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応接室で。応接室を想う。
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日本にいた頃の俺の日課は毎朝事務所へ行って応接室のお気に入りの席で煙草を吸う事だった。
呼ばれもしないのに、どうしてだか俺は用事がない日はほとんど足を運んだ。
誰かが話しかけてくれれば応えるし、そうでなければそれでいい。一日いることもあったし、夜中に一人でそこに行くこともあった。
「変わったやつだな、お前は」
そう言って組長は笑ったが来るのをやめろと言われた事は一度もない。
俺が座っていたソファーは俺の形にクッションが馴染んでいく。
俺が応接室で煙草を吸っているとする。薄い壁からは街の雑踏にも似た人間の吐息や笑い声、電話の音がする。昼時になると飯の匂いがする。大人数の時は時折応接室でチンピラたちが飯を食う。俺は黙ってそれを見たり聞いたりするのが好きだった。俺の仕事は孤独な物だ。報酬はいい。誰かを殺せと言われて、銃でバン、とか包丁でグサ、とかそんな事をすれば完了だ。山に死体を放り込みにいくこともあるが、そういう仕事は俺よりももっと底辺の連中に金を払えば済む話だ。
ここ数年。
俺は、人を殺す時と金を払って女を抱く時しか人に触れたことがない。
人とは極力関わりたくない。俺はそういう類の人間じゃあ、ない。ひっそりと生きていきたい。
だが、あの、応接室は居心地が良かった。
まるで置物のように一日中座っていても、飽きなかった。
自分でその居場所を壊しておいて、と言われるかもしれないが、俺は今でも夢に見る。
生活感のないマンションから抜け出し、あるいは仕事現場から直接歩き出し、俺はいつものバカラの灰皿を恋しく思っている。あそこに、煙草の吸殻の山を作りたい。あいつを汚したい。
コンビニにぶらりと入って珈琲と煙草とスポーツ新聞なんかを買う。妙な咳をしながら歩く俺に顔をしかめる女や、男の事は気にしない。
それから事務所へ行くと社長室へ挨拶、するときもあるし、しないときもある。知っている奴がいれば会釈ぐらいはする。
そして、いつものソファーに深く座って、猫背になって俺は煙草を消費する作業に入る。
ざわめき、誰かの他愛もない声、匂い、日の光、煙草の煙が俺を包む。そこでようやく、俺は落ち着くのだ。
俺のお気に入りの場所だ、そう思ってスポーツ新聞を読む。
なんの因果か解らないが俺がグノーシスという国に来てからの俺の日課は城の兵隊に頼んで門まで連れて行ってもらうことだ。そして門の中に入り応接室に似せた場所に置いてある煙草を三箱ポケットに入れる。何度か試してみたが、ジモンも、他の連中も俺の頭に勝手に響くアナウンスがない日は誰も門の中に入れなかった。俺の右手に刻まれた印はどんな意味があるのか知らないが俺だけが門の中に入ることが出来た。俺が東京で見た時は緑の門。グノーシスで見た時は赤の門。何の塗装がされているか皆目見当がつかないが、漆を重ね塗りしたような光沢があった。
門の中で俺は何本か煙草を吸う。お気に入りのバカラの灰皿の、何から何まで精巧な事。大体、毎朝置かれている煙草は本物なのだろうか。解らないが火はつくし、煙はでる。恐らくニコチンはあるはずだ、なぜならヤニ切れってことがないからだ。ただ、ヤニクラもしない、咳も出ない。煙草を吸った時の味や多幸感……と言うほどでもないささやかな幸せの感覚はあったので本物だろう、別に偽物でもいい。後はここに珈琲とスポーツ新聞があればいう事はないのだが、そうもいかない。グノーシスには珈琲がなかった。ハーブティーが美味しいですよ、とクロイは言ったが俺は花や草を煮出した湯を飲む趣味はない。丁重にお断りしておいた。
偽物の応接室で独りで煙草を吸う。
無音だ。あれから化け物も、若い男の形をした自称、神も現れていない。
ただ、ただ、無音なのだ。
それを俺は味気なく思う、帰りたいと思う。日本に帰って、あの場所に行きたい。そして……と考えてからいつも自分に呆れて、笑ってしまうのだ。
人に未練はない、が。
あの場所だけは永遠に存在してほしかったと思う。
俺の頭の中に、銃口がちらつく。
日本に帰ったら何をする?と、自問自答する。
もちろん、煙草を吸って、こめかみか、口の中に銃を押し当てて、引き金を引く。その決意は少しも揺るがなかったし、グノーシスに死ぬまでいる、という答えは出なかった。
「……死ぬならやっぱり、海を見ながらだねえ」
呟きながら煙草の煙を、吐く。
不思議な事に門の中はいくら煙草を吸おうが、匂いが気になる事はなかった。
換気の設備がすぐれているのか。門の中に換気設備?
