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屋敷の至る所の掃除を再開したツーツェイ。使用人たちが『また仕事がなくなる……』と口々に言い始めたのに首を傾げながら濡らした雑巾を強く絞った。
何部屋か掃除したあと、書斎に入る。あのときの悲しそうなテオドールの姿が思い出されて胸が苦しくなったけれど、それを振り切って掃除をする。
机の上には多くの書類、魔術書が積み重なるように置かれている。一番上に置かれた魔術書をパラパラと捲れば複雑な魔術陣や魔唱が描かれていて目が回った。
魔術というものは本はあれど、それを教える人がいないと使えないと聞いたことがある。その前にまず能力がないと使えない。この帝国内でも魔術を使える人はごく僅かだ。だからこそ魔術師であるだけでエリート中のエリートだった。
(テオドール様に教えてもらえたなら、私もあの素敵な光が出せるかしら……)
そっと喉に触れる。人を傷つけるか縛り付けることしかできないこの声。喉が熱くなっていくのに、ツーツェイはゆっくりと触れていた指先を離した。
(綺麗な文字……)
書類に書かれたテオドールの文字。均等のとれたもので誠実なテオドールらしい文字だった。
『ツェイがいるならどこでも』
その文字に、前にボードに書かれた言葉を思い出す。
(消せない紙に書いてもらえばよかった……)
甘い思い出。記憶の中でしか思い出せない。なぞるように書類に書かれた文字に触れてそう思う。紙ならば大切に胸にしまって、いつでも好きなときに眺められたのにと。
(文字にすら縋ってしまうなんて)
自らの女々しさにふっと笑ってしまう。触れていた書類からも指先を離した。
切り替えようとぎゅっと雑巾を持って掃除する。本棚にある本はあまり読まれていないのか上に埃が被ってしまっている。
(ん?)
だけどその壁一面にある棚に並べられた多くの本の中で唯一、埃が被っていないものがある。
(面白い本なのかしら)
表紙にとくに題名もなにも書かれていない茶色の本。気になって取り出して開けば、そのページの間に小さな薄い本が挟まれている。これはなんだろうと取り出して開いてみれば……。
(リンドワール……)
それは隣国であるリンドワール国の歴史書。
長らく敵国であったリンドワールの歴史書は帝国内にはほとんど置かれていない。国立の図書館にもない代物だった。置かれても国民の反発しかなかったのだろう。もはや禁書に近いもののような扱いをされていた。
それにリンドワールは謎が多い国とされていた。秘密主義なところがありツーツェイが長く暮らしていた母国のミレイア国にも歴史書はなかった。
そんなものがいまこの帝国内のこの書斎にある。その事実に歴史書を持つ手が震える。
(なんで? 高位魔術師だから手に入ったのかな?)
むむっと眉を歪めて考えてはみるものの理由はわからないので考えることを早々にやめた。
(少しだけ読んでみたい……)
ツーツェイの好奇心がそそられる。滅多にお目にかかれない代物。少しだけならと指先でページを捲った。
「ッ!!」
その最初のページに描かれた絵画。
(すごい綺麗な人……)
国王だろうか、口ひげを生やす厳格そうな男性の横に寄り添う若い女性。年齢から国王の娘、王女殿下なのだろうことがわかる。その美しさに釘付けになるように見つめてしまう。
(あれ? この人……私と同じ髪色と瞳……?)
ふと気がつく。髪色と瞳の色が美しい橙色。金木犀の花のように輝いている。
『ツェイ、いつか必ずあなたを……』
それと同時に思い浮かぶ夢の中の女の人。
(なぜ……あの人はまさか……)
深く考えてると屋敷の玄関が少し騒がしいのにはっと意識が戻す。慌てて持っていた歴史書を閉じて元の本に挟んでから棚に戻す。
『おかえりなさい』
玄関に向かえばテオドールが帰ってきていたみたいで、ボードを差し出せばにっこりと笑みを返される。変わらないその笑みに安心する。
「ただいま、ツェイ」
『今日は早いのですね?』
「うん。仕事が片付いたから……」
『じゃあこれから早めに帰れるのですね』
その言葉にぱぁっとツーツェイの顔が綻ぶ。満面の笑顔でテオドールに文章を返すけれど、テオドールの表情は少し曇ったままだ。
「そうだね」
その一言だけ返されて、『ご飯にしようか、着替えてくる』とツーツェイの横を通り過ぎていってしまった。
(大変なお仕事だったのかな)
そんなテオドールに疲れているのかもしれないと不安になったけれど、これからまた話が沢山できるという喜びの方が勝った。
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