蠱毒な少年 -闇に咲く白い花-

こーいち

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其の弐 桃日絆希と篠懸才児のケース

最悪の判断ミス

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 俺と賢爺けんじいは資料室を後にし、再び研究室の椅子に座っていた。賢爺は俺にコーヒーを淹れてくれたが、とても飲む気にはならなかった。未だに背筋から冷や汗が流れ落ち、手の震えが抑えられない。俺が関わろうとしていたモノがれ程恐ろしいものか、それをまざまざと見せつけられた気分だ。


「まだ落ち着かんか、才坊さいぼう

「ああ、流石にショックがでかいぜ...」

「そうじゃろうな。わしも長く生きてきたが、ここまで恐ろしい存在に相対あいたいするのは初めてじゃ」


 民俗学や伝承の第一人者であり、今までにも既存の法則では証明できない様々な事象と向き合ってきた先生でさえ、恐怖を覚える存在。それが、今まさに俺の住む街にいて、人々の怨念を晴らす為に闇に隠れうごめいている。


「賢爺…いや、先生…」

「なんじゃ」

「俺は………自分の興味本位で今までこいつがしでかしたであろう不審死事件について調べていた。その数は…この半年で三十件以上だ」


 俺は思い出す。その中には、自分が直接関わった人物、そして、俺にすがるように依頼をして来たあの少女の友人も含まれている。

 彼らは、果たして死を望んでいただろうか。答えは、いなだ。それだけは、はっきりと分かる。いつの間にか、手の震えは止まっていた。


「それは…大変な数じゃな」

「こいつは!! たった半年で少なくとも三十人以上の人間をその手にかけたんだ!! 一体どんな大義名分があるのか知らんが、到底許されていい事じゃない!! 」


 抑えられない感情が口から吐き出された。あの少年が手にかけた人の中には、殺されても仕方がない人間もいただろうが、逆恨みや一方的な感情で殺された人もいるはずだ。そして、残された遺族達は、自分が愛する人をその手にかけた犯人を見つけることが出来ず、辛く苦しい日々を送っている事だろう。

 少なくとも、俺は一人、そういう奴を知っている。今は亡き友人を想い、たった独りで行動し続けるはかない少女の事を、俺は知っているのだ。

 頭に血が昇り、肩で息をする俺を先生はなだめた。


「才児、お前がそこまで"蠱毒な少年"に固執するのには、何か事情があるのだろうな。冷静なお前がこれほど熱くなるとは」

「ああ...。先生、あのふざけたガキを何とかするすべはないのか?」


 俺は先生に問いかける。先生なら、あるいはあの少年の対処法を見出してくれるかもしれない、と思ったのだ。俺が学生の時も、彼の叡智えいちで幾度となく助けてもらった経験がある。そんな先生に、今回も期待したい。

 先生は大きく息を吐き、しばし目をつむった後、静かにこう言った。


「才児、もう"蠱毒な少年"には関わるな」

「な、何でだよ! 先生でもどうしようもないってのか!?」

「そうじゃ。わしにはどうしようもない」

「な...」


 先生はきっぱりと言い放った。そして、唖然あぜんとしている俺の両肩をがっちりと掴んでこう付け加えた。


「才児、お前を失いたくはないんじゃよ。頼む。もうこれ以上この話をわしにさせんでくれ」

「先生...」

「ネットやSNSが普及した今の時代に、なぜあの少年の話がほんの少しも語られていないのか。さといお前なら分かるはずじゃろ?」

「………関わった人間が、殆ど皆死んでいるからか」

「…うむ。付け加えるなら、この手の怪異にはある法則性、いや、習性のようなものがある。という習性がな。お前が"蠱毒な少年"について調べるという事は、則ち奴を呼び寄せようとしているようなものなんじゃよ」

「…俺がネットで"蠱毒な少年"の話を調べても何も引っかからなかったのは、まだ奴をからだって事か。だが、もしこれ以上深入りすれば、俺にも………」


 先生は何も言わず頷いた。俺の肩を掴む力がどんどん強くなっているのを感じる。先生は、"蠱毒な少年"の事を知っているからこそ、知り過ぎているからこそ、俺に関わって欲しくないと思っているのだ。その気持ちは、先生の態度から痛い程伝わってきた。


「………分かったよ、先生。言う通りにするよ」

「おお、そうか、そうか。それでいいんじゃ、才児よ」

「煙草、吸わせてもらっても? 気分が落ち着くんだ」

「ああ、構わんよ。灰皿を出そう」


 俺は煙草に火を点け、灰色の煙を肺に送りふーっと吐き出した。落ち着いてきた頭で少し考え事をする。今回先生の処に来たのは、あの依頼人………葦田あしださんが持ってきた手紙がきっかけだった。


"近いうちにがあなたの処へ参ります"


 それが意味する処は、手紙の送り主が"蠱毒な少年"と契約を交わし、葦田さんを呪い殺すという宣言だ。つまり、近いうちに葦田さんは"蠱毒な少年"の餌食となるだろう。どうしようもない事とはいえ、自分の知る人物が死に直面していて、何もできないというのは心持ちの良いものではない。

 葦田さん、人の良さそうな感じだったけどな。人は見かけによらないってやつか。そういえば、今日はモモヒキが葦田さんと...

話をするって...

言ってた...


「しまった!!!!」


 俺は弾かれるように立ち上がると、研究室を飛び出し一目散に車へと走った。


「才児!!!」


 先生の叫ぶような声が聞こえるが、気にしている暇はない。最悪だ。モモヒキと葦田さんを二人きりにして出てきてしまった。俺の判断ミスだ。

 もし、もしモモヒキが"蠱毒な少年"と出逢ってしまったら。きっと彼女はそいつが自分の友人のかたきだと悟るだろう。そうなれば......。

 頭の中で最悪のシナリオが浮かぶ。しかも、その可能性は決して低くない。俺と違ってモモヒキは"蠱毒な少年"が現れるのを求めているのだから!! ようやく車にたどり着いた俺は、運転席に体を滑り込ませて急ぎ足でエンジンをかけると、公道をぶっ飛ばした。





 ビルの階段を駆け上がり、テナントの横をすり抜けて事務所の扉に手をかける。鍵はかかっていなかった。頼む、俺の思い過ごしであってくれ!


桃日ももひ!!!」


 俺は叫びながらドアを開け放った。事務所の中には一見誰もいないように見えた。だが、中に踏み入った俺は"それ"を見つけてしまった。




 人が倒れている。少女だ。長く黒いつやのある髪の毛、薄ピンクのパーカー、紺色のスカート。それは、俺が大学に向かう前に見た、桃日絆希の外見と全く同じだった。
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