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第九章 宮廷の陰謀と公爵夫人の計謀
5 公爵夫人の看病
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主治医は「過労でしょう。四、五日は寝て過ごしてください」と言うと、瀉血をして、解熱剤を処方して帰っていった。
瀉血をされたからか、舌が痺れるほど苦い解熱剤が効いてきたのか、昼頃にはオリヴィエールの頭痛は多少治まってきた。
伝染病ではないと診断されると、ベルティーユは寝台の横に椅子を運んできて、オリヴィエールの枕元の近くで座った。
看病というほど世話を焼いてもらうわけではないが、喉が渇いたと言えば水を飲ませてくれるし、手を握って欲しいと言えば黙って手を繋いでくれる。
全身を包む倦怠感は収まらなかったが、次第に気持ちは落ち着いてきた。
使用人が「奥様、お食事をお持ちしました」「こっちが旦那様のお食事です。卵粥です。卵と蜂蜜と牛酪を入れてあります。食べさせてあげてください」「お手紙が届きましたのでこちらに置いておきます」「旦那様って、子供の頃から熱を出すとこの卵粥しか食べてくださらないんですよ」と食事を運んできた際には賑やかだったが、それもすぐに去っていった。
「オリヴィエール、卵粥だけど食べられる?」
頭痛で唸っていたオリヴィエールに気遣ってか、ベルティーユが小声で尋ねてくれる。
「……食べる」
まだ口の中が解熱剤の味で痺れていた。
身体を前後に揺らすようにしてオリヴィエールが起き上がると、ベルティーユは目に見えてほっとした様子で微笑んだ。
彼女はこれまで、病人の面倒などみたことがなかったに違いない。
使用人たちから言われるまま、オリヴィエールのそばについているが、なにをすれば良いかもよくわかっていないらしい。人の世話を焼いたことがない彼女は、これで本当に看病になっているのかと戸惑っているようだ。
「はい、どうぞ」
使用人から「食べさせてあげて」と言われたからか、匙で皿から卵粥をすくうと、オリヴィエールの口の前まで運んでくれた。
その瞬間、一体なにが起きたのかオリヴィエールには理解できなかった。
まさか本当にベルティーユに食べさせてもらえるとは思わなかったのだ。
「あら、まだ熱いかしら」
オリヴィエールが戸惑って口を開かなかった様子に、ベルティーユはかすかに湯気が立つ匙に目をやり、ふうっと粥に息を吹きかけた。
「少し冷めたと思うけれど、これでどうかしら?」
「……あ、うん。ちょうど良いと思う」
毎食これが続くのであれば、主治医の言うとおり五日ほど寝て過ごそうと決心しながら、オリヴィエールは匙に口を付ける。
温かい卵粥の蜂蜜と牛酪の味が口の中で広がった。
幼少期の病気で寝込んだ際は、誰かにこうやって食べさせてもらった記憶がない。母はいつも子供の世話を乳母に任せっきりにしていたし、乳母はオリヴィエールを早くに自立させるためだと言って自分で匙を持つように言うばかりだった。
「……美味しい」
「それは良かったわ。少しでも食欲があるなら、すぐに直るわよ」
あまり食欲はなかったが、ベルティーユに食べさせてもらうためになんとか皿の半分は卵粥を食べた。
「貴女にこうやって食べさせて貰うと、すぐ元気になれそうだ」
「すぐ元気になれるわ。今朝なんて、あなたの身体がとっても熱いものだからびっくりして夜明け前なのにミネットを起こしてしまったのよ」
「それは申し訳ないことをしたね」
「その後、モーリスを起こして、ジャンを起こして、その次に起こしたのは誰だったかしら」
首を傾げながらベルティーユは指を折って起こした使用人たちの名前を挙げた。
「貴女が口づけをしてくれたら、すぐに直りそうな気がするな」
「夕べ、あれだけ口づけをして悪化しているのに?」
「あれは僕が貴女の唇を奪ったからであって、貴女から口づけをしてくれたものではないだろう?」
「まぁ……!」
呆れたようなまなざしを病人に向けながらも、ベルティーユはそっとオリヴィエールの額に口づけた。
「これで快方に向かうと良いのですけど」
母親が子供にするような口づけだな、とオリヴィエールは思ったが、そもそも自分は母から口づけをしてもらった記憶がないことを思い出した。物心つく前にはあったかもしれないが、覚えがない。
「いまの口づけに僕への愛がたっぷり籠もっていれば、明日にでも治るだろうな」
「それはもう、明日になったらぴんぴんしていること請け合いですわ!」
頬を紅潮させてベルティーユは断言する。
(そうだと、嬉しいな)
彼女の愛が、自分の望む形とは違っていることは承知している。
いまはただ彼女の愛の形が自分の望むものに変わることを辛抱強く待つしかないのだ。
(近頃、彼女のことばかり考えているから、熱が出たのかもしれないな)
結婚するまではそれなりに距離を置いて接していたが、求婚してからはほぼ彼女のことばかりを考えていた。結婚してからはさらに自分に恋して欲しい、束縛したいと思うようになり、気持ちが高ぶりすぎて熱を出した可能性は十分にある。
