黒葛探偵事務所の奇妙な依頼―探偵は動かずに謎を解く―

鍵谷端哉

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黒葛つづら探偵事務所』。
そこは二階建てアパート一階の『105号室』にあった。

知らない人が見れば、まさかそこに探偵事務所があるなんて思わないだろう。
だから、わたしはここの探偵事務所を選んだ。

今更、わたしを追い回す人なんていないだろう。
それはわかっている。
なにしろ、あれから10年近く経っているのだ。
逆に覚えている人の方が少ないと思う。

とはいっても、こんなわたしが探偵のところに行ったことが分かれば、世間は反省してないだの、諦めが悪いなんて言うだろう。
まあ、否定はできないけど。

そう。
わたしは諦めきれないのだ。
これほど月日が経っているのに。
どうしても知りたい。

「予約されたEさんですね。どうぞ」

チャイムを押すと、すぐに中からタキシード姿の男の子が出てきて、部屋の中に通された。
そして、部屋の中でわたしを待っていたのは、車椅子に乗った綺麗な女性だった。

最初は探偵で車椅子?
なんて思ったが、そんなことはどうでもよかった。
なぜなら、わたしが依頼する内容は、別に移動するようなものじゃない。
場所はどこでもよかったのだ。

期待しているのは探偵さんの頭脳。
警察でも解けなかった……いや、それはどうでもいい。
わたしが知りたいのは理由の方だから。

「どうも。黒葛つづらです。では、さっそくですが、依頼の内容を話してくれますか?」

凛とした声。

わたしはその言葉に頷き、口を開いた。

********************************
わたし:9年前。
    親友はわたしのために、一緒に犯罪を犯してくれました。
    でも、その親友はわたしを裏切ったんです。
    その理由がどうしても知りたい。
    それが依頼内容です。

黒葛 :……その犯罪というのは、『大学生殺人事件』のことですか?

わたし:ええ!?
    どうしてわかったんですか?

黒葛 :裏切った理由を知りたい。
    それは本人に聞くのが一番手っ取り早く、確実です。

わたし:ええ。そりゃ、まあ……。

黒葛 :それを知りたいということで、ここに来たということは、
    本人に聞けない状況だったということを示しています。
    しかも、9年の間、依頼しに来なかったということは、
    『来られなかった』ということです。
    そして、あなたの年齢から推測して、9年前ということは
    あなたはまだ学生だった。
    当時、未成年者の殺人ということで、世間でも話題になりました。
    確か、容疑者は共犯がいると訴えていましたが、証拠がなく、
    単独犯とみなされてしまった。
    この事件のことは何となく印象に残っていたので、総合的に考えた結果、
    あの事件だということに思い当たったわけです。

わたし:すごいですね。
    それだけの情報でわかるなんて。
    ……でも、やっぱり印象的ですよね。
    あの事件のことは。

黒葛 :失礼しました。
    あくまで依頼内容の前提条件としての情報として確認させて
    いただいただけです。
    他意はありません。
    それに、あなたはもう罪を償っています。
    必要以上に気に病む必要はないと思いますが。

わたし:いえ、いいんです。
    一人の人の人生を終わらせてしまったのですから、わたしはこの先、
    一生背負っていくつもりですから。

黒葛 :そうですか。
    では、話を戻しましょう。
    裏切った親友は異性ですか?
    それとも同性?

わたし:女の子です。
    同性になります。

黒葛 :その親友とはどのくらいの付き合いだったのですか?

わたし:小学校入学の時からです。
    一年生の時に同じクラスになって、それ以来ずっと、
    何をするのも一緒でした。

黒葛 :中学と高校も一緒の学校だったのですか?

わたし:中学は一緒でした。
    でも、高校は別々の学校に行くことになったんです。
    本当は一緒の学校を志望してたんですけど、親友の方が落ちちゃって……。

黒葛 :別々の学校でも、その親友とは交流があったのですか?

わたし:はい。
    週に3、4日は会ってたと思います。
    わたし、あまり友達を作るのが上手い方じゃなくて、
    学校では孤立気味だったんです。

黒葛 :それで別の学校でも親友と行動を共にすることが多かった、
    ということですね?

わたし:はい。
    親友の方は学校に友達ができたみたいですけど、それでもわたしに
    付き合ってくれてたみたいで……。

黒葛 :あなたは親友に、学校での友達ができたことに対して嫉妬のような
    感情はありましたか?

わたし:いえ、ありませんでした。
    ……あ、いや、違いますね。
    もちろん、最初は少し寂しかったです。
    わたしは親友がいないと一人ぼっちなのに、
    あっちはそうじゃないんだ、って。

黒葛 :……最初は、ということはどこかのタイミングで変わった、
    ということですか?

