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『不思議な春の夜と「終わり」を感じた夏の日』初稿版 ─春の夜─

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通過待ちの駅で、一旦ホームの待合室に出た。電車の外の空気を吸いたくて。それで疲れを感じているのを、まぎらわせようとした。

別の車両から、若者が降りてきた。私の目の前にあるドアの前で何秒か立ち止まり、なぜかもう一つのドアから待合室に入ってきた。若者が座ったのは、一つ置いて隣の椅子いす

私は目を見張った。
そっくり……!
遠い昔に恋した人に、あまりにも似ている。

でも、当時のその人よりも若い。話してみると、声の高さも違った。別人なのは明らか。
なのに、「その人」にわかりそうな話を振ってみる往生際おうじょうぎわの悪さ。

発車時刻が近づき、降りてきた時とは別の車両に乗り込む若者。偶然にも、私が乗りたい車両。
若者の後を追うようにして、待合室と同じ距離をたもちながら座った。会話は、次の駅で私が降りるまで続いた。ほんの数分だけれど。

私が電車を降りる時、一瞬、一緒に降りるような動作をしてくれた理由は、都合よく解釈してもいいの……? 降りる駅はもっとずっと先のはずだし、乗り換えも必要なのに、一瞬でも降りようとしてくれた。

望んでも再会できない人の代わりに、ほんのつか、そっくりな若者を会わせてくれたのかと思うような、不思議な出来事。
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