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第1章〜ヒロインたちが並行世界で待っているようですよ〜⑪
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琴吹先輩への取材および先方からの意外な申し出があった日から、数日後のこと――――――。
オレは、ふたたび、河野雅美と教室に残り、クラス委員の仕事をこなしていた。
今回の作業は、二学期の最後に行われる生徒会主催クリスマス・パーティの参加希望者の確認と提出だ。
ウチの……というより、このセカイ = オレが『ルートB』と名付けているセカイの我がクラスは、イベントに積極的に参加する陽キャラな生徒が多数を占めるためか、全員が参加を申し込むということで、その必要書類の確認には、少々の時間を要した。
放送・新聞部としてクリスマス会の取材にあたるオレを除いた39名分の申込書と記入内容を確認し終えたオレたちは、書類を束にしてまとめると、ふたり同時に
「フゥ~」
と息をつく。その絶妙なタイミングがツボにハマったのか、クラス委員のパートナーは、クスクスと笑い出した。
「どうした、河野? そんなに可笑しかったか?」
オレが、そうたずねると、彼女は小さく首を横に振って答える。
「ううん……ただ、やっぱり、玄野くんとは、気が合うなって、思っただけ……」
少しはにかみながら答える相手に、微笑を浮かべなから、「そっか……」と相づちを打ったあと、
「こうして、一緒に仕事をすることも多かったからかな? もし、良ければ、同じクラス委員として、河野の悩み事の相談なんかも聞かせてもらうぜ。オレなんかで頼りになるかは、わからないけど……」
と、照れ隠しに頬をかきながら応じた。
すると、彼女は、「えっ!?」と驚き、「どうしよう……」と、一瞬、逡巡するようすを見せたものの、なにかを決意するように、小さくうないずいたあとに、キュッと表情を引き締めて、語りだした。
「じゃあ、ちょっとだけ、相談に乗ってもらって良いかな? 実は、顧問の桜木先生のことなんだけど……」
河野の言葉に、優しくうなずきながらも、オレは内心で驚きを隠せなかった。
なぜなら、数日前、オレに『必勝法』とやらを授けてくれると申し出た、琴吹生徒会長が
「後輩ちゃんは、いま悩みを抱えてるみたいだから、その相談に乗ってあげて。おそらく、あの娘が思い悩んでいることは、ふたつあって――――――」
と語った通りの中身が、そのまま吹奏楽部の次期幹部候補であるクラスメートの口から語られたからだ。
(スゲーな、生徒会長……)
可愛がっている後輩の悩み事の内容を正確に言い当てた琴吹会長は、さらに、模範解答まで授けてくれていた。
その内容を懸命に思い出しながら、目の前のクラス委員の話しに耳を傾ける。
「私たちのクラブの顧問の桜木先生が、とても優秀な指導者で、あいらんど高校の吹奏楽部を地区大会の強豪校に育ててくれたっていうのは、玄野くんも知っていると思うんだけど……でも、指導も厳しくて、いまの下級生たちが、来年もついて来てくれるか心配なんだ」
「そうなんだ……河野は、いまの三年生が引退したら、吹奏楽部の役職につくかも知れないから気になるよな」
オレが返答すると、彼女は、我が意を得た、といった感じでうなずく。河野の語るように、吹奏楽部の顧問である男性教諭の桜木先生は、長身でスラリとした体型と整った容姿から、一部の女子生徒から人気があるものの、その厳しい指導法で吹奏楽部の部員からは恐れられており、陰では
『イケメン粘着悪魔』
なんて、ありがたくない二つ名で呼ばれていることが、オレたち放送・新聞部の取材で明らかになっている。
琴吹生徒会長の言葉を念頭に置いたうえで、そんなことを思い出しながら、オレは、クラス委員のパートナーにアドバイスするように答える。
「オレは、桜木先生の人となりをこと細かに知っている訳ではないから、あくまで一般論になってしまうが……河野が心配していることを、ひとりで抱え込まずに同じ学年の部員たちと共有してみたらどうだ? たぶん、二年の吹奏楽部の部員は、河野と同じことを心配してるんじゃないかな?」
