愚者の門番、賢者の聖杯

春森夢花

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門が開く。

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その夜の事だ。

夕食を取り、寝るには早いが暇な時間をこの国の大抵の男達は酒を飲むか女を抱くかで発散しているようだったが、生憎どちらもあまり好まない俺はお気に入りの中庭でぼんやりと時間を潰し、静かに寝るという実に慎ましい生活を送っていた。実際の所、それしかすることもない。本を読むにも、読めない。自称神様とやらが俺に施したのは最低限のコミュニケーションである会話だけで、その他のオプションはついていなかった。例えばこの国の誰よりも強いだとか、空が飛べるだとか。

体が健康になった。俺に与えられたのはそんな奇跡だけで、特になんら変わった事もない。

この国の男も女も体がでかくて身長も高い。俺は小さくてやせ細っている。とくに戦争を好むこの国の兵隊などからは、「女の様だ」とからかわれている。

まったく嫌になる。煙草を吸う事しかやることがない。どこに行っても俺にはお前だけだ、そう呟いて煙草をポケットから取り出した、その時だった。

【門ガ、開ク。第二ノ扉ガ開ク】

頭の中に声が、飛び込んできた。偉く無機質で、聞いたことのある声は続けて俺に命令した。

【賢者ヲ。賢者ノ聖杯ヲ寄越セ。神ノ慈悲ガ下ル】

その声と同時に右手の入れ墨がじんわりと熱くなる。やれやれ、とため息をつくと俺は立ち上がり、頭の中の声に呟いた。

「あの王が賢者?俺にはどうも……そんな風には思えないんだが……あんた達の基準ってどうなってるんだい?」

返事はなかった。

ただ、俺としてもこんなよく解らない世界でずっと居候をしているのも少々飽き飽きしていたので、門番の役目を果たして、帰ろうと思った。まあ……帰れるかどうかなんて神は言わなかったが、これで帰れないのはあまりにもひどすぎる。まるで使い捨てだ。神様というくらいなのだから、望みを叶えてやったら元の世界に返してくれるくらいの義理堅さはあるのだろう。と思ってから俺は頭をひねった。

(神様ってのは。望みを叶えるものであって。俺がどうして神様の望みを叶えなきゃならねえんだ?おまけに俺は無神論者だ)

それに答えてくれる声はなかった。まったくひどい神様だ。だからやっぱり神様なんか信じるものじゃねえ、と殊更に神なんか崇めないことを誓いながらクロイの部屋に行って神の言葉を伝えると驚いたようだったが、すぐさま顔を輝かせて「すぐに王に進言いたします。ああ、神よ……」とよく解らない神に祈った。ちなみにこの国の神はジモンやロルの王族の事を指す。つまりは現人神あらひとがみだ。

だったら、門のアレはなんなんだ。

あの神は何者なんだ。

なぜ、人は神という単語で不思議な事を全て受け入れるのか。

俺は不思議でならない。俺は神を信じない。なぜ俺が悪の道に入って殺し屋なんかやる羽目になったのか。そんなことはどうだっていい。ただ、俺は大抵の悪行をしつくして、汚れ仕事に落ち着いたクズの成れの果てだ。だから俺は言える。

霊などいないし、あの世もないし、勿論神などいない。

タバコの吸いすぎで肺ガンになった時は少しは神を頼りたい気分になったが、そもそも病気のきっかけが煙草の吸いすぎというのなら、それは完全に俺が招いた結果だ。

つまり、俺は自分のせいで死ぬ。誰かに恨まれて死ぬ訳でもなく、偶然車が俺にぶつかって死ぬ訳でもなく、俺が煙草を吸ったから、俺が死ぬ。

俺が死ぬ理由としては一番納得のいく理屈だった。

だから、最後の最後まで煙草を吸って死のうと思った訳だ。

神はいない。

この世が神に支配されていたとしたらもう少し面白かったのかもしれないが。

だから神と名乗られて、はい左様ですか、と盲目的に信用できるクロイやジモン達が俺にとっては信じられない。まあ、異世界に連れてこられて、手に勝手に刺青を彫られて、頭の中に直接妙な声が響くようなこの状況で神様なんていないと否定する俺が一番変なのかもしれないな、と思いながら慌ただしく用意をし始めるクロイの邪魔にならないように大人しく、煙草を咥えた。



