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プレゼントの割り箸
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古いアパートの『105号室』。
黒葛探偵事務所は事務所としては変わった場所にあった。
探偵。
ドラマやネットではよく出てくる職業だ。
でも、実際に探偵に依頼する人は一体、どのくらいいるんだろう。
なんだか、緊張してきた。
こんなに緊張したのは美大の入試試験依頼だろうか。
あとは依頼内容もきっと関係している。
家族について相談するなんて、間違っているのかもしれない。
でも、どうしても知りたい。
だからあたしは思い切って探偵の元へやってきたのだ。
「どうも。黒葛です」
案内された部屋の中には車椅子に座った美人の女の人がいた。
ドキッとするような妖艶な色気と、ゾッとするような冷たい雰囲気。
そんな相反するような空気をまとった女の人だった。
「では、さっそく依頼の内容を話してくれますか?」
あたしは頷き、相談の内容を話す。
********************************
あたし:父が毎年、誕生日プレゼントをくれるのですが、
その誕生日プレゼントが『割り箸』なんです。
黒葛 :割り箸……ですか?
あたし:はい。
なぜ、そんなものをプレゼントしてくれるのかが
知りたくて……。
黒葛 :他の家族の方からは何か思い当たることは聞けないのですか?
あたし:あたしは一人っ子で、母は10年前に他界しました。
黒葛 :割り箸を贈られるようになったのはいつからですか?
あたし:物心ついたときにはもうもらっていたと思います。
黒葛 :子供の頃に理由を尋ねたりはしなかったのですか?
あたし:母に一度尋ねたことがあります。
小学校にはいるときだったと思います。
そのとき、母は寂しそうな顔をして
「理由は聞かないであげて」と言われたんです。
それ以来、父、本人にも聞けず仕舞いで……。
黒葛 :その割り箸は特注品など、特別なものですか?
あたし:いえ。
普通の割り箸です。
さすがに100本入りみたいなのじゃなくて、
ちゃんと袋に入ったものです。
黒葛 :何本贈られるんですか?
あたし:1本です。
新品の割り箸、1本。
黒葛 :贈られるのは割り箸だけですか?
あたし:最初は本当に割り箸1本だけでした。
でも、あるときからは割り箸の他にもちゃんとした
誕生日プレゼントも一緒にくれるようになったんです。
黒葛 :あるとき、とは?
あたし:……母が亡くなった年からです。
黒葛 :失礼ですが、母親の死因はなんですか?
あたし:病気です。
肺がんでした。
黒葛 :贈り物は今も続いているのですか?
あたし:はい。
ですが、今年に渡された時にこう言われたんです。
「誕生日プレゼントを渡すのはこれで最後にしようと思う」
と。
黒葛 :今年に何かしらお二人に変化があった、というわけですか?
あたし:今年で美大を卒業するんです。
就職のために家を出ることになったから、かなと。
黒葛 :なるほど。
そう考えるのが自然ですね。
……父親の職業をお聞きしても?
あたし:普通のサラリーマンです。
外資系の会社ですけど。
黒葛 :割り箸に関係する仕事ではない?
あたし:はい。
まったくないですね。
黒葛 :父親と母親の出会いに関してはどうですか?
割り箸が関連するようなことは?
あたし:聞いたことないです。
……ただ。
黒葛 :なんですか?
あたし:出会い、というかあたしが生まれる前に
ちょっとした騒動があったみたいです。
黒葛 :というと?
あたし:母方の祖母から聞いた話なんですけど、
あたしが生まれる前に父と母が大ゲンカを
したみたいなんです。
一度、母は実家に戻って2ヶ月くらい住んでたらしいです。
黒葛 :理由はわからないのですか?
あたし:祖母はきっと子供が出来ないことについてじゃないかと
言ってました。
父と母は子供を望んでたんですが、結婚後5年くらい、
子供ができなかったから、そのことで喧嘩になっただろうって。
祖母も、母からそのような相談を受けてたって話でしたし。
黒葛 :ということは、あなたは待望の子供だったというわけですか。
あたし:そうだと思います。
ただ、なんていうか……その……。
黒葛 :なにか引っかかるようなことが?
