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第11章〜よつば様は告らせたい〜⑥
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三月二十三日(水)
その日の夕方、学校から帰ってきた私は、数日後に迫った引っ越しの準備のために行っていた自室の整理を終えて、スマホを触っていた。
何事も計画通り進めたい、と考える私は、部屋の片付けをあらかた終えて、いくつかのダンボールに囲まれたベッドに腰掛ける。
片付いた自室の写真を《ミンスタ》にアップして、数日後に引っ越すことを告知する投稿を行ったあと、スマホの画面をスワイプさせると、《YourTube》のアイコンに登録チャンネルの更新があったことを示す、小さなマル印が付いていた。
確認のため、そのアイコンをタップすると、竜司たち《竜馬ちゃんねる》の動画が更新されていることがわかった。
(今度は、どんな動画をアップしたんだろう? 再会した時に、ネタにして竜司をイジってあげるために、見ておこう……)
そんな、軽い気持ちで、ニヤニヤとしながらサムネイル画面をタップする。
しかし、画面から指を離した途端、イヤな予感がした。
その動画のタイトルが、
『ホーネッツ1号 人生で初めて失恋しました』
という、彼らがこれまで作ってきた動画とは、明らかに雰囲気の異なるものになっていたからだ。
その動画の再生が始まると、私たちの世代なら誰もが知っている、失恋ソングのイントロが流れる。
元号が令和に改元される二週間前に楽曲の配信がスタートした『平成最後のラブソング』と言われている超有名なあの曲だ。
ギターのフレーズが印象的なイントロが流れる三十秒の間、ギュッと心臓を掴まれたような息苦しさを感じながら、スマホを見つめていると、フローリングに置かれた机の前に、竜司が座り、画面には字幕が表示された。
――――――ねぇ、なんだか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?
「……………………」
動画の中の竜司は、なかなか口を開かないが、ボーカルが曲を歌い始めるのとほぼ同時に、うつむきながら、小さくつぶやいた。
「クラスの女子に告ってフラれた」
その言葉を耳にした瞬間、私のなかで、世界が崩れる音がした。
(ナニ……? どういうこと?)
(竜司が、失恋したってこと?)
そんな私の疑問と動揺をよそに、動画は進む。
――――――そっか……その女子は、どんなコなの?
「同じクラスで席が近くて話すようになって、親しくなった」
――――――そのコのどんなところが好きだったの?
「誰にでも優しくできる子で、何でも一生懸命がんばる子なんだ」
――――――そうなんだ……どうして、そのコのことが好きになったの?
「委員会の仕事を一緒にするようになって……」
「《LANE》で、メッセージを交換するのが楽しくなって……」
「より相手を意識するようになって……」
「気付けば恋愛感情が芽生えていた……」
(私は、いったい、ナニを見せられているんだ?)
六年もの間、想い続けてきた相手には、好きになったヒトが居て……。
そして、彼は、今日、失恋したという。
あまりに唐突に知らされた、彼の中にある恋愛感情に、酷く動揺している自分に気付く。
その事実を感じ取ると、喉に球体のようなモノが詰まったように感じられ、息がうまくできない。
そして、その苦しさの中、同時に胃の辺りから、何かがこみ上げて来るような吐き気を感じた。
(もういい……竜司……もうヤメて……)
(それ以上、もうナニも言わないで……)
激しく感情を揺さぶられる中、楽曲はクライマックスを迎え、有名なサビの部分の歌唱に入っている。
――――――が、そのフレーズは、私の耳には入って来ずに、
(どうして、私じゃないの!?)
(そのオンナは、いったい誰なの!?)
