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誰かの交換日記

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二階建てのアパートの一階。
『105号室』。
まさか、探偵事務所がこんなところにあるとは思わなかった。

あんまり儲かっていないんだろう。
やっぱり、ここに頼むなんてやめておけばよかった。

とはいえ、大学生のおかしな話なんて、ここしかまともに取り合ってくれなかったから仕方ないのだけど。
けど、仮にも探偵を名乗っているんだから、答えを見つけ出してくれるだろう。
適当なことを言われれば、金は払わない。
大学生の身としては決して安い金額じゃないんだし。

なんてことを考えていると、105号室の前までやってきた。
表札にも『黒葛つづら探偵事務所』と書いてある。

ここか。

意を決してインターフォンを押す。
いや、インターフォンというより、チャイムって感じか。
部屋の中から安っぽい、ピンポンって音が聞こえてくる。

すぐにドアが開いて、中から男が出てきた。
男というか、少年?
たぶん、俺より年下だろう。
下手したら高校生くらいだろうか。

それなのに着ているタキシードが妙に似合うというか、馴染んでいる。
短髪でイケメンなのだが、表情はどこか冷たく無表情。

意外と、こういうやつが女子から人気があるんだよなぁ。

「Iさんですね?」
「え? あ、はい。そうです。予約してたんですけど」
「どうぞ」

少年の案内されるままに中へと入る。

本当に、なんの変哲もないアパートの一室。
変わったところと言えば、家具が一切ないところくらいだろうか。

なんで置いてないんだろう。
事務所として使ってるからか?
それでも、机くらいは用意すればいいのに。

「どうも。黒葛つづらです」

奥の部屋から現れたのは車椅子に乗った若い女性だった。
若いと言っても、さすがに俺よりは年上だろう。
25、26歳くらい?

さっきの少年と同じように無表情で冷たい印象を受けるが、何よりも美人だ。
いやー。ここの探偵にしておいてよかった。
これは話ができるだけでもお金を払ってもいいくらいだ。

探偵よりも女優とか芸能人とかやればいいのに。
……車椅子だと難しいんだろうか。
けど、それを言ったら、探偵も難しそうだけど。

「では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」
「え? あ、はい。えっとですね……」

ついつい、探偵さんに見惚れて、大事なことを忘れるところだった。
俺はある謎を解いてもらうためにここまで来たのだ。

********************************
俺 :この交換日記が何なのかを解いて欲しいんです。

黒葛:交換日記?

俺 :これです。

黒葛:……なるほど。
   特に変哲のないノートのようですけど?

俺 :これ、俺の部屋の押し入れの奥にあったんです。
   就職するので、引っ越しの準備をしてるときに、出てきたんです。
   箱に入った状態で。

黒葛:箱に入っていたのは交換日記のノートだけでしたか?

俺 :いえ。
   幼稚園の頃のメダルとか賞状なんかも入ってました。
   写真とかも。

黒葛:なるほど。
   普通に考えれば、あなたの物だと思うのですが、違うということですか?

俺 :そうなんです。
   俺、こんなの書いた覚えが全然ないんです。

黒葛:書いてある文字を見たところ、幼少期に書かれたものに見えます。
   おそらく、小学校低学年くらい。
   それなら、単に忘れているだけの可能性があるのでは?

俺 :俺も最初はそう思ったんです。
   でも、俺、小学1年から4年くらいまで登校拒否だったんですよ。
   だから、友達なんていなかったんです。
   交換日記を書いても、渡す相手がいないんですよ。

黒葛:なるほど……。

俺 :……あれ?
   ちょっと待てよ。
   5年生の時に書いたのかな?
   うわー。なんでそんな単純なことに気付かなかったんだろう。

黒葛:あなたの年齢は?
   今の。

俺 :22ですけど。
   それが何か?

黒葛:なら、これは小学3年生のときに書かれたものですね

俺 :なんでわかるんですか?

黒葛:日記に月日と曜日が書いてあります。

俺 :……あー、なるほど。
   って、計算できるの凄いですね。

黒葛:登校拒否していても、友達が全くいなかったとは限らない。
   例えば、近所の子供とか。

俺 :いや、いないです。
   母親にも確認とってるので、それは確かです。
   ずっと、家に閉じこもっていたって言ってました。
   俺もその記憶があるので、間違いないですね。

黒葛:3冊目はあなたの番で終わっている……。
   内容は、また明日も遊ぼうね……。

俺 :あの、それがなにか?

