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爺婆の戦国レシピ
爺婆の戦国レシピ
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「名無しシリーズ甚兵衛さん」
「爺婆の戦国時代のレシピ」
原作者 筑波太郎
夫婦とは不思議だ、面白い、、、夫婦とは長くやっていると、いつも一緒にいるので、空気のような感じがしてしまう、、、いつもいるので、透明人間のような、、、有難みが薄く、それが普通の夫婦のような感じがする、夫婦とは片方が居なくなって、初めて「大切さ」「必要さ」「大事な人」気が付くようだ。
それが夫婦のようなもの、、、、
そんなことで夫婦関係は始末が悪い。
早く気が付き、精神的にも肉知的にも元気で、健全な内に出きればいいような、、、気が付いて「思いやり」「やさしさ」が夫婦には必要なもの。。。
特に、名無しの甚兵衛さんは爺になって、つくづく思い知らされた。
1)初めて作る三度の食事
名無しの甚兵衛さんは、自分も病気持ちであり、「ディs-ビス」に通っていた。
「末期の腎臓炎」であり、「大腸がん」を三度、手術して。心不全や肝硬変や「パーキンス病」を患い、歩行困難を起こしていた。それでも、妻が「喘息」で「精神的な疾患」を持っていたので、名無しの甚兵衛さんが看護をしなくてはならなかった。
妻は自宅の二階で寝起きをしていたので、三度の食事を作って、運ばねばならなかった。。。当初は然程に難しいこととは思わずに、食事を作り、一階から運んだ。
しかし、毎日の事なので、結構、きつかった。人とは勝手なもの、我儘なもの、、、
出来ると思ったことが、非常に大変だった。
夫婦とは不思議なもの、、其れ位できると思ったことが、病気の妻は動てくれない。
甚兵衛さんは、ついつい、妻が病気であることを忘れる、、、
そして、言葉の端に愚痴や文句を云ってしまうのだった。
「おい、、そんくらい、分かるだろう、、自分で用意してくれ、、」と、、怒らなければいいのに、、つい、言ってしまう、、、
名無しの甚兵衛さんは「おかず造り」で忙しい、、そんなことで、小さな喧嘩をしてしまうのだった、
やってみて、分かったことは毎日の三度の食事の準備が、どれほど大変なことなのかが、やってみて分かった。
365日、妻は苦労していたんだと、、食事以外に「洗濯」「掃除」「買い物」と、本当に大変だったと、おもわせられた。
「本当にご苦労様、、ただ、感謝だけだよ、、」
そう思いながら、今は病気の妻の家政婦をしていたのであった。
夫婦とは、、妻とは大変な職業であると、考えさせられた。
「もっと、もっと、、」感謝をしながら、日々今までの分まで,妻の「義」に尽くさなければ、、
2)やってみて、わかったこと。。
日々の三度の食事程、やってみて、大変なことが理解できた。夫婦の生活で、平凡な食事の支度、用意することが、どれほど大変かを思い知らされたのだった。
食事なんて、軽く思ってた自分に怒りを覚えた。。。こんなにも買いものから、準備っそして、作って食べるまでが大変だったと、やってみて気が付いた。
今まで、済まなかったと反省する自分であった。
自分も病に侵されているから、余計に食事の用意をすることが辛かった。
増してや、一階から2階まで運ぶのがきつかった。ついつい、、愚痴を言ってしまっていた。
そんなことも有って、夫婦とは面白いというか、不思議だ。
妻を大事に思うことはあるのだが、つまらない言動に腹が立つのであった。言うつもりはないのだが、、、
「もう少し、俺が二階まで運ぶのが、どれだけ大変かわかっているのかな、」とか、「男が料理を毎日、三度の支度をすることが、どれだけ大変か理解してるのか、」と、愚痴を言ってしまう。
バカな言葉であり、愚か者だ。
「それでは、今までに作ってくれた妻はどうするんだよ、、」と、言いたい筈だ。
愚痴っておいて、自分の言葉がはずかしかった。
名無しの甚兵衛さには「愚痴る」資格があるのかるのか、、、今までの人生道を振り返ると、まるっりない。
もぅともっと、尽くさなければ「罰」があたるような、、、、。
3)料理は楽しい反面、苦痛でもある。
料理は日々により、その創る気持ちというか「心構え」が変わるようだ。
気分がいい時や苦痛を感じることがある。
これも不思議な事だった。
料理を作る気持ちが何となく、分かるような気もするし、まったくわからない時があるのも不思議だ。
それは人の持つ我儘か、、、気分の良い時には「ノリがいい」というのか、旨いもの、味がいいものが出来る。気持ちが乗らない時には作った料理がいまいちだ、習ったわけではないので不味い。
名無しの甚兵衛さんの料理は習ったわけでもなく、自己流、、、今までに食べたもの、見たのをなんとなく、思い付きで作っているので、味が落ちつかない。
高齢者の名無しの甚兵衛さん、パーキンス
病や糖尿病、末期腎臓炎などの複数の病を持っており、「老々介護」の上に入院していなければならない男が、病身の妻の看病であり、初めから無理であった。
