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十四才 夏 白磁には釉裏紅(ゆうりこう)がよう似合う
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天正五年七月二十九日。
その日、村正の屋敷はひどく騒がしかった。
鹿鳴瀬家に仕える武士だけでなく、見慣れない家紋の者もいた。
武具を抱えた者、鎧を着た者……皆いずれも鋭い目つきで、慌ただしく廊下を走っていた。
「村正様……。ほんに大丈夫なんでしょうか」
座敷に座る村正の横で、同じく座す月丸は問うた。
数えで齢十四になる。
月丸は刀を帯びていた。村正から下賜されたものだ。
「どーどなる。どーどする」
村正の声は、聞いたことのないほど重かった。
ここ鹿鳴瀬家の領地は、土地としては大したものではない。農民がおり、田畑が、そして林があるだけだ。わざわざ奪いに来るようなものなどない。
だが、立地が悪かった。飛び地だったのだ。
鹿鳴瀬家は、南紀沿岸を有する水軍勢力、熊野山鍋氏に属している。鹿鳴瀬の領地の主な収入は材木だ。これを、川で筏にして下流まで運び、海を伝って大坂に卸している。この、川の河口に位置する浦が熊野山鍋氏の根拠地であり、ゆえに鹿鳴瀬は熊野山鍋氏と縁の深い領地なのだが、鹿鳴瀬領はあまりにも山奥に位置するため、山を挟んで国人衆と隣接している(というより、囲まれている)のだ。
これまでは、深山ゆえに見逃されてきていた。しかし、この頃はそうも言ってられなくなった。織田信長による本願寺攻め、その足掛かりとなる雑賀衆攻略が激化し、紀州の勢力図は大きくかき乱されているのである。集落ができて以来、合戦とは縁のなかった鹿鳴瀬にも、戦火が及びつつあった……。
ここ数日、どうも山間部に拠点を有する領主の動きが怪しい。探ってみたところ、国人衆の一つ、野間氏が戦の準備をしていたという。急遽、村の守りを固めるとともに、水軍から増援を頼んだ次第である。
障子が開く。
村正と月丸の座す客間に、熊野水軍の一角を担う、山鍋熊野灘警固衆猛景が入ってきた。鹿鳴瀬に応援に来た武士のほとんどは、この山鍋に仕える者たちだ。
「待たせてもうたの」
そう言って、村正と月丸の向かいにどかっと座る。
「ええんや、こんだけ寄越してもろてよ、もう言うことあれへん」
熊野山鍋氏と鹿鳴瀬領の付き合いは何代にも及ぶ。熊野山鍋家当代猛景と鹿鳴瀬村正の仲も深い。
「ここが落ちたら吾がらも困るからよ」
でかい口で山鍋は言う。
豪胆、無遠慮、がさつに振る舞う山鍋に、月丸は少し怖気づいていた。上方からやってきて、山奥の集落に暮らす月丸にとって、水軍──つまるところ海賊衆の頭領というものは、恐ろしく見えた。
思わず、村正の膝に手を伸ばしてしまう。
「おう、えらい綺麗なん連れとるんやの」
山鍋は、少しからかうように言う。月丸は慌てて手を引っ込める。
「月丸や。ここに来て二年になるか。剣を教えとる」
「つ、月丸と申します。よろしゅうお頼み申します」
月丸は戸惑いながら頭を下げた。
「なんや、御前ん、色には興味ない思とったけど、そんなこともあれへんのやな」
ニヤついてそう言う山鍋を、村正は睨む。
「月丸はそういうんとちゃう。自分手ぇ出したらいてこますからな」
「はは、わぁっとる。そない見境ない男ちゃうわ阿呆」
山鍋は呆れて笑った。そして、のっそり立ち上がって、言う。
「大切にしてもらっとるんやな。……そろそろ吾がの陣去んでくるわ。ほなっ」
大きな音を立てて障子を閉めると、山鍋はドカドカと歩いていった。
