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新たなる関係者
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沙都希の戸籍データを見て、困惑する暁。
元夫のことを知るためだったのだが……。
「え?」
「……どうした?」
隣の席でコーヒーを飲んでいた安曇がチラリとパソコンの画面を見てくる。
暁は画面のある部分を指差す。
「ここ見てくださいっす。桐ケ谷さん……結婚してないっす」
「……」
「それどころか、由依香さんも養女ってことになってるっすよ」
沙都希の心配する様子や、高校で元宮から聞いた話や和夫との会話の内容、どれをとっても養女とは思えなかった。
どういうことだと眉をひそめていると、隣の安曇がコーヒーをするながら呟いた。
「今時だな」
「……へ?」
「珍しくもねーだろ。おそらく、相手は内縁の夫ってやつじゃねーか?」
「……ああ、なるほど」
暁が安曇の言葉に呟くように答えた。
「あんまり納得してなさそうだな」
「あー、いや……。桐ケ谷さんなら、そういうのはキッチリしそうだなって思ってて」
沙都希に対しての暁の印象は良くも悪くも、厳しいというものだった。
娘の由依香に対しても、かなり甘いながらも、厳しく育てているような感じを受けた。
それはおそらく自分に対しても同じで、関係をうやむやにするのではなく、きっちりと結婚という形式をとっていると思っていたのだ。
だが、安曇の方はそうは思ってはいないようだった。
「17年間、旦那に子供を会わせなかった女だぞ。お前は少し感情移入しすぎだ」
「……そうっすね」
思い込みは目を曇らせる。
これも日々、安曇から注意されていることだ。
確かに、沙都希に対して暁は距離感が近くなり過ぎている。
それでも、暁はその印象を拭えない。
なぜなら由依香は結局、パパ活をしていなかったのだ。
つまり、暁が最初に受けた印象通りだった。
とは言え、すべてはまだ憶測の範囲だ。
これからしっかりと裏を取っていかなければならない。
そう考えた時、思わず暁は声を漏らしてしまう。
「あっ!」
「どうした?」
「捜査が完全に手詰まりっす」
犯人との繋がりが切れた今、沙都希の元夫である霧山が唯一の捜査の手がかりになると思っていた。
だが、それも空振りに終わってしまった。
というより、途切れてしまった。
これでまた振り出しに戻ってしまったわけだ。
だが、安曇は平然とした口調で暁に言う。
「そもそも、その元旦那は犯人じゃねーだろ」
「……へ? なんでっすか?」
「娘が殺害されてるんだぞ」
「……」
「殺すつもりなら、わざわざ学校にまで行って、父親だなんて名乗らないはずだ」」
「あっ!」
確かに安曇の言う通り、最初から殺害目的で由依香に近づいていたとするなら、自分の存在を公の場に見せるようなことはしないだろう。
それに、そもそも動機が見当たらない。
「ってことで、元旦那はシロだな」
「……うう。完全に捜査が振り出しに戻ったっす」
「いつものことじゃねーか」
「そ、それはそうっすけど……」
とはいえ、どうしていいかわからない。
完全に手詰まりだ。
「こういうときはどうするんだった?」
その安曇の言葉に、暁は背筋を伸ばし、顔を上げる。
「とにかく聞き込みっす」
「よし、行ってこい」
「うっす!」
暁は立ち上がって、再度、署を出て行った。
既に日が傾いている頃、暁はメモを見ながら、ある場所を探していた。
「……この辺のはずなんだけどな」
メモに書かれているビルを探す暁。
それは沙都希が掛け持ちしていたパートの場所だ。
署を出た暁は、まずは和夫に話を聞きに行った。
最初に会ったときは犯人からの電話があり、よく話を聞けなかったからだ。