事業に失敗した名無しの甚兵衛さんは、金も使い果たし、今は「年金暮らし」だ。
その中での生活は苦しい。。。。
金回りが良い時に創った家であり、少々、贅沢につくっていまった。
その為に「固定資産税」に苦しみ、行政に相談して、分割払いをしている。それでも年金自給者には地獄で、、「ひーひー」している。年間「36万円」だ、、、
事業している時には「何でもなかlyぷあったが、、」今では悲鳴をあげている。
その上に「電化オート」にしたので、毎月の電気代が、、「おったまげ」なのだ。
こればっかりは分割払いが利かない、、、そのために名無しの甚兵衛さんは電気のスイッチを切るために、毎晩、大忙しだ。
病身の妻はエアコンや電気のスイッチは居れるのだが、切りことを忘れる。
「精神面の病気」を持っているので、何でもやりっぱなしが多い。そのために名無しの甚兵衛さんは、愚痴が多くなる。
「使ったら、元へ戻す、電気は付けたら消す、、、」を連発している状況だ。
すると、娘に云われる。
「お父さん、ダメだよ、、お母さんは認知症が少しあるみたいだから、、」と。。。
その都度、名無しの甚兵衛さんも反省したいた。
一番の原因は「90坪(297平方m)」の鉄骨木造の3階建てをつくったためだ、、、後の祭りだったと後悔している。
まったく「バカな男だ」
4)名無しの甚兵衛さんの料理始まる
名無しの甚兵衛さんの無計画な自宅をつくったために、、その後の「年金生活」に支障を来して、生活費が非常に厳しくなった。
「自宅の固定資産税」「オート電化の為の電気代」「水道代」で精一杯だ。
食費は一か月で「15000円から20000円」何とかやりくりしなければならない。
「ひーひー」だ、、、それでも人は食べないと生きて往けない。
自分が悪いのだから仕方がないが、、、そこで名無しの甚兵衛さんは考えた。
名無しの甚兵衛さんは食べてはいけない、カリウムの多い、野菜を工夫して料理をした。
その結果血液検査でもそれ以前の「カリウム処理数値」が変わらずに維持できた。
そこで「天ぷら」を創る。
(1)野菜を全て水で洗い流す。
(2)野菜を全て別々に煮る。
(3)煮た野菜を天ぷらに。
(4)野菜とシイタケ、白魚のかき揚げを
作る。
(5)作った天ぷらを「冷凍」で保存。
(6)食べる時に解凍して、マヨネーズ、
醤油またはソースをかけて食べる
(7)挙げた天ぷらを「ラーメン」などに
入れて食べる
(8)この天ぷらを「10日から15日」
食べられる。
その後に「豚のバラ肉」「豚のひき肉」を冷凍にして保存、、そして、、、
(1)玉ねぎを細切れにして、あく抜きを
して、冷蔵で保存。
(2)シイタケやキノコ類を細切れにして
冷蔵で保存
(3)上記の材料をご飯と混ぜて、ちゃー
はん、焼き飯を創る。
*油またはバターで炒める、醤油、
塩味
簡単な「男料理」であり、、「糖尿病」や「腎臓炎」の病には数値を挙げることなく食べることが出来る。
5)男料理のいろいろ。。。。
爺婆の料理は量もも少なく、さほどに品数も少なくて済む、、、名無しの甚兵衛さんは、病身の妻の為に毎さんにしても昼、夕食と考えた。病のせいか、その時の気分ではほとんど食べないこともあった。
甚兵衛さんとしては食べて欲しかった。
よく考えてみれば、名無しの甚兵衛さんでも、体調の悪い時には食欲がなくなる。それなのに、「せっかく作ったのだから、食べろ、、」と、ついつい言ってしまう、自分勝手な言い草だった。そして、イライラする。
その度に甚兵衛さんは怒ることもあった。大きな声で怒鳴ってしまう。
そんなことが多く成れば、病身の妻も「ありがたい、、」と、思っていることが逆切れを起こす。
「もう、お腹がいっぱいだと、、」言って,寐てしまう。
その都度、名無しの甚兵衛さんも反省し、後悔する。
世間でいうように老々介護は難しい。
分かっていることをやってしまう、、、、名無しの甚兵衛さんは優しく,仕様と食事の支度をして、病身お妻のベットにいくのだが、どうしてか忘れてしまう。
バカな男と、、甚兵衛さんは気を執りのして、食事をさせる。
どんな食事でも妻が食べてくれると嬉しい。そして、病身の妻も「ありがとう」を云ってくれる。
特に果実のジュースは美味しそうに飲んでくれる。
牛乳、」バナナ,イチゴのジュースは好きだった。
果物も好きだった、、、名無しの甚兵衛さんが果物は「林檎」だけであり、他の果物は「缶詰」に限られているので、買い物も「林檎」以外は缶詰が多くなってしまう。
その点はすまないと思っている。
名無しの甚兵衛さんは「糖尿病」「末期の腎臓炎」の為に「カリウム」を含んだ食べ物がだめだったので。。。
この病気は食べるものが無くなる、、、
例えば体にいい。。「カリウムを含む野菜」
食べれる野菜は「玉ねぎ」だけだ。「野菜ジュース」「納豆などの乳酸菌を含む食べ物」
「鶏肉」「牛肉」そして。「豚肉は60g]までとか、、、「更に塩分」と制約が多い。
そんな男が病身の妻の食事をつくるのだから、難しい。