わたし:はい。
    そのきっかけというのが、わたしに彼氏ができたことです。
    彼と付き合ってからは、親友と会うのは週に3、4回で
    ちょうどよかったくらいでした。

黒葛 :逆に言うと、彼氏ができたのに、親友と週に3、4回も会ってたんですか?

わたし:んー。
    なんていうんですかね。
    普通なら、彼氏と友達なら彼氏を取るんだろうけど、わたしにとっては
    彼氏よりも親友の方が大事なくらいでした。
    なので、彼氏は友達に会えない時間を埋めてくれる存在という感じで。
    ……あ、違いますね。
    どちらかというと、友達と会えなくなった時期に、彼氏ができたって方が
    正しいかもしれません。
    とにかく、私にとっては彼氏はちょうどいい存在だったんです。

黒葛 :……なるほど。
    親友はあなたが男性と付き合っているということは知っていたのですか?

わたし:隠してました。
    それは後ろめたさ、というより、もし言ってしまうと、
    親友は気を利かせて、わたしと会う回数を減らしてくると思ったので。

黒葛 :付き合っていた男の方はどうだったのですか?
    自分より、友達を優先することに不満は漏らしていなかったんですか?

わたし:それが特に。
    彼はなにかと忙しい人だったんです。
    ……というより、わたしは本命じゃなくて、3番目、だったのかな。

黒葛 :男からしたら、逆に都合がよかった……。

わたし:だと思います。
    まあ、たぶん、わたしも何となく気づいてたんじゃないかなと。
    だから、親友の方を優先することに、なんの罪悪感も後ろめたさも
    なかったんです。

黒葛 :お互いがお互いの関係については納得していたと?

わたし:結局、都合がよくて、利害が一致してただけだったんだと思います。
    彼はよく言ってました。
    「お前の方は面倒くさくなくていい」って。

黒葛 :それではなぜ――
    殺そうと思ったんですか?

わたし:親友が言い出したんです。
    「あいつを殺そう」って。

黒葛 :……親友は知らなかったはずでは?

わたし:わたしは隠していたつもりでしたが、どうやらバレていたみたいです。
    と言っても、半年くらいはバレなかったから、
    嘘が下手なわたしとしては上出来だったと思いますけど。

黒葛 :仮に知っていたとしても、殺そうとなるでしょうか?
    状況としては、お互い納得していたのですよね?

わたし:そんな状態だからこそ、悔しかったそうです。

黒葛 :悔しい?

わたし:親友は、わたしが「そんなに安っぽく見られている」ことが
    悔しいって言ってくれたんです。
    わたしの純情を穢された、そんなのは許せないって。

黒葛 :あなたは、自分に対して、そう思っていなかったのですよね?
    それなら、例え、親友が犯行をほのめかしても、
    止めれたはずではないですか?

わたし:純粋に嬉しかったんです。
    そう言ってくれたことに。
    それに、逆の立場だったとしたら、
    きっとわたしも同じことを言ったと思います。

黒葛 :……親友が玩ばれていたのなら絶対に許せない。
    例え、本人がその状況に納得していたとしても。

わたし:はい。
    ……変ですかね?
    自分のことなら耐えられるのに、親友がそんな状態だったと考えると、
    ゾッとします。
    あり得ません。

黒葛 :つまり、あなたは『親友の想いのため』に犯行を行ったというわけですね。

わたし:計画は全て親友が立てました。
    凄く念入りで、完璧でした。
    こんなに簡単なんだって、そのときは思ったくらいです。
    その後、わたしたちはこのことは二人の一生の秘密にするという
    約束をしました。

黒葛 :それは口約束だけだったんですか?

わたし:そのときのわたしは、それでいいと思ってました。
    わたしは親友を裏切ることもないし、親友もわたしのことを
    裏切るはずはない、と。
    でも、親友はあることを提案してきました。
    それは、お互いに相手がやったという証拠を持っておく、というものです。

黒葛 :つまり、どちらかが裏切ればもう一方も証拠を出すので共倒れになる、と。

わたし:そうです。

黒葛 :その証拠というのはなんですか?

わたし:自白文です。
    お互いが、自分が犯人でどうやったのかを詳細に書いたものを
    交換しました。

黒葛 :筆跡鑑定をすれば本人が書いたものだとわかるわけですね。

わたし:はい。
    だから、お互いそれを持っている限り裏切ることはできないはずなんです。

黒葛 :しかし、親友は裏切った。

わたし:……そうです。
    犯行を行った次の日に、親友はわたしが書いた方の自白文を
    警察に送ったみたいなんです。

黒葛 :それであなたも、親友の自白文を提出したわけですね?

わたし:……本当にショックでした。
    捕まって、刑務所に入れられることよりも、親友に裏切られたことで
    頭が真っ白になったんです。
    どうせ、刑務所に入るなら、親友と一緒に入ろう、そう思ってわたしも
    自白文を提出しました。
    でも、それはできませんでした。

黒葛 :……たしか、白紙だったのですよね?