という感情ばかりが、頭の中をグルグルと廻る。
一方で、自分の心が受け入れることのできない動画の内容に、
(いや、これは二人のドッキリ企画で、ホントは彼に好きなヒトなんて……)
(そう、きっとドラマチックな演出で視聴者を釣ろうとする釣り動画なんだ)
(最後まで、動画を見れば、ちゃんと冗談でしたって、オチが付いてるハズ)
と、ただの願望と言って良い、希望的観測が頭をよぎる。
彼への怒りと、彼を信じたい、という二つの感情が、私の頭の中でせめぎ合う。
そして、その感情から、ふと我にかえったところで、BGMとして流れていたこの曲の最も有名なフレーズが歌い上げられた。
「君は綺麗だ」
そのフレーズに、私の脳は破壊された――――――。
無論、その言葉を竜司本人が、想う相手の女子に言ったのではないことはわかっている。
しかし、彼への恋愛感情を明確に意識したあの日から、積み上げてきた私の竜司に対する想いは、決定的な変貌を遂げてしまった。
(私の方が、先に好きだったのに……どうして?)
その言葉は、私が誰よりも竜司から言ってほしかったフレーズなのに――――――。
怒り、悲しみ、憎しみ、そして、切なさ――――――。
さまざまな感情が嵐のように心を掻きむしる中、私の中で、ひとつの想いが湧き上がってきた。
「こんなにも、私の心をかき乱した相手に復讐してやる!」
「彼が懸想しているクラスの女子に!」
「そして、何より黒田竜司自身に!」
そう決意した私は、これまで考えていた、竜司との再会時における演出のプランを全て破棄して、新たな計画を練ることにした。
この計画を完遂するためには、次のようなステップを踏む必要がある。
第一段階:失恋している竜司を再び恋愛に向き合えるよう、立ち直らせる。
第二段階:クラスの女子とやらを竜司に惚れさせるように仕掛けをつくる。
第三段階:竜司を私自身に振り向かせるため、さまざまな手管を駆使する。
第四段階:衆人環視の場で黒田竜司に告白を実行させ、盛大にお断りする。
もちろん、これらのことが計画通り、簡単に進むとは、私も考えていない。
それでも、難しい課題ほど、挑戦しがいのあるモノもない、と私の心に小さな炎が灯る。
計画遂行のために用意しないといけないことはたくさんあるが、引っ越しの準備と同様に、計画通りにことを運べば、問題はない。
新学期が始まるまでには、まだ二週間以上の時間があるのだから――――――。
その日の夕方、学校から帰ってきた私は、数日後に迫った引っ越しの準備のために行っていた自室の整理を終えて、スマホを触っていた。
何事も計画通り進めたい、と考える私は、部屋の片付けをあらかた終えて、いくつかのダンボールに囲まれたベッドに腰掛ける。
片付いた自室の写真を《ミンスタ》にアップして、数日後に引っ越すことを告知する投稿を行ったあと、スマホの画面をスワイプさせると、《YourTube》のアイコンに登録チャンネルの更新があったことを示す、小さなマル印が付いていた。
確認のため、そのアイコンをタップすると、竜司たち《竜馬ちゃんねる》の動画が更新されていることがわかった。
(今度は、どんな動画をアップしたんだろう? 再会した時に、ネタにして竜司をイジってあげるために、見ておこう……)
そんな、軽い気持ちで、ニヤニヤとしながらサムネイル画面をタップする。
しかし、画面から指を離した途端、イヤな予感がした。
その動画のタイトルが、
『ホーネッツ1号 人生で初めて失恋しました』
という、彼らがこれまで作ってきた動画とは、明らかに雰囲気の異なるものになっていたからだ。
その動画の再生が始まると、私たちの世代なら誰もが知っている、失恋ソングのイントロが流れる。
元号が令和に改元される二週間前に楽曲の配信がスタートした『平成最後のラブソング』と言われている超有名なあの曲だ。
ギターのフレーズが印象的なイントロが流れる三十秒の間、ギュッと心臓を掴まれたような息苦しさを感じながら、スマホを見つめていると、フローリングに置かれた机の前に、竜司が座り、画面には字幕が表示された。
――――――ねぇ、なんだか落ち込んでるみたいだけど、どうしたの?
「……………………」
動画の中の竜司は、なかなか口を開かないが、ボーカルが曲を歌い始めるのとほぼ同時に、うつむきながら、小さくつぶやいた。
「クラスの女子に告ってフラれた」
その言葉を耳にした瞬間、私のなかで、世界が崩れる音がした。
(ナニ……? どういうこと?)