「さぁ、食べたらゆっくりと休んでくださいな!」
いまのところオリヴィエールの不調は伝染っていないらしいベルティーユは、勢いよく椅子に座り直すと、パンに野菜や肉、ゆで卵などを挟んで食べた。
瀉血をされたからか、舌が痺れるほど苦い解熱剤が効いてきたのか、昼頃にはオリヴィエールの頭痛は多少治まってきた。
伝染病ではないと診断されると、ベルティーユは寝台の横に椅子を運んできて、オリヴィエールの枕元の近くで座った。
看病というほど世話を焼いてもらうわけではないが、喉が渇いたと言えば水を飲ませてくれるし、手を握って欲しいと言えば黙って手を繋いでくれる。
全身を包む倦怠感は収まらなかったが、次第に気持ちは落ち着いてきた。
使用人が「奥様、お食事をお持ちしました」「こっちが旦那様のお食事です。卵粥です。卵と蜂蜜と牛酪を入れてあります。食べさせてあげてください」「お手紙が届きましたのでこちらに置いておきます」「旦那様って、子供の頃から熱を出すとこの卵粥しか食べてくださらないんですよ」と食事を運んできた際には賑やかだったが、それもすぐに去っていった。
「オリヴィエール、卵粥だけど食べられる?」
頭痛で唸っていたオリヴィエールに気遣ってか、ベルティーユが小声で尋ねてくれる。
「……食べる」
まだ口の中が解熱剤の味で痺れていた。
身体を前後に揺らすようにしてオリヴィエールが起き上がると、ベルティーユは目に見えてほっとした様子で微笑んだ。
彼女はこれまで、病人の面倒などみたことがなかったに違いない。
使用人たちから言われるまま、オリヴィエールのそばについているが、なにをすれば良いかもよくわかっていないらしい。人の世話を焼いたことがない彼女は、これで本当に看病になっているのかと戸惑っているようだ。
「はい、どうぞ」
使用人から「食べさせてあげて」と言われたからか、匙で皿から卵粥をすくうと、オリヴィエールの口の前まで運んでくれた。
その瞬間、一体なにが起きたのかオリヴィエールには理解できなかった。
まさか本当にベルティーユに食べさせてもらえるとは思わなかったのだ。
「あら、まだ熱いかしら」
オリヴィエールが戸惑って口を開かなかった様子に、ベルティーユはかすかに湯気が立つ匙に目をやり、ふうっと粥に息を吹きかけた。
「少し冷めたと思うけれど、これでどうかしら?」
「……あ、うん。ちょうど良いと思う」
毎食これが続くのであれば、主治医の言うとおり五日ほど寝て過ごそうと決心しながら、オリヴィエールは匙に口を付ける。
温かい卵粥の蜂蜜と牛酪の味が口の中で広がった。
幼少期の病気で寝込んだ際は、誰かにこうやって食べさせてもらった記憶がない。母はいつも子供の世話を乳母に任せっきりにしていたし、乳母はオリヴィエールを早くに自立させるためだと言って自分で匙を持つように言うばかりだった。
「……美味しい」
「それは良かったわ。少しでも食欲があるなら、すぐに直るわよ」
あまり食欲はなかったが、ベルティーユに食べさせてもらうためになんとか皿の半分は卵粥を食べた。
「貴女にこうやって食べさせて貰うと、すぐ元気になれそうだ」
「すぐ元気になれるわ。今朝なんて、あなたの身体がとっても熱いものだからびっくりして夜明け前なのにミネットを起こしてしまったのよ」
「それは申し訳ないことをしたね」
「その後、モーリスを起こして、ジャンを起こして、その次に起こしたのは誰だったかしら」
首を傾げながらベルティーユは指を折って起こした使用人たちの名前を挙げた。
「貴女が口づけをしてくれたら、すぐに直りそうな気がするな」
「夕べ、あれだけ口づけをして悪化しているのに?」
「あれは僕が貴女の唇を奪ったからであって、貴女から口づけをしてくれたものではないだろう?」
「まぁ……!」
呆れたようなまなざしを病人に向けながらも、ベルティーユはそっとオリヴィエールの額に口づけた。
「これで快方に向かうと良いのですけど」
母親が子供にするような口づけだな、とオリヴィエールは思ったが、そもそも自分は母から口づけをしてもらった記憶がないことを思い出した。物心つく前にはあったかもしれないが、覚えがない。
「いまの口づけに僕への愛がたっぷり籠もっていれば、明日にでも治るだろうな」
「それはもう、明日になったらぴんぴんしていること請け合いですわ!」
頬を紅潮させてベルティーユは断言する。
(そうだと、嬉しいな)
彼女の愛が、自分の望む形とは違っていることは承知している。
いまはただ彼女の愛の形が自分の望むものに変わることを辛抱強く待つしかないのだ。
(近頃、彼女のことばかり考えているから、熱が出たのかもしれないな)
結婚するまではそれなりに距離を置いて接していたが、求婚してからはほぼ彼女のことばかりを考えていた。結婚してからはさらに自分に恋して欲しい、束縛したいと思うようになり、気持ちが高ぶりすぎて熱を出した可能性は十分にある。
「さぁ、食べたらゆっくりと休んでくださいな!」
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