【R18】再会した幼なじみの執着系弁護士に結婚を迫られても困ります!

前澤のーん

文字の大きさ
44 / 56

27.対立

しおりを挟む



 そんな麗子さんに疑問を聞けるかもしれないと思う。

「どうして彼の髪を黒く染めたんですか?」

 カップを撫でる指が微かに震える。棗ちゃんの辛い思い出。麗子さんがわざわざ棗ちゃんが嫌がることを強制した理由が知りたかった。

『あの人は前妻似の俺が嫌いなんだよ』

 そう棗ちゃんは言っていたけれど、目の前で初めて話した麗子さんからは棗ちゃんへの嫌がらせでそうしたとは感じられなかった。

「あれは……」

 言葉を考えるようにゆっくりと口を開く。

「あの容姿が原因で棗が虐められてるとは知っていたわ。でも相手にはなにもするなと棗が言うから、だからせめて……黒く染めれば……」

(やっぱり、そうだったのね)

 棗ちゃんのことを思ってのことだったのか。棗ちゃんへの嫌がらせではなかったのだ。

「でもそれも裏目に出てしまったわ。あの子に深い傷をつけてしまった」
「なぜその意図を伝えないんですか?」
「伝えようとはしたわ。でももう遅かったの。あなたも見たでしょう」
「え……」
「もうあの子はまともに私と話すらしてくれない。言葉で伝えようとしても信じてくれないのよ」

 あの日の冷たい棗ちゃんの強い拒絶。そんな棗ちゃんから麗子さんが言うことは理解できた。

「それに私も昔から棗にいい母親だと思ってもらえるようにって、あの子の前ではしっかりとした女性を演じすぎたわ」
「しっかりした女性?」
「ええ。私……」

 持っていた手提げ袋から分厚い本を取り出す。それを私に差し出す麗子さん。少し恥ずかしげに目線を逸らしているけれど、私に差し出してくるから見てもいいのだろう。

(なんだろう?)

「っ!?」

 その分厚い本を開いてみれば、そこには大量の棗ちゃんの写真。小さい頃の写真が貼られている。

(棗ちゃんの小さい頃っ! それに私の知らないときまである!)

「可愛い……」

 堪らずそう呟いてしまえば麗子さんが逸らしていた視線を私に戻す。

「あっ、えっと……」
「でしょう!? あの子は天使だと思うの! 小さい頃はとくに天使みたいで、初めて会ったときは天国にいるのかと思ったくらい! こんな子が私の子供になるんだと思ったら興奮して夜も眠れな……はっ!」

 身を乗り出して鼻息荒く早口で話してきた麗子さん。私が目を丸くして固まっているのに気がついて、慌てて口を閉じて椅子に座り直す。

「え、えーっと……」
「ごほん……ごめんなさい。私、気を抜くとこうで……」

(いや、ギャップ凄すぎなんですけど!?)

 むしろよく棗ちゃんの前であんなにもポーカーフェイスを貫き通せるのに感服する。

「若い頃から正二郎さ……棗のお父様から怒られて指導されたおかげかしら。棗の父は私の上司だったの」
「そうだったんですね。な、なるほど……凄い努力の塊ですね」
「ええ。こんな母親嫌でしょう? だから必死に抑えて……」
「うーん。そうですかね?」
「莉衣さんは毎日舐め回されるように監視して褒めちぎる母親でもいいの?」
「よくないですね」

 即答してしまったのに申し訳なくなるけど、麗子さんの言ってることはわかる。

「それに棗には負い目もあったから」
「負い目?」
「ええ。正二郎さんにずっと恋心を抱いていて、棗の実のお母様が亡くなったときにチャンスだと思ってしまったの」
「っ!」
「子供には母親が必要だとか、あの子のいい母親になるとか、私のことは好きにならなくてもいいからと無理やり結婚を迫ったのよ」

 ────『醜いでしょう』

 そう自分を罵るように眉を寄せて瞳を歪ませる。

「だから棗には負い目を感じてるの。あの子と初めて会ったとき天使だと思ったのと同時に前の奥様のことを思い出して、どちらにも申し訳なくて……」
「麗子さん……」
「それが別の気持ちがあると棗に思わせてしまったみたい。私があの子を嫌ってると思わせてしまったわ」

 アルバムの中に貼られた棗ちゃんの小さな頃の写真を撫でる。その横には写真の内容とそのときの出来事が書かれた文章。綺麗な均等のとれた文字に麗子さんが棗ちゃんへの想いが伝わってくる。

「棗が私を嫌うのは仕方ないことだとずっと諦めてきたけれど……何年もこうだから正二郎さんからの説得で折れて……」

 また袋から取り出される同じような大量のアルバム。目の前でそびえ立つように積み重なるアルバムに気圧される。

「あー……えっと……」
「棗のメモリアルです。家にもまだ同じものがたくさんあるわ」

 恥ずかしげに目線を逸らすけど、もう驚かなくなってきた。むしろ今度お借りよう。

「これを見せれば、棗もわかるだろうって正二郎さんが……だからこの間、棗のマンションまで行って……でも私、恥ずかしくて……」
「いや、いまさらですか!?」

(はっ、突っ込んでしまった!)