とはいえ、やはり有力な情報を新たに聞くことはできなかった。
だが、和夫は沙都希の掛け持ちしていたパートの方なら、違う情報も聞けるかもしれないと提案してくれたのだ。
沙都希は掛け持ちをしていることばかりじゃなく、そのパート先も和夫に教えていたということは、和夫は相当、沙都希からの信用は厚いようだ。
沙都希と和夫は17年来の付き合いだと言っていた。
17年。
言葉で言うと簡単だが、相当な年月だ。
どんな関係なのだろうか、と暁は思う。
さすがに不倫関係とは思えない。
だが、単なるパート先の店長と店員ではないような気がしていた。
「あ、あった。クリーン・グリーム」
考え事をしているときにふと、目当てのビルと会社を見つけたのだった。
クリーン・グリームは清掃会社だけあって、事務所はとても綺麗だった。
規模的には大きくなく、中小企業といった感じだ。
「桐ケ谷さんが行きそうな場所? そんなのはこっちが聞きたいよ」
そう不機嫌そうに言ったのは、店長兼エリアマネージャーの柏木だ。
年は40前後と言ったところだろう。
出世したというよりは、責任を押し付けられたというようなタイプに見える。
どこか頼りないというか、人が良さそうというか、あまり人の上に立つには向いてなさそうな人間、というのが暁が抱いた素直な印象だった。
「……ですよね」
おそらくはギリギリの人数で店をまわしているのだろう。
暁が刑事だと名乗って話を聞こうとしているが、柏木は色々と作業しながら話している。
疲れのせいか、柏木の目の下には濃いクマが出来ている。
「あー、もう! あの新人が辞めたばっかりだってのに、今度は桐ケ谷さんもかよ!」
「はは……」
突然、店員が失踪すればその尻拭いをするのは店長の仕事だ。
それでなくても、柏木自身が忙しそうなのに、さらに人が抜けたとなれば泣きっ面に蜂と言ったところだろうか。
「ったく、2人ともいい年して、責任感がないんだよ!」
「……いい年?」
柏木の言葉に引っかかりを覚え、言葉を挟む暁。
「ん? なんだ? 桐ケ谷さんは若くは見えるけど、いい年だろ」
「いや、そっちじゃなくて……。辞めたの新人っすよね?」
「あん? 新人だからって、若いとは限らんだろ。40歳でも、新しく入れば新人だ」
「あ、確かに」
新人という言葉を聞いて、つい、学生や新入社員を連想してしまっていた暁。
ただ、柏木のいうように、新しく入ったのであれば、40歳だろうが50歳だろうが新人だ。
「子供がいるんだから、簡単には辞めないと思ったんだけどなー」
柏木が泣きそうな顔をしている。
辞めないだろうと思っていたのに、辞めてしまったというならダメージは倍に感じるだろう。
「簡単に辞めてったんすか?」
「ああ。2人とも、辞めます、の一言だけ。いきなり電話が掛かってきて、言いたいことだけ言って、切られたよ」
ははは、と乾いた笑い声をあげる柏木。
ぽつりと「高校生じゃないんだから」と馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
相当、腹に据えかねているようだ。
「桐ケ谷さんからは何時くらいに電話があったんっすか?」
「詳しい時間は覚えてないけど、深夜だったよ。昨日のね」
昨日の深夜ということは、もちろん、昨日、家に帰った後ということだ。
非常識な時間に、非常識な形ではあるがパートを辞めるという電話をかけている。
つまりは、パート先に対して最低限のことをしているということだ。
そう考えて、暁はホッと安堵の息を吐いた。
娘の後を追うような人がそこまでするような余裕があるとは思えない。
ということは、沙都希は生きているだろう。
……いや、立つ鳥跡を濁さずということも考えられるか?