しかし、病身の妻にいい食べ物を作らないと、日々、悪戦苦闘している。
6)今までに見なかった「料理番組」をみるようになった。
名無しの甚兵衛さん、病身の妻の料理を作る様になって、テレビ番組で「料理」に関する番組を見ている。
また。最近は食べる番組が多く成って来た。今の世の中、「食べる、旅行、クイズ番組」が多い。
食べる関連の番組は毎日、どこかで放送している。一番、安上がりな番組なのかも知れない。
最近では「モーニングショウ」で、北里柴三郎研究所の専門職が、糖尿病と食べ物の因果関係を話していた。
SNSとは違い、本音が聞けて参考になった。
20世紀の考え方と21世紀の考えでは、研究結果やデーターが違ってくるので、
名無しの甚兵衛さんにとっては中身の濃い話が聞けて、納得した。
20世紀の話だと「糖尿病」になると、食べるものが無くなるようだったが、違って来た。「肉も魚も、、、驚嘆でなければ食べることが良く成り、野菜も大丈夫だと、、、」
油類もO-Kで、オリーブ油は良しと云われていた。
朝は「タンパク質」をとり、「野菜などの繊維もの」を、、、夜には「炭水化物」などを食べると良いとされていた。
今までは「カリウム」の野菜や、ジュース類は駄目とされていたが、余り気にすることはないようだ。
この事実を知った名無しの甚兵衛さんは気持ちが、心があかるくなった。
これからは知識を広め、料理についても勉強しないと。。。。高齢者も棄てたもんじゃ
ないな、、、、、
7)食べる物の範囲が広がり、嬉しくもあり、楽しみがでた。
北里柴三郎研究所の研究担当者の話を聞くと、21世紀には「糖尿病」でも、今までの習慣からすると、食事制限が厳しかったが、緩やかになった。
現在は食事の制限が余りなく成り、何でも食べることができるような、、、、
名無しの甚兵衛さんは気持ちが楽になった。それでも注意しながら食事をすることに心掛けた。
地代が変われば、病気対応の食事が変わるものであり、世の中の情報にはアンテナを張ってないと、、、、時代の流れに付いて行けない。
世の中の「糖尿病の人たちには嬉しいニュース」であり、食事制限で悩んでいる人には知ってもらいたい。
「おーい、糖尿病達よ、、、、何でもたべられうぞ、、、」と、叫びたい。
今まで、不足していた「野菜類」も「野菜ジュース」も食べれる、飲めるのだ、、、
名無しの甚兵衛さん、今は毎日「キャベツ」を食パンに挟んで食べている。
「旨い、、、生野菜をオーブンで少しだけ,熱を通して、、、というより「あぶって」マヨネーズを付けて食べている」
やはり旨いものだ。
制限がなくなり、嬉しく試食している。
今日で試食して「20日間」南下、」体調が良くなったような気がする。
これから「野菜ジュース」も試してみようと思う。
8)21世紀の食べ物に挑戦。。。。。
「人間の 欲望超えて 挑戦を」
「いつの世も人は望む
駄目という世界を超えて
命かけて どこまでも」
名無しの甚兵衛さんは糖尿病にになり、他に検査の結果「末期の腎臓炎」「パーキンス病」「大腸がん」「心不全」が見つかり、以前からの病「肝硬変」「前率腺」「高血圧」と、多数の病気を持っていた。
食べるものがないくらいに制限されていた。まるで食生活に楽しみがなかったぐらいであった。
お先真っ暗で、、、、食べるものを選ぶのに悩んでいた。
しかし、北里柴三郎研究所の食品担当者の話をきいて、人生が明るくなった。
これからは挑戦だ。。。。生きる楽しみができたのであった。
食べることに神経質になっていた、名無しの甚兵衛さんは、好きな野菜や肉類を食べることに、今までの知識を参考に、料理を楽しんだ。「ステーキ」も、、、「鶏肉」も、、、家でも焼いて食べた、、、、病院の帰りにも外食で「ステーキ」や「桃焼き」を食べた、、、旨かった。
一人で食べることに後ろめたさがあったので、、、スーパーで「ステーキ用の牛肉」かかって、病身の妻にも焼いた。
予算の許す限り、ステーキを食べたい、、、食べさせたい。
⑨)病気で制限される食生活と、絶対的に制限さない、、、21世紀の自由食生活、、、
名無しの甚兵衛さんは、北里柴三郎研究所の研究員の話を聞くまでは、糖尿病や末期の腎臓炎などの病気から、病院の健康指導員の指導から、食べることから、かなり厳しい制限をされていた。
更にパソコンなどの情報からも、名無しの甚兵衛さんは、そう思い、実行していた。
しかし、21世紀の健康指導が変化していった。過度の量の取り過ぎが無ければ、どの食料も平均して、接種すれば問題がない、、、考え方が変わった。
其のことを知った名無しの甚兵衛さんは、野菜類の「カリウム」も、牛肉、豚肉、鶏肉も食べるようになった。
「旨い、ステーキも鳥の桃焼きや焼き鳥」も、と、、、適度な量を食べるようになった。
又、「野菜も美味しい、、、トマトもキュウリも、、」決して、バクバクは食べないが、、、
「ヨーグルトも牛乳も旨い」
名無しの甚兵衛さんは生き返った、、、、ただし、、腎臓炎が悪いので、食べ物が、まだまだ、、不味い。。。