あたし:愛されてはいたと思います。
十分に。
ただ、なんというか……甘やかされはしませんでした。
よく言うじゃないですか。
待望の子供が生まれたら、つい甘やかして育ててしまうって。
でも、両親はそんなことなく、どちらかというと
結構、厳しい家庭環境に育ったなって思います。
黒葛 :子供をどう教育するかは個人差があるものです。
逆に甘やかさないというのが愛情の深さでもあるかと。
愛されていると感じたのであるなら、
気にする必要はないと思います。
あたし:そ、そうですよね。
黒葛 :あとは割り箸に関連するような出来事はないですか?
あ、いえ、割り箸に関係なくても、家族のことで
なにか違和感があるようなことでもよいです。
些細なことでも構いませんので。
あたじ:そうですね……。
あっ。そういえば、小さい頃、箸の使い方で
父から熱心に教わった思い出があります。
黒葛 :変な持ち方をしていた、ということですか?
あたし:はい。
あたし、左利きなんでどうしても右手で
箸が上手く持てなくて……。
根気よく、持ち方を教わったんです。
あ、もしかしてちゃんと箸を使えるように
願掛けとして割り箸をプレゼントしてくれたんですかね?
黒葛 :今はどうですか?
あたし:え?
黒葛 :箸は右手で上手く使えるようになったのですか?
あたし:はい。まあ、人並みには。
黒葛 :であれば、贈り続ける必要はないと思います。
あたし:あ、そっか。
そうですよね。
黒葛 :他にはなにかありませんか?
今のような些細なものでもよいです。
あたし:急に言われても……。
黒葛 :そういえば、美大を卒業と言ってましたが。
あたし:はい。それがなにか?
黒葛 :父親か母親が芸術に秀でたのですか?
あたし:それが……父も母もからっきしでした。
だから、最初は独学でやってて……。
中学に入るときに父がちゃんと習った方がいいって
言ってくれて習いに行かせてくれたんです。
黒葛 :さきほど、厳しい家庭環境と言っていましたが、
学業の方はどうだったのですか?
教育熱心な親の場合、芸術系の学校に行くことに
抵抗を示されることが多いのですが、
そのあたりはどうでしたか?
あたし:そういわれると……。
厳しかったのは門限とか、生活に関すること
ばかりでした。
あんまり勉強のことを言われた記憶がありません。
黒葛 :父親、母親、共にですか?
あたし:はい。
ただ、母はずっと、口癖のように
「一人で生きていける技術を身に付けなさい」
って言われてましたね。
だから、元々好きだった絵に没頭したという
感じで。
黒葛 :なるほど……。
確かに少しチグハグ感がありますね。
あたし:ちぐはぐ、ですか?
黒葛 :愛情を注いでいながら、
どこか突き放したような感覚がします。
というより、どこか一線を引いている、そんな印象です。
あたし:そうなんです!
それはずっとあたしも感じていました。
母はあたしを可愛がってくれたんですが、
どこか気を使っているというか……。
父に気を使っていたというか。
黒葛 :両親の仲はどうだったのですか?
あたし:正直、良いとは言えないと思います。
喧嘩まではしませんが、どこか距離感があるような
そんな感じでした。
祖母の話ではあたしが生まれるまでは
とても仲がよかったそうなのですが……。
黒葛 :思い当たる原因は聞いていませんか?
あたし:祖母は父の海外赴任がきっかけだったんじゃないかって
言ってました。
黒葛 :海外赴任?
あたし:はい。
父は外資系の会社だって言いましたよね?
それで、1年ほどアメリカに単身赴任してたんです。
そのときに、父と母の心も離れたんじゃないかって。
でも、そのあと、すぐにあたしが生まれたんで、
きっと元の関係に戻ると期待してたようですが……。
黒葛 :海外赴任から戻って、すぐにあなたが生まれたのですか?
あたし:はい。そう聞いてます。
父が戻ってから1年後くらいに生まれたみたいです。
黒葛 :……海外赴任。
5年間子供ができなかった。
教育のチグハグ感。
母親が亡くなったことで増えたプレゼント。
父親に気を使う母親。
そして、大ゲンカ。
なるほど……。
だから、割り箸なのか。
あたし:なにかわかったんですか?
黒葛 :これはあくまで私の仮説です。
ですので、これが真実だという証拠はありません。
あたし:それでも話してくれませんか?
黒葛 :聞かない方がよいと思います。
あたし:え?
