が零れ落ちそうなほどに見開かれ、一瞬にして首筋までリンゴのように真っ赤になる。
「ちょっ……やめろよ!」
「なんで。間違えたのそっちだろ」
「そりゃそうなんだけど……」
ユージンはもごもごと言い訳をしながら、チラリと俺へ視線を投げる。拗ねたような瞳が可愛い。
「同じ服着てるし。香水も同じだし……そ、それに髪の色と目の色もなんで違うんだよ」
俺は肩を竦めた。そう、俺はいま銀髪にアクアマリン色の瞳になっているのだ。
「今年のテーマだったんだよ。あのジジイ、年々悪趣味になってやがる」
今日は俺とジェラルドの祖父である前王のバースデーパーティーだったのだ。毎年、孫を集めてパーティを開くのだが事前にテーマが伝達される。今年は全員同じ衣装と香水、髪型、髪色も目の色もすべて同じにすること。髪は銀色で目はアクアマリン色。
爺さんは嬉々として会場で軍隊のように揃った孫が誰か、一人ずつ当てていた。
「性格が違うから普段はあんまり思わないけどさ、こうして見ると似てるよ。やっぱり血が繋がってんだなあって不思議な気持ちになる」
「……どう考えても俺のほうがいい男だけどな」
ぶっきらぼうな俺の言葉にユージンは目を細めた。
「ああ。ウォルターはいい男だと思う、俺も」
思いもよらない返事に心臓が跳ねた。上がってしまいそうになる口角を必死に下げて、なんとか不機嫌そうな顔を取り繕う。
「思ってねえだろ」
「そんなことないって。最近よくウォルターが気になるって話、よく聞くぞ」
その言葉に、口角は自然と下がる。
「別に。知らねえ奴にどう思われたって関係ねーし」
100人に好意を持たれても、たった一人の好きな相手に好意を持たれないのでは意味がない。
「俺、まだ好きだから。ていうかずっと好きだと思うぞ、ユージンのこと」
「あう」
ユージンは言葉にもならない変な音を発して、さっきと同じくらい真っ赤になっている。俺のことでそんな風になっているのが嬉しくて、さっきよりも優しい声が出た。
「好きだよ」
「ひい」
ユージンはぶっ倒れるんじゃないかってぐらい赤くなると、さらに意味不明な音を出した。
その様子がおかしくて、思わず声を出して笑ってしまう。
「お、おいっ! からかったのかよ! 趣味悪ぃぞ!」
わたわたと焦るユージンが可愛くて、笑いはちっともおさまってくれない。
ひとしきり笑い終えた頃には腹筋が少し痛くなっていた。
ほんのひととき一緒に過ごしただけなのに、さっきまでのイライラは跡形もなく消えている。
「じゃ俺、行くわ」
本当はもう少し一緒にいたい。でもあまり長く二人でいると自分を抑えることができなくなる気がするのだ。
「え? もう行くの?」
座ったまま見上げてくるサファイヤブルーの瞳は少し寂しそうだ。俺相手でもこんな風に寂しがってくれるのが、たまらなく嬉しい。
だが俺はそんな素振りは一切見せず、頷いた。
「まだ仕事残ってんだよ。クソみてえなパーティーからも抜け出せたし、美味い飯も食えたし。ちょっと頑張ってくるわ」
「おう、行ってこい! 頑張れよ!」
ユージンは手を振ってくれた。
入口までたどり着いたところで、俺は立ち止まって振り向く。気づいたユージンと目が合う。
「どうした? 忘れ物か?」
俺は静かに首を振った。
「なあ。今、幸せか?」
俺の問いにユージンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニッと白い歯を見せてくる。
「ああ。すげえ幸せ」
「……あっそ」
「なんだよおまえ、自分で聞いといて!」
「うるせー。じゃあな」
文句を言っているユージンを無視して部屋を出た。歩きながら胸に片手を当ててみる。もう大丈夫だ。
自分ではない誰かと結ばれて幸せだと笑う顔を見ても、奪ってやりたいとかこちらを向かせたいとう、どす黒い感情は沸いてこない。以前は、ユージンを笑顔にするのは自分のはずだと強く思っていたけれど。