 赤くなりながら恥ずかしがる麗子さんに強く返してしまう。『そうよね……でも……』なんて苦悶する頭を抱える麗子さん。
 苦笑しつつ、アルバムを少しだけ開くとどれもが隠し撮りしたのか棗ちゃん一人かお父様と写る写真ばかり。そこには麗子さんはいない。

「棗ちゃんと写真に映りたくないんですか?」
「うっ、そ、それは……写りたいに決まってるわ」
「だったらこれを見せましょう!? 私も協力しますから!」
「莉衣さん……」

(棗ちゃんもわかってくれたら、きっと……)

 麗子さんの潤む瞳。それにつられて私も瞳が潤んでくる。
棗ちゃんの傷が治るかもしれないとふっと安心したとき……。

「莉衣っ!」

 はっと呼ばれる声に顔をあげると、そこには息を切らした棗ちゃん。

「なんで……」
「そろそろ着くかと思って駅まで迎えにいこうかと思ってたんだ」
「そ、そうな……っわぁ!」

 腕を引っ張られて身体を引き寄せられる。棗ちゃんを見上げれば強くお母様を睨みつけている。

(棗ちゃん、勘違いしてる! 誤解を解かないと)

「莉衣になにを話してるんですか」
「な、棗ちゃ……」
「莉衣は黙ってて」
「っ」

 冷たい棗ちゃんの視線に思わず口を噤む。また視線をお母様に戻して、ふっと蔑むように笑う。

「あぁ、そんなに俺の邪魔がしたいんですか? 亡くなった母への当てつけを代わりに俺にしたいのはわかりますが、莉衣は関係ありません」
「棗、私は……」
「父を誑かしたうえに莉衣にまで……気色が悪い。名前を呼ばないでください」

 あまりに冷たい棗ちゃんの言葉。開きかけていた麗子さんの口がすぐに固く閉ざされる。

(このままだったら、またっ誤解されたままになってしまう……)

「棗ちゃん! 違うっ、麗子さんはっ……」
「莉衣さん。いいわ、やめて」
「麗子さん!」

 堪らず庇おうとしようとした私を止める麗子さん。なぜかわからず麗子さんを見れば、一瞬だけ悔いるように俯けた瞳がすぐに冷たい瞳に変わって棗ちゃんを見上げる。

「そうね。私は醜い……なにをいまさら。あなたもわかってたことでしょう」

(どうして)

 麗子さんはわざと嫌われて悪者になろうとしている。いままでなぜ棗ちゃんに強く真実を伝えようとしなかったのか。その理由がさきほどの麗子さんの話からなんとなくわかってくる。

 ────麗子さんなりの実のお母様への懺悔のつもりなのかもしれない。

「莉衣、もう行こう。この人と話していてもなにもいいことがない」
「棗ちゃ……っ!」

 棗ちゃんが麗子さんに背を向けて、私の手を引っ張って離れていく。

(麗子さん……)

 そんな棗ちゃんの背中を見つめながら、麗子さんの瞳から悲しそうに流れた涙を見ることなく──……。



「棗ちゃん! お願いっ、話を聞いて!」

 そのまま強く手を引っ張られたまま棗ちゃんのマンションの部屋に入れられる。

「棗ちゃ……きゃっ!?」

 寝室のベッドに強く押し倒されて、足の間に私を挟んで上から冷たく見下ろす棗ちゃん。その視線にぞくりと背中から汗が流れていく。

「棗ちゃん、お願い話を……麗子さんは悪くな……っん!」

 なんとか誤解を解こうとすれば、口を大きな手で塞がれて声が出せない。

「どうして。なんであの人の味方をするの?」
「んぐっ……んん!」
「あの人になにか言われた? それを信じちゃったの?」

(違う。違うよ、棗ちゃん!)

 誤解を早く解きたい。その思いから首を左右に強く振ればまた冷たく見下ろしてから、今度はふっと蔑むように笑う。

「あー……莉衣は単純だから信じちゃうんだよね。本当に馬鹿だなぁ」
「っぅ……」
「だから嵌められるんだよ。悪いやつらに。見たんでしょう。両親が嵌められる姿」
「っ!」

 私が震えるのを可笑しそうに笑ってからゆっくりと手を離した。

「どうして、そんなことを言うの……」
「その純粋なところ、昔から変わらないのは嬉しかったけど、たまに無性に腹が立つんだよね」

 離した手が頬から首筋に触れる。喉を伝う冷たい指先に身体がびくりと反応する。

「棗ちゃんらしくない……やめて」
「俺らしくない?」

 ────『本当の俺はこうだよ』

 そう小さく呟くのが聞こえて、胸元のボタンを引っ掛けるように指が掴まれて、強く引っ張られると弾け飛ぶボタン。それによって露になる下着。

「やっ!?」

 恥ずかしさから胸を手で隠そうとするけれど、その手も掴まれてベッドに縫いつけるように押さえられる。

「やめて、棗ちゃ……やだぁ!!」
「どうして? 莉衣は俺のことが好きなんでしょう?」
「やぁ……お願っ……いたっ……」

(どうして……)

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)

久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。 しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。 「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」 ――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。 なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……? 溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。 王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ! *全28話完結 *辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。 *他誌にも掲載中です。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

ヤンデレにデレてみた

果桃しろくろ
恋愛
母が、ヤンデレな義父と再婚した。 もれなく、ヤンデレな義弟がついてきた。

処理中です...