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インターミッション〜世界の片隅で愛を叫べなかったケモノ〜①
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彼女と最初に出会ったのは、小学四年生の三学期のことだった――――――。
「東京から転校してきました。白井三葉です。仲良くしてくれると嬉しいです」
なんとか、セリフを噛まずに言い切っていたが、ときにハナにつく程の自信に満ちた言動で堂々と発言する、いまとは異なり、知り合った頃の三葉は、どこかオドオドしていて、自信なさげな表情をしていることが多かった。
それは、転校してきたばかりであることに加えて、彼女の両親の別居から離婚に至る過程が、逐一、週刊誌やワイドショーを通じて、報じられていたこととも関連があるのかも知れない。
当時まだ小学生だった自分には、あまり実感がわかなかったが、白井三葉の父親と母親は、舞台を中心に活躍する演出家と女優を職業にしていて、オレたちの住む街に母親とともに引っ越してきたのは、当時メディアを騒がせていた両親の離婚騒動と大いに関係しているであろうことは間違いないからだ。
同じクラスだったとは言え、彼女が転校してきてから学期末までの間は、ほとんど会話を交わした記憶ない。
オレが、三葉と頻繁に話すキッカケになったのは、四年生の修了式が終わって何日か経ったあと、日頃から歌うことが趣味と仕事のストレス発散方法だと主張している母親とともに、カラオケに行こうとしていたときの出来事だった。
自分たちの住む埋め立て地の人工島から、対岸にある市内のカラオケボックスに出掛けようと自宅前で準備をしていると、斜め向かいの家の玄関先で、ひとりでスマホをいじっている三葉が目に入った。
あくまで、子どもの直感でしかなかったのだが――――――。
父親が不在という似たような境遇であることと、春休みに入って、親友の冬馬の習い事が増えたため、遊び相手が居なくなっていたオレの目には、なんとなく、三葉が時間を持て余しているように見えた。
「白井、いまから誰かと遊ぶ予定はあるのか? もし、ないなら、ウチの母ちゃんとカラオケに行かね?」
その頃のオレは、男女の分け隔てなく話しをする最後の時期ということもあって、他意などなく話しかけたのだが、その一言は、彼女を驚かせたようだ。
オレが、ウチの母親にも同意を取り付けると、三葉は、
「お母さんに聞いてみる!」
と言って、スマホで彼女の母親に連絡を取り、その後、玄野家と白井家の母親同士の交渉を経て、オレたちは、予定どおり三人で対岸にあるカラオケボックスに向かうことになった。
JRの沿線沿いにあるカラオケボックスは、春休みということもあり、昼間でも客入りは多かったが、母親がルーム予約をしてくれていたおかげで、受付後にすんなりと部屋に通してもらえた。
案内されたのは、『ステージルーム』というスポットライトやマイクスタンドが併設されたコンセプトルームで、薄暗い室内の中、照明やマイクスタンドが醸し出す雰囲気に、オレは、
「すげぇ! かっけぇ~!!」
と興奮したのを覚えている。
ただ、その室内のムードは、このあと、小さなアーティストを引き立てるための舞台装置であったことを、オレは思い知らされることになった。
当時の三葉は、どちらかというと引っ込み思案の性格だったと思うし、誘ってもらった側としては、初手からマイクを握る気持ちにはなれないだろう、と気を利かせて、オレは『ゲラゲラポーのうた』をリクエストして歌い上げた。
ステージルームのコンセプトとは相容れない選曲であることは、小学生のオレにもわかってはいたが、当時の自分自身のレパートリーには、他に適当な楽曲がなかったというのが実情だ。
続いて母親が、得意にしているMISIAの『Everything』を熱唱し、
「あ~、気持ちよかった! 久々に歌い上げちゃった~」
などとおどけていたのだが、その直後に、自分たち玄野家のふたりは、度肝を抜かれる事態に直面した。
スクリーンに『You Raise Me Up』と楽曲のタイトルが表示されると、三葉は、遠慮がちに簡易ステージに立ったのだが、イントロが流れ、彼女にスポットライトが当たると、なにかのスイッチが入ったように、その表情は、アーティスト然とした引き締まったモノへと変貌した。
そして、
♪ When I am down and, oh my soul, so weary
♪ When troubles come and my heart burned be
♪ Then, I am still and wait here in the silence,
♪ Until you come and sit awhile with me.
と、楽曲の冒頭を歌い始めると、カラオケボックスの簡易ステージは、まるで、トップ・アーティストが立つ舞台のような眩しさに包まれた。
♪ You raise me up so I can stand on mountains
♪ You raise me up to walk on stormy seas
♪ I am strong when I am on your shoulders
♪ You raise me up to more than I can to be.