「……嵐が去ったような気分です」
「あいつは色好みでよ、気の良い奴やし、ここの人間にツバつけるこたないと思うけど、あんまり一人で会うたらあかんで」
「そうなんですか」
不思議そうな顔をする月丸。
「ああいう海賊はよ、ちいちゃい男子を侍らせて可愛がっとるんが定石や」
「ふうん……」
月丸は意味ありげに目を細めて、「それなら、村正様も立派な悪党で御座いますね」
耳元で囁く。
気づけば月丸の身体は村正に密着し、腿に白く細い指が乗せられていた。村正の身体は、月丸との毎日──特に夜だが──を思い出し、途端に血が巡るのを感じた。
「何言うとんねん」
顔をわずかに赤らめながら、村正の手は月丸の顔を押し退ける。
「気ぃ引き締めぇ。いつ戦になるか分かれへんねんから」
◇
ある晩。夜になっても誰かしら篝火を持って歩き回っているようになった屋敷で、月丸は一人廊下を歩いていた。月のない夜でも、火が辺りを照らすために視界に困ることはなかった。暗がりに怯えることもなく厠に向かっていた折。
明かりのついた間があった。障子の向こうで、蝋燭の炎が揺らめいている。そして、中からは何やら艶めかしい声……。
月丸はそうっと、障子に空いた小さな穴から、中を覗いてみた。
──そのとき見た光景を、月丸は生涯忘れることはなかった。
清らかな白い肌。華奢な手足。美しく、乱れた黒髪。そして、……柔肌に食い込んだ鮮やかな紅の縄。
美しい男子が、赤い縄で縛られて座っていた。歳は月丸と同じくらいだろうか。知らない顔だった。
縄を捌く男の顔は知っている。海賊衆の頭領、山鍋猛景だ。ごつい手、全身に生えた毛(山鍋の着物はほとんどはだけていた)、厳めしい顔……、しかし、それらに反して、山鍋の表情はとても穏やかなものだった。まるで、家宝を絹布でくるむように、少年に縄を掛けていく。
小さな穴から覗く世界は、月丸の知るものとまるで違っていた。これほど、淫らで、艶めかしく、そして美しいものを見たことがなかった。蝋燭に照らされた少年の裸は、その日、この世でもっとも夜そのものに見えた。
そう思うと、途端にいけないものを見てしまったような気分に襲われる。周囲の視線が気になり、辺りを見渡す。幸い、誰もこちらを見ていない。他人の情事を熱心に覗き見る淫猥な稚児に気づいたものはいなかった。
人の目が気になると、気も落ち着かない。月丸は慌てて立ち上がり、忍び足で逃げるようにその場を去った。小便に行きそびれたことに気がついたのは、布団に入ってからであった。
翌朝、いつもより少し早く起きた月丸は、庭で一心に木刀の素振りをしていた。昨晩の光景が頭から離れない。そして、そんな邪念が邪魔をして思うように剣が振れない。どうやって身体を動かしたら良いのか、どういうふうに剣を握っていたのかすら怪しくなってくる。
「太刀筋が振れとる」
不意に、後ろから声を掛けられた。知らない声だ。
恐る恐る後ろを振り返る。やはり、知らない着物。だが、その顔には見覚えがあった。いや、忘れるはずもない。山鍋猛景に抱かれていた少年だった。
束ねられた長い髪は、昨晩とは違い乱れていない。
「あ……」
思わず口を開くが、声にならない。
「鹿鳴瀬殿の寵童やろ」
そう言って、少年はすたすたと歩き寄ってくる。
ぐんぐんと近づくその顔は、月丸から見てもやはり美しいものだった。
そして、月丸の耳元に唇を添え、「見とったやろ」
呟く。
心臓が跳ねるのを感じた。
少年は、とてとてと後ろに下がり、目を細めて笑う。
「水尾千草や。よろしゅうな」
朝日に照らされた笑顔は、まさに煌めく草露のようだった。