それから数時間後に俺とジモンは森にそびえたつ門の前にいた。

クロイ、ロル、それから明かりをもった数十人の兵隊の前でジモンは相変わらず金の腕を何十もつけ、装飾品で身を固めて、その腕の中に小さな銀で作られた杯を抱えていた。

俺からすれば銀で作られたワイングラスにしか見えなかった。装飾の類もない。それを抱えるジモンの装飾品の方が余程神々しく見える。俺の不躾な視線に気が付いてふん、とジモンが鼻で俺を笑った。

「おいクドウ。貴様は本当に神から遣わされた門番だったようだな。最近ではそれも疑わしく、憂さ晴らしに処刑してやろうかと考えていた所だ」
「へえへえ、そりゃあすまなかったですねえ。アタシだって神様の門番なんて仕事、初めてでね……。うまく出来ないのは仕方がない事です。誰だって初めては、失敗するもんでしょう」
「ふふふ、減らず口を。いいから、門を開けろ。今こそ、俺は本物の神になるのだ」
「え?」
「何を驚いた顔をしている?当たり前のことだろうが。俺は神と人間の間はざまの子だぞ。そんな俺の国で神の門が現れたという事は、俺の偉大さに気づいた神が褒美に【神の酒】を振舞ってくれるのだろう。もしかしたら、そのまま神の国に迎え入れられるのかもしれんな」
「お父様……どこにも行ってはいやです……」

そんな事をうそぶくジモンに不安そうな声でロルが声をかけるとジモンが振り向いて笑った。


「気弱な事を言うな、ロル。お前は俺の子供だ。もしも俺がいなくなったら誰がこの国の神になるのだ。お前も神に認められたくば強くなれ。いいか、我が血族の肌こそ、全てだ。もしも神の国に行けるのなら。俺は同じ肌を持った女をこの地に連れてこなくてはなるまい。そうでなければこの国が滅びてしまう。弱き者を救う事も出来ぬ」
「お父様、僕は……僕はお父様が大好きです……」

小さな声でロルがジモンに呼びかける。そのいじましい声にジモンは太い眉をしかめて、黙ってまた門の前に向き直った。
俺は人の事をとやかく言う性格ではないが、つい、ジモンに声をかけてしまった。

「いいんですかい」
「なにがだ」
「ロルの事ですよ。あんたの子供でしょうが」
「ふん。あいつは臆病すぎる。俺はそれが気に食わん。もしも俺の子が他にもいたならあのような気弱で女の様な男は傍には置かぬ。我らは気高い神の子だ。あんな、」
「いや、それ以上は止しましょう。あんたも大人げないねえ」

あんな、出来損ない。

ロルが後ろにいるというのにジモンは平気でそんな言葉、その言葉でないにしろ、近しい言葉を吐き捨てようとしたジモンを俺は止めた。それから右手をスッ、と上げると門が開く。俺が最初に門に入る。それからジモンが入る。いつもならばここでジモンが何かの力で弾き飛ばされるのだが、今回はそうではなかった。するり、と二人とも門の中に入れた。

「ここが神の門の中か……!ーー思ったよりも地味だな」

そう言って感動するジモンを招き入れてから俺はふと、脳内に響いた声を思い出した。


【門ガ、開ク。第二ノ扉ガ開ク】

(第二の扉……?)

俺はちらりと応接室の、奥にある扉を見た。本来のあの事務所の間取りで言えばあそこから玄関につながるはずだが、きっとそうではないのだろう。

ただ、俺が以前開けようとしてもまったく開く気がなかったが、今回は違うと言うのだろうか。
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