もう少し、頑張らないと,、、まだまだだ、、、
82歳、、、今少し、人生旅をしたい。
88歳の「米寿」まで、、、
やるぞ、、、思ったことがある。
「人は駄目だと思うと駄目になるような。。。」
毎朝、目が覚めた時に「やるぞ、、、」「病、何者ぞ」との意気込みを、自分の心に言い聞かせている。
高齢者に成れば、「清々しい気分」はなかなか感じられない、、、気持ちで、心で、思わないと。。。
今日も一日、、、「おはよう、、」から「おやすみ」まで、「生きるぞの一心で」。。。
10)病院からの薬は、、、副作用もあるような、、、、
名無しの甚兵衛さんは、最近、服用する飲み薬に疑問を感じるのであった。
病気なのだから、医者の言ううとりに「飲み薬」は服用すればいいのだが、、、量が多いこともあって、服用した後に、「物凄く気持ちが悪く、吐き気を起して、胃の辺りがむかむかする、、」ので、2か月前から、3日に一回、決められて朝の飲み薬だけを服用し始めた、脚の「むくみ」も、さほどに出なくなり、「息苦しさ」もあるにはあるが、休めば静まる。
「食事療法」を自分なりの独自の食生活を始めた。
「じっとしていれば、苦しくも無く、無理せずに、なんとなくできるので、、、この生活を続けることにしている、、、」
名無しの甚兵衛さんは改めて考えてみた。
「糖尿病はインスリンを2年前から止めて、治った」と云われ、、、
「前立腺肥大は手術して、撤去しているので完治している、、」
又「肝硬変も治療済みであり、、、高血圧は薬で調整して、、、120の80ぐらい」なので、安定している。
「大腸がんはポリープを除去手術をしているので、転移しなければ、世間風評では6から7年は何とかなりそう、、、」
他に「腎臓炎は食べ物調整で、カリウムを減らしているので、、腎臓数値はここ、5年ぐらいは安定している、、、」
「パーキンス病は歩く努力をしている、、、、己のやり方でこの5年間、歩くことが出来なかったのが、二本足で歩いている、、、ゆっくりではあるが、、、自転車も購入して、庭で練習をしている、、」
名無しの甚兵衛さんは「くそ、、、負けるか、、、痛いし、しびれるし、、辛いが、、絶対、吹っ飛ばしてやる、、、不治の病がなんだ、、、」と、、、日々、踏ん張っていた。
「病は辛い、、、しかし、成ってしまったのだから、、、少しでも克服してやろう、、、
日々、悩みながら、、食いしばった、、、」
辛い、7年間だった、、、元気だった、名無しの甚兵衛さんは、「今に見てろ、、、明日は気分爽快な気持ちで、歩いてやろう、、、」何度も繰り返して、己の心に言葉を吐いた、、、」ぶっけた。
「リハリビも簡単な手足を、体を動かした、、、」そして、、、
今は「朝は食パン一枚、キャベツ切らないで葉をむいて、2,3分レンジであぶって、、自分でカリウムを徹底して洗い流して、煮て、天ぷらに揚げた、、、「かき揚げ」だ、、、それをオーブンで温めて、キャベツ
と一緒に食パン一枚に挟んで食べた。
それを毎日、2か月続け、今も食べている。
マヨネーズを付けて、、、、体調が少しづつ良くなったような。。。。
名無しの甚兵衛さんは、担当医師と相談することにした。
何とか、、、良い方法見つけて、、病に負けない体に成ろうと決めた。
11)医療薬は見つける、、、誰にでも共通に合うことは無く、、、何度も合うまで見つける。。。。
病にかかり、投薬をする、、、病院に通院したり、入院すれば、大概は薬を服用する。
しかし、人間は多い、、、いろいろな癖や、体質をもっているので、、、100%誰にでも効果があるとは限らない。
また、診察する医者も人間であり、完ぺきではない筈だ。
だから、人によっては同じ病でも必ずしも適薬ということも無いような。。。。
だから、服用して合わないことも有る、、、それが、人によっては「副作用」を起し、体調を崩すこともある。
病になったら、薬も服用して、自分に適しているかを確かめる必要がある。
その為にも、自分で「病に成ったら体調看護帳」などを付けて、自分を観察することが必要な、、、」それによって、副作用などを見つけることが出来て、。医者と相談したり、薬の量などを調整することが出来る。
名無しの甚兵衛さんは、最近、薬を服用すると、「気持ちが悪く成ったり、体調がだるくなったり、食欲が無くなったりするので、、、」自分で、服用する日時の間隔を開けて、服用している。
担当医に相談したら、「それはいい、、」と云われて。。薬の。成分や投薬量を検討して繰れることになった。
最終的には医者との相談が必要。。。。
病になると、「食事療法」も大事であるが、薬も大事である。
名無しの甚兵衛さんは「腎臓炎」なので、食べるもの、量には注意しないとな。。。。
腎臓炎で食べて良いおかず類は、、、、
「マーボ豆腐」「エビフライ」「豚肉とサツ」マイモの照り照り焼き」「アジのさっぱり梅おろし賭け」「キノコたっぷりのデミのハンバーグ」「柚子香るしゃけの焼き物」
などが好ましい。
*たんぱく質&塩分調整配
*野菜の水洗い、ゆで零し