「月丸……や。あの、昨夜はほんま、偶然通りがかっただけ言うか、覗いたわけやないねん、せやから、」
慌てる月丸の唇に、千草は人差し指を当てて制する。
「二人だけの内緒やで」
また、心臓が跳ねる。耳の奥で血が轟々流れるのを感じる。そして、月丸は見てしまった。袖の中、千草の腕に、縄の跡がついているのを──。
◇
「はじめまして。水尾千草言います」
次に会ったとき、千草はそう言った。
鹿鳴瀬の屋敷で行われる軍議に、山鍋は千草を連れ添ってやってきた。まだ少し早く、彼ら以外はこの間にはいない。
「御前んとこの、月丸やっけ、歳おんなじくらいやろ。仲良うしてぇな」
山鍋は礼をする千草の頭を撫でながらそう言った。
「水尾の子ぉか。もうこんな大きなってたか」
村正はそう言う。
「もう戦ん出る歳やからよ、鍛えてくれ言うて預けてきよったんや」
「ほうけ……」
相槌を打ちながら、鹿鳴瀬村正は思う。まだ幼子やんけ。ほんまに、戦に出すんか、と。山鍋の言う通り、水尾千草の顔つきは月丸と同じ十そこそこのものである。村正は、月丸を此度の戦場に連れ出すつもりはなかった。剣の稽古はさせども、人を斬るにはまだ早すぎる。月丸が血を浴び、或いは怪我をする姿など、見とうなかった。
これが、生まれる場所の違いなのか、とも思った。鹿鳴瀬の地は、そう何度も戦を経験していない。村正自身もこの地で刀を抜いたことはなく、初めて戦に出たのは十八のころだった。一方で山鍋家や水尾家は違う。水軍の稼業は常に戦いと隣り合わせだ。規模は大小あれど、戦のないときなど、ない。若いうちから船に乗るから、水軍の子が討死するなどよくあることだった(実際、猛景の兄弟も何人か幼いうちに死んでいる)。
「のう、村正。御前んは猫を飼うとるんか、犬を飼うとるんか」
山鍋は言った。
「なにを言うとるんや」
「女を育てとるんなら吾がぁなんも言わん。せやけど、男にしたいんやったら、大事に抱えとっても腐るだけや」
山鍋の目は、月丸を向いていた。
「まだ早い思うとるだけや」
「ふん、鹿鳴瀬の臆病なとこは昔から好かん」
そう言って、山鍋はその場にどかっと座った。千草も、横にちんまりと座る。こうしてみると、体格の差が際立つ。腕も脚も棍棒のように太い山鍋。比して、千草は小柄で、ともすれば山鍋の腕の中に収まってしまいそうだ。
そうしていると、千草と不意に目があった。笑ってこそいないが、目をわずかに細め、こちらを見ていた。
息が詰まる。
どれほどの時間そうしていただろう。恐らく、十を数えるにも満たない。僅かな間、そこに永遠があった。
やがて、開いた襖から続々と家臣の者たちがやってきた。広く見えていたこの間も、いつのまにか窮屈に感じる。
軍議が始まる。
山の遠くに敵兵を見たときよりも、戦の気配を感じた。
その日、村正の屋敷はひどく騒がしかった。
鹿鳴瀬家に仕える武士だけでなく、見慣れない家紋の者もいた。
武具を抱えた者、鎧を着た者……皆いずれも鋭い目つきで、慌ただしく廊下を走っていた。
「村正様……。ほんに大丈夫なんでしょうか」
座敷に座る村正の横で、同じく座す月丸は問うた。
数えで齢十四になる。
月丸は刀を帯びていた。村正から下賜されたものだ。
「どーどなる。どーどする」
村正の声は、聞いたことのないほど重かった。
ここ鹿鳴瀬家の領地は、土地としては大したものではない。農民がおり、田畑が、そして林があるだけだ。わざわざ奪いに来るようなものなどない。
だが、立地が悪かった。飛び地だったのだ。