ユージンが幸せでいること俺の幸せなのかもしれない。
願わくば、あの笑顔がこれからもずっと曇ることなどありませんように。涙を流す夜が来ませんように。
「俺もちょっとは大人になってんのかな」
しばらく歩いて立ち止まる。廊下の大きな窓からは相変わらず眩しい光が差し込んでいた。
口を突いて出たため息と悪態に、すれ違う奴らがわかりやすく怯える。目が合えば青褪め、まるで見てはいけないものでも見てしまったかのように目を逸らして深々と頭を下げて走り去っていく。
そんないつもの光景にすら、抑えきれないほどのいら立ちを感じる。
「うぜえ」
吐き捨てるように呟くと、人気のない場所を目指して歩みを進めた。
たどり着いたのはこの公邸に備え付けられたキッチンだ。といっても子ども食堂の試作なども行うため調理室と言っていいほどの広さがある。
一歩足を踏み入れると、中から美味そうな匂いが漂ってきた。
これは焼き立てのパンだ。胸いっぱいにパンのいい匂いを吸い込む。それだけでもイラつきが僅かに治まるのがわかる。
中央に配置されたキッチンテーブルには、やはりパンが置いてあった。冷ましているところなのだろうか。大きな塊のパンを目にして初めて自分が空腹を感じていることに気が付く。
だが人影はない。耳を澄ますと、部屋の奥にある作り付けの物置きからゴソゴソと音が聞こえてきた。
俺は足音を忍ばせて、物置に近づいていく。静かにドアを開けると薄暗い中に頭一つ分小さな人影が何かを探しているのが目に入った。
悪戯心が沸き上がり、彼の背後からそっと近づく。声をかけようと思った瞬間、両腕を掴まれた。
突然の事に驚きで声が出ない。俺の両腕を掴んだ人影は、それを自分の腹へ回す。意図せず俺は人影を後ろから抱きしめているような体勢になってしまった。
「おかえり。思ったより早かったな」
甘えるような声。ユージンのこんな声、初めて耳にした。
黙ったままの俺に何を思ったのか、今度は後頭部を俺の胸に擦り付けてくる。
「なあ、まだ怒ってんの? きのうは何言ってんだよって思ったけど、よく考えたら確かにそのせいで危ない目にあったこともあったし。ごめん。俺も悪かった。だから……」
そこでユージンはいったん言葉を区切ると、俺の腕の中でくるりと回転すると、正面からぎゅっと抱き着いてきた。
「今日は一緒に寝よ……?」
だめだ。これ以上はもう耐えられない。
「それマジで言ってんの? 俺はいいいけど」
ふざけた調子に聞こえるように、注意深く声を出す。その途端、抱き着いていたユージンの両肩がおもしろいぐらい跳ねた。
「は? え!? うわーーー!!」
状況を理解したユージンは慌てて俺の腕から抜け出そうとする。それが少し悔しくて、ふざけたふりをして腕に力を込めた。
「あいつの前だとそんな感じなんだ」
「いや! ちが……違わなくはないんだけど、いやでも……うわ! 恥ずい! 死にたい!」
ユージンは動揺のあまり今度は俺をぎゅっと抱きしめて胸に顔を埋めて喚いている。俺からは耳しか見えないけれど、両耳とも薄暗がりの中でもわかるほど真っ赤になっている。
「敬語も使ってないんだな。そりゃそうか、夫婦だもんな」
「……敬語は禁止ってルールができたんだよ」
相変わらず俺の胸に顔を埋めたまま、ユージンが呻いた。可愛いな、クソ。
俺はほんの一瞬だけぎゅっと彼を抱きしめてから、すぐに解放してやる。あからさまにホッとしている様子が憎らしい。
「そうか、今日のパーティーはウォルターも出てたんだな」
「まあな。いちおう王族の血筋だし?」
「うまいもんいっぱい食べれた?」
「全然。つーかつまんなすぎて抜けてきた」
「おまえ、本当そういうとこだぞ」
ユージンはくすくす笑いながら俺の腕を引っ張り、物置を出る。もう片方の手には何か大きな包みを持っている。
「腹減ってる?」