わたし:そうなんです。
    あの日、お互いに交換したときは、ちゃんと書かれてたんですよ。
    筆で書かれてて、相変わらず達筆だなって思ったんで、確かです。

黒葛 :それが、次の日には白紙になっていた、と。

わたし:なにがなんだかわかりませんでした。
    わたし、ずっと持ち歩いてたので、すり替えられたなんてことは
    絶対にないはずなんです。

黒葛 :……なるほど。

わたし:ただ、このことはどうでもいいんです。
    わたしが知りたいのは、なんで親友が裏切ったかの理由です。

黒葛 :元々、殺すことは親友が持ち掛けてきた……。
    恐怖や罪悪感に苛まれるくらいなら、最初からやらなければいい。

わたし:そうなんです。
    親友にはなんのメリットもなかったんですよ。
    だからこそ、わたしは嬉しくて、犯行に手を貸したんです。

黒葛 :一つ確認させてください。
    あなたは親友の友達に会ったことがありますか?

わたし:え?
    ……いえ、そういえばありませんね。

黒葛 :どんな友達かわかりますか?

わたし:……わかりません。
    全然、友達の話をしませんでしたし。

黒葛 :違う高校。
    親友が持ち掛けた計画。
    会ったことのない友達。
    白紙になった自白文。
    そして、男の「お前の方は面倒くさくなくていい」という言葉。
    ……なるほど。

わたし:なにかわかったんですか?

黒葛 :……これはあくまで私の仮説です。
    仮に当たっていたとしても、事件のことはもう終わっています。
    証拠もありませんから、親友を罪に問うのは厳しいでしょう。

わたし:わたしは親友を恨んでいません。
    裏切られた今でもです。
    ただ、わたしは知りたいだけなんです。
    どうして、わたしを裏切ったのかを。

黒葛 :その想いが本当であれば、尚更、あなたは仮説を聞くべきではありません。

わたし:教えて欲しいです。
    そのために長い時間を過ごしてきたのですから。

黒葛 :わかりました。
    まず最初に白紙になった自白文の件です。

わたし:え?
    それもわかったんですか?

黒葛 :おそらく、水筆紙を使ったんでしょう。

わたし:水筆紙……ですか?

黒葛 :習字の練習に使われる紙です。
    水に濡らした筆で書くと、色が付いて見えます。
    そして、乾くと書いた文字が消えるという紙です。

わたし:……そんなのがあるんですか。

黒葛 :当時はまだあまり知られていないものです。
    ただ、それでも、なぜ警察がそんなことにも気づかなかったかの方が
    不思議ですが。

わたし:それは……その……。
    わたしが捨ててしまったからです。
    裏切られたことと、白紙の紙を見て、頭が真っ白になって
    破り捨ててしまったんです。

黒葛 :……それで、証拠がない、ということになったのですね。

わたし:はい。
    それより、理由の方を教えてください。

黒葛 :犯行を親友が提案してきたこと、そして、細工を施した自白文。
    そのことから、親友は最初からあなたを裏切るつもりだということは
    明白です。

わたし:……でも、どうして?

黒葛 :簡単です。
    その男は親友とも付き合っていたからです。

わたし:……え?

黒葛 :正確に言うと、付き合って「いた」でしょうか。
    おそらく、親友と付き合った後に、あなたと付き合ったのだと思います。
    男が言っていた「お前の方は面倒くさくなくていい」という、
    この「お前の方」という表現は誰かと比べているときに使われるものです。

わたし:で、でも……。

黒葛 :親友はその男のことを愛していたのでしょう。
    ですが、親友はあなたに取られたと思った。
    ……いや、「複数人と付き合っているのを知りながら」
    あなたは付き合っていた。
    つまり、そんな「軽い気持ち」で取られたとなれば
    憎悪が芽生えるでしょう。
    男にも。
    もちろん、あなたにも。
********************************

あの後、探偵さんは「あくまで仮説であり、本当はもっと違う理由があるかもしれない。男と親友が付き合っていたということ自体、証拠は何もないですから」と言っていた。

そう。
あれは探偵さんの仮説だ。

あんなの、信じられない。
親友に恨まれていただなんて……。
そんなのあるわけない。

もし、あの人と付き合っていたなら、わたしは親友のところに戻るように説得してた。
もし、あの人が憎いっていうなら、何も言わずわたしは手伝った。

わたしはあの人よりも親友のことの方がずっと大事だ。
そして、それは親友にとっても同じだと信じている。

探偵さんの仮説は忘れよう。

そう決意して、わたしはこのことを考えないようにした。

それから半年後。
わたしたちが犯行を犯した日であり、あの人の命日。

わたしは何気ない気持ちで、あの人の墓へと向かった。

そして、そこで親友に再会したのだった。

おわり。
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