公爵夫人は国王陛下の愛妾を目指す

友鳥ことり

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第八章 公爵夫人の計画

5 公爵夫人の恋のお試し

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 ひとまず、シルヴェストルが薦める恋愛小説五冊をベルティーユは借りて帰ることにした。
 公爵夫人としての日々の仕事は多いようで、慣れてしまえばそう忙しくもない。
 結婚するまでは王妃になるための勉学で忙しかったこともあり、読書といえば歴史書、教養書がほとんどだった。古典と呼ばれる古今東西の名作文学はひととおり読んだが、書物を楽しむというよりは自分の知識を広げるために読んだものばかりだった。娯楽として小説を読んだことは、幼い頃の絵本や童話を除くと記憶がない。
 シルヴェストルが貸してくれた恋愛小説も教材として読むようなものだが、かつて王妃教育に邁進していた当時は恋愛小説など教養にもならないと手に取ることはほとんどなかったのだから、多少心境の変化は起きていると言える。

「読んだら、是非忌憚ない感想を聞かせてくれ」

 紙質は悪いが可愛いいろとりどりの花模様をあしらった表紙の恋愛小説は、どれも作者名が同じだ。
 多分、兄がいま一番推している作家なのだろう。

「恋愛に疎いお前がどういう感想を持つのか、ぜひ聞きたい」

(お兄様、この作家がお気に入りなだけ、よ、ねぇ?)

 まだ読まれた形跡がない本のページをそっとめくりながら、余計なことは訊ねないことにした。
 この作家の著書が十冊以上、兄の部屋の書棚に並んでいることはベルティーユも知っている。しかも、なぜか同じ本が複数冊並んでいることもある。これまでにも「これを読んでみてくれないか」とわざわざベルティーユの部屋まで届けに来たことがあるので、さすがは愛好者だと感心したものだ。兄は自分のお気に入りの作家を見つけると、まわりに布教しては周囲を戸惑わせることがある。

(お兄様のお気に入りの作家なら、公爵家の図書室にもあるんじゃないかしら。どうせ、オリヴィエールにも押し付けているでしょうし)

「政略結婚の王と敵国の王女の恋物語は、ありきたりだが面白いとは思う。ただ、私もその題材でこれだと思う本には出会っていないから、これから探すことにする。あと、伯父上のところに行くなら、陛下と王女の関係を詳しく聞き出して私にも教えて欲しい」
「お兄様にも? 一応、国家機密扱いだと思うわよ」
「国家機密ってものは、誰もが知っているけれど知らないふりをしているだけだ」
「要は、恋愛話を聞きたいだけでしょ」
「醜聞よりずっと良い」
「それには同意するわ」

 宮廷という華やかな世界は、光と影の明暗の差が半端ない。
 きらびやかな王侯貴族たちが集う中、裏では様々な陰謀がめぐらされ、火のあるところ無いところで醜聞が炎上し、政敵の没落を狙っている。
 ベルティーユも無縁ではなかったが、これまでのところなんとか醜聞は避けられている。
 先日、ベルティーユが王太后を訪問したことは王宮内で噂になっているようだが、オリヴィエールと一緒に王宮から下がったことが功を奏したのか、王太后がベルティーユを使って王の結婚に横槍を入れようとしていることは大きな話題にはなっていないらしい。
 となると、これから先もダンビエール公爵夫妻は夫婦円満であることを周囲に知らしめていかなければ、面倒事に巻き込まれないとも限らないのだ。

(そういえば、オリヴィエールを暗殺するって計画がある話はどうなったのかしら? まだオリヴィエールは護衛を雇い続けてはいるけれど、別に危険な目に遭ったって話は聞かないわけよね。ディスが付いているのに、オリヴィエールを殺そうとする世間知らずの刺客なんていないでしょうけど)

 トマ傭兵団の傭兵は、現在もオリヴィエールとベルティーユの護衛を続けている。
 ディスに言わせれば「国が平穏だと俺たち傭兵は基本仕事がないんで、貴族の護衛って賃金高いし、すっごいありがたいですよ」ということなので、誰かに狙われていなくても雇い続けることには問題ないらしい。

「陛下と王女様が結婚してから恋に落ちるのって、難しいのかしら」
「世の中には政略結婚なんてごまんとあるが、結婚してから夫婦愛が芽生えるって話も聞かないわけじゃないし、一概に難しいとは言えないだろうな。とりあえず、自分で試してみたらどうだ?」
「自分で、試す?」

 兄の提案に、ベルティーユは首を傾げた。

「結婚後に恋が始まるかどうか、を」
「自分で?」
「そう。自分で」

 神妙な顔で頷く兄を見つめながら、ベルティーユは唸った。

「お前とオリヴィエールで恋が始まれば、陛下と王女の間にも始まる可能性はあるってことじゃないか?」
「可能性云々の問題ではないような気がするのだけど。それに、私たちと陛下では立場がまったく違うのだし」
「そういう理屈をこねている暇があったら、とにかく行動に移すべきだ。恋愛は駆け引きが肝心だからな」
「机上の空論で恋愛を語るお兄様がおっしゃっても、あまり説得力がないのですけど」

 ベルティーユは顔をしかめたが、シルヴェストルが言うとおり、実践するとなると自分でするしかない。とはいえ、恋愛の駆け引きなどこれまで考えたこともなかった。
 やはり、ここはひとつ恋愛小説を読み込んで勉強するしかないのだろう。

「わかりましたわ。お兄様がおっしゃるとおり、ひとまずは試してみることにしますわ。ただ、こればかりはなにをどう試せば良いのか、まったくわかりませんけれど」

 軽く肩をすくめてベルティーユは微笑む。
 兄がふざけて自分をあおっているわけではないことだけは理解できた。

「あぁ、それは――私もわからないので助言はできないが」

 背中を押すだけ押しておいて、シルヴェストルは突き放した。
 妹なら自力でなんとかするだろうと根拠のない信頼感があったのだ。
 兄妹でひとまず話が落ち着くと、あとは近況の話題となった。
 近況と言っても、シルヴェストルは本を求めて王宮図書館、町の書店、自宅の図書室、友人知人宅の図書室を巡り歩いているだけだが、それだけでもそれなりに興味深い話は聞けるものだ。

「そういえば、あさってボシェ伯爵の屋敷に昼間招かれているんだが――」

 シルヴェストルが話し始めたところで、壮年の執事が静かに入ってきた。

「ご歓談のところ、失礼いたします。若様、ベルティーユお嬢様、ダンビエール公爵がいらっしゃっていますが、こちらへお通ししてよろしいでしょうか」

 執事は嫁いで間もないベルティーユをいまでも「お嬢様」と呼ぶ。
 侯爵令嬢である彼女を、ダンビエール公爵夫人とこの屋敷内で呼ぶことに対して、彼なりの抵抗があるのだろう。
 カルサティ侯爵令嬢から王妃になるはずだったベルティーユが、王妃候補から外されたことを悔しがっているのは使用人たちも同じだった。

「オリヴィエールが?」

 シルヴェストルは目を丸くした。

「お前、まさか黙って屋敷を出てきたのか?」
「いいえ、わたしちゃんと行き先は告げて出てきましたわ。それに、夕方には帰りますって」

 大理石の暖炉の上に置かれた重厚な時計に目をやれば、そろそろ夕刻ではある。
 ただ、ダンビエール公爵邸までは馬車でそう時間はかからない。

「まぁいい。ダンビエール公爵をここへ通しなさい」

 怪訝な表情を浮かべつつも、シルヴェストルは執事に命じた。
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