「パンの匂いで減ってきたとこ」
「今、新しく運営するカフェのメニュー、試作するところだったんだよ。何か作ってやろうか」
俺は黙って頷くと、ユージンの対面になるように移動した。ユージンはそんな俺を見て目を細める。ほんのついさっきまで、子猫みたいに甘えた声を出していたくせに、今はすっかり幼馴染の兄貴の顔になっている。なんだか少し面白くない。
けれどそんなことを本人にぶつけるほど、俺ももう子供じゃない。何気ないふりを装って、黙ってユージンの作業を眺めることにした。
子どもの頃から俺はユージンが料理しているところを見るのが好きなのだ。ユージンは粗熱が取れたらしいパンを真剣な目で切り分けていく。
理想の厚さに切るのは技術がいることだと話していたのを思い出す。
切ったパンを軽く焼いたユージンは慣れた手つきでレタスを洗い、紫玉ねぎをスライスしていく。トントンとリズムよく聞こえる包丁の音が癒される。
パンにオリーブオイルを垂らし、水気を切ったレタスを敷く。その上にたっぷりのクリームチーズとスライスしたスモークサーモン、紫玉ねぎ、と重ねてケイパーとディルを添える。仕上げに黒コショウをたっぷりかけてオリーブオイルをほんの少し回しかける。
「はい、おまちどうさま」
出来立てのオープンサンドを載せた真っ白な皿が俺の前に置かれる。小さな頃から大好きなパン・ド・カンパーニュのスモークサーモンとクリームチーズのオープンサンド。黒コショウとケイパー多め。
「サンキュ。いただきます」
「俺も食べよ」
向かい合って俺たちは静かにサンドイッチを食べる。外はまだ明るくて、窓を背にして座っているユージンの後ろから午後の陽射しが入り込む。少しだけ開いた窓からは優しい風が吹き込む。
こうしていると、まるでこの世界に俺たち以外誰も存在していないような気分になる。
食べ終えた頃を見計らって、俺の前にティーカップが置かれた。俺の一番好きな紅茶の香りがふわりと漂う。
視線を感じて目を上げると、頬杖をついたユージンが俺を見ていた。その瞳は凪いだ海のように穏やかでどこまでも優しい。
少し恥ずかしくなって目を逸らす。ユージンが小さく笑った気配がした。
まるきり子ども扱いだ。少しやり返したくなって、逸らした目を再びユージンへ向ける。
「そんなに似てたか」
ユージンはきょとんとした目で首を傾げた。
「なにが?」
「俺とジェラルド」
その途端、大きな目が零れ落ちそうなほどに見開かれ、一瞬にして首筋までリンゴのように真っ赤になる。
「ちょっ……やめろよ!」
「なんで。間違えたのそっちだろ」
「そりゃそうなんだけど……」
ユージンはもごもごと言い訳をしながら、チラリと俺へ視線を投げる。拗ねたような瞳が可愛い。
「同じ服着てるし。香水も同じだし……そ、それに髪の色と目の色もなんで違うんだよ」
俺は肩を竦めた。そう、俺はいま銀髪にアクアマリン色の瞳になっているのだ。
「今年のテーマだったんだよ。あのジジイ、年々悪趣味になってやがる」
今日は俺とジェラルドの祖父である前王のバースデーパーティーだったのだ。毎年、孫を集めてパーティを開くのだが事前にテーマが伝達される。今年は全員同じ衣装と香水、髪型、髪色も目の色もすべて同じにすること。髪は銀色で目はアクアマリン色。
爺さんは嬉々として会場で軍隊のように揃った孫が誰か、一人ずつ当てていた。
「性格が違うから普段はあんまり思わないけどさ、こうして見ると似てるよ。やっぱり血が繋がってんだなあって不思議な気持ちになる」
「……どう考えても俺のほうがいい男だけどな」
ぶっきらぼうな俺の言葉にユージンは目を細めた。
「ああ。ウォルターはいい男だと思う、俺も」
思いもよらない返事に心臓が跳ねた。上がってしまいそうになる口角を必死に下げて、なんとか不機嫌そうな顔を取り繕う。
「思ってねえだろ」
