野次喜多殺しの数え唄

献残屋藤吉郎

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野次喜多殺し数え唄

コミカル隠密小説

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コミカル小説「野次喜多殺しの数え唄」
大富豪の隠居と大泥棒の末裔
大阪浪花の大富豪の隠居「金田弥次郎」と通称、大泥棒石川五右衛門の末裔、二人の奇妙な道中が始まった。石川五右衛門の末裔と称して、関西で泥棒稼業をしている
金本喜多郎は、ある夜、大阪の浪花商会という屋敷に忍び込んだ。家族全員で海外旅行に出かけたはずだと、聞いて、調べていたのだが。。。。
その忍び込んだ屋敷に一人の隠居がいたのであった。金本喜多郎は少々甘く見ていた。年寄り隠居で、寝ているところも離れの屋敷なのでと。。。
そんなことで、石川五右衛門の末裔と称する「金本喜多郎」が忍び込んだら、、、その隠居が離れではなく、母屋にいたのであっあた。
甘く見ていた年寄り、、隠居が伊勢がよく元気であったので
金本喜多郎はねじ伏せられて、御用となってしまった。
そして、浪花商会の隠居というか留守番に捕まり、しばらくの間、その隠居に睨まれ、観察された。
金本喜多郎は、、、まずいところに入ったしまったと、泣き
べそをかいていた。ロープでぐるぐる巻きに縛られて、その隠居に言われた。
「お前、、弱いな、、、こんな年よりに負けて、、、まったく情けない泥棒だ、、はははーー」
金本喜多郎は体が小さく、細かったので、、、柔道か何かをしている大柄な隠居に投げ飛ばされたのであった。
「おい、、爺さん、、、そんなに眺めていないで、さっさと
警察にでもどこにでも突き出してくれ、、、」と、、、」
隠居が、、、
「そんなに不貞腐れるよ。。。今、考えているところだから」と、気味の悪い、、意地悪い目つきをしながら言った。

2.夜の出会いから二人旅へ
金田野次郎は考えた。
「おい、、、泥棒、、お前はどうしてほしい、、、」
石川五右衛門の末裔と称する金本喜多郎は、ふざけて事を聞くおやじだな、、と、」思いながら。。。
「それは逃がして欲しいよ、、、捕まえられてな。。。悔しいけど」
泥棒の金本喜多郎はざけた問いに、、、真面目に答えた。
しかし、今夜は、、「俺一人でよかった、、、逃がすも、警察へ突き出すも、俺の胸先一つだから」
と、、、変なことを、ぶつぶつ言いながら,なお考えた。
余りに時間をかけて、考えられているので、泥棒の金本喜多郎の方がイライラしてきた。
「おい、、爺さんよ、早いとこ答えてくれ、、、夜が明けてしまうよ。。」
しばらく考えたいた隠居は口を開いた。
「おい、、泥棒さん、、、俺に付き合ってくれるか、、、しばらく時間はかかるけど。。。」
泥部の金本喜多郎は、どうせ、やることのない、つまらない身だから、助けてくれて無罪放免なら、いいかと思った。
「いいよ、このまま許してくれるなら、、」と頷いた。
爺さんは答えた。
「よし、、、わかった。俺に付き合ってくれるなら、許してやろう。。」
と言ってから、爺さんも身分を明らかにした。
「俺は金田弥次郎という、、、年は60の隠居だ」
「おい、、泥棒さん、お前の名前を教えろ。。。」
金田喜多郎で、通称、石川五右衛門の末裔であり、由緒ある泥棒稼業であると名乗った。
そして、隠居の金田野次郎が許す代わりにと条件を出した。
「これからすぐに旅に出る、、、俺と一緒にな。そして、偶然にも名字が似ているので、、野次さん,喜多さんコンビで日本全国へ、のんびり旅に出かける。。。いやだとは言わせないから、、、ふぅっふっ。」と爺さんが笑った。
旅の費用は隠居の野次さん持ちということで。。。
真夜中の大阪北新地から旅立った。

