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美しきモラトリアム
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近寄りがたい、と沙也香はよく言われるタイプだった。
長く伸ばした黒髪は硬派そうで、一人でいることが苦にならないからか一人が好きだと思われていた。
すらりと高い身長も切れ長の瞳も他のものを寄せ付けないように見えたのだ。
実際、沙也香は大勢の人とこまめに連絡を取り合ったりいちいち行動を共にしたりするのが苦手だった。
今は授業の一コマ目で大講堂の明かりを落として映像を見ていた。
八時半という時間に大学に呼び出された生徒は大半は眠りに落ちていて、沙也香のような授業は真面目に聞くものだと思っている生徒だけが画面を見つめていた。
人類学の授業ということで画面には遠い異国の子供達が映っている。
メモを取るような内容でもなく、沙也香はただ砂漠で力強く生きる人々を眺めていた。
カタン、と音がして隣に荷物が置かれた。
そちらを見ればふわりとした栗毛が揺れる。
薄闇の中でぱっちりとした瞳が悪戯っぽく揺れ、愛らしい顔立ちは微笑する。
花織にしては早い方だ、と沙也香は表情を緩ませながら思った。
時計は九時で、あと一時間も授業が受けられる。
花織は入学してすぐに友達になったうちの一人だった。
丁寧にネイルの施された指先を赤い唇にあて、こっそりとあくびを噛み殺している。
もともとの顔立ちを引き立てるように程よく施された化粧だが、これがなければ授業に間に合っていたのではないかと、ほとんど化粧をしない沙也香は思ってしまう。
花織は闇に浮き出る白っぽい画面をぼうっと眺めていた。
沙也香は花織の横顔を盗み見ながら長い黒髪を耳にかける。
この髪は似合っていて綺麗だと言われてから、切ろうと思っていたところをずっと伸ばし続けていた。
沙也香にそう言った人物は隣でうとうととし始めている。
好きな人の言葉は呪いだと思う。
花織はとっくに忘れているのかもしれないが、沙也香は花織の言葉を思い出すたびに自分の髪が愛おしくてたまらなくなる。
丁寧に櫛をいれ、少しでも美しくなってほしいと思ってしまう。
盗み見ているのに気づいた花織が沙也香をくるりと見やってにんまりと笑う。
花織が手で口を覆って顔を近づけてきたので沙也香は耳を差し出した。
「この授業、つまんないね」
囁いて花織はくすくすと笑う。
甘い香りがした。
沙也香もそうだねと言いながら笑った。
髪を伸ばしているのは、いつかばっさり切るためだ。
この恋は始まった時から終わりへと向かっている。
叶うはずのない想いは必ずいつか壊されてしまうのだ。
いつか来たる終末のために沙也香は髪を大切に大切に伸ばし続ける。
花織の栗色の髪は肩の上でふわふわと揺れている。
花織は頬杖をついて目を閉じてしまっていた。
マスカラの塗られた長いまつ毛が頬に影を落としている。
模範的な生徒であるはずの沙也香はもう映像から目を離し、花織の横顔を見つめていた。
この時がずっと続けばいいのに。
実らないのならせめて終わらないでほしい。
画面の向こう側では少年が幸せそうな笑顔を顔いっぱいに広げていた。
あんなつまらない授業は一体何の為にあるのだろう、と花織は寝起きでぼうっとする頭で思う。
周りの生徒たちも皆伸びをしたりあくびをしたりと寝起きの仕草を見せていた。
沙也香はずっと起きていたようで出席代わりに提出するコメントペーパーを几帳面な字で書いていた。
花織もなんとなく内容をさらって空白を埋めるように書き連ねる。
教卓に提出し、沙也香と並んで教室を出た。
次の授業まで間があるので二人はいつも学習スペースとは名ばかりの休憩所で時間を潰していた。
だらだらと向かう。
雨上がりのコンクリートの上を歩きながら他愛ない話をした。
水溜りには青空が映り込んでいて、花織はわざとヒールの踵で踏みつけてみた。
広がった波紋が青を滲ませる。
「さやちゃん」
花織はそう呼んで8センチのヒールでやっと同じ目線になる沙也香と目を合わせる。
「さやちゃんはやっぱり綺麗な黒髪だねえ」
花織の瞳がきゅうっと三日月を作った。
沙也香は面食らったように口をつぐみ、数度瞬きをした。
「急に何言ってるの」
色白の頬がじわっと赤みを帯び、照れを隠すように顔を逸らすまでを見やって花織は楽しそうに笑う。
可愛らしい、と内心で思う。
花織は沙也香の髪も好きなら目も好きだ。
手も、仕草も、服装も、考え方も、生真面目さも。
そしてそれを逐一褒めてやる。
沙也香は自分のどこを見ても花織に褒められたことを思い出すだろう。
そうやっていつも自分のことを考えていればいい、と花織は思っていた。
物事の全てが花織に帰結し、行動も全て花織に向かえばいい。
意識の中には常に花織がいて、離れられなくなればいい。