黒葛:ノートはこの3冊だけですか?
   もう1冊あると思うんですが。

俺 :いえ。
   箱に入っていたのはその3冊だけです。

黒葛:他の箱に入っている、もしくは他の場所にある可能性は?

俺 :ないです。
   部屋中をくまなく探しましたし。
   あと、家の中も。

黒葛:母親に捨てられたという可能性は?

俺 :それもないですね。
   母さんに聞いたんですけど、知らないって。
   もし捨てるんだとしたら、その3冊も捨てるはずだって。
   あと、親父も知らないって言ってました。

黒葛:なるほど……。
  このノートの端が少し破れてますが、これは?
  切り口を見る限り、最近、破れたみたいですけど。

俺 :ああ。それは、母さんです。
   そんなの捨てなさいって言われて、取り合いになって……。

黒葛:そうですか……。
   あとは内容の件ですが、この日記に書かれていることについても
   全く記憶にありませんか?
   
俺 :ないですね。
   というより、本当に何気ない一日のことしか書いてないので、
   記憶にないっていうより覚えてないって言った方が正しいですかね。

黒葛:確かに小学生の頃の1日のことなんて覚えているわけはない……。

俺 :……1週間前でも怪しいくらいですから。

黒葛:押入れの奥に、箱に入った交換日記。
   この日記を書いたころは登校拒否をしていた。
   友達はいない。
   母親がそのことを証言している。
   3冊の日記。4冊目はない。
   母親は日記のことを知らなかった。
   知っていたら、捨てていた。

俺 :やっぱり、それだけじゃわからないですよね。

黒葛:いえ。
   そうでもありません。

俺 :え?
   わかったんですか!?

黒葛:あくまで仮説ですが、2パターン考えられます。

俺 :なんですか?

黒葛:イマジナリーフレンドです。

俺 :いまじなりー?

黒葛:児童期にみられる空想上の友達のことです。

俺 :空想?
   えっと、エア友達的な感じですか?

黒葛:まあ、その認識で合ってます。

俺 :いやいやいや!
   待ってくださいよ。
   俺が、そんなメルヘンなやつだとは思えないんですけど。

黒葛:意外と症例は多いんですよ。
   しかも、あなたは登校拒否で誰も友達がいなかった。
   寂しいという思いを募らせた結果、イマジナリーフレンドを
   作り出したというのも無理な話ではありません。

俺 :でも、見てください。
   この日記には、交換相手の文字も書いてます。
   俺の字とは全然違いますよ。
   なんていうか、女の子っぽい丸い字じゃないですか。

黒葛:中には筆跡が違うという事例もあるみたいです。
   この場合はどちらかというと解離性同一性障害に近いものだと思いますが。

俺 :それって二重人格ってことですか?

黒葛:その一つ手前、といったところです。

俺 :ええー。
   俺が?
   うーん。
   信じられないな。

黒葛:そう考えると、ある程度の説明はつきます。
   友達がいないはずなのに交換日記が存在した理由が。

俺 :まさか、自分で書いていたなんてな。
   ……恥ずかしい。

********************************

俺は探偵さんに謝礼を払って、部屋を出た。
部屋を出るときに、住んでいる町を聞かれて、その当時もそこに住んでいたかを聞かれた。
詳しい住所じゃないから教えたけど、大丈夫だよな。
町の名前くらいじゃ個人情報にならないだろう。