黒葛 :これはあなたが知らなくていい、
両親が隠し続けたことを掘り返すことになります。
あたし:待ってください。
そんなこと言われて、尚更聞かないなんて無理ですよ。
黒葛 :あなたは両親に愛されていた。
それでいいと思いますが。
世の中には知らなくていいこともあります。
あたし:教えてください。
あたしには知る権利があるはずです。
黒葛 :わかりました。
まず、両親の大ゲンカの件ですが、
子供ができないことが理由ではないと思います。
本当はその逆だった。
あたし:どういうことですか?
黒葛 :ケンカの原因は母親に子供ができたことです。
あたし:そんなわけないですよ。
だって、父も母もずっと子供が欲しいって
願っていたんですよ?
黒葛 :はい。
ただ、欲しいのは自分の子供だったはずです。
あたし:……っ。
黒葛 :5年間、ずっと子供が欲しいと願っていた夫婦。
夫が単身赴任から戻ったらすぐに子供を授かった。
あり得ない話ではないですが、
どこか都合が良すぎる気がしませんか?
あたし:……母が不倫していた?
黒葛 :不倫というより、子供を作るためだったのでしょう。
それがわかっていたからこそ、父親の方は離婚をしなかった。
……いえ、違いますね。
父親の方はずっと『疑惑』を持っていたのです。
あたし:……。
黒葛 :父親はあまりのタイミングの良さに母親を怪しんだ。
それで探偵を雇って調べたのかもしれません。
ですが、母親に男の影は全くなかった。
ただ、母親の方の態度が気になったのでしょう。
母親の方は、父親の『子供が欲しい』という願望を
叶えたわけですが、その反面『裏切り』をしたという
罪悪感があったのだと思います。
あたし:お母さんが……。
黒葛 :タイミングが良すぎるというだけで、
ここまで怪しむのも変です。
もしかすると、父親は無精子症だと
わかっていたのかもしれません。
あたし:……。
黒葛 :とはいえ、奇跡的に妊娠できたかもしれない。
あなたが本当の子供だと『信じたかった』
という気持ちもあったのだと思います。
だからこそ『割り箸』を贈った。
あたし:……DNA鑑定。
黒葛 :そうです。
あたし:結果は?
あたし、父の子供じゃないんですか?
黒葛 :鑑定はしていないはずです。
あたし:え?
黒葛 :毎年、迷っていたのだと思います。
そして、どうしてもできなかった。
だからこそ、毎年の誕生日プレゼントで
『割り箸』を贈ったのです。
あたし:父はずっと、自分の子供じゃないかもしれないあたしを
育てていたということですか?
疑心暗鬼に囚われながら、ずっと……。
黒葛 :ですが、あるとき転機が訪れます。
あたし:転機?
黒葛 :母親の死です。
本来であれば、そのときに放り出すこともできたはずです。
ですがそのときに父親は決意したのでしょう。
たとえ、自分の娘ではなかったとしても
ちゃんと育てようと。
あたし:なんでそんなことがわかるんですか!?
もしかすると、今だってあたしを邪魔者だって
思っているかもしれないじゃないですか。
黒葛 :増えたプレゼント。
あたし:え?
黒葛 :あなたは母親が亡くなってから、プレゼントが増えたと
言っていました。
あたし:……それが?
黒葛 :普通は邪魔だと思っている子供にプレゼントなんて
贈りません。
まして、絵の勉強をさせるために習い事に通わせることも。
なにより、大学にまで進学させた。
愛してないとできないことです。
あたし:……じゃあ、今年で最後って言ったのは?