3.野次喜多道中のてんやわんや
そんなことで二人は妙な縁から旅に出ることになった。
金田野次郎は「野次さん」に金本喜多郎は「喜多さん」と称して、まずは夜間の大阪駅に行き、博多までの始発まで待つことにした。のんびり旅なので普通列車で行くことに。。。
これからも新幹線や飛行機は使わない。
但し、海を渡らなければならないときは船を利用することで、旅を始めることにした。
この旅の目的は他に一つだけあった。
野次さん事、金田弥次郎は国家公安委員会に勤務し、副委員長の要職にいた。しかし、10年前に家業の事情で大阪の「浪花商会」を継ぐことになり、その職を辞していた。
そして、彼は武道の達人で、「居合切り」が得意であった。
もう一人の喜多さん事、金本喜多郎は根っからの無償無頼であり、泥棒仲間には石川五右衛門の末裔と豪語していた。
たまたま、金田弥次郎宅に泥棒に忍び込んだが、相手が悪かったので、取り押さえられてしまったのであった。
そして、半ば脅迫じみた誘いで、今回の道津旅になった。
野次さんの言うことはなんでも聞く、、、言うとりに従うという、どちらかと言えば「従者」的な旅であった。
泥棒稼業の喜多さんの特技を聞くと、、体が小さく身軽で、運動神経はいいとのことであった。そして、「吹き矢」であった。
そんな二人の旅は始まった。
日本全国の公安刺殺旅だ、、、博多駅始発の普通列車に乗り、博多駅で買った「明太子弁当」を食べ始めた。
最初の目的地は鹿児島であった。途中の列車で旅する人々を、、、窓の外の景色を眺めながら。。。
明治維新で活躍した西郷隆盛、大久保利通(一蔵)の故郷を旅して、桜島を眺め、温泉にしたりながら心は弾んだ。
単なる遊び旅ではなく、、、一昔前なら「隠密」」のような。。。

4.桜島、男意気の花
今回の野次喜多旅で、泥棒の喜多さんはお弁当を食べながらの列車旅を楽しんだ。
鹿児島駅というより、降りた駅名は西鹿児島駅だった。最初の日は予約していたホテルへ直行した。昨夜はふたりともあまり寝ていなかったので。。。
ホテルは桜島観光で、夕食をとる前に温泉に入った、桜島ホテルの中の露天風呂は絶景だった。温泉につかりながら、目の前に雄大な桜島が黙々と煙を吐いていた。
入浴後の夕食は和食で、海の幸が満載だった。
夜は昨夜のこともあり、二人とも寝不足で早くベットに入った。
喜多さんは少々不安だった。目が覚めたら、野次さんがいなかったらと。。。しかし、そん不安は消えた。
隣のベットに鼾をかいて寝ていた。
翌朝、朝食を済ませてから、戦時中の特攻隊基地である、。
知覧基地を訪ねた。
そして、日本の若者が負け戦と知りながら、沖縄の空に飛んでった。知覧基地の記念館で、飛行機ゼロ戦や特攻隊員の写真を見ながら、心にぐっと来たものがあった。
日本という国は、何と無駄なことをしたんだろう、、、負けると分かっていても、ガタガタの戦闘機で、、、若い命を海の彼方に、、、しかし、それが戦争だ。
人とは意味不明の、勝算がないにも関わらず、望んでいく。
人の欲望なのかもしれない、、、
未練がましい、、、人間の嵯峨なのかもしれない。
無駄なことをしたものだ、、、しかし、その戦争があったからこそ今があるのかもしれないが。。。。
出来るなら残逆な行為、戦争はしたくない。絶対にしてはだめだ、、、
野次さんは心から、そう思った。
同行の喜多さんは現代っ子、、、ましてや「泥棒稼業」だ。。。人の不幸はどうでもいいような。。。
二人は知覧基地の中のレストランでお昼の時間を過ごした。
食事しながら、他の見学者の話が聞こえてきた。。。
「あの年齢で、国のためにと死んでいく若者がかわいそうだ、、」
とか。。。
「特攻隊員に死を覚悟させて、成功するかどうかもわからい、ガタガタの飛行機で行かせたものだ」
とか。。。
「今から死ぬというときに何を考えていくのかな」
とか。。。
実際は本当に辛かったと思う、、、逃げ出したいと思っただろう。。。しかし、仲間がいる、世の中の勢い、社会背景の環境で往かざるを得なかったような。。。
人の世界と恐ろしい。。。
今の時代でも,テロが起こり、若い世代が意味不明の行動をしている。不思議な現象が多発している。
喜多さんは世の中の風潮を観察して、不幸を防ぎたい、、、そんな志で公安委員会では励んできたのであった。
日本の各地に特攻基地があった、特攻で戦死した若者は全国で1036名もいた。そして、鹿児島の知覧特攻基地からは402名が飛び立った。

