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エンドロールに入りました②
しおりを挟む「ルチア、今日もお店終わったあとだけど大丈夫?」
「はい! もちろん!」
美しい顔がふわりと破顔すると、久しぶりのせいかさらに眩しく感じる。
むしろ営業時間内に来られると、食堂の周りを大勢の女性が取り囲んでしまうため仕事にならない。なのでこの時間に来てくれるのはありがたい。
「カシアン様、お久しぶりですね」
「うん。なかなか忙しくてね。ルチアは変わりなし?」
「はい。私はシュミエットとカシアン様を陰から応援していたくらいなので」
「ふふ、ありがとう」
私の向かいのカウンター席に座ったカシアン様とキース様。二人に出すための水をグラスに注ぐ。
(なんだか眼差しが痛い?)
カウンターに両肘を置き顎に手を当てるカシアン様から、突き刺さるような視線を送られているような。
もしかすると忙しすぎて死ぬほど喉が渇いているのかもしれない。急いで水を入れてお出ししなければ。
「いまお水出しますね!」
「あ、急がなくて大丈夫だよ。俺は早くルチアに会いたかっただ……」
――――バンッ!
私が水を出す前にセルが勢いよくカシアン様の前に水のグラスを出した。勢いがよすぎて、カシアン様の前のテーブルにグラスの水の大半がこぼれて水浸しになった。
「どうぞ。よほど喉が渇いてるようでしたので、僕が先にお出ししておきますね」
セルの無表情の顔がさらに無になって怖い。注意しようとしたが、彼からの怒りのオーラに口を閉じた。
カシアン様は「ありがとう」と変わらない笑顔で返している。なんて優しいのだろう。
(どうしてセルはカシアン様のことが嫌いなんだろう?)
前からこうなのだ。カシアン様が訪れたり、彼の話になるとあからさまに機嫌が悪くなる。理由を聞いても『自分で考えたら?』なんて冷たく返されるので分からず仕舞いだった。
困ったと小さくため息をついてから布巾で拭こうとしたが、カシアン様が私に手を振ってとめる。その手でこぼれた水の周りに線を描くと宙に水が浮かんだ。さすが、筆頭魔術師様。
「お忙しいでしょうから、さっさと食べて出ていっ……っんぐ!?」
むっとしたセルがカシアン様を睨んだとき、宙に浮かんでいた水が彼の口を覆った。驚いたセルが水をつかむが、ぴったりと張りついて離れないようだ。
「んー! んんっ!!」
「カシアン様……」
もがくセルを横目にキース様がカシアン様に怪訝そうな視線を向けたが、彼の表情は変わらない。
「なぁ、キース。妖精族って人畜無害そうな顔してるけど、結構腹黒いよな」
「彼は人間のハーフですから正式な妖精族ではないですよ」
「あぁ、そうだった。ちなみに人間とのハーフでも羽は出せると思うか?」
「んっ!?」
「ハーフは珍しいから色々と確かめたかった。ちょうどいい」
「んん~!! んっ!」
「……私はあなたのほうが恐ろしいです」
小声で何を話しているか分からないが、セルが暴れている。キョロキョロと目だけを動かしていると、キース様がため息をついてセルに視線を向けた。
「セルフィくん、私が術を解きますから外へ。おそらく解くとき全身が水浸しになる、という嫌な術がかけられてますから」
キース様がセルを連れて店の外へと出ていった。ぽかんと口を開いていれば、カシアン様がしゅんと目線を落としている。
「少し意地悪しすぎたかな。今後の彼のことを思って悪いことだと伝えたかったんだけど」
(なんていう優しさなの!)
落ち込むカシアン様の美しさたるや。セルのことを思ってやってくれたのか。菩薩だ。もはや神だ。
「いえ! 失礼なことをしたのはセルのほうですから。躾は大切です!!」
「ぷっ……躾」
笑うカシアン様に前のめりに否定し過ぎたかと恥ずかしくなる。赤くなる頬に両手で触れて俯いていると、彼の手が伸びて私の頭を撫でた。
「あぁ、ルチアは単純でばかで可愛い」
(――――ん?)
いま『ばか』と聞こえたような。顔を上げるとカシアン様は変わらない笑顔を浮かべていた。聞き間違いだろうか。それに距離も近い気がする。
私の頭を撫でたまま彼の顔が近づいて、俯いていた私を見上げてくる。普段と違う雰囲気が漂っていて、なんだか気まずい。
「あっ、い、いまご飯を用意しますね!」
カシアン様は優しさからだろうが、シュミエットに勘違いされても困る。とっさに後ろに下がって顔を背け、彼の手から離れて話を変えた。
(私も勘違いしないようにしないと。これが攻略対象の引力というやつか)
くだらないことを思いながら、鍋の蓋を開けてお昼営業のときに作った肉じゃがを皿によそう。
「そういえば、ご婚約もおめでとうございます」
「婚約?」
「はい! ほら、これ」
カウンターに置かれていた新聞紙を手に取りカシアン様の前に差し出す。
「こんなにも大々的に国を上げてお祝いしてるなんてすごいです!」
「あぁ、これ……」
「美男美女でお似合いです! ふふっ、結婚式にはぜひ呼んでほしいってシュミエットに頼もうかな~……ん?」
(なんか寒っ!?)
寒い。猛烈に寒い。春になって暖かい季節なはずなのに、急に全身を針で刺すような寒さが襲ってきた。
「か、かかかカシアン様、寒くないですか?」
「そう? 俺はまったく寒くないけど」
笑ったまま答えてくれるが、店の窓ガラスが凍りついているような。肉じゃがと新聞紙を持つ手がガタガタと震える。
「でもルチアがそんなに寒いなら、暖をとってあげようか」
「へ? ……ぎゃ!?」
カシアン様が私の持っていた新聞紙に触れれば、四方の先から火がついて燃えていく。手が燃えると慌てたが、どうやら魔術のようで炎は温かいだけで燃えることはない。
彼を見れば、柔らかな微笑みを浮かべて炎に包まれた手で私の手に触れた。指先がじんわりと熱を帯びて温かい。
「ありがとうございます。温かいです。でも新聞が……」
「これくらい大丈夫。気にしなくていい」
「はい、あの、でも新聞……」
彼の手は離れず、なおかつ柔らかな笑顔なのに物凄い圧を感じる。
(な、なんなんだろう?)
「ま、また買ってきますね。シュミエットとカシアン様の素敵な記事が書かれた……ん?」
触れられていた手が違う感触に変わっている。俯いて確認すると、燃えていた新聞紙がいつの間にか白い紙に変わっていた。
(――――は?)
なんだろうこれは、と見た瞬間、世界が停止した――――なんと私の手には婚約誓約書が握られていた。
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