黒葛 :独り立ちして、『子供』ではなくなったから……。
かもしれません。
あたし:……。
********************************
その後、あたしは結局、父にこのことを問わずに家を出ることになった。
そして、そのことを忘れるようにあたしは仕事に没頭した。
それから5年後。
あたしは職場の人と付き合うようになり、2年後に結婚することとなった。
その頃には父とは疎遠になっていたこともあり、結婚式に呼んでもいいのか悩んだりもした。
すると、どこから聞きつけたのか、父の方から連絡が来て一緒にバージンロードを歩けることを随分と喜んでくれた。
そして、結婚式当日。
隣に立つ父が緊張した面持ちでこう言った。
「どんなことがあっても、お前はずっと俺の娘だからな」
終わり。
黒葛探偵事務所は事務所としては変わった場所にあった。
探偵。
ドラマやネットではよく出てくる職業だ。
でも、実際に探偵に依頼する人は一体、どのくらいいるんだろう。
なんだか、緊張してきた。
こんなに緊張したのは美大の入試試験依頼だろうか。
あとは依頼内容もきっと関係している。
家族について相談するなんて、間違っているのかもしれない。
でも、どうしても知りたい。
だからあたしは思い切って探偵の元へやってきたのだ。
「どうも。黒葛です」
案内された部屋の中には車椅子に座った美人の女の人がいた。
ドキッとするような妖艶な色気と、ゾッとするような冷たい雰囲気。
そんな相反するような空気をまとった女の人だった。
「では、さっそく依頼の内容を話してくれますか?」
あたしは頷き、相談の内容を話す。
********************************
あたし:父が毎年、誕生日プレゼントをくれるのですが、
その誕生日プレゼントが『割り箸』なんです。
黒葛 :割り箸……ですか?
あたし:はい。
なぜ、そんなものをプレゼントしてくれるのかが
知りたくて……。
黒葛 :他の家族の方からは何か思い当たることは聞けないのですか?
あたし:あたしは一人っ子で、母は10年前に他界しました。
黒葛 :割り箸を贈られるようになったのはいつからですか?
あたし:物心ついたときにはもうもらっていたと思います。
黒葛 :子供の頃に理由を尋ねたりはしなかったのですか?
あたし:母に一度尋ねたことがあります。
小学校にはいるときだったと思います。
そのとき、母は寂しそうな顔をして
「理由は聞かないであげて」と言われたんです。
それ以来、父、本人にも聞けず仕舞いで……。
黒葛 :その割り箸は特注品など、特別なものですか?
あたし:いえ。
普通の割り箸です。
さすがに100本入りみたいなのじゃなくて、
ちゃんと袋に入ったものです。
黒葛 :何本贈られるんですか?
あたし:1本です。
新品の割り箸、1本。
黒葛 :贈られるのは割り箸だけですか?
あたし:最初は本当に割り箸1本だけでした。
でも、あるときからは割り箸の他にもちゃんとした
誕生日プレゼントも一緒にくれるようになったんです。
黒葛 :あるとき、とは?
あたし:……母が亡くなった年からです。
黒葛 :失礼ですが、母親の死因はなんですか?
あたし:病気です。
肺がんでした。
黒葛 :贈り物は今も続いているのですか?
あたし:はい。
ですが、今年に渡された時にこう言われたんです。
「誕生日プレゼントを渡すのはこれで最後にしようと思う」
と。
黒葛 :今年に何かしらお二人に変化があった、というわけですか?
あたし:今年で美大を卒業するんです。
就職のために家を出ることになったから、かなと。
黒葛 :なるほど。
そう考えるのが自然ですね。
……父親の職業をお聞きしても?
あたし:普通のサラリーマンです。
外資系の会社ですけど。
黒葛 :割り箸に関係する仕事ではない?
あたし:はい。
まったくないですね。
黒葛 :父親と母親の出会いに関してはどうですか?
割り箸が関連するようなことは?
あたし:聞いたことないです。
……ただ。
黒葛 :なんですか?
あたし:出会い、というかあたしが生まれる前に
ちょっとした騒動があったみたいです。
黒葛 :というと?
あたし:母方の祖母から聞いた話なんですけど、
あたしが生まれる前に父と母が大ゲンカを
したみたいなんです。
一度、母は実家に戻って2ヶ月くらい住んでたらしいです。
黒葛 :理由はわからないのですか?
あたし:祖母はきっと子供が出来ないことについてじゃないかと
言ってました。
父と母は子供を望んでたんですが、結婚後5年くらい、
子供ができなかったから、そのことで喧嘩になっただろうって。
祖母も、母からそのような相談を受けてたって話でしたし。
黒葛 :ということは、あなたは待望の子供だったというわけですか。
あたし:そうだと思います。
ただ、なんていうか……その……。
黒葛 :なにか引っかかるようなことが?