まさか。
大体が摩訶不思議な門に、どんな設備があろうがどうだっていいが、この【神の門】は妙だと思う。
呼ばれもしないのに、どうしてだか俺は用事がない日はほとんど足を運んだ。
誰かが話しかけてくれれば応えるし、そうでなければそれでいい。一日いることもあったし、夜中に一人でそこに行くこともあった。
「変わったやつだな、お前は」
そう言って組長は笑ったが来るのをやめろと言われた事は一度もない。
俺が座っていたソファーは俺の形にクッションが馴染んでいく。
俺が応接室で煙草を吸っているとする。薄い壁からは街の雑踏にも似た人間の吐息や笑い声、電話の音がする。昼時になると飯の匂いがする。大人数の時は時折応接室でチンピラたちが飯を食う。俺は黙ってそれを見たり聞いたりするのが好きだった。俺の仕事は孤独な物だ。報酬はいい。誰かを殺せと言われて、銃でバン、とか包丁でグサ、とかそんな事をすれば完了だ。山に死体を放り込みにいくこともあるが、そういう仕事は俺よりももっと底辺の連中に金を払えば済む話だ。
ここ数年。
俺は、人を殺す時と金を払って女を抱く時しか人に触れたことがない。
人とは極力関わりたくない。俺はそういう類の人間じゃあ、ない。ひっそりと生きていきたい。
だが、あの、応接室は居心地が良かった。
まるで置物のように一日中座っていても、飽きなかった。
自分でその居場所を壊しておいて、と言われるかもしれないが、俺は今でも夢に見る。
生活感のないマンションから抜け出し、あるいは仕事現場から直接歩き出し、俺はいつものバカラの灰皿を恋しく思っている。あそこに、煙草の吸殻の山を作りたい。あいつを汚したい。
コンビニにぶらりと入って珈琲と煙草とスポーツ新聞なんかを買う。妙な咳をしながら歩く俺に顔をしかめる女や、男の事は気にしない。
それから事務所へ行くと社長室へ挨拶、するときもあるし、しないときもある。知っている奴がいれば会釈ぐらいはする。
そして、いつものソファーに深く座って、猫背になって俺は煙草を消費する作業に入る。
ざわめき、誰かの他愛もない声、匂い、日の光、煙草の煙が俺を包む。そこでようやく、俺は落ち着くのだ。
俺のお気に入りの場所だ、そう思ってスポーツ新聞を読む。
なんの因果か解らないが俺がグノーシスという国に来てからの俺の日課は城の兵隊に頼んで門まで連れて行ってもらうことだ。そして門の中に入り応接室に似せた場所に置いてある煙草を三箱ポケットに入れる。何度か試してみたが、ジモンも、他の連中も俺の頭に勝手に響くアナウンスがない日は誰も門の中に入れなかった。俺の右手に刻まれた印はどんな意味があるのか知らないが俺だけが門の中に入ることが出来た。俺が東京で見た時は緑の門。グノーシスで見た時は赤の門。何の塗装がされているか皆目見当がつかないが、漆を重ね塗りしたような光沢があった。
門の中で俺は何本か煙草を吸う。お気に入りのバカラの灰皿の、何から何まで精巧な事。大体、毎朝置かれている煙草は本物なのだろうか。解らないが火はつくし、煙はでる。恐らくニコチンはあるはずだ、なぜならヤニ切れってことがないからだ。ただ、ヤニクラもしない、咳も出ない。煙草を吸った時の味や多幸感……と言うほどでもないささやかな幸せの感覚はあったので本物だろう、別に偽物でもいい。後はここに珈琲とスポーツ新聞があればいう事はないのだが、そうもいかない。グノーシスには珈琲がなかった。ハーブティーが美味しいですよ、とクロイは言ったが俺は花や草を煮出した湯を飲む趣味はない。丁重にお断りしておいた。
偽物の応接室で独りで煙草を吸う。
無音だ。あれから化け物も、若い男の形をした自称、神も現れていない。
ただ、ただ、無音なのだ。
それを俺は味気なく思う、帰りたいと思う。日本に帰って、あの場所に行きたい。そして……と考えてからいつも自分に呆れて、笑ってしまうのだ。
人に未練はない、が。
あの場所だけは永遠に存在してほしかったと思う。
俺の頭の中に、銃口がちらつく。
日本に帰ったら何をする?と、自問自答する。
もちろん、煙草を吸って、こめかみか、口の中に銃を押し当てて、引き金を引く。その決意は少しも揺るがなかったし、グノーシスに死ぬまでいる、という答えは出なかった。
「……死ぬならやっぱり、海を見ながらだねえ」
呟きながら煙草の煙を、吐く。
不思議な事に門の中はいくら煙草を吸おうが、匂いが気になる事はなかった。
換気の設備がすぐれているのか。門の中に換気設備?
まさか。
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