なんてことも脳裏を過る。
だが、その場合、和夫の方に連絡が行っていないことに違和感が出てくる。
とにかく、今考えたところで答えが出るようなことではない。
「もういいかい、刑事さん。こっちは2人も辞めて、忙しいんだ」
「え? ああ、すんませんっす。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる暁。
「悪いね。大した話が出来なくて」
柏木は作業をしながら、暁の方を見ずに言う。
暗にもう来るなと言っているようだった。
空振りか、と苦笑しながら暁は出口へと向かう。
が、その途中で足を止め、念のためにと最後に質問をした。
「最後に由依香さんを見たのはいつですか?」
その暁の質問に柏木はきょとんとする。
何を言っているのかわからないといった調子で、暁の顔を見てくる。
「由依香? だれ?」
「桐ケ谷さんの娘さんなんすけど」
「んー。見たも何も、一度も会ってないからね。顔も知らないよ」
「あー、この子っす」
暁は柏木の前に行き、スマホで由依香の写真を見せる。
「刑事さん……。写真間違ってるけど」
「え?」
暁は慌ててスマホの画面を見る。
だが、そこには確かに由依香の写真データが映し出されている。
暁が由依香で合っていると言おうとした瞬間、柏木の方が先に口を開いた。
「この子、亜里沙ちゃんだろ」
「……へ?」
「さっき話した新人の娘の、亜里沙ちゃんだ」
「え? え? え? ちゃんと見てくださいっす。この子っすよ?」
「間違いないよ。凄く印象に残ってるからね」
「……」
「あの新人さ、いつも、娘が可愛いって自慢してたわりには写真の一つも見せてくれなかったんだよ」
「なら、どうして顔を知ってるんすか?」
「一度だけ会社に来たんだよ」
「会社に……? ここにっすよね?」
「急な仕事が入ってさ。俺だけじゃ時間的に難しいから、その日、休みだった新人に来てもらったんだよ」
柏木が懐かしそうに目を細めている。
その表情を見る限り、悪い記憶ではなさそうだ。
「意外と時間かかって、会社に戻ったら、入り口に、その亜里沙ちゃんが立ってたってわけ」
暁の頭の中は混乱を極めていた。
全く整理が追い付かない。
「そしたら父親の方・・・ああ、新人の方ね。が、妙に慌ててね。来るなって言っただろって怒ってたんだ。亜里沙ちゃんは、待ち合わせに来ないから心配したって言ってさ。いやー、可愛いよな。俺もあんな娘が欲しいくらいだよ」
柏木は今まで一番饒舌でペラペラと話している。
だが、笑顔はそこまでで、急に不機嫌な表情になった。
「けど、あの後、後片付けもしないでさっさと帰っちまったのはどうかと思うね!」
思い出しても怒りが沸き上がっているようだ。
暁の方はなんとか頭を整理しようと試みる。
柏木に由依香の写真を見せると、それは亜里沙だと言い、しかも、その子は新人の子供だという。
最近、なんか似たような話を聞いたような……。
と、思ったとき、暁の頭の中に一筋の光が差したような感覚がした。
「名前は?」
「へ?」
「その新人の名前っす!」
「あ、ああ。霧山だよ。霧山修二」
霧山……。やっぱり。
暁の中で何かが繋がりそうだった。
「何か、顔がわかるようなもの、ないっすか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
柏木が事務室へと入り、数分後、一枚の紙を持って戻ってくる。
「これ、履歴書」
「失礼するっす」
奪い取るようにして履歴書を見る。
右端に写真が貼られている。
「あれ? この顔……」
どこかで見たことがあるような気がした。
そして、由依香の写真。
亜里沙という名前……。
「あっ!」
この瞬間、暁は完全に思い出した。
2日前の駅前。
安曇と一緒にコンビニの万引きの件で、駅の近くに行ったときのことだ。
「亜里沙」
そのとき、後ろから男の声がした。
なぜだろうか、暁の耳に妙に響く。
振り向くと、40代の背広を着た男性が制服を着た女子高生らしき女の子に声をかけていた。
一見すると女の子の方は中学生に見えるくらい幼い雰囲気だったが、暁は女の子が着ている制服が美流渡高校のものだと知っていた。