あたし:愛されてはいたと思います。
十分に。
ただ、なんというか……甘やかされはしませんでした。
よく言うじゃないですか。
待望の子供が生まれたら、つい甘やかして育ててしまうって。
でも、両親はそんなことなく、どちらかというと
結構、厳しい家庭環境に育ったなって思います。
黒葛 :子供をどう教育するかは個人差があるものです。
逆に甘やかさないというのが愛情の深さでもあるかと。
愛されていると感じたのであるなら、
気にする必要はないと思います。
あたし:そ、そうですよね。
黒葛 :あとは割り箸に関連するような出来事はないですか?
あ、いえ、割り箸に関係なくても、家族のことで
なにか違和感があるようなことでもよいです。
些細なことでも構いませんので。
あたじ:そうですね……。
あっ。そういえば、小さい頃、箸の使い方で
父から熱心に教わった思い出があります。
黒葛 :変な持ち方をしていた、ということですか?
あたし:はい。
あたし、左利きなんでどうしても右手で
箸が上手く持てなくて……。
根気よく、持ち方を教わったんです。
あ、もしかしてちゃんと箸を使えるように
願掛けとして割り箸をプレゼントしてくれたんですかね?
黒葛 :今はどうですか?
あたし:え?
黒葛 :箸は右手で上手く使えるようになったのですか?
あたし:はい。まあ、人並みには。
黒葛 :であれば、贈り続ける必要はないと思います。
あたし:あ、そっか。
そうですよね。
黒葛 :他にはなにかありませんか?
今のような些細なものでもよいです。
あたし:急に言われても……。
黒葛 :そういえば、美大を卒業と言ってましたが。
あたし:はい。それがなにか?
黒葛 :父親か母親が芸術に秀でたのですか?
あたし:それが……父も母もからっきしでした。
だから、最初は独学でやってて……。
中学に入るときに父がちゃんと習った方がいいって
言ってくれて習いに行かせてくれたんです。
黒葛 :さきほど、厳しい家庭環境と言っていましたが、
学業の方はどうだったのですか?
教育熱心な親の場合、芸術系の学校に行くことに
抵抗を示されることが多いのですが、
そのあたりはどうでしたか?
あたし:そういわれると……。
厳しかったのは門限とか、生活に関すること
ばかりでした。
あんまり勉強のことを言われた記憶がありません。
黒葛 :父親、母親、共にですか?
あたし:はい。
ただ、母はずっと、口癖のように
「一人で生きていける技術を身に付けなさい」
って言われてましたね。
だから、元々好きだった絵に没頭したという
感じで。
黒葛 :なるほど……。
確かに少しチグハグ感がありますね。
あたし:ちぐはぐ、ですか?
黒葛 :愛情を注いでいながら、
どこか突き放したような感覚がします。
というより、どこか一線を引いている、そんな印象です。
あたし:そうなんです!
それはずっとあたしも感じていました。
母はあたしを可愛がってくれたんですが、
どこか気を使っているというか……。
父に気を使っていたというか。
黒葛 :両親の仲はどうだったのですか?
あたし:正直、良いとは言えないと思います。
喧嘩まではしませんが、どこか距離感があるような
そんな感じでした。
祖母の話ではあたしが生まれるまでは
とても仲がよかったそうなのですが……。
黒葛 :思い当たる原因は聞いていませんか?
あたし:祖母は父の海外赴任がきっかけだったんじゃないかって
言ってました。
黒葛 :海外赴任?
あたし:はい。
父は外資系の会社だって言いましたよね?
それで、1年ほどアメリカに単身赴任してたんです。
そのときに、父と母の心も離れたんじゃないかって。
でも、そのあと、すぐにあたしが生まれたんで、
きっと元の関係に戻ると期待してたようですが……。
黒葛 :海外赴任から戻って、すぐにあなたが生まれたのですか?
あたし:はい。そう聞いてます。
父が戻ってから1年後くらいに生まれたみたいです。
黒葛 :……海外赴任。
5年間子供ができなかった。
教育のチグハグ感。
母親が亡くなったことで増えたプレゼント。
父親に気を使う母親。
そして、大ゲンカ。
なるほど……。
だから、割り箸なのか。
あたし:なにかわかったんですか?
黒葛 :これはあくまで私の仮説です。
ですので、これが真実だという証拠はありません。
あたし:それでも話してくれませんか?
黒葛 :聞かない方がよいと思います。
あたし:え?