*カリウム500mg
*「揚げ物」が良い
等に注意して食べれば、ご飯も美味しく食べれる。
「爺婆の戦国時代のレシピ」
原作者 筑波太郎
夫婦とは不思議だ、面白い、、、夫婦とは長くやっていると、いつも一緒にいるので、空気のような感じがしてしまう、、、いつもいるので、透明人間のような、、、有難みが薄く、それが普通の夫婦のような感じがする、夫婦とは片方が居なくなって、初めて「大切さ」「必要さ」「大事な人」気が付くようだ。
それが夫婦のようなもの、、、、
そんなことで夫婦関係は始末が悪い。
早く気が付き、精神的にも肉知的にも元気で、健全な内に出きればいいような、、、気が付いて「思いやり」「やさしさ」が夫婦には必要なもの。。。
特に、名無しの甚兵衛さんは爺になって、つくづく思い知らされた。
1)初めて作る三度の食事
名無しの甚兵衛さんは、自分も病気持ちであり、「ディs-ビス」に通っていた。
「末期の腎臓炎」であり、「大腸がん」を三度、手術して。心不全や肝硬変や「パーキンス病」を患い、歩行困難を起こしていた。それでも、妻が「喘息」で「精神的な疾患」を持っていたので、名無しの甚兵衛さんが看護をしなくてはならなかった。
妻は自宅の二階で寝起きをしていたので、三度の食事を作って、運ばねばならなかった。。。当初は然程に難しいこととは思わずに、食事を作り、一階から運んだ。
しかし、毎日の事なので、結構、きつかった。人とは勝手なもの、我儘なもの、、、
出来ると思ったことが、非常に大変だった。
夫婦とは不思議なもの、、其れ位できると思ったことが、病気の妻は動てくれない。
甚兵衛さんは、ついつい、妻が病気であることを忘れる、、、
そして、言葉の端に愚痴や文句を云ってしまうのだった。
「おい、、そんくらい、分かるだろう、、自分で用意してくれ、、」と、、怒らなければいいのに、、つい、言ってしまう、、、
名無しの甚兵衛さんは「おかず造り」で忙しい、、そんなことで、小さな喧嘩をしてしまうのだった、
やってみて、分かったことは毎日の三度の食事の準備が、どれほど大変なことなのかが、やってみて分かった。
365日、妻は苦労していたんだと、、食事以外に「洗濯」「掃除」「買い物」と、本当に大変だったと、おもわせられた。
「本当にご苦労様、、ただ、感謝だけだよ、、」
そう思いながら、今は病気の妻の家政婦をしていたのであった。
夫婦とは、、妻とは大変な職業であると、考えさせられた。
「もっと、もっと、、」感謝をしながら、日々今までの分まで,妻の「義」に尽くさなければ、、
2)やってみて、わかったこと。。
日々の三度の食事程、やってみて、大変なことが理解できた。夫婦の生活で、平凡な食事の支度、用意することが、どれほど大変かを思い知らされたのだった。
食事なんて、軽く思ってた自分に怒りを覚えた。。。こんなにも買いものから、準備っそして、作って食べるまでが大変だったと、やってみて気が付いた。
今まで、済まなかったと反省する自分であった。
自分も病に侵されているから、余計に食事の用意をすることが辛かった。
増してや、一階から2階まで運ぶのがきつかった。ついつい、、愚痴を言ってしまっていた。
そんなことも有って、夫婦とは面白いというか、不思議だ。
妻を大事に思うことはあるのだが、つまらない言動に腹が立つのであった。言うつもりはないのだが、、、
「もう少し、俺が二階まで運ぶのが、どれだけ大変かわかっているのかな、」とか、「男が料理を毎日、三度の支度をすることが、どれだけ大変か理解してるのか、」と、愚痴を言ってしまう。
バカな言葉であり、愚か者だ。
「それでは、今までに作ってくれた妻はどうするんだよ、、」と、言いたい筈だ。
愚痴っておいて、自分の言葉がはずかしかった。
名無しの甚兵衛さには「愚痴る」資格があるのかるのか、、、今までの人生道を振り返ると、まるっりない。
もぅともっと、尽くさなければ「罰」があたるような、、、、。
3)料理は楽しい反面、苦痛でもある。
料理は日々により、その創る気持ちというか「心構え」が変わるようだ。
気分がいい時や苦痛を感じることがある。
これも不思議な事だった。
料理を作る気持ちが何となく、分かるような気もするし、まったくわからない時があるのも不思議だ。
それは人の持つ我儘か、、、気分の良い時には「ノリがいい」というのか、旨いもの、味がいいものが出来る。気持ちが乗らない時には作った料理がいまいちだ、習ったわけではないので不味い。
名無しの甚兵衛さんの料理は習ったわけでもなく、自己流、、、今までに食べたもの、見たのをなんとなく、思い付きで作っているので、味が落ちつかない。
高齢者の名無しの甚兵衛さん、パーキンス
病や糖尿病、末期腎臓炎などの複数の病を持っており、「老々介護」の上に入院していなければならない男が、病身の妻の看病であり、初めから無理であった。
事業に失敗した名無しの甚兵衛さんは、金も使い果たし、今は「年金暮らし」だ。
その中での生活は苦しい。。。。
金回りが良い時に創った家であり、少々、贅沢につくっていまった。
