愚者の門番、賢者の聖杯

春森夢花

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王の子供

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グノーシスと言う国は住むと言う点では快適だ。湿気がなく、ほどよくカラッとしてるばかりか四季はなく、春と夏の気候だけなのだそうだ。

飯はパンと簡素なスープが庶民の常の食べ物で、牛や豚のような家畜を飼って食べることもあるが鳥は食べない。なんでも創造主の乗り物が黒い鳥であったので鳥を殺すのは禁じられているそうだ。ただし無精卵の卵は食べるし、鶏肉は食べないとは言うが、実の所、卵が産めなくなった鶏は神様に祈ってから食べるのは大丈夫なのだそうだ。


俺はやることもないので毎朝煙草を森の中まで取りに行き、それから王宮でのんびりとすることが日課になっていた。

最近ではジモンは門に入れない事に苛立ち、俺と話もしたくないようだが俺の知った事ではない。では出て行こうか、と言えばそれは困るとクロイが引き留める。だから俺は王宮の中でぐうたらとしているしかない。飯を食って煙草を吸う。結局、グノーシスの王は何の役にも立たない居候を手に入れただけだ。勿論それは俺の事だ。


「クドウはどうしていつも煙を出しているの?」

王宮の中庭が俺のお気に入りだ。人の出入りも少なく、華美な装飾もない。ただ、美しい草花と簡素な造りのベンチがあるだけの、そんな空間が俺は気に入っていた。年代物の木のベンチに腰掛けて煙草を吸っていると、幼い声が聞こえた。俺は振り向かずに「これが俺の唯一の愉しみでね」と答えてやると、俺の隣に勝手に小さな体がストン、と座った。そして、俺を見上げる。その肌はジモンと同じもので、その髪は俺と同じ黒髪の、だが顔はあどけなく、おそらくイアナ妃と呼ばれた母親譲りの美しい顔でロルは俺に白い歯を見せて笑いかけた。

「クドウの国ではみんな、タバコを吸っているの?」
「いいや。最近ではみんな吸いませんねえ。健康に悪いってお上がいうもんで」
「じゃあクドウはどうして吸うの?」
「あたしはこいつがないと生きていけないもんでね。あんまり近づくと匂いがつきますぜ」
「いいよ。そうならお風呂に入ればいいんだから。ねえ、クドウも一緒に入る?」
「遠慮しておきますよ、王子。畏れ多いんでね……」
「うそ。全然そんな事思っていない癖に。僕、そう言う事はよく解るんだ」
「へえ。そうなんですかい」
「うん。僕を尊敬している奴と、そうじゃない奴は目を見れば解る」
「ほう」
「クドウは僕をなんとも思ってないでしょう?だから、僕クドウの傍にいるのが好き。だって、疲れちゃうもの」
「疲れる?」
「うん。僕を神様の子孫って思って崇める人や僕の事を本当は神様の子孫じゃない癖に偉そうにしてって憎む人の目は、ずっと見られていると、とっても疲れるんだ。僕が失敗しないか、次の王様に相応しいかどうか、ずっと見てる。僕の周りにはそんな人ばかり。クドウはここの世界の人間じゃないからかもしれないけど、そんなことは関係ないって思ってる。だから、僕、クドウの傍にいたくなる」
「そうですか。まあ……いたけりゃいてもいいですよ」
「うん、ありがと」

そう言ってロルは美しい顔をくしゃりとさせて、笑う。俺は独身だし、ロリコンでもないが、ロルは可愛い子供だと思う。王族に生まれ、ましてや五年前に母親と自分の血族を失くし、縋れるのは父親のジモンだけだが、あの男は誰かを思いやるというような男ではないと思い出してことさらロルが哀れになった。ジモンはロルを可愛がってはいるが、それは自分の子供として、というよりも【王族の血】を継いでいるから、に過ぎないのではないかと見ていてよく思う。自分の子供に対する慈しみ、というよりも愛玩動物を見るような目つきでジモンはロルを見ている。それに対してロルは聡い子供だ。自分がどう立ち振る舞いをすれば父親が喜ぶか考えて行動する。父親に嫌われては生きてはいけない事をよく知っているのだ。

ジモン、という男は良い意味でも悪い意味でも王の器だった。

自分が特別な存在であることをよく解っている。クロイが言うにはこの国の誰よりも強く、ジモンが王になってからは他国との戦では負けたことがないそうだ。

その代わりと言ってはなんだが、彼は常に自分が一番でなくてはならなかった。その為には歯向かう貴族や王族の処刑も平気で行うし、気に食わない人間にはあからさまな態度を取る。

だから、王宮の連中はジモンを崇める。

崇めねば、嫌われる。嫌われると、それは死を意味する。

ある意味、ジモンがこの国の神と言ってもいい。

「だけど、それが賢者の盃に相応しい男かって言われたら俺は違う気がするんだがねえ……」
「え?」
「いいえ、なんでもありませんよ」

俺の呟きに敏感に反応するロルに言葉を返して、不意に俺は聞きたくなった。別に俺が知っても意味のない事なのだが。ねえ、と俺はロルに言葉を投げかける。

「ねえ王子。一つ聞いてもいいですかい」
「うん、いいとも」
「あんた……お父さんは好きですか」
「好きだよ」

流れるように答えて
ロルは微笑む。嘘くさい笑顔だ。でも、とロルは言葉をくぎり、それから俺の耳元まで顔を寄せて囁いた。

「僕、お父様が好き。でもそれって……お父様が僕を見る感情とは違う気がするんだよ。僕は……僕も、お父様と、いや、近親相姦で繁栄した一族と一緒なのかもしれない。お父様の浅黒い肌、黒い髪。僕はそれを見るたびに、僕の性器が疼くんだ」

その言葉の意味を解りかねて固まる俺からするりとロルは離れると、揶揄うように俺の額にキスをしてから手を振った。

「ねえ、またお話しようね」

そう言って去っていく少年もまたジモンの子供というべきなのか。それとも滅んだ王族の血が恋しいか。

それはそうとして。

「俺には解らん世界だ」

と、苦々しく台詞を吐き捨てて思わず口から落としてしまった煙草を地面から拾い上げ、再び黙って口に咥える事しか俺にはできなかったのだった。
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