オレの返答に、彼女はハッとした表情を見せたあと、小さく、しかし、力強くうなずく。
河野が、こちらの話しに耳を傾けてくれていることを確信したオレは続けて語らせてもらう。
「それと、もうひとつは、先輩たちを頼ること。いまの部長さんや副部長さんも、きっと、去年のいま頃は、河野と同じ悩みを抱えていたと思うんだ。速水先輩や琴吹先輩が、どんな風に桜木先生に対処していたか、現役の時なら言えないことも、先輩たちが引退したあとなら言えることがあるかも知れないし、良いアドバイスをくれるんじゃないかな?」
偉大なるアドバイザーである生徒会長の言葉を思い返しながら、そんな風に答えると、目の前の彼女の仕草は、先ほどよりもさらに大きくなり、こちらの言葉に大いに納得しているようすが見て取れた。
そして、最後にオレは付け加える。
「ここまでは、吹奏楽部の中での話しだったけど……オレが所属している放送・新聞部は、先生たちに話しを聞かせてもらうことも多いから、河野や吹奏楽部のみんなが困っていることがあったら、こっそりとオレから久川先生に伝えておくよ」
久川先生は、吹奏楽部のもう一人の顧問である女性教諭だ。専門教科は英語のため、音楽的な素養は桜木先生に譲るものの、大所帯のクラブの部員たちを冷静な指導で統率している。
キャリア・ウーマン然とした雰囲気とキッパリと物事を言い切る口調のため、こちらは、部員たちから、
『女帝』
というあだ名をつけられているが、生徒想いで愛情にあふれる先生だということは、放送・新聞部の取材活動を通じて、オレが実感していることでもあった。
オレの言葉を聞き終えた河野は、書類確認が終わったあとと同じように、
「フゥ~」
と、息を漏らす。そして、安堵したような表情をみせたあと、さらに、こんな申し出をしてきた。
「玄野くん、ありがとう……やっぱり、玄野くんに相談してみて良かった! あの、厚かましいお願いで申し訳ないんだけど、もし、まだ、時間に余裕があったら、もうひとつ、相談に乗ってもらって良いかな?」
さっきよりも、さらに緊張した面持ちでたずねるクラス委員に対して、オレは、
「河野みたいな女子に頼ってもらえるなんて、男子冥利に尽きるな……なんでも、相談してくれ」
と、軽く微笑みながら、うなずいた。
オレは、ふたたび、河野雅美と教室に残り、クラス委員の仕事をこなしていた。
今回の作業は、二学期の最後に行われる生徒会主催クリスマス・パーティの参加希望者の確認と提出だ。
ウチの……というより、このセカイ = オレが『ルートB』と名付けているセカイの我がクラスは、イベントに積極的に参加する陽キャラな生徒が多数を占めるためか、全員が参加を申し込むということで、その必要書類の確認には、少々の時間を要した。
放送・新聞部としてクリスマス会の取材にあたるオレを除いた39名分の申込書と記入内容を確認し終えたオレたちは、書類を束にしてまとめると、ふたり同時に
「フゥ~」
と息をつく。その絶妙なタイミングがツボにハマったのか、クラス委員のパートナーは、クスクスと笑い出した。
「どうした、河野? そんなに可笑しかったか?」
オレが、そうたずねると、彼女は小さく首を横に振って答える。
「ううん……ただ、やっぱり、玄野くんとは、気が合うなって、思っただけ……」
少しはにかみながら答える相手に、微笑を浮かべなから、「そっか……」と相づちを打ったあと、
「こうして、一緒に仕事をすることも多かったからかな? もし、良ければ、同じクラス委員として、河野の悩み事の相談なんかも聞かせてもらうぜ。オレなんかで頼りになるかは、わからないけど……」
と、照れ隠しに頬をかきながら応じた。
すると、彼女は、「えっ!?」と驚き、「どうしよう……」と、一瞬、逡巡するようすを見せたものの、なにかを決意するように、小さくうないずいたあとに、キュッと表情を引き締めて、語りだした。
「じゃあ、ちょっとだけ、相談に乗ってもらって良いかな? 実は、顧問の桜木先生のことなんだけど……」
河野の言葉に、優しくうなずきながらも、オレは内心で驚きを隠せなかった。
なぜなら、数日前、オレに『必勝法』とやらを授けてくれると申し出た、琴吹生徒会長が
