【怖い話】リツゼン―黒葛探偵事務所の不気味な依頼―

鍵谷端哉

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友達の失踪

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二階建てのアパートの一階にある、『105号室』。
そこに探偵事務所があるなんて、誰も思わないだろう。

私だってもちろん例外ではない。
電話で依頼の予約を取り、ここへ来る途中に何度も住所を確認したくらいだ。

仮に腕が確かだったとしても、こんな場所を事務所にするのはどうだろうか?
それだけで信用されないことだってある。
実際、私だって、今回の件がたらい回しにされなければ、この『黒葛つづら探偵事務所』には依頼しなかっただろう。

まあ、突飛だという点では、私も同じか。
こんな依頼内容を持って行けば、誰だって面倒くさく思い、断るだろう。

もし、ここでもダメだったら、諦めざるを得ない。
そう考えると、場所がどこかなんて、些細なことだ。
まずは私の依頼を受けてもらえるよう祈るしかない。

そう思いながら、私はチャイムを押した。
部屋の中から安っぽく、高い音でピンポンという音が響いている。

そして、数秒後、ドアが開いた。
出てきたのはタキシード姿の若い男だった。

さすがに私の息子よりは年上だろうが、20歳前後だろう。
もしかして、大学生のアルバイトか何かだろうか。
助手か何かだと祈りたい。
この子が探偵だというのなら、さすがにこちらからキャンセルを申し出ようと思う。

「Aさんですね? 中で先生がお待ちです」

男の子が無表情でそう言った。
もう少し愛想よくはできないのかと思う反面、この子が探偵じゃなかったことに安堵する。

男の子に案内され、部屋の中に入る。
家具も何もない、殺風景な部屋だ。
冷蔵庫やテレビ、テーブルやソファーさえもなかった。

そして、その部屋の中央に鎮座するように、車椅子に乗った若い女性がいた。
さすがに男の子よりは年上だろうか。
おそらくは20代中盤くらいか。
とはいえ、その女性はかなりの美人だ。
美人は正直に言って、年齢が分かりづらい。

「どうも。黒葛つづらです」

凛としたよく通る声だった。
なんというか、アナウンサーと言われた方がしっくりするくらい、聞きやすく綺麗な声だ。

「では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」

その言葉で私は我に返った。

「実は解いて欲しい謎がありまして」

私は一度、深呼吸して心を落ち着かせてから、ゆっくりと話し始める。

********************************
私 :32年前。
   学校からいなくなった私の親友が消えた謎を解いてほしいのです。

黒葛:32年前ということは、あなたが学生の頃のときの話ですね?

私 :ええ。中学2年生のときのことです。

黒葛:いなくなったということは、失踪……ということでよいですか?

私 :はい。
   当時の警察は家出として片付けられてしまいました。
   ですが、あいつには家出する理由もなければ、
   私に黙っていなくなるようなやつじゃなかったんです。

黒葛:そのことは、当時、警察には?

私 :もちろん言いました。
   あいつの両親も私の意見に同意してたんです。
   だから、なにかしらの事件に巻き込まれたんだと。

黒葛:ですが、その当時には不審者の情報がなかった。
   そして、目撃者も。

私 :その通りです。
   とは言っても、深夜のことですから目撃者がいなくて当然だったのですが。

黒葛:深夜?
   学校でいなくなったんですよね?

私 :ああ、すみません。
   最初から説明します。
   私とあいつは、当時、悪ガキとして有名でした。
   とは言っても、不良というわけではなく、
   どちらかというとイタズラ小僧という感じですね。
   日ごろから、教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしてました。
   そのせいで、何度か停学になってしまいましたが。

黒葛:では、イタズラのために深夜の学校に忍び込んだ、
   ということですね。

私 :その通りです。
   あれは中学二年生の夏休みのことでした。
   猛暑日が続き、連日、学校が開放していたプールには
   生徒が殺到するという状況だったんです。
   そのせいで、プールは泳ぐというよりは浸かるのがやっとでした。

黒葛:もしかして、夜に学校に忍び込んだのは、
   学校のプールに入るためだったのですか?

私 :ええ、まあ、その通りです。
   浅はかですよね。
   ただ、その当時は、良いアイディアだとはしゃぎ、
   水着を持って、夜の9時に学校に集合したんです。
   その時間なら、貸し切り状態で泳げると期待に胸を膨らませていました。

黒葛:泳げたのですか?

私 :はは。
   それが、なんともタイミングが悪く、
   その日はちょうど水の入れ替え日だったんです。
   なので、プールには水が張られていませんでした。

黒葛:なるほど。

私 :ガッカリした私たちは、せっかく来たのにそのまま帰るのは癪だったので、
   学校で肝試しをすることにしたんです。
   とはいっても、普段、通い慣れた学校ですから、
   それもすぐに飽きてしまいましたが。

黒葛:通い慣れていたとしても、夜だと雰囲気は随分と違います。
   ある程度の怖さはあったのではないですか?