黒葛 :これはあなたが知らなくていい、
両親が隠し続けたことを掘り返すことになります。
あたし:待ってください。
そんなこと言われて、尚更聞かないなんて無理ですよ。
黒葛 :あなたは両親に愛されていた。
それでいいと思いますが。
世の中には知らなくていいこともあります。
あたし:教えてください。
あたしには知る権利があるはずです。
黒葛 :わかりました。
まず、両親の大ゲンカの件ですが、
子供ができないことが理由ではないと思います。
本当はその逆だった。
あたし:どういうことですか?
黒葛 :ケンカの原因は母親に子供ができたことです。
あたし:そんなわけないですよ。
だって、父も母もずっと子供が欲しいって
願っていたんですよ?
黒葛 :はい。
ただ、欲しいのは自分の子供だったはずです。
あたし:……っ。
黒葛 :5年間、ずっと子供が欲しいと願っていた夫婦。
夫が単身赴任から戻ったらすぐに子供を授かった。
あり得ない話ではないですが、
どこか都合が良すぎる気がしませんか?
あたし:……母が不倫していた?
黒葛 :不倫というより、子供を作るためだったのでしょう。
それがわかっていたからこそ、父親の方は離婚をしなかった。
……いえ、違いますね。
父親の方はずっと『疑惑』を持っていたのです。
あたし:……。
黒葛 :父親はあまりのタイミングの良さに母親を怪しんだ。
それで探偵を雇って調べたのかもしれません。
ですが、母親に男の影は全くなかった。
ただ、母親の方の態度が気になったのでしょう。
母親の方は、父親の『子供が欲しい』という願望を
叶えたわけですが、その反面『裏切り』をしたという
罪悪感があったのだと思います。
あたし:お母さんが……。
黒葛 :タイミングが良すぎるというだけで、
ここまで怪しむのも変です。
もしかすると、父親は無精子症だと
わかっていたのかもしれません。
あたし:……。
黒葛 :とはいえ、奇跡的に妊娠できたかもしれない。
あなたが本当の子供だと『信じたかった』
という気持ちもあったのだと思います。
だからこそ『割り箸』を贈った。
あたし:……DNA鑑定。
黒葛 :そうです。
あたし:結果は?
あたし、父の子供じゃないんですか?
黒葛 :鑑定はしていないはずです。
あたし:え?
黒葛 :毎年、迷っていたのだと思います。
そして、どうしてもできなかった。
だからこそ、毎年の誕生日プレゼントで
『割り箸』を贈ったのです。
あたし:父はずっと、自分の子供じゃないかもしれないあたしを
育てていたということですか?
疑心暗鬼に囚われながら、ずっと……。
黒葛 :ですが、あるとき転機が訪れます。
あたし:転機?
黒葛 :母親の死です。
本来であれば、そのときに放り出すこともできたはずです。
ですがそのときに父親は決意したのでしょう。
たとえ、自分の娘ではなかったとしても
ちゃんと育てようと。
あたし:なんでそんなことがわかるんですか!?
もしかすると、今だってあたしを邪魔者だって
思っているかもしれないじゃないですか。
黒葛 :増えたプレゼント。
あたし:え?
黒葛 :あなたは母親が亡くなってから、プレゼントが増えたと
言っていました。
あたし:……それが?
黒葛 :普通は邪魔だと思っている子供にプレゼントなんて
贈りません。
まして、絵の勉強をさせるために習い事に通わせることも。
なにより、大学にまで進学させた。
愛してないとできないことです。
あたし:……じゃあ、今年で最後って言ったのは?
黒葛 :独り立ちして、『子供』ではなくなったから……。
かもしれません。
あたし:……。
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その後、あたしは結局、父にこのことを問わずに家を出ることになった。
そして、そのことを忘れるようにあたしは仕事に没頭した。
それから5年後。
あたしは職場の人と付き合うようになり、2年後に結婚することとなった。
その頃には父とは疎遠になっていたこともあり、結婚式に呼んでもいいのか悩んだりもした。
すると、どこから聞きつけたのか、父の方から連絡が来て一緒にバージンロードを歩けることを随分と喜んでくれた。
そして、結婚式当日。
隣に立つ父が緊張した面持ちでこう言った。
「どんなことがあっても、お前はずっと俺の娘だからな」
終わり。
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