「後輩ちゃんは、いま悩みを抱えてるみたいだから、その相談に乗ってあげて。おそらく、あの娘が思い悩んでいることは、ふたつあって――――――」
と語った通りの中身が、そのまま吹奏楽部の次期幹部候補であるクラスメートの口から語られたからだ。
(スゲーな、生徒会長……)
可愛がっている後輩の悩み事の内容を正確に言い当てた琴吹会長は、さらに、模範解答まで授けてくれていた。
その内容を懸命に思い出しながら、目の前のクラス委員の話しに耳を傾ける。
「私たちのクラブの顧問の桜木先生が、とても優秀な指導者で、あいらんど高校の吹奏楽部を地区大会の強豪校に育ててくれたっていうのは、玄野くんも知っていると思うんだけど……でも、指導も厳しくて、いまの下級生たちが、来年もついて来てくれるか心配なんだ」
「そうなんだ……河野は、いまの三年生が引退したら、吹奏楽部の役職につくかも知れないから気になるよな」
オレが返答すると、彼女は、我が意を得た、といった感じでうなずく。河野の語るように、吹奏楽部の顧問である男性教諭の桜木先生は、長身でスラリとした体型と整った容姿から、一部の女子生徒から人気があるものの、その厳しい指導法で吹奏楽部の部員からは恐れられており、陰では
『イケメン粘着悪魔』
なんて、ありがたくない二つ名で呼ばれていることが、オレたち放送・新聞部の取材で明らかになっている。
琴吹生徒会長の言葉を念頭に置いたうえで、そんなことを思い出しながら、オレは、クラス委員のパートナーにアドバイスするように答える。
「オレは、桜木先生の人となりをこと細かに知っている訳ではないから、あくまで一般論になってしまうが……河野が心配していることを、ひとりで抱え込まずに同じ学年の部員たちと共有してみたらどうだ? たぶん、二年の吹奏楽部の部員は、河野と同じことを心配してるんじゃないかな?」
オレの返答に、彼女はハッとした表情を見せたあと、小さく、しかし、力強くうなずく。
河野が、こちらの話しに耳を傾けてくれていることを確信したオレは続けて語らせてもらう。
「それと、もうひとつは、先輩たちを頼ること。いまの部長さんや副部長さんも、きっと、去年のいま頃は、河野と同じ悩みを抱えていたと思うんだ。速水先輩や琴吹先輩が、どんな風に桜木先生に対処していたか、現役の時なら言えないことも、先輩たちが引退したあとなら言えることがあるかも知れないし、良いアドバイスをくれるんじゃないかな?」
偉大なるアドバイザーである生徒会長の言葉を思い返しながら、そんな風に答えると、目の前の彼女の仕草は、先ほどよりもさらに大きくなり、こちらの言葉に大いに納得しているようすが見て取れた。
そして、最後にオレは付け加える。
「ここまでは、吹奏楽部の中での話しだったけど……オレが所属している放送・新聞部は、先生たちに話しを聞かせてもらうことも多いから、河野や吹奏楽部のみんなが困っていることがあったら、こっそりとオレから久川先生に伝えておくよ」
久川先生は、吹奏楽部のもう一人の顧問である女性教諭だ。専門教科は英語のため、音楽的な素養は桜木先生に譲るものの、大所帯のクラブの部員たちを冷静な指導で統率している。
キャリア・ウーマン然とした雰囲気とキッパリと物事を言い切る口調のため、こちらは、部員たちから、
『女帝』
というあだ名をつけられているが、生徒想いで愛情にあふれる先生だということは、放送・新聞部の取材活動を通じて、オレが実感していることでもあった。
オレの言葉を聞き終えた河野は、書類確認が終わったあとと同じように、
「フゥ~」
と、息を漏らす。そして、安堵したような表情をみせたあと、さらに、こんな申し出をしてきた。
「玄野くん、ありがとう……やっぱり、玄野くんに相談してみて良かった! あの、厚かましいお願いで申し訳ないんだけど、もし、まだ、時間に余裕があったら、もうひとつ、相談に乗ってもらって良いかな?」
さっきよりも、さらに緊張した面持ちでたずねるクラス委員に対して、オレは、
「河野みたいな女子に頼ってもらえるなんて、男子冥利に尽きるな……なんでも、相談してくれ」
と、軽く微笑みながら、うなずいた。
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