その為に「固定資産税」に苦しみ、行政に相談して、分割払いをしている。それでも年金自給者には地獄で、、「ひーひー」している。年間「36万円」だ、、、
事業している時には「何でもなかlyぷあったが、、」今では悲鳴をあげている。
その上に「電化オート」にしたので、毎月の電気代が、、「おったまげ」なのだ。
こればっかりは分割払いが利かない、、、そのために名無しの甚兵衛さんは電気のスイッチを切るために、毎晩、大忙しだ。
病身の妻はエアコンや電気のスイッチは居れるのだが、切りことを忘れる。
「精神面の病気」を持っているので、何でもやりっぱなしが多い。そのために名無しの甚兵衛さんは、愚痴が多くなる。
「使ったら、元へ戻す、電気は付けたら消す、、、」を連発している状況だ。
すると、娘に云われる。
「お父さん、ダメだよ、、お母さんは認知症が少しあるみたいだから、、」と。。。
その都度、名無しの甚兵衛さんも反省したいた。
一番の原因は「90坪(297平方m)」の鉄骨木造の3階建てをつくったためだ、、、後の祭りだったと後悔している。
まったく「バカな男だ」
4)名無しの甚兵衛さんの料理始まる
名無しの甚兵衛さんの無計画な自宅をつくったために、、その後の「年金生活」に支障を来して、生活費が非常に厳しくなった。
「自宅の固定資産税」「オート電化の為の電気代」「水道代」で精一杯だ。
食費は一か月で「15000円から20000円」何とかやりくりしなければならない。
「ひーひー」だ、、、それでも人は食べないと生きて往けない。
自分が悪いのだから仕方がないが、、、そこで名無しの甚兵衛さんは考えた。
名無しの甚兵衛さんは食べてはいけない、カリウムの多い、野菜を工夫して料理をした。
その結果血液検査でもそれ以前の「カリウム処理数値」が変わらずに維持できた。
そこで「天ぷら」を創る。
(1)野菜を全て水で洗い流す。
(2)野菜を全て別々に煮る。
(3)煮た野菜を天ぷらに。
(4)野菜とシイタケ、白魚のかき揚げを
作る。
(5)作った天ぷらを「冷凍」で保存。
(6)食べる時に解凍して、マヨネーズ、
醤油またはソースをかけて食べる
(7)挙げた天ぷらを「ラーメン」などに
入れて食べる
(8)この天ぷらを「10日から15日」
食べられる。
その後に「豚のバラ肉」「豚のひき肉」を冷凍にして保存、、そして、、、
(1)玉ねぎを細切れにして、あく抜きを
して、冷蔵で保存。
(2)シイタケやキノコ類を細切れにして
冷蔵で保存
(3)上記の材料をご飯と混ぜて、ちゃー
はん、焼き飯を創る。
*油またはバターで炒める、醤油、
塩味
簡単な「男料理」であり、、「糖尿病」や「腎臓炎」の病には数値を挙げることなく食べることが出来る。
5)男料理のいろいろ。。。。
爺婆の料理は量もも少なく、さほどに品数も少なくて済む、、、名無しの甚兵衛さんは、病身の妻の為に毎さんにしても昼、夕食と考えた。病のせいか、その時の気分ではほとんど食べないこともあった。
甚兵衛さんとしては食べて欲しかった。
よく考えてみれば、名無しの甚兵衛さんでも、体調の悪い時には食欲がなくなる。それなのに、「せっかく作ったのだから、食べろ、、」と、ついつい言ってしまう、自分勝手な言い草だった。そして、イライラする。
その度に甚兵衛さんは怒ることもあった。大きな声で怒鳴ってしまう。
そんなことが多く成れば、病身の妻も「ありがたい、、」と、思っていることが逆切れを起こす。
「もう、お腹がいっぱいだと、、」言って,寐てしまう。
その都度、名無しの甚兵衛さんも反省し、後悔する。
世間でいうように老々介護は難しい。
分かっていることをやってしまう、、、、名無しの甚兵衛さんは優しく,仕様と食事の支度をして、病身お妻のベットにいくのだが、どうしてか忘れてしまう。
バカな男と、、甚兵衛さんは気を執りのして、食事をさせる。
どんな食事でも妻が食べてくれると嬉しい。そして、病身の妻も「ありがとう」を云ってくれる。
特に果実のジュースは美味しそうに飲んでくれる。
牛乳、」バナナ,イチゴのジュースは好きだった。
果物も好きだった、、、名無しの甚兵衛さんが果物は「林檎」だけであり、他の果物は「缶詰」に限られているので、買い物も「林檎」以外は缶詰が多くなってしまう。
その点はすまないと思っている。
名無しの甚兵衛さんは「糖尿病」「末期の腎臓炎」の為に「カリウム」を含んだ食べ物がだめだったので。。。
この病気は食べるものが無くなる、、、
例えば体にいい。。「カリウムを含む野菜」
食べれる野菜は「玉ねぎ」だけだ。「野菜ジュース」「納豆などの乳酸菌を含む食べ物」
「鶏肉」「牛肉」そして。「豚肉は60g]までとか、、、「更に塩分」と制約が多い。
そんな男が病身の妻の食事をつくるのだから、難しい。
しかし、病身の妻にいい食べ物を作らないと、日々、悪戦苦闘している。
6)今までに見なかった「料理番組」をみるようになった。
名無しの甚兵衛さん、病身の妻の料理を作る様になって、テレビ番組で「料理」に関する番組を見ている。