「あれ? どうしたの? こんなところで。今日、会う予定じゃなかったよね?」
男の声に反応した女の子が首をかしげている。
あの日、暁は由依香と霧山を目撃していたのだ。
その時はまだ由依香のことを知らなかったので気にも留めていなかった。
だから、最初に沙都希から由依香の写真を送ってもらったときに思い出せなかったのだ。
ただ、由依香が失踪した日に、霧山と会っていたことは事件と無関係だとは考えづらい。
やっぱり、霧山が事件のキーを握っていると暁は確信したのだった。
同刻。
沙都希はヒイラギ探偵事務所に来ていた。
小太りの眼鏡をかけた30代中盤くらいの男が沙都希の対応をしていた。
「今日はどんな御用ですか?」
「……この写真の人を調べてほしいんです」
沙都希がそう言って、一枚の写真を出して探偵に渡す。
その写真には病院のベッドに座った、20代中盤くらいの清楚な感じの微笑んだ女性が写っていたのだった。
元夫のことを知るためだったのだが……。
「え?」
「……どうした?」
隣の席でコーヒーを飲んでいた安曇がチラリとパソコンの画面を見てくる。
暁は画面のある部分を指差す。
「ここ見てくださいっす。桐ケ谷さん……結婚してないっす」
「……」
「それどころか、由依香さんも養女ってことになってるっすよ」
沙都希の心配する様子や、高校で元宮から聞いた話や和夫との会話の内容、どれをとっても養女とは思えなかった。
どういうことだと眉をひそめていると、隣の安曇がコーヒーをするながら呟いた。
「今時だな」
「……へ?」
「珍しくもねーだろ。おそらく、相手は内縁の夫ってやつじゃねーか?」
「……ああ、なるほど」
暁が安曇の言葉に呟くように答えた。
「あんまり納得してなさそうだな」
「あー、いや……。桐ケ谷さんなら、そういうのはキッチリしそうだなって思ってて」
沙都希に対しての暁の印象は良くも悪くも、厳しいというものだった。
娘の由依香に対しても、かなり甘いながらも、厳しく育てているような感じを受けた。
それはおそらく自分に対しても同じで、関係をうやむやにするのではなく、きっちりと結婚という形式をとっていると思っていたのだ。
だが、安曇の方はそうは思ってはいないようだった。
「17年間、旦那に子供を会わせなかった女だぞ。お前は少し感情移入しすぎだ」
「……そうっすね」
思い込みは目を曇らせる。
これも日々、安曇から注意されていることだ。
確かに、沙都希に対して暁は距離感が近くなり過ぎている。
それでも、暁はその印象を拭えない。
なぜなら由依香は結局、パパ活をしていなかったのだ。
つまり、暁が最初に受けた印象通りだった。
とは言え、すべてはまだ憶測の範囲だ。
これからしっかりと裏を取っていかなければならない。
そう考えた時、思わず暁は声を漏らしてしまう。
「あっ!」
「どうした?」
「捜査が完全に手詰まりっす」
犯人との繋がりが切れた今、沙都希の元夫である霧山が唯一の捜査の手がかりになると思っていた。
だが、それも空振りに終わってしまった。
というより、途切れてしまった。
これでまた振り出しに戻ってしまったわけだ。
だが、安曇は平然とした口調で暁に言う。
「そもそも、その元旦那は犯人じゃねーだろ」
「……へ? なんでっすか?」
「娘が殺害されてるんだぞ」
「……」
「殺すつもりなら、わざわざ学校にまで行って、父親だなんて名乗らないはずだ」」
「あっ!」
確かに安曇の言う通り、最初から殺害目的で由依香に近づいていたとするなら、自分の存在を公の場に見せるようなことはしないだろう。
それに、そもそも動機が見当たらない。
「ってことで、元旦那はシロだな」
「……うう。完全に捜査が振り出しに戻ったっす」
「いつものことじゃねーか」
「そ、それはそうっすけど……」
とはいえ、どうしていいかわからない。
完全に手詰まりだ。
「こういうときはどうするんだった?」
その安曇の言葉に、暁は背筋を伸ばし、顔を上げる。
「とにかく聞き込みっす」
「よし、行ってこい」
「うっす!」
