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44 テオドールside⑦
しおりを挟むセオドア侯爵家に引き取られてから、数年が経った。リンドワール国では王女殿下が父である国王を追放し、女王として王位についた。長らく続いた力で抑える情勢が変わり、それにより帝国との大戦も終結し平和な日々が戻った。
けれど長い大戦のせいで帝国とリンドワールとの溝は深く、交流はなかった。そのためテオドールへのエリオットからの追っ手はなかった。
「ったく、どうせ魔術師になってもまたあの国民との争いに巻き込まれるんだよな~」
「はぁ、大帝国に反発してくる馬鹿な国民だから仕方ないだろ」
モーガンとセリニアが通わせてくれた国立の魔術学園。その学園内の廊下で話す生徒たちの会話に肩を震わせる。終戦してもいまだに互いの憎しみは深かった。そのため国境で起こる小競り合いを収めるのは魔術師と兵士の役割だった。
「あっ、テオドール様! おはようございます!」
「うん、おはよう」
呆れたように話していた生徒たちがテオドールに気がついて笑顔で頭を下げてくる。白魔術の高い能力とその美貌からテオドールに向けられる眼差しは憧れや羨望だった。
(もし僕がリンドワール国民だと知ったらこの目は憎しみに変わるだろうか)
心が恐ろしく冷めていく。それに自身を受け入れてくれたモーガンとセリニアにも処罰がくだるに違いない。そう思えば、誰にも真実を話す気にならなかった。
「テオドール様、なぜですか!?」
「あ……」
振り向けば目元にハンカチをあてて涙を流す女子生徒。
(たしか昨日別れを告げた子だったか……)
「わたくしではだめだったのですか!?」
「そうじゃない。君は良い子だよ」
「ならどうして!? 嫌なところがあれば直しますから!」
「僕の問題だから、君は悪くないよ。ごめんね」
泣きじゃくる女の子の瞳を指先で拭えば、悲しそうにまた涙を流す。
「テオドール様は残酷です……」
「え……」
「好きでもないのに優しくしないでください!」
そう指先を手で払われて走り去っていく。
学園に入ってから何人かと付き合った。誰もが身体目当てではなく、本当に好きだという気持ちから告白されているとわかった。
(今回は愛せるかと思ったのだけど……)
それを受け入れたのはその気持ちがあったから。誰もが純粋に求めてくれている。それに応えれば自身もそれと同じ気持ちになるのではと思った。けれど……。
(身体を重ねても虚しさしかない)
行為のあとに残る虚しさ。誰一人とも同じ気持ちにはなれなかった。
心まで汚れてしまっていたのだと気づいてからは、女性と付き合うこともなくなった。
そんなテオドールに気がついているのかいないのか、モーガンとセリニアは多くの縁談を勧めてくるようになった。高位白魔術師となってからその縁談も増えて、断ることにも疲れ果ててきていた。
(父と母には返しきれない恩がある。応えてあげたい。だけど……)
――――『テオドール様は残酷です』
その女子生徒の言葉が脳内で木霊する。
愛してもあげられないのに結婚などして互いに良いことはあるのだろうかと。
そんなとき両親が屋敷に連れてきたのがツーツェイだった。初めて会ったときはやせ細っていて髪の毛も汚く縮れて『この子は大丈夫だろうか』と心配しかなかった。
――――『人を愛したくありません』
そうメモ帳に書かれた文字。声が出せないことが原因だろうかとやんわりと考えた。
(この子となら、結婚しても傷つけることはないかもしれない)
互いに愛し合うことはない。テオドールは縁談から逃れられ、ツーツェイは安定した衣食住を得られる。利害関係が一致していた。
断ることに辟易していたテオドールはその甘い話に簡単に首を縦に振った。
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