(竜司が、失恋したってこと?)
そんな私の疑問と動揺をよそに、動画は進む。
――――――そっか……その女子は、どんなコなの?
「同じクラスで席が近くて話すようになって、親しくなった」
――――――そのコのどんなところが好きだったの?
「誰にでも優しくできる子で、何でも一生懸命がんばる子なんだ」
――――――そうなんだ……どうして、そのコのことが好きになったの?
「委員会の仕事を一緒にするようになって……」
「《LANE》で、メッセージを交換するのが楽しくなって……」
「より相手を意識するようになって……」
「気付けば恋愛感情が芽生えていた……」
(私は、いったい、ナニを見せられているんだ?)
六年もの間、想い続けてきた相手には、好きになったヒトが居て……。
そして、彼は、今日、失恋したという。
あまりに唐突に知らされた、彼の中にある恋愛感情に、酷く動揺している自分に気付く。
その事実を感じ取ると、喉に球体のようなモノが詰まったように感じられ、息がうまくできない。
そして、その苦しさの中、同時に胃の辺りから、何かがこみ上げて来るような吐き気を感じた。
(もういい……竜司……もうヤメて……)
(それ以上、もうナニも言わないで……)
激しく感情を揺さぶられる中、楽曲はクライマックスを迎え、有名なサビの部分の歌唱に入っている。
――――――が、そのフレーズは、私の耳には入って来ずに、
(どうして、私じゃないの!?)
(そのオンナは、いったい誰なの!?)
という感情ばかりが、頭の中をグルグルと廻る。
一方で、自分の心が受け入れることのできない動画の内容に、
(いや、これは二人のドッキリ企画で、ホントは彼に好きなヒトなんて……)
(そう、きっとドラマチックな演出で視聴者を釣ろうとする釣り動画なんだ)
(最後まで、動画を見れば、ちゃんと冗談でしたって、オチが付いてるハズ)
と、ただの願望と言って良い、希望的観測が頭をよぎる。
彼への怒りと、彼を信じたい、という二つの感情が、私の頭の中でせめぎ合う。
そして、その感情から、ふと我にかえったところで、BGMとして流れていたこの曲の最も有名なフレーズが歌い上げられた。
「君は綺麗だ」
そのフレーズに、私の脳は破壊された――――――。
無論、その言葉を竜司本人が、想う相手の女子に言ったのではないことはわかっている。
しかし、彼への恋愛感情を明確に意識したあの日から、積み上げてきた私の竜司に対する想いは、決定的な変貌を遂げてしまった。
(私の方が、先に好きだったのに……どうして?)
その言葉は、私が誰よりも竜司から言ってほしかったフレーズなのに――――――。
怒り、悲しみ、憎しみ、そして、切なさ――――――。
さまざまな感情が嵐のように心を掻きむしる中、私の中で、ひとつの想いが湧き上がってきた。
「こんなにも、私の心をかき乱した相手に復讐してやる!」
「彼が懸想しているクラスの女子に!」
「そして、何より黒田竜司自身に!」
そう決意した私は、これまで考えていた、竜司との再会時における演出のプランを全て破棄して、新たな計画を練ることにした。
この計画を完遂するためには、次のようなステップを踏む必要がある。
第一段階:失恋している竜司を再び恋愛に向き合えるよう、立ち直らせる。
第二段階:クラスの女子とやらを竜司に惚れさせるように仕掛けをつくる。
第三段階:竜司を私自身に振り向かせるため、さまざまな手管を駆使する。
第四段階:衆人環視の場で黒田竜司に告白を実行させ、盛大にお断りする。
もちろん、これらのことが計画通り、簡単に進むとは、私も考えていない。
それでも、難しい課題ほど、挑戦しがいのあるモノもない、と私の心に小さな炎が灯る。
計画遂行のために用意しないといけないことはたくさんあるが、引っ越しの準備と同様に、計画通りにことを運べば、問題はない。
新学期が始まるまでには、まだ二週間以上の時間があるのだから――――――。
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