また。最近は食べる番組が多く成って来た。今の世の中、「食べる、旅行、クイズ番組」が多い。
食べる関連の番組は毎日、どこかで放送している。一番、安上がりな番組なのかも知れない。
最近では「モーニングショウ」で、北里柴三郎研究所の専門職が、糖尿病と食べ物の因果関係を話していた。
SNSとは違い、本音が聞けて参考になった。
20世紀の考え方と21世紀の考えでは、研究結果やデーターが違ってくるので、
名無しの甚兵衛さんにとっては中身の濃い話が聞けて、納得した。
20世紀の話だと「糖尿病」になると、食べるものが無くなるようだったが、違って来た。「肉も魚も、、、驚嘆でなければ食べることが良く成り、野菜も大丈夫だと、、、」
油類もO-Kで、オリーブ油は良しと云われていた。
朝は「タンパク質」をとり、「野菜などの繊維もの」を、、、夜には「炭水化物」などを食べると良いとされていた。
今までは「カリウム」の野菜や、ジュース類は駄目とされていたが、余り気にすることはないようだ。
この事実を知った名無しの甚兵衛さんは気持ちが、心があかるくなった。
これからは知識を広め、料理についても勉強しないと。。。。高齢者も棄てたもんじゃ
ないな、、、、、
7)食べる物の範囲が広がり、嬉しくもあり、楽しみがでた。
北里柴三郎研究所の研究担当者の話を聞くと、21世紀には「糖尿病」でも、今までの習慣からすると、食事制限が厳しかったが、緩やかになった。
現在は食事の制限が余りなく成り、何でも食べることができるような、、、、
名無しの甚兵衛さんは気持ちが楽になった。それでも注意しながら食事をすることに心掛けた。
地代が変われば、病気対応の食事が変わるものであり、世の中の情報にはアンテナを張ってないと、、、、時代の流れに付いて行けない。
世の中の「糖尿病の人たちには嬉しいニュース」であり、食事制限で悩んでいる人には知ってもらいたい。
「おーい、糖尿病達よ、、、、何でもたべられうぞ、、、」と、叫びたい。
今まで、不足していた「野菜類」も「野菜ジュース」も食べれる、飲めるのだ、、、
名無しの甚兵衛さん、今は毎日「キャベツ」を食パンに挟んで食べている。
「旨い、、、生野菜をオーブンで少しだけ,熱を通して、、、というより「あぶって」マヨネーズを付けて食べている」
やはり旨いものだ。
制限がなくなり、嬉しく試食している。
今日で試食して「20日間」南下、」体調が良くなったような気がする。
これから「野菜ジュース」も試してみようと思う。
8)21世紀の食べ物に挑戦。。。。。
「人間の 欲望超えて 挑戦を」
「いつの世も人は望む
駄目という世界を超えて
命かけて どこまでも」
名無しの甚兵衛さんは糖尿病にになり、他に検査の結果「末期の腎臓炎」「パーキンス病」「大腸がん」「心不全」が見つかり、以前からの病「肝硬変」「前率腺」「高血圧」と、多数の病気を持っていた。
食べるものがないくらいに制限されていた。まるで食生活に楽しみがなかったぐらいであった。
お先真っ暗で、、、、食べるものを選ぶのに悩んでいた。
しかし、北里柴三郎研究所の食品担当者の話をきいて、人生が明るくなった。
これからは挑戦だ。。。。生きる楽しみができたのであった。
食べることに神経質になっていた、名無しの甚兵衛さんは、好きな野菜や肉類を食べることに、今までの知識を参考に、料理を楽しんだ。「ステーキ」も、、、「鶏肉」も、、、家でも焼いて食べた、、、、病院の帰りにも外食で「ステーキ」や「桃焼き」を食べた、、、旨かった。
一人で食べることに後ろめたさがあったので、、、スーパーで「ステーキ用の牛肉」かかって、病身の妻にも焼いた。
予算の許す限り、ステーキを食べたい、、、食べさせたい。
⑨)病気で制限される食生活と、絶対的に制限さない、、、21世紀の自由食生活、、、
名無しの甚兵衛さんは、北里柴三郎研究所の研究員の話を聞くまでは、糖尿病や末期の腎臓炎などの病気から、病院の健康指導員の指導から、食べることから、かなり厳しい制限をされていた。
更にパソコンなどの情報からも、名無しの甚兵衛さんは、そう思い、実行していた。
しかし、21世紀の健康指導が変化していった。過度の量の取り過ぎが無ければ、どの食料も平均して、接種すれば問題がない、、、考え方が変わった。
其のことを知った名無しの甚兵衛さんは、野菜類の「カリウム」も、牛肉、豚肉、鶏肉も食べるようになった。
「旨い、ステーキも鳥の桃焼きや焼き鳥」も、と、、、適度な量を食べるようになった。
又、「野菜も美味しい、、、トマトもキュウリも、、」決して、バクバクは食べないが、、、
「ヨーグルトも牛乳も旨い」
名無しの甚兵衛さんは生き返った、、、、ただし、、腎臓炎が悪いので、食べ物が、まだまだ、、不味い。。。
もう少し、頑張らないと,、、まだまだだ、、、
82歳、、、今少し、人生旅をしたい。
88歳の「米寿」まで、、、
やるぞ、、、思ったことがある。
「人は駄目だと思うと駄目になるような。。。」
