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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース
かつての恩師
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次の日。
俺は事務所から車で三十分ほど離れた処にある大学を訪れていた。ここは紫実大学。このあたりではまあまあ名の知れた大学だ。そして、俺の母校でもある。
見慣れた学舎を通り過ぎ、学生の群れを躱しながら目的地へと向かう。ここに来たのは、"蠱毒な少年"という言葉について知っているかもしれないある人物に話を聞くためだ。
ちなみに、モモヒキは来ていない。誘ってみたのだが、「わたしは昨日のおじいちゃんと話をしてみたいです!」といい、事務所に残ることとなった。モモヒキも、自分なりに"蠱毒な少年"という言葉と自分の友人の死が関係していると考えての事だろう。
(あいつは確か高校2年生だったよな…。大学に行くと言ったら興味を持つと思ったんだが、まあいいか)
モモヒキの事はさておいて、目的の建屋にたどり着いた。入口の警備員に尋ねると、彼は2階の研究室にいらっしゃると言う。
板張りの床を踏みしめると、ギシギシと軋んだ音が鳴る。いい加減新しい建屋に移動すればいいのに、ずっとこのオンボロ学舎にいるのは、引越しが面倒だからだろう。そういうところも以前と変わってない。
二階に上がり、目的の研究室の前に立つ。ドアをノックすると、「どうぞ」と聞き慣れた声が聞こえた。俺は何も言わずにドアノブに手をかける。
ノブを回して部屋の中へ入ると、噎せ返るような古紙の匂いが漂ってきた。部屋を覆い尽くさんばかりの巨大な本棚に、これまた大量の本が隙間なくぎっしりと敷き詰められている。その本達を背にするように、骨董品のデスクに座り何やら資料を読み耽っている人物と目が合う。
彼は俺を見るなり額にかけていた眼鏡をかけ直し、少し目を見開いた後、僅かに微笑んだ。
「おや、これは珍しい客じゃな」
「お久しぶりです、文目先生。お変わりないようで、何よりです」
彼の名前は文目賢。ここ紫実大学で民俗学や伝承について研究している教授だ。俺が学生の時にお世話になった恩師でもある。
「お前も相変わらずなようじゃな、才児。いや、少し老けたか? いくつになった?」
「もう三十二になります」
「そうかそうか、月日が経つのは早いのう。しかし、アポも無しに来るとは関心せんな。常識がなっとらんぞ」
「いや、それは先生が携帯をお持ちでないから連絡がつかないですし…。それに、ちょっと前に先生宛にPCメールを送りましたよ。やっぱり見ていなかったんですね」
「おお、そうじゃったか。そいつは失礼した。まあ、よう来てくれた。そこに座れ」
先生に促されるまま、古びた椅子に座る。先生も重い腰を上げ、机を挟んで対面の椅子に腰掛けた。
「これも、俺が学生の時からあったやつですよね?」
「ああ、もうずっと昔から使っておるよ。わしは古いものが好きなんじゃ。自分も古い人間じゃからのぅ」
「何を言ってるんですか。この間も、今までの学説を覆すような論文を発表していたじゃないですか」
「ほっほ。わしを持ち上げたって何にもならんぞ? それより、お前はまだ探偵業を続けておるのか?」
「はい。おかげさまで今も何とか続けられています」
「そうか、それは何よりじゃ。今も一人でやってるのか?」
「はい。やっぱり自分自身が一番信じられるので」
「はっは! そういうところは学生の頃と変わっておらんのう。それで、今日はどうしてわしの処に来た? ただ顔を見に来たわけでもあるまい」
そう言うと、先生の表情が変わった。先程までの人の良いご年配の顔は嘘のように消え、刺すような鋭い視線が俺を射抜く。その瞳の奥には好奇心の炎が燃えていた。こういうところも全然変わっていない。いや、むしろ老いてますます健在、と言ったところか。
「分かりますか、先生」
「当然じゃ。ほれ、はよ言うてみい」