私 :恥ずかしながら、深夜の学校に忍び込んだのは
   その日が初めてではなかったんです。

黒葛:なるほど。
   夜の学校にすら、慣れていたということですね。

私 :そうなんです。
   なので、今度は教室で他愛のない話をしてました。
   家だと、うるさいと怒られるのですが、誰もいない学校は開放的で、
   大声で話しても誰にも文句を言われませんからね。
   くだらないことを3時間くらい話していたと思います。
   ですが、しょせんは中学生です。
   深夜になると眠気に耐え切れず、
   私はいつの間にか寝てしまっていたのです。

黒葛:友達の方はどうだったのですか?

私 :正直わかりません。
   私の方が先に眠ってしまったので。
   あいつも寝たのか、それとも、起きたままだったのか……。
   そして、私は4時くらいに目を覚ましました。
   外は割と明るくなっていましたし、
   教室の時計を見たので間違いありません。

黒葛:そのときには、もう友達がいなくなっていたわけですね?

私 :はい。
   ですが、私の横に一枚のメモが残されてたんです。

黒葛:メモ?
   何が書かれていたんですか?

私 :『先に行ってる』という一文だけです。

黒葛:一文だけ……。
   裏にも何も書かれていなかったのですか?

私 :はい。
   ですが、あいつの水着もなかったんです。

黒葛:わざわざ持って行ったということですね?

私 :だから、私はそのとき、こう思ったんです。
   あいつはプールに水を入れようと思いついたんだと。

黒葛:それはまた、大胆なことをしますね。
   イタズラのレベルじゃ済まされないのでは?
   意外と高額のはずですが。

私 :はは。
   中学生の考えることですからね。
   その辺は考慮してませんよ。
   逆に、その当時の私は、
   あいつのことを天才だと思ったくらいでしたから。

黒葛:それで、友達はプールにいたのですか?

私 :いませんでした。
   水も、もちろん張ってありませんでした。
   だから、そのとき、私は『先に行ってる』というのは、
   先に帰ったのだと思ったんです。
   
黒葛:帰宅と考えれば、水着も持って帰るのも当然、というわけですね。

私 :はい。
   なので、私もそのまま家に帰って、寝ました。
   家に入るときに、親に見つからないかヒヤヒヤしましたが、
   問題なく、自分の部屋に帰り、ベッドで寝たんです。
   そして、その日の夜のことです。
   突然、あいつの両親がうちに来たんです。
   あいつが、うちに来てないかって。
   私はびっくりしました。
   てっきり、先に帰っているはずだと思っていたのですから。

黒葛:そこで、失踪が発覚したということですね。

私 :そうです。
   すぐに警察に連絡して、捜索が開始されました。
   もちろん、私も当時の校舎を探し回りました。
   ですが、一向に見つからなかったんです。
   そして、一ヶ月もすると警察は捜索を打ち切りました。
   家出だろうと結論付けて。
   この辺りは、私たちの悪名も一役買ってしまいました。
   イタズラによる家出だと。

黒葛:ですが、あなたはそうは思わなかったわけですね。

私 :当然です。
   あいつが私に黙って、そういうイタズラをするわけがありません。
   何をするにも一緒でしたから。

黒葛:なるほど……。

私 :警察が断念しても、私は諦めませんでした。
   新校舎に移っても、放課後はずっと旧校舎や町の中を
   探し回っていたんです。

黒葛:さきほど、不審者はいなかったと言ってましたが、
   一人もいなかったのですか?
   どの町にでも、不審者の目撃情報くらいありそうですが。

私 :なにぶん、田舎のことですからね。
   ほぼ、町の人たちはみんな知り合いと言ったら大げさかもしれませんが、
   そのような状態だったんです。

黒葛:逆に言うと不審者がいるなんて、言えない状態だったと?

私 :その通りです。
   狭い町ですからね。
   誰かが誰かの告げ口なんていしようものなら、
   すぐに噂が回ってしまいます。
   仮に見たとしても、なかなか言い出せなかったのではないでしょうか。

黒葛:あなた自身はなにか心当たりはないのですか?

私 :正直、ないですね。
   確かに、私も含め、あいつはイタズラによって
   小さな恨みを買うことはありましたが、
   殺されるというほどではなかったはずです。
   それに、誘拐だったとしても、
   あいつの家が金持ちというわけでもないですし。

黒葛:実際、犯人からの連絡もなかったんですね?