鹿鳴瀬家は、南紀沿岸を有する水軍勢力、熊野山鍋氏に属している。鹿鳴瀬の領地の主な収入は材木だ。これを、川で筏にして下流まで運び、海を伝って大坂に卸している。この、川の河口に位置する浦が熊野山鍋氏の根拠地であり、ゆえに鹿鳴瀬は熊野山鍋氏と縁の深い領地なのだが、鹿鳴瀬領はあまりにも山奥に位置するため、山を挟んで国人衆と隣接している(というより、囲まれている)のだ。
これまでは、深山ゆえに見逃されてきていた。しかし、この頃はそうも言ってられなくなった。織田信長による本願寺攻め、その足掛かりとなる雑賀衆攻略が激化し、紀州の勢力図は大きくかき乱されているのである。集落ができて以来、合戦とは縁のなかった鹿鳴瀬にも、戦火が及びつつあった……。
ここ数日、どうも山間部に拠点を有する領主の動きが怪しい。探ってみたところ、国人衆の一つ、野間氏が戦の準備をしていたという。急遽、村の守りを固めるとともに、水軍から増援を頼んだ次第である。
障子が開く。
村正と月丸の座す客間に、熊野水軍の一角を担う、山鍋熊野灘警固衆猛景が入ってきた。鹿鳴瀬に応援に来た武士のほとんどは、この山鍋に仕える者たちだ。
「待たせてもうたの」
そう言って、村正と月丸の向かいにどかっと座る。
「ええんや、こんだけ寄越してもろてよ、もう言うことあれへん」
熊野山鍋氏と鹿鳴瀬領の付き合いは何代にも及ぶ。熊野山鍋家当代猛景と鹿鳴瀬村正の仲も深い。
「ここが落ちたら吾がらも困るからよ」
でかい口で山鍋は言う。
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「ふうん……」
月丸は意味ありげに目を細めて、「それなら、村正様も立派な悪党で御座いますね」
耳元で囁く。
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「何言うとんねん」
顔をわずかに赤らめながら、村正の手は月丸の顔を押し退ける。
「気ぃ引き締めぇ。いつ戦になるか分かれへんねんから」
◇
ある晩。夜になっても誰かしら篝火を持って歩き回っているようになった屋敷で、月丸は一人廊下を歩いていた。月のない夜でも、火が辺りを照らすために視界に困ることはなかった。暗がりに怯えることもなく厠に向かっていた折。
明かりのついた間があった。障子の向こうで、蝋燭の炎が揺らめいている。そして、中からは何やら艶めかしい声……。
月丸はそうっと、障子に空いた小さな穴から、中を覗いてみた。
──そのとき見た光景を、月丸は生涯忘れることはなかった。
清らかな白い肌。華奢な手足。美しく、乱れた黒髪。そして、……柔肌に食い込んだ鮮やかな紅の縄。
美しい男子が、赤い縄で縛られて座っていた。歳は月丸と同じくらいだろうか。知らない顔だった。
縄を捌く男の顔は知っている。海賊衆の頭領、山鍋猛景だ。ごつい手、全身に生えた毛(山鍋の着物はほとんどはだけていた)、厳めしい顔……、しかし、それらに反して、山鍋の表情はとても穏やかなものだった。まるで、家宝を絹布でくるむように、少年に縄を掛けていく。
小さな穴から覗く世界は、月丸の知るものとまるで違っていた。これほど、淫らで、艶めかしく、そして美しいものを見たことがなかった。蝋燭に照らされた少年の裸は、その日、この世でもっとも夜そのものに見えた。
そう思うと、途端にいけないものを見てしまったような気分に襲われる。周囲の視線が気になり、辺りを見渡す。幸い、誰もこちらを見ていない。他人の情事を熱心に覗き見る淫猥な稚児に気づいたものはいなかった。
人の目が気になると、気も落ち着かない。月丸は慌てて立ち上がり、忍び足で逃げるようにその場を去った。小便に行きそびれたことに気がついたのは、布団に入ってからであった。