暁は立ち上がって、再度、署を出て行った。
既に日が傾いている頃、暁はメモを見ながら、ある場所を探していた。
「……この辺のはずなんだけどな」
メモに書かれているビルを探す暁。
それは沙都希が掛け持ちしていたパートの場所だ。
署を出た暁は、まずは和夫に話を聞きに行った。
最初に会ったときは犯人からの電話があり、よく話を聞けなかったからだ。
とはいえ、やはり有力な情報を新たに聞くことはできなかった。
だが、和夫は沙都希の掛け持ちしていたパートの方なら、違う情報も聞けるかもしれないと提案してくれたのだ。
沙都希は掛け持ちをしていることばかりじゃなく、そのパート先も和夫に教えていたということは、和夫は相当、沙都希からの信用は厚いようだ。
沙都希と和夫は17年来の付き合いだと言っていた。
17年。
言葉で言うと簡単だが、相当な年月だ。
どんな関係なのだろうか、と暁は思う。
さすがに不倫関係とは思えない。
だが、単なるパート先の店長と店員ではないような気がしていた。
「あ、あった。クリーン・グリーム」
考え事をしているときにふと、目当てのビルと会社を見つけたのだった。
クリーン・グリームは清掃会社だけあって、事務所はとても綺麗だった。
規模的には大きくなく、中小企業といった感じだ。
「桐ケ谷さんが行きそうな場所? そんなのはこっちが聞きたいよ」
そう不機嫌そうに言ったのは、店長兼エリアマネージャーの柏木だ。
年は40前後と言ったところだろう。
出世したというよりは、責任を押し付けられたというようなタイプに見える。
どこか頼りないというか、人が良さそうというか、あまり人の上に立つには向いてなさそうな人間、というのが暁が抱いた素直な印象だった。
「……ですよね」
おそらくはギリギリの人数で店をまわしているのだろう。
暁が刑事だと名乗って話を聞こうとしているが、柏木は色々と作業しながら話している。
疲れのせいか、柏木の目の下には濃いクマが出来ている。
「あー、もう! あの新人が辞めたばっかりだってのに、今度は桐ケ谷さんもかよ!」
「はは……」
突然、店員が失踪すればその尻拭いをするのは店長の仕事だ。
それでなくても、柏木自身が忙しそうなのに、さらに人が抜けたとなれば泣きっ面に蜂と言ったところだろうか。
「ったく、2人ともいい年して、責任感がないんだよ!」
「……いい年?」
柏木の言葉に引っかかりを覚え、言葉を挟む暁。
「ん? なんだ? 桐ケ谷さんは若くは見えるけど、いい年だろ」
「いや、そっちじゃなくて……。辞めたの新人っすよね?」
「あん? 新人だからって、若いとは限らんだろ。40歳でも、新しく入れば新人だ」
「あ、確かに」
新人という言葉を聞いて、つい、学生や新入社員を連想してしまっていた暁。
ただ、柏木のいうように、新しく入ったのであれば、40歳だろうが50歳だろうが新人だ。
「子供がいるんだから、簡単には辞めないと思ったんだけどなー」
柏木が泣きそうな顔をしている。
辞めないだろうと思っていたのに、辞めてしまったというならダメージは倍に感じるだろう。
「簡単に辞めてったんすか?」
「ああ。2人とも、辞めます、の一言だけ。いきなり電話が掛かってきて、言いたいことだけ言って、切られたよ」
ははは、と乾いた笑い声をあげる柏木。
ぽつりと「高校生じゃないんだから」と馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
相当、腹に据えかねているようだ。
「桐ケ谷さんからは何時くらいに電話があったんっすか?」
「詳しい時間は覚えてないけど、深夜だったよ。昨日のね」
昨日の深夜ということは、もちろん、昨日、家に帰った後ということだ。
非常識な時間に、非常識な形ではあるがパートを辞めるという電話をかけている。
つまりは、パート先に対して最低限のことをしているということだ。
そう考えて、暁はホッと安堵の息を吐いた。
娘の後を追うような人がそこまでするような余裕があるとは思えない。
ということは、沙都希は生きているだろう。
……いや、立つ鳥跡を濁さずということも考えられるか?