恥ずかしそうに微笑んでいる沙也香を心底愛おしそうに眺めながら花織は無邪気な笑顔を見せた。
ごめんね、と口に出さずに思う。
足掻いて悶えて諦めて、最後はここまで落ちてきてね。
長く伸ばした黒髪は硬派そうで、一人でいることが苦にならないからか一人が好きだと思われていた。
すらりと高い身長も切れ長の瞳も他のものを寄せ付けないように見えたのだ。
実際、沙也香は大勢の人とこまめに連絡を取り合ったりいちいち行動を共にしたりするのが苦手だった。
今は授業の一コマ目で大講堂の明かりを落として映像を見ていた。
八時半という時間に大学に呼び出された生徒は大半は眠りに落ちていて、沙也香のような授業は真面目に聞くものだと思っている生徒だけが画面を見つめていた。
人類学の授業ということで画面には遠い異国の子供達が映っている。
メモを取るような内容でもなく、沙也香はただ砂漠で力強く生きる人々を眺めていた。
カタン、と音がして隣に荷物が置かれた。
そちらを見ればふわりとした栗毛が揺れる。
薄闇の中でぱっちりとした瞳が悪戯っぽく揺れ、愛らしい顔立ちは微笑する。
花織にしては早い方だ、と沙也香は表情を緩ませながら思った。
時計は九時で、あと一時間も授業が受けられる。
花織は入学してすぐに友達になったうちの一人だった。
丁寧にネイルの施された指先を赤い唇にあて、こっそりとあくびを噛み殺している。
もともとの顔立ちを引き立てるように程よく施された化粧だが、これがなければ授業に間に合っていたのではないかと、ほとんど化粧をしない沙也香は思ってしまう。
花織は闇に浮き出る白っぽい画面をぼうっと眺めていた。
沙也香は花織の横顔を盗み見ながら長い黒髪を耳にかける。
この髪は似合っていて綺麗だと言われてから、切ろうと思っていたところをずっと伸ばし続けていた。
沙也香にそう言った人物は隣でうとうととし始めている。
好きな人の言葉は呪いだと思う。
花織はとっくに忘れているのかもしれないが、沙也香は花織の言葉を思い出すたびに自分の髪が愛おしくてたまらなくなる。
丁寧に櫛をいれ、少しでも美しくなってほしいと思ってしまう。
盗み見ているのに気づいた花織が沙也香をくるりと見やってにんまりと笑う。
花織が手で口を覆って顔を近づけてきたので沙也香は耳を差し出した。
「この授業、つまんないね」
囁いて花織はくすくすと笑う。
甘い香りがした。
沙也香もそうだねと言いながら笑った。
髪を伸ばしているのは、いつかばっさり切るためだ。
この恋は始まった時から終わりへと向かっている。
叶うはずのない想いは必ずいつか壊されてしまうのだ。
いつか来たる終末のために沙也香は髪を大切に大切に伸ばし続ける。
花織の栗色の髪は肩の上でふわふわと揺れている。
花織は頬杖をついて目を閉じてしまっていた。
マスカラの塗られた長いまつ毛が頬に影を落としている。
模範的な生徒であるはずの沙也香はもう映像から目を離し、花織の横顔を見つめていた。
この時がずっと続けばいいのに。
実らないのならせめて終わらないでほしい。
画面の向こう側では少年が幸せそうな笑顔を顔いっぱいに広げていた。
あんなつまらない授業は一体何の為にあるのだろう、と花織は寝起きでぼうっとする頭で思う。
周りの生徒たちも皆伸びをしたりあくびをしたりと寝起きの仕草を見せていた。
沙也香はずっと起きていたようで出席代わりに提出するコメントペーパーを几帳面な字で書いていた。
花織もなんとなく内容をさらって空白を埋めるように書き連ねる。
教卓に提出し、沙也香と並んで教室を出た。
次の授業まで間があるので二人はいつも学習スペースとは名ばかりの休憩所で時間を潰していた。
だらだらと向かう。
雨上がりのコンクリートの上を歩きながら他愛ない話をした。
水溜りには青空が映り込んでいて、花織はわざとヒールの踵で踏みつけてみた。
広がった波紋が青を滲ませる。
「さやちゃん」
花織はそう呼んで8センチのヒールでやっと同じ目線になる沙也香と目を合わせる。
「さやちゃんはやっぱり綺麗な黒髪だねえ」
花織の瞳がきゅうっと三日月を作った。
沙也香は面食らったように口をつぐみ、数度瞬きをした。
「急に何言ってるの」
色白の頬がじわっと赤みを帯び、照れを隠すように顔を逸らすまでを見やって花織は楽しそうに笑う。
可愛らしい、と内心で思う。
花織は沙也香の髪も好きなら目も好きだ。
手も、仕草も、服装も、考え方も、生真面目さも。
そしてそれを逐一褒めてやる。
沙也香は自分のどこを見ても花織に褒められたことを思い出すだろう。
そうやっていつも自分のことを考えていればいい、と花織は思っていた。
物事の全てが花織に帰結し、行動も全て花織に向かえばいい。
意識の中には常に花織がいて、離れられなくなればいい。
恥ずかしそうに微笑んでいる沙也香を心底愛おしそうに眺めながら花織は無邪気な笑顔を見せた。
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