さらに、テレビコマーシャルで耳にしたことのあるサビの部分を彼女が歌い上げると、オレと母親は、その歌唱力に圧倒され、呆けたような表情で、ステージの少女を見つめるしかなかった。
「東京から転校してきました。白井三葉です。仲良くしてくれると嬉しいです」
なんとか、セリフを噛まずに言い切っていたが、ときにハナにつく程の自信に満ちた言動で堂々と発言する、いまとは異なり、知り合った頃の三葉は、どこかオドオドしていて、自信なさげな表情をしていることが多かった。
それは、転校してきたばかりであることに加えて、彼女の両親の別居から離婚に至る過程が、逐一、週刊誌やワイドショーを通じて、報じられていたこととも関連があるのかも知れない。
当時まだ小学生だった自分には、あまり実感がわかなかったが、白井三葉の父親と母親は、舞台を中心に活躍する演出家と女優を職業にしていて、オレたちの住む街に母親とともに引っ越してきたのは、当時メディアを騒がせていた両親の離婚騒動と大いに関係しているであろうことは間違いないからだ。
同じクラスだったとは言え、彼女が転校してきてから学期末までの間は、ほとんど会話を交わした記憶ない。
オレが、三葉と頻繁に話すキッカケになったのは、四年生の修了式が終わって何日か経ったあと、日頃から歌うことが趣味と仕事のストレス発散方法だと主張している母親とともに、カラオケに行こうとしていたときの出来事だった。
自分たちの住む埋め立て地の人工島から、対岸にある市内のカラオケボックスに出掛けようと自宅前で準備をしていると、斜め向かいの家の玄関先で、ひとりでスマホをいじっている三葉が目に入った。
あくまで、子どもの直感でしかなかったのだが――――――。
父親が不在という似たような境遇であることと、春休みに入って、親友の冬馬の習い事が増えたため、遊び相手が居なくなっていたオレの目には、なんとなく、三葉が時間を持て余しているように見えた。
「白井、いまから誰かと遊ぶ予定はあるのか? もし、ないなら、ウチの母ちゃんとカラオケに行かね?」
その頃のオレは、男女の分け隔てなく話しをする最後の時期ということもあって、他意などなく話しかけたのだが、その一言は、彼女を驚かせたようだ。
オレが、ウチの母親にも同意を取り付けると、三葉は、
「お母さんに聞いてみる!」
と言って、スマホで彼女の母親に連絡を取り、その後、玄野家と白井家の母親同士の交渉を経て、オレたちは、予定どおり三人で対岸にあるカラオケボックスに向かうことになった。
JRの沿線沿いにあるカラオケボックスは、春休みということもあり、昼間でも客入りは多かったが、母親がルーム予約をしてくれていたおかげで、受付後にすんなりと部屋に通してもらえた。
案内されたのは、『ステージルーム』というスポットライトやマイクスタンドが併設されたコンセプトルームで、薄暗い室内の中、照明やマイクスタンドが醸し出す雰囲気に、オレは、
「すげぇ! かっけぇ~!!」
と興奮したのを覚えている。
ただ、その室内のムードは、このあと、小さなアーティストを引き立てるための舞台装置であったことを、オレは思い知らされることになった。
当時の三葉は、どちらかというと引っ込み思案の性格だったと思うし、誘ってもらった側としては、初手からマイクを握る気持ちにはなれないだろう、と気を利かせて、オレは『ゲラゲラポーのうた』をリクエストして歌い上げた。
ステージルームのコンセプトとは相容れない選曲であることは、小学生のオレにもわかってはいたが、当時の自分自身のレパートリーには、他に適当な楽曲がなかったというのが実情だ。
続いて母親が、得意にしているMISIAの『Everything』を熱唱し、
「あ~、気持ちよかった! 久々に歌い上げちゃった~」
などとおどけていたのだが、その直後に、自分たち玄野家のふたりは、度肝を抜かれる事態に直面した。
スクリーンに『You Raise Me Up』と楽曲のタイトルが表示されると、三葉は、遠慮がちに簡易ステージに立ったのだが、イントロが流れ、彼女にスポットライトが当たると、なにかのスイッチが入ったように、その表情は、アーティスト然とした引き締まったモノへと変貌した。
そして、
♪ When I am down and, oh my soul, so weary
♪ When troubles come and my heart burned be
♪ Then, I am still and wait here in the silence,
♪ Until you come and sit awhile with me.
と、楽曲の冒頭を歌い始めると、カラオケボックスの簡易ステージは、まるで、トップ・アーティストが立つ舞台のような眩しさに包まれた。
♪ You raise me up so I can stand on mountains
♪ You raise me up to walk on stormy seas
♪ I am strong when I am on your shoulders
♪ You raise me up to more than I can to be.
さらに、テレビコマーシャルで耳にしたことのあるサビの部分を彼女が歌い上げると、オレと母親は、その歌唱力に圧倒され、呆けたような表情で、ステージの少女を見つめるしかなかった。
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