翌朝、いつもより少し早く起きた月丸は、庭で一心に木刀の素振りをしていた。昨晩の光景が頭から離れない。そして、そんな邪念が邪魔をして思うように剣が振れない。どうやって身体を動かしたら良いのか、どういうふうに剣を握っていたのかすら怪しくなってくる。
「太刀筋が振れとる」
不意に、後ろから声を掛けられた。知らない声だ。
恐る恐る後ろを振り返る。やはり、知らない着物。だが、その顔には見覚えがあった。いや、忘れるはずもない。山鍋猛景に抱かれていた少年だった。
束ねられた長い髪は、昨晩とは違い乱れていない。
「あ……」
思わず口を開くが、声にならない。
「鹿鳴瀬殿の寵童やろ」
そう言って、少年はすたすたと歩き寄ってくる。
ぐんぐんと近づくその顔は、月丸から見てもやはり美しいものだった。
そして、月丸の耳元に唇を添え、「見とったやろ」
呟く。
心臓が跳ねるのを感じた。
少年は、とてとてと後ろに下がり、目を細めて笑う。
「水尾千草や。よろしゅうな」
朝日に照らされた笑顔は、まさに煌めく草露のようだった。
「月丸……や。あの、昨夜はほんま、偶然通りがかっただけ言うか、覗いたわけやないねん、せやから、」
慌てる月丸の唇に、千草は人差し指を当てて制する。
「二人だけの内緒やで」
また、心臓が跳ねる。耳の奥で血が轟々流れるのを感じる。そして、月丸は見てしまった。袖の中、千草の腕に、縄の跡がついているのを──。
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「はじめまして。水尾千草言います」
次に会ったとき、千草はそう言った。
鹿鳴瀬の屋敷で行われる軍議に、山鍋は千草を連れ添ってやってきた。まだ少し早く、彼ら以外はこの間にはいない。
「御前んとこの、月丸やっけ、歳おんなじくらいやろ。仲良うしてぇな」
山鍋は礼をする千草の頭を撫でながらそう言った。
「水尾の子ぉか。もうこんな大きなってたか」
村正はそう言う。
「もう戦ん出る歳やからよ、鍛えてくれ言うて預けてきよったんや」
「ほうけ……」
相槌を打ちながら、鹿鳴瀬村正は思う。まだ幼子やんけ。ほんまに、戦に出すんか、と。山鍋の言う通り、水尾千草の顔つきは月丸と同じ十そこそこのものである。村正は、月丸を此度の戦場に連れ出すつもりはなかった。剣の稽古はさせども、人を斬るにはまだ早すぎる。月丸が血を浴び、或いは怪我をする姿など、見とうなかった。
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「のう、村正。御前んは猫を飼うとるんか、犬を飼うとるんか」
山鍋は言った。
「なにを言うとるんや」
「女を育てとるんなら吾がぁなんも言わん。せやけど、男にしたいんやったら、大事に抱えとっても腐るだけや」
山鍋の目は、月丸を向いていた。
「まだ早い思うとるだけや」
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そう言って、山鍋はその場にどかっと座った。千草も、横にちんまりと座る。こうしてみると、体格の差が際立つ。腕も脚も棍棒のように太い山鍋。比して、千草は小柄で、ともすれば山鍋の腕の中に収まってしまいそうだ。
そうしていると、千草と不意に目があった。笑ってこそいないが、目をわずかに細め、こちらを見ていた。
息が詰まる。
どれほどの時間そうしていただろう。恐らく、十を数えるにも満たない。僅かな間、そこに永遠があった。
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