私 :ええ。ありませんでした。
   たった一度も。
   ただ、私も、あいつの捜索をするのも、高校に行くようになったら、
   頻度は少なくなりました。
   旧校舎にも入れなくなりましたし。
   そして、情けないことに、あいつのことを徐々に忘れていったんです。
   あんなに仲が良かった親友だったのに。

黒葛:それがどうして、今、このタイミングでその謎を解こうと思ったのですか?

私 :息子が中学になるということで、ふと思い出したんです。
   あいつのことを。
   それは、きっと、あいつが自分のことを
   見つけて欲しいんじゃないかって思ったんです。

黒葛:なるほど……。
   もう一度聞きますが、友達は恨まれたとしても
   危害を加えられるほどではなかった。
   そして、誘拐もあり得ない、ということで良いですか?

私 :ええ。
   無いはずです。

黒葛:……ただ、こういう場合、
   イタズラした本人たちは些細なイタズラだと思っていても、
   相手からすると、許しがたい、なんていうこともありますからね。

私 :そう言われてしまうと、否定はできませんね。

黒葛:……誘拐という可能性は低い。
   町の外の人間とも考えられない。
   そんな人間がいれば、町の人たちは堂々と不審者を上げられたはず……。

私 :あの、探偵さん?

黒葛:……朝の4時。
   旧校舎。
   イタズラ。
   清掃員。
   水着を持って行っている。
   『先に行っている』というメモ。
   ……ああ、なるほど。

私 :え?

黒葛:最後に確認させてください。
   当時、あなたたちが忍び込んだのは『旧校舎』で、友達の失踪事件から、
   すぐに『新校舎』に移動となった、で合っていますか?

私 :え?
   はい。そうです。
   あれ? 私、そのことを言いましたか?

黒葛:わざわざ『旧校舎』という言い方をしてましたし、
  『新校舎に移ってからも』と言っていましたからね。

私 :……へー。
   凄いですね。
   そんな何気ない、言葉からそこまでわかるなんて。

黒葛:これで、謎は解けました。

私 :ほ、本当ですか!?

黒葛:ただし、これは私の仮説です。
   正解とは限りません。

私 :教えてください。

黒葛:あらかじめ、断っておきます。
   今、この謎を解いたところで、誰一人、得をする人はいません。
   逆に罪悪感に囚われるかもしれませんし、
   知らない方がよかったと後悔する可能性もあります。
   世の中には知らない方がいいことだってありますから。

私 :それでも知りたいです。

黒葛:わかりました。
   では、話します。
   友達が消えた場所……。
   つまり、いる場所は――貯水タンクの中です。

私 :貯水タンク……ですか?

黒葛:今でこそ、大分変りましたが、あなたが学生の頃、
   つまりは30年以上前では、
   学校内の掃除は生徒たちがやっていたはずです。

私 :え? ええ、まあ、そうですね。

黒葛:もしくは用務員さんがやっていたくらいでしょうか。

私 :はあ……。それが何か?

黒葛:あなたは最初、『教師や用務員、清掃員なんかにもイタズラばかりしていた』
   と言ってました。
   ですが、学校内の掃除は用務員さんや生徒たちがやっていたはずです。
   もちろん、プールの清掃だって、生徒がやっていたのではないですか?

私 :はい。持ち回りでやってましたね。

黒葛:では、あなたの言う、『清掃員』は、何の清掃員だったのでしょうか?

私 :えっと……。

黒葛:学校内にあるもので、生徒や用務員さんが掃除できない場所。
   それが貯水槽です。
   貯水槽だけは資格が必要で、業者に依頼するしかありません。
   つまり、清掃員は、貯水槽の清掃員ということになります。

私 :……。

黒葛:そして、『先に行ってる』というメモと、なくなっていた水着……。

私 :あっ……。
   貯水槽で泳ぐってことか……。

黒葛:大問題ですが、当時のあなたたちならやっていたのではないですか?
   貯水槽で泳ぐという行為を。

私 :……。

黒葛:そして、貯水槽というのは、案外、深いんです。
   水が入った状態では、出るのが困難になることがあります。
   実際、そういう事故の事例もありますから。

********************************

私はすぐさま、中学校の旧校舎へと向かった。
とっくに取り壊されたと思っていたが、旧校舎は驚くほど当時のままだった。
まるで、時が停まっていたかのように。

探偵さんは、あくまで仮説だと言っていた。
確認するのも、しないのも、私の自由だと。

旧校舎に入ると、今まで忘れていた、あいつとの記憶が一気に蘇ってくる。
なぜ、忘れていたのか不思議なくらいに。

そして、私は貯水槽へとたどり着く。
貯水槽の蓋は開いている。

一度、深呼吸をして、私は貯水槽の中を覗いた。

終わり。
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