「そんなことないって。最近よくウォルターが気になるって話、よく聞くぞ」
その言葉に、口角は自然と下がる。
「別に。知らねえ奴にどう思われたって関係ねーし」
100人に好意を持たれても、たった一人の好きな相手に好意を持たれないのでは意味がない。
「俺、まだ好きだから。ていうかずっと好きだと思うぞ、ユージンのこと」
「あう」
ユージンは言葉にもならない変な音を発して、さっきと同じくらい真っ赤になっている。俺のことでそんな風になっているのが嬉しくて、さっきよりも優しい声が出た。
「好きだよ」
「ひい」
ユージンはぶっ倒れるんじゃないかってぐらい赤くなると、さらに意味不明な音を出した。
その様子がおかしくて、思わず声を出して笑ってしまう。
「お、おいっ! からかったのかよ! 趣味悪ぃぞ!」
わたわたと焦るユージンが可愛くて、笑いはちっともおさまってくれない。
ひとしきり笑い終えた頃には腹筋が少し痛くなっていた。
ほんのひととき一緒に過ごしただけなのに、さっきまでのイライラは跡形もなく消えている。
「じゃ俺、行くわ」
本当はもう少し一緒にいたい。でもあまり長く二人でいると自分を抑えることができなくなる気がするのだ。
「え? もう行くの?」
座ったまま見上げてくるサファイヤブルーの瞳は少し寂しそうだ。俺相手でもこんな風に寂しがってくれるのが、たまらなく嬉しい。
だが俺はそんな素振りは一切見せず、頷いた。
「まだ仕事残ってんだよ。クソみてえなパーティーからも抜け出せたし、美味い飯も食えたし。ちょっと頑張ってくるわ」
「おう、行ってこい! 頑張れよ!」
ユージンは手を振ってくれた。
入口までたどり着いたところで、俺は立ち止まって振り向く。気づいたユージンと目が合う。
「どうした? 忘れ物か?」
俺は静かに首を振った。
「なあ。今、幸せか?」
俺の問いにユージンは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにニッと白い歯を見せてくる。
「ああ。すげえ幸せ」
「……あっそ」
「なんだよおまえ、自分で聞いといて!」
「うるせー。じゃあな」
文句を言っているユージンを無視して部屋を出た。歩きながら胸に片手を当ててみる。もう大丈夫だ。
自分ではない誰かと結ばれて幸せだと笑う顔を見ても、奪ってやりたいとかこちらを向かせたいとう、どす黒い感情は沸いてこない。以前は、ユージンを笑顔にするのは自分のはずだと強く思っていたけれど。
ユージンが幸せでいること俺の幸せなのかもしれない。
願わくば、あの笑顔がこれからもずっと曇ることなどありませんように。涙を流す夜が来ませんように。
「俺もちょっとは大人になってんのかな」
しばらく歩いて立ち止まる。廊下の大きな窓からは相変わらず眩しい光が差し込んでいた。
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しかも俺に使える魔法は氷魔法じゃなく『神聖魔法』?というか『神聖魔法』を操れるのは神に選ばれた愛し子だけ……?
どうせ余命幾ばくもない出来損ないなら仕方ない、お荷物の僕はさっさと今世からも退場しよう……と思ってたのに?
偶然騎士たちを神聖魔法で救って、何故か天使と呼ばれて崇められたり。終いには帝国最強の狂血皇子に溺愛されて囲われちゃったり……いやいやちょっと待て。魔王様、主神様、まさかアンタらも?
……ってあれ、なんかめちゃくちゃ囲われてない??
―――
病弱ならどうせすぐ死ぬかー。ならちょっとばかし遊んでもいいよね?と自由にやってたら無駄に最強な奴らに溺愛されちゃってた受けの話。
※別名義で連載していた作品になります。
(名義を統合しこちらに移動することになりました)
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