なんてことも脳裏を過る。
だが、その場合、和夫の方に連絡が行っていないことに違和感が出てくる。
とにかく、今考えたところで答えが出るようなことではない。
「もういいかい、刑事さん。こっちは2人も辞めて、忙しいんだ」
「え? ああ、すんませんっす。ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げる暁。
「悪いね。大した話が出来なくて」
柏木は作業をしながら、暁の方を見ずに言う。
暗にもう来るなと言っているようだった。
空振りか、と苦笑しながら暁は出口へと向かう。
が、その途中で足を止め、念のためにと最後に質問をした。
「最後に由依香さんを見たのはいつですか?」
その暁の質問に柏木はきょとんとする。
何を言っているのかわからないといった調子で、暁の顔を見てくる。
「由依香? だれ?」
「桐ケ谷さんの娘さんなんすけど」
「んー。見たも何も、一度も会ってないからね。顔も知らないよ」
「あー、この子っす」
暁は柏木の前に行き、スマホで由依香の写真を見せる。
「刑事さん……。写真間違ってるけど」
「え?」
暁は慌ててスマホの画面を見る。
だが、そこには確かに由依香の写真データが映し出されている。
暁が由依香で合っていると言おうとした瞬間、柏木の方が先に口を開いた。
「この子、亜里沙ちゃんだろ」
「……へ?」
「さっき話した新人の娘の、亜里沙ちゃんだ」
「え? え? え? ちゃんと見てくださいっす。この子っすよ?」
「間違いないよ。凄く印象に残ってるからね」
「……」
「あの新人さ、いつも、娘が可愛いって自慢してたわりには写真の一つも見せてくれなかったんだよ」
「なら、どうして顔を知ってるんすか?」
「一度だけ会社に来たんだよ」
「会社に……? ここにっすよね?」
「急な仕事が入ってさ。俺だけじゃ時間的に難しいから、その日、休みだった新人に来てもらったんだよ」
柏木が懐かしそうに目を細めている。
その表情を見る限り、悪い記憶ではなさそうだ。
「意外と時間かかって、会社に戻ったら、入り口に、その亜里沙ちゃんが立ってたってわけ」
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全く整理が追い付かない。
「そしたら父親の方・・・ああ、新人の方ね。が、妙に慌ててね。来るなって言っただろって怒ってたんだ。亜里沙ちゃんは、待ち合わせに来ないから心配したって言ってさ。いやー、可愛いよな。俺もあんな娘が欲しいくらいだよ」
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だが、笑顔はそこまでで、急に不機嫌な表情になった。
「けど、あの後、後片付けもしないでさっさと帰っちまったのはどうかと思うね!」
思い出しても怒りが沸き上がっているようだ。
暁の方はなんとか頭を整理しようと試みる。
柏木に由依香の写真を見せると、それは亜里沙だと言い、しかも、その子は新人の子供だという。
最近、なんか似たような話を聞いたような……。
と、思ったとき、暁の頭の中に一筋の光が差したような感覚がした。
「名前は?」
「へ?」
「その新人の名前っす!」
「あ、ああ。霧山だよ。霧山修二」
霧山……。やっぱり。
暁の中で何かが繋がりそうだった。
「何か、顔がわかるようなもの、ないっすか?」
「ああ、ちょっと待っててくれ」
柏木が事務室へと入り、数分後、一枚の紙を持って戻ってくる。
「これ、履歴書」
「失礼するっす」
奪い取るようにして履歴書を見る。
右端に写真が貼られている。
「あれ? この顔……」
どこかで見たことがあるような気がした。
そして、由依香の写真。
亜里沙という名前……。
「あっ!」
この瞬間、暁は完全に思い出した。
2日前の駅前。
安曇と一緒にコンビニの万引きの件で、駅の近くに行ったときのことだ。
「亜里沙」
そのとき、後ろから男の声がした。
なぜだろうか、暁の耳に妙に響く。
振り向くと、40代の背広を着た男性が制服を着た女子高生らしき女の子に声をかけていた。
一見すると女の子の方は中学生に見えるくらい幼い雰囲気だったが、暁は女の子が着ている制服が美流渡高校のものだと知っていた。
「あれ? どうしたの? こんなところで。今日、会う予定じゃなかったよね?」
男の声に反応した女の子が首をかしげている。
あの日、暁は由依香と霧山を目撃していたのだ。
その時はまだ由依香のことを知らなかったので気にも留めていなかった。
だから、最初に沙都希から由依香の写真を送ってもらったときに思い出せなかったのだ。
ただ、由依香が失踪した日に、霧山と会っていたことは事件と無関係だとは考えづらい。
やっぱり、霧山が事件のキーを握っていると暁は確信したのだった。
同刻。
沙都希はヒイラギ探偵事務所に来ていた。
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「今日はどんな御用ですか?」
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本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
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