愛することはないと言った婚約者は甘い罠を仕掛けてくる〜声なし少女と訳ありの結婚〜

前澤のーん

文字の大きさ
16 / 80

16

しおりを挟む
 


(今日も完璧ねっ!!)

 ふふんと鼻息を漏らして屋敷が埃ひとつなくなったのに満足気に微笑む。そんなツーツェイの後ろで使用人たちがげっそりとしている。

 使用人たちが止めに入ろうとしてもツーツェイは頑なだった。『大丈夫です。私が好きでやってるので』という姿勢を一切崩さなかった。それに彼女は一日中なにもしないというのは性にあわなかった。

「すっごい美人が床を拭いてるのは罪悪感しかないんだけど……」
「テオドール様も諦めて、もうツーツェイ様の好きにさせていいと言われてたから仕方ない」

 綺麗になっていくのをうっとりとした目で見ながら、床を磨くツーツェイの後ろでまた使用人たちがため息をついた――……。




『やはりどうしてもダメでしょうか?』

 夕食後、お風呂をあがってから傍に控えていた口ひげを生やした年配の執事長リチャードにボードを差し出す。そのボードを読んでからリチャードは無表情に首を横に振った。

「なりません。旦那様と奥様の言いつけです」

(うぅ……やっぱりだめか……)

 仕方なく項垂れて部屋の扉をノックする。中から入るように声が聞こえておずおずと扉を開いた。その様子をリチャードがしっかりと見張っているのを、ツーツェイは横目に見てから部屋に入った。

『今日も許して貰えませんでした』

 ボードを掲げて頭を下げていれば、笑う声が聞こえる。

「ふふ、だろうね。優しそうにみえて意外と頑固なんだよ、もう諦めるしかないね」

 顔をあげればシャツにスラックスのラフな姿のテオドール。仕事をしていたのか、持っていた万年筆をインクの瓶に差してゆっくりと椅子から立ち上がった。

『ごめんなさい』

 ポケットに入っていた定例文のプレートを出す。小さな長方形のプレートの左端上にリングがついていて捲りやすい。ボードと共にすぐに用意してもらえたものだった。

「大丈夫。ツーツェイはなにも悪くないよ。ちょうど仕事も終わったからお茶でも飲もうか」

(あぁ、申し訳ない……)

 ソファに促されて座ると、テオドールは慣れた手つきで部屋にあるポットでハーブティーを入れてくれる。安眠の促進効果があるようでリラックスできる落ち着いた香りが部屋を漂う。

「屋敷には慣れた?」
『はい。みなさんとっても優しいです』
「そう、よかった」

 ボードを横に置いてから、ふうと息を吐いて冷ましながら差し出されたカップに口をつける。

 セオドア侯爵家の使用人たちはみな優しかった。前のように無視をされたり、会話が返ってこないということもなかった。筆談で会話のテンポが遅れてしまうのに、嫌な顔ひとつせずに笑顔でツーツェイが書き終わるのを待ってくれていた。

 それどころか使用人たちはツーツェイにたくさん質問を投げかけるし、日常の出来事なども話してくれる。

(たくさん話しかけてくれる、会話というのはとっても楽しいものだったのね)

 嬉しそうに頬を緩ませてハーブティを飲むツーツェイにテオドールは安心する。本来であればゆくゆくは侯爵夫人となる奥方に質問や日常会話などを話しかけてくることはありえない。現にテオドールは使用人からそんな会話はされたことがない。

 これはテオドールの指示だった。『ツーツェイを普通の女の子として接して欲しい』と使用人たちに密かに伝えていた。きっと今までまともな交流をしてこなかっただろうからと、せめてここにいるときくらいは普通の女の子として過ごしてほしかったのだ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【完結】愛する人はあの人の代わりに私を抱く

紬あおい
恋愛
年上の優しい婚約者は、叶わなかった過去の恋人の代わりに私を抱く。気付かない振りが我慢の限界を超えた時、私は………そして、愛する婚約者や家族達は………悔いのない人生を送れましたか?

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

処理中です...