毎朝、目が覚めた時に「やるぞ、、、」「病、何者ぞ」との意気込みを、自分の心に言い聞かせている。
高齢者に成れば、「清々しい気分」はなかなか感じられない、、、気持ちで、心で、思わないと。。。
今日も一日、、、「おはよう、、」から「おやすみ」まで、「生きるぞの一心で」。。。
10)病院からの薬は、、、副作用もあるような、、、、
名無しの甚兵衛さんは、最近、服用する飲み薬に疑問を感じるのであった。
病気なのだから、医者の言ううとりに「飲み薬」は服用すればいいのだが、、、量が多いこともあって、服用した後に、「物凄く気持ちが悪く、吐き気を起して、胃の辺りがむかむかする、、」ので、2か月前から、3日に一回、決められて朝の飲み薬だけを服用し始めた、脚の「むくみ」も、さほどに出なくなり、「息苦しさ」もあるにはあるが、休めば静まる。
「食事療法」を自分なりの独自の食生活を始めた。
「じっとしていれば、苦しくも無く、無理せずに、なんとなくできるので、、、この生活を続けることにしている、、、」
名無しの甚兵衛さんは改めて考えてみた。
「糖尿病はインスリンを2年前から止めて、治った」と云われ、、、
「前立腺肥大は手術して、撤去しているので完治している、、」
又「肝硬変も治療済みであり、、、高血圧は薬で調整して、、、120の80ぐらい」なので、安定している。
「大腸がんはポリープを除去手術をしているので、転移しなければ、世間風評では6から7年は何とかなりそう、、、」
他に「腎臓炎は食べ物調整で、カリウムを減らしているので、、腎臓数値はここ、5年ぐらいは安定している、、、」
「パーキンス病は歩く努力をしている、、、、己のやり方でこの5年間、歩くことが出来なかったのが、二本足で歩いている、、、ゆっくりではあるが、、、自転車も購入して、庭で練習をしている、、」
名無しの甚兵衛さんは「くそ、、、負けるか、、、痛いし、しびれるし、、辛いが、、絶対、吹っ飛ばしてやる、、、不治の病がなんだ、、、」と、、、日々、踏ん張っていた。
「病は辛い、、、しかし、成ってしまったのだから、、、少しでも克服してやろう、、、
日々、悩みながら、、食いしばった、、、」
辛い、7年間だった、、、元気だった、名無しの甚兵衛さんは、「今に見てろ、、、明日は気分爽快な気持ちで、歩いてやろう、、、」何度も繰り返して、己の心に言葉を吐いた、、、」ぶっけた。
「リハリビも簡単な手足を、体を動かした、、、」そして、、、
今は「朝は食パン一枚、キャベツ切らないで葉をむいて、2,3分レンジであぶって、、自分でカリウムを徹底して洗い流して、煮て、天ぷらに揚げた、、、「かき揚げ」だ、、、それをオーブンで温めて、キャベツ
と一緒に食パン一枚に挟んで食べた。
それを毎日、2か月続け、今も食べている。
マヨネーズを付けて、、、、体調が少しづつ良くなったような。。。。
名無しの甚兵衛さんは、担当医師と相談することにした。
何とか、、、良い方法見つけて、、病に負けない体に成ろうと決めた。
11)医療薬は見つける、、、誰にでも共通に合うことは無く、、、何度も合うまで見つける。。。。
病にかかり、投薬をする、、、病院に通院したり、入院すれば、大概は薬を服用する。
しかし、人間は多い、、、いろいろな癖や、体質をもっているので、、、100%誰にでも効果があるとは限らない。
また、診察する医者も人間であり、完ぺきではない筈だ。
だから、人によっては同じ病でも必ずしも適薬ということも無いような。。。。
だから、服用して合わないことも有る、、、それが、人によっては「副作用」を起し、体調を崩すこともある。
病になったら、薬も服用して、自分に適しているかを確かめる必要がある。
その為にも、自分で「病に成ったら体調看護帳」などを付けて、自分を観察することが必要な、、、」それによって、副作用などを見つけることが出来て、。医者と相談したり、薬の量などを調整することが出来る。
名無しの甚兵衛さんは、最近、薬を服用すると、「気持ちが悪く成ったり、体調がだるくなったり、食欲が無くなったりするので、、、」自分で、服用する日時の間隔を開けて、服用している。
担当医に相談したら、「それはいい、、」と云われて。。薬の。成分や投薬量を検討して繰れることになった。
最終的には医者との相談が必要。。。。
病になると、「食事療法」も大事であるが、薬も大事である。
名無しの甚兵衛さんは「腎臓炎」なので、食べるもの、量には注意しないとな。。。。
腎臓炎で食べて良いおかず類は、、、、
「マーボ豆腐」「エビフライ」「豚肉とサツ」マイモの照り照り焼き」「アジのさっぱり梅おろし賭け」「キノコたっぷりのデミのハンバーグ」「柚子香るしゃけの焼き物」
などが好ましい。
*たんぱく質&塩分調整配
*野菜の水洗い、ゆで零し
*カリウム500mg
*「揚げ物」が良い
等に注意して食べれば、ご飯も美味しく食べれる。
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