5.誰もが人のためには動かない、、利己主義
日本の戦時中の話は、今の時代に通用はしないが、少しぐらいは参考になることもあるような、、、
何でもかんでも国のためにと犠牲を強いられたが、今の時代に他人のために、、会社のために、命を賭けて尽くす人間はいるだろうか、、、
しかし、家族のために一生懸命入るだろうが、その家族にも、ある時期が来ると裏切られる。
何処までも最後までもと、助けあいながら生きる人間はすなくなったにょうな。。。
今の世の中、老後を間違いなく、幸せに、穏やかに過ごせる人間がどれだけいるだろうか、、、
男も女も定年とは言わないが、ある程度の老後まで働いて、
「さあーーーこれから、ゆっくり出来るか」と思うのも、つかの間だ、、、今の時代に、老後を保証だけで、自分の貯えで生きていくものがどれだけいるか、、、
こんな世の中に、不平不満を言わずに生活できるものがどれだけいるか、、、
言って当然だ。。。、
世の中には不平不満分子が多くいる。その憤りが、怒りが爆発するのはいつなのか、、、
安全に、今の世のなかで、我慢をして、辛抱して、何とか細々と生きている人たち、弱者を守るためにも、世の中を平穏に暮らせるように、国や行政は擁護しなければならない。
そんな平穏はよな中であって欲しいと、野次さん事「金田弥次郎」は願っていた。
しかし、噂を聞いてきてみれば、、、
少々、不穏な空気が漂っていた。鹿児島県の桜島周辺で。

6.若い燃える血汐
見た目隠居に見える、野次さん事、金田野次郎は鹿児島になんとなく勢いを感じた。明治維新を成し遂げたエネルギーを今も持っているような。。。。小さなことでも、南の国、鹿児島から何事も始まるといった、、、、
街の噂で聞いた話で、、夜な夜なオートバイの音をひびかせながら集会をしている若者の集団がいると。
夜の事だから、音は響く、、ましてや、オートバイの爆音だうるさいに決まっている。
只、オートバイを走らせるだけならいいが、若い世代は体力も能力もあまり余っている。そして、酒などを煽り、その勢いで悪さをする。迷惑に決まっている。
本人たちは、冗談交じりのつもりでも、悪さをされたものにとっては恐怖だ、、恐ろしい。
そんな苦情が町で出ているので、野次さん喜多さんは暴走族の集まる場所に行ってみた。
時代は変わったのだ、、、一昔前なら、国が一丸となって、ひとつの目的に向かっていた。そして、若者は進んだ。
良くても悪くても、ただ、がむしゃらに走った。
今の時代は自由だ、、、これは言葉が悪い、表現が悪い。
余りにも個人に自由に人生道を選ばせているような、、
人はそれぞれであり、人勢目的を、人生設計をもって努力している、日々精進している若者も多い。
中には人生を落胆して、希望を見失う者も、、、さらには人生に対して無謀行為を起こして、間違った道を往くもの、いろいろだ、、、
そんな人生道でわずかではあるが、少人数の若者が、わが道を往き、迷惑行為に走るものがいるような。。。
何の世界も、、植物の世界でも人が手を入れて育てたものは美しい、、、但し、間違いなく指導し、育てたものはであるような。
人間も時には教えて導いて、それでも導かれないで、反社会的行動をとるものは、植物ではないが「間引き」しないと。
綺麗な「藤の花」は咲かないような。

