僕のペナントライフ

遊馬友仁

文字の大きさ
24 / 78

第2幕・Respect(リスペクト)の章〜⑥〜

しおりを挟む
 小雨が降りしきる中、打球は右中間スタンドに向かって、美しい放物線を描いて飛んでいく。
 
 そして、ボールが客席に着弾した瞬間、総立ちになったスタンドからのさらに大きな「ワ~!」という歓声がスタジアムを包んだ!

 僕たちのいるアイビーシートの周りでも、∨メガバットやメガホン、パチパチハンドや拍手の音が鳴り止まない。

「中野くん! 満塁ホームランですね! スゴい、スゴい!」

 周りの観客と同様、はしゃぐように語る奈緒美さんに対して、僕は、信じられないものを見た、といった感じでしばらく放心状態だった。

 もちろん、サトテルのホームランが珍しいわけでは無い。

 ただ、奈緒美さんの「佐藤選手が満塁ホームランを打ったら、私もう一度、球場に来ようと思います!」という宣言のあと、まさか、その次の打席で、が現実になるなんて思いもよらなかった。

 悠々とした足取りでダイヤモンドを駆け、三塁コーチャーの藤本コーチとアンダーハンドでタッチを交わした佐藤輝明さとうてるあきは、ホームベースを踏んだあと、雨模様の空に向かって、人差し指を上げながら両手を掲げる。

 打球速度:171km/h
 推定飛距離:131m
 
 スコアボードに大きく表示されたその数字を誇るように、監督とハイタッチを交わしたあと、ベンチのメンバーとともに両手を下からすくい上げるようなポーズで盛り上がったスラッガーは、最後に先発投手の西純矢に対して、気合いを入れるように頭をポンッと軽くたたくと、一塁側ダッグアウトに消えていった。

「これが、満塁ホームランの なんですね……みんな、本当に嬉しそう……」

 感嘆の声をあげる奈緒美さんに対して、心の底から同意する。

「僕も、まだ信じられない気持ちです。ホンマにスゴすぎです」

 球場での観戦で、タイガースの選手が満塁ホームランを打つのを初めて目撃したのは、京セラドームのカープ戦で金本が逆転打を放ったときで、それ以来、何度か経験したことはあるけれど……。
 印象度と衝撃度は、今回の体験が一番ではないかと思う。

 正直なところ、いくら長距離ヒッターとは言え、特定選手の満塁本塁打グランドスラムを目撃できる可能性は高くないと思っていた(これより再現度が低いイベントは、それこそ『バックスクリーン三連発』くらいだろう)。

 だから、頭のなかでは、

(サトテルの満塁弾グラスラが出なかったとき、次に奈緒美さんと会う機会をどうやって作ろう……?)

と、考えていたのだが……。

 どうやら、それは、奈緒美さんにも、サトテルにも失礼な話しだったようだ――――――。

「さっき、言ったとおり、またココに来なきゃですね!」

 弾んだ声で語る彼女に、予想もしない幸運で混乱中の僕は、嬉しさと戸惑いが混じった表情で

「また、チケットを手配しておきます」

と、答えるのが精一杯だった。 

 ※

 4回の攻防が終わって、9対4となった試合は、その後、何度か失点の危機を迎えたものの、終わってみれば、15対7という大勝に終わった。

 試合終了時には、すっかり雨は上がっていたが、午後6時まで10分あまりになっていたので、奈緒美さんに、この後の予定をたずねたところ、

「あとは、夕飯を買って帰るだけです」

ということだったので、試合終了後のであるヒーローインタビューと通称『六甲おろし』(言うまでもないが正式な曲名は『阪神タイガースのうた』である)の合唱まで付き合ってもらうことにした。

 その選択は間違っていなかったらしく、現在は、イベント・プロデュースの仕事をしているという彼女らしく、野球の試合内容よりも、試合後のインタビューや『六甲おろし』の合唱のもとで行われる選手の場内一周の催しなどの方が、より興味を引いたようで、スマホで盛んに写真撮影をしながら、メモ帳アプリ(と思われる)に感想などを熱心に記録しているようだった。

 かくいう自分も、ヒーローインタビューのときには、勝利の立役者になってくれたことと、隣に座る女性と再度の観戦の機会をもたらしてくれたチームの主砲に、

「テル~! ありがとう~!!」

と、叫んでいた。

 ロックバンドとアイドルグループが担当する『六甲おろし』の合唱を終えて球場の外に出ると、首位攻防戦を快勝し、単独首位に立ったことを喜ぶファンの笑顔があふれていた。

「みんな嬉しそうですね! 盛り上がったライブが終わったあとみたい」

 奈緒美さんが、周りのファンを見渡しながら感想を口にする。

「勝った試合は、たしかにそうかも知れませんね……チームが好調なときでも勝率は6割くらいなので、のライブほど、楽しめる確率は高くないと思いますけど……」

 僕は苦笑しながら、あえて、現実的な側面を口にした。
 すると、彼女も苦笑いを浮かべて、

 「あ~、そうなんですね……」

と返答したあと、 「ところで、気になることがあるんですけど……」と、質問を重ねる。

「外野席には、まだまだ大勢のファンの人たちが残っていたと思うんですけど、あの人たちは、いつ帰るんですか?」

 奈緒美さんは、勝利のあとになると、なかなか帰宅が進まない球場のようすが気になるようだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

負けヒロインに花束を!

遊馬友仁
キャラ文芸
クラス内で空気的存在を自負する立花宗重(たちばなむねしげ)は、行きつけの喫茶店で、クラス委員の上坂部葉月(かみさかべはづき)が、同じくクラス委員ので彼女の幼なじみでもある久々知大成(くくちたいせい)にフラれている場面を目撃する。 葉月の打ち明け話を聞いた宗重は、後日、彼女と大成、その交際相手である名和立夏(めいわりっか)とのカラオケに参加することになってしまう。 その場で、立夏の思惑を知ってしまった宗重は、葉月に彼女の想いを諦めるな、と助言して、大成との仲を取りもとうと行動しはじめるが・・・。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

N -Revolution

フロイライン
ライト文芸
プロレスラーを目指す桐生珀は、何度も入門試験をクリアできず、ひょんな事からニューハーフプロレスの団体への参加を持ちかけられるが…

処理中です...