さて、ここで手がかりを得ることは出来るか。俺は息を整え、あのキーワードを発した。
「先生、"蠱毒な少年"という言葉に聞き覚えは?」
俺は事務所から車で三十分ほど離れた処にある大学を訪れていた。ここは紫実大学。このあたりではまあまあ名の知れた大学だ。そして、俺の母校でもある。
見慣れた学舎を通り過ぎ、学生の群れを躱しながら目的地へと向かう。ここに来たのは、"蠱毒な少年"という言葉について知っているかもしれないある人物に話を聞くためだ。
ちなみに、モモヒキは来ていない。誘ってみたのだが、「わたしは昨日のおじいちゃんと話をしてみたいです!」といい、事務所に残ることとなった。モモヒキも、自分なりに"蠱毒な少年"という言葉と自分の友人の死が関係していると考えての事だろう。
(あいつは確か高校2年生だったよな…。大学に行くと言ったら興味を持つと思ったんだが、まあいいか)
モモヒキの事はさておいて、目的の建屋にたどり着いた。入口の警備員に尋ねると、彼は2階の研究室にいらっしゃると言う。
板張りの床を踏みしめると、ギシギシと軋んだ音が鳴る。いい加減新しい建屋に移動すればいいのに、ずっとこのオンボロ学舎にいるのは、引越しが面倒だからだろう。そういうところも以前と変わってない。
二階に上がり、目的の研究室の前に立つ。ドアをノックすると、「どうぞ」と聞き慣れた声が聞こえた。俺は何も言わずにドアノブに手をかける。
ノブを回して部屋の中へ入ると、噎せ返るような古紙の匂いが漂ってきた。部屋を覆い尽くさんばかりの巨大な本棚に、これまた大量の本が隙間なくぎっしりと敷き詰められている。その本達を背にするように、骨董品のデスクに座り何やら資料を読み耽っている人物と目が合う。
彼は俺を見るなり額にかけていた眼鏡をかけ直し、少し目を見開いた後、僅かに微笑んだ。
「おや、これは珍しい客じゃな」
「お久しぶりです、文目先生。お変わりないようで、何よりです」
彼の名前は文目賢。ここ紫実大学で民俗学や伝承について研究している教授だ。俺が学生の時にお世話になった恩師でもある。
「お前も相変わらずなようじゃな、才児。いや、少し老けたか? いくつになった?」
「もう三十二になります」
「そうかそうか、月日が経つのは早いのう。しかし、アポも無しに来るとは関心せんな。常識がなっとらんぞ」
「いや、それは先生が携帯をお持ちでないから連絡がつかないですし…。それに、ちょっと前に先生宛にPCメールを送りましたよ。やっぱり見ていなかったんですね」
「おお、そうじゃったか。そいつは失礼した。まあ、よう来てくれた。そこに座れ」
先生に促されるまま、古びた椅子に座る。先生も重い腰を上げ、机を挟んで対面の椅子に腰掛けた。
「これも、俺が学生の時からあったやつですよね?」
「ああ、もうずっと昔から使っておるよ。わしは古いものが好きなんじゃ。自分も古い人間じゃからのぅ」
「何を言ってるんですか。この間も、今までの学説を覆すような論文を発表していたじゃないですか」
「ほっほ。わしを持ち上げたって何にもならんぞ? それより、お前はまだ探偵業を続けておるのか?」
「はい。おかげさまで今も何とか続けられています」
「そうか、それは何よりじゃ。今も一人でやってるのか?」
「はい。やっぱり自分自身が一番信じられるので」
「はっは! そういうところは学生の頃と変わっておらんのう。それで、今日はどうしてわしの処に来た? ただ顔を見に来たわけでもあるまい」
そう言うと、先生の表情が変わった。先程までの人の良いご年配の顔は嘘のように消え、刺すような鋭い視線が俺を射抜く。その瞳の奥には好奇心の炎が燃えていた。こういうところも全然変わっていない。いや、むしろ老いてますます健在、と言ったところか。
「分かりますか、先生」
「当然じゃ。ほれ、はよ言うてみい」
さて、ここで手がかりを得ることは出来るか。俺は息を整え、あのキーワードを発した。
「先生、"蠱毒な少年"という言葉に聞き覚えは?」
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