7.火の国「くまもと」
野次さんと喜多さんは熊本に入った。ふたりとも、まずは熊本城を見物した。平成28年の熊本地震で被害を受けたが、」見後に復旧していた。
熊本は戦国武将「「加藤清正」が築いた名城だ、、、また、熊本は阿蘇山系からの伏流水が湧き出る「水の国」であり、熊本市内の至るところで湧水が見られる。
その代表的な公園が「水前時公園」であり、桃山時代の優雅な回遊式庭園であった。一時は熊本藩主の細川家の御茶屋として利用されていた。
熊本城も水前寺公園も熊本市中央区にある。
そんな観光地巡りを野次さん喜多さんは済ませて、熊本城内の茶店でっ昼食をとった。
そして、今夜の宿泊先である「ホテル火の国」へ向かった。
二人はホテル内の食事処で少々の酒を飲みながら、夕食をとった。
「野次さん、、、折角の気楽な旅なのだから、、夜の街にでも行きませんか、、、」
喜多さんに誘われるままに、夜の熊本の街に出かけた。
熊本市内には下通、上通、新市街(花畑町)の繁華街がある、にぎやかな花街だ。
二人は下通の銀座プレイスKUMAMOTOに。行ってみた
旅人の野次さん喜多さんは、少しは興味を持たれて、店が高そうな高級だったので、訳の分からない洋酒を飲んだ。
案の定、料金は高かった。
高級店で飲んでいる客層を観察していた野次さんは、なんとなく不穏なことを耳に挟んだ。
喜多さんは女の色気に、毒されて、いい気分に飲んでいた。喜多さんは気楽なものだった、、飲み料金はすべて野次さん持ちだから。。。
野次さんが聞いていると、隣の40代半ばの紳士が女をくどいていた
野次さんが男と女の話を要約すると、自分の別荘でパーティーがあるからと誘っていたのだ。
どうも噂によると野次さんが訪れたクラブ「夜の舞」は客と女の間で薬が横行しているようだった。いわゆる「覚せい剤」の売買であり、その覚せい剤を使った売春だ。
その噂をもとに、野次さんが調べたら、「夜に舞」の経営者が広域暴力団幹部の人間だった。
その裏付けを取り、野次さんは、喜多さんにはわからないように、地元の公安委員会に情報を提供した。
その野次さんの情報提供を調査確認した、公安委員会は動いた。
情報提供したから3日後のテレビでニュースが流れた。
熊本市内の反勢力の地元組織暴力団が摘発されらと。
これで、少しは世の中が、社会が清浄化されたのかなと、、、
容易なことではないが、地味な努力が少しずつは進むような。。。。

8.原爆の街、、長崎
長崎県は1945年8月9日11時02分に原子爆弾がアメリカのB29より投下された。
長崎市松山町、城山町,本尾町、坂本1丁目に、、、
平和記念公園に記念碑、平和の像が建立された。
世界で広島県と原爆被爆県であり、、、戦後もその後遺症を多数残した街だ。
戦後復興した街には反社会勢力がはびこった。いわゆる暴力団であり、現在も日本有数の暴力団組織が群雄割拠している。長崎県は暴力団対策を厳重に行っている。しかし、現代は巧妙というか頭脳的な活動が行われ、厳重な法体制を潜り抜けているような、、、
また、長崎市内には繁華街もあり、、、特に有名なのは「思案橋横丁」がある。ほかにも「浜町アーケード」が。。。
色街があれば、トラブルもあり、やくざ同士のいざこざも多い。
特に反勢力団体の資金稼ぎにはいろいろあり、その縄張りでとトラブルも起きている。
そのトラブルなどに巻き込まれる一般市民もあって、警察関係もその処理には苦労している。
特に覚せい剤などを扱っている暴力団同士での争い、そして、その抗争に巻き込まれる一般市民の保護などもあって。。。
そんな長崎にも風光明媚な玄界灘がある、玄界灘の島々には美食を楽しむ旅人が。。。
野次さん喜多さんも玄界灘を訪ね「魚料理」を楽しんだ。
人とは何て面白いんだろう、、、日々の生活を楽しむ人間、観光を楽しむ人間、いろいろだ。
しかし、ある日突然に襲われる悲劇、、誰も想像もしない不幸が起きる、
この世の中でやってはいけない、、、「戦争」を断じて起こさせないように、、、人は努力をしないと。