それにしても、まさか、こんなオチだとは思わなかった。
どうやら、昔の俺は想像力豊かな子供だったみたいだ。

とはいえ、交換日記の謎が解け、スッキリすることはできた。
就職前に、このモヤモヤした気分を解消できたのは助かる。

なんて思っていたら、3日後に探偵さんから電話がかかってきた。

もう1つの仮説の裏が取れたんだと言っていた。
そういえば、仮説は2パターンあるって言っていたな。
完全に忘れていたけど。

で、探偵さんは前の仮説で納得しているなら、あえて、この仮説は聞かない方がいいなんて言っていた。

そんなことを言われたら、逆に気になる。
だから、俺は再び、黒葛探偵事務所へと足を運んだのだった。

********************************
黒葛:先に言っておきます。
   これはあくまで私の仮説です。
   間違っているかもしれません。
   それでも聞きますか?

俺 :もちろんですよ。
   そのために来たんですから。

黒葛:わかりました。
   では、もう1つの私の仮説を話しましょう。

俺 :……。

黒葛:この交換日記の相手はイマジナリーフレンドではありません。

俺 :どういうことですか?
   俺には友達がいなかったんですよ?
   学校に行ってなかったんですから。

黒葛:友達は学校の中だけとは限りません。
   近所にも子供はいたはずです。

俺 :でも、母親はそんな友達はいないって言ってましたよ。

黒葛:それが嘘だったら?

俺 :え? 嘘?
   いや、待ってください。
   なんで、母さんがそんな嘘を付いたんですか?

黒葛:ポイントはそこです。
   なぜ、あなたの母親は嘘を付いたのか。
   それは、あなたに思い出して欲しくなかったから。

俺 :なにをです?

黒葛:友達のことです。
   その証拠に、あなたの母親は、
   交換日記のことを知っていたら捨てていたと言ってました。
   親なら、子供の思い出の物を捨てようとしますか?
   実際に、手元に残っている日記も捨てようと、あなたから奪い取ろうとした。

俺 :言われてみたら、確かに変だ。
   母さんは昔の写真とか、思い出の物とか捨てるのを嫌がるタイプだし……。

黒葛:それなのに、交換日記は捨てようとした。
   つまり、それだけ、あなたに
   交換日記のことを思い出して欲しくないということです。

俺 :でも、なんでですか?

黒葛:その説明の前に、なぜ、あなたに友達がいたかと思った理由を話します。
   それはあなたの記憶と3冊しかないノートです。

俺 :……どういうことか、全くわからないんですけど。

黒葛:3冊目のノートですが、最後のページまで日記が書かれています。
   しかも、『あなた』の文の日記で終わっています。
   内容は『明日も遊ぼう』です。
   これは少し不自然です。

俺 :え? そこで、エア友達が消えたとかじゃないんですか?

黒葛:イマジナリーフレンドが消えるタイミングは徐々に消えるか、
   なにかしら心情の変化があったときです。
   最後の日記を読む限り、心情の変化は見られない。
   そして、日記はここまで毎日書かれている。
   このことから、徐々に消えたという線はあり得ない。
   そうなると、次は相手の番で、『日記は相手が持っている』と
   考えるのが一番自然。

俺 :……確かに。

黒葛:ここで、あなたの母親がなぜ、友達がいないと嘘を付いたかです。
   この日記の日付と、あなたの町のことを調べてみました。
   すると、ある事故に辿り着きました。
   公園での6歳の女の子の死亡事故の記事を見つけました。
   記事によると女の子は「1人で遊んでいた」ところを過って遊具から落下し、
   死亡したとのことです。
   その子の母親は、一緒に遊んでいた子がいたという証言があったようですが、
   結局、その子は見つからなかった。

俺 :……まさか。

黒葛:それが、母親が隠した理由です。
   きっと、その当時、母親からも忘れるようにずっと言われていたんだと思います。
   それでなくても、友達の死を目の当たりした場合、トラウマになるのは必然。
   防衛本能で自分の記憶を消すのも無理はない……。

俺 :そんな!
   俺! 俺は……。

黒葛:前にも言いましたが、これはあくまで私の仮説です。
   正しいとは限りません。
   それに、今更思い出したところで、意味はないでしょう。
   その女の子の親のところに行っても傷口をえぐるだけで、
   誰も幸せにはならない。
   あなたの母親の意思を尊重し、交換日記は処分することをお勧めします。

********************************

そんなことを言われても、全く思い出せない。
女の子と遊んだ記憶なんて、微塵もない。
探偵さんの言う通り、ただの仮説で間違っている可能性だってある。

そんな間違いのために、俺はこの先、ずっとやってもいないことの罪を感じながら生きていくべきなんだろうか。

そして、引っ越しの日。
俺は迷いに迷ったが、交換日記を持って行くことにした。

俺は既に忘れてしまったし、この先も思い出すことはないだろう。

でも、確かに、その子はいたという証明のために。
一人で孤独だった自分を癒してくれたであろう、その子のために。

ただ、これは俺の自己満足でしかない。

終わり。
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