9.九州一の繁華街、博多
福岡県福岡市、、、黒田如水、黒田長政の築いた城下町。。
52万石の大名だった。
いろいろあるく福岡であり、九州の中心地である。
野次さんが公安視察の目的で、福岡までやってきた。今のご時世、不安だらけだ、テロ行為、殺人、泥棒というか窃盗、
薬物の違反による多方面にわたる事件などによる被害を未然に防ごうと動いてきた。
鹿児島における暴走族等による事件、長崎、熊本のやくざ問題、薬物による人的被害等を視察してきたが、いずれも背後には組織暴力団が絡んでいる。
その組織暴力団の撲滅を狙っての旅ではあるが、敵もさるもの、ボロを出さない。
いつも影に隠れている。
「本当の闇の悪」を始末しないと。。。。。
九州福岡には反社会勢力と言われる公安委員会指定の組織暴力団が多数ある。
福岡に指定暴力団と言われる組織が「5団体」ある。構成組員は70人から300人規模である。特に北九州に所在する暴力団はやることなすことが強烈である。
従って、九州一円での犯罪の頂点はやくざ組織であると言われている。。」
そんな犯罪組織相手の公安活動も命がけであった。
そして、博多では「博多祇園山笠」7月、「博多どんたく」5月、「博多くんち」10月というように大きな祭りが年三回、その他の氏紙神社の祭礼とお祭り騒ぎだ。博多の商人はお祭り準備などで半年を要して、考えてみたらほとんどお祭り騒ぎだ、、、だから、「九州男子」とは博多女が強く、しっかりしてるからと言われるようだ。。。
余談になるが「博多女」は酒が強い。
博多の人たちはにぎやかだ、遊びが好きなようだ、、、そんなところへの「魔の手」が「悪人たち」がはびこって、社会問題を引き起こしている。
また、博多は歴史的にも52万石の大藩の黒田家が統治していた。始祖の黒田官兵衛(栗だ如水)、藩祖の黒田長政が治めて11代まで続いていた。
黒田如水、黒田長政が祭られている通称「幸福神社」も春の桜は見事だ。

10.山口県下関、、、明治維新の萩城、志士たちを
明治維新の夜明けを開いた志士たちが多い、、また、志士を育てた松下村塾の吉田松陰は、勤王思想をす推進していった。
黒船来航の折に渡航を試みるが失敗して、時の権力者、井伊直弼による「安政の大獄」で罰せられる。
その後、高杉晋作たちの奇兵隊が活躍する。
明治維新は土佐の坂本竜馬を介して、長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛らが「薩長同盟」を結び、最終的には明治維新を成し遂げた。
そんな下関氏には毛利輝元が毛利藩を堅持していた。
山口県下関に着いた野次さん、喜多さんは萩市まで行き、」ホテルを取った。
萩市は明治維新に活躍した、勤王の志士たちを多く輩出している、志士たちの啓蒙思想を教育していたのが「吉田松陰」で、黒船来航の折に密航を企てとらわれた。
その後、井伊直弼の政策により「安政の大獄」で罰せられた。死罪であった。
松下村塾の塾生たち、木戸孝允、高杉晋作、草野玄随などが活躍する。
また、土佐の坂本龍馬をかいして、長州の木戸孝允、薩摩の西郷隆盛らが「薩長同盟」を結び、最終的には明治維新がなった。
下関には豊前田(ふせんだ)や唐戸という繁華街も栄えていて、諸悪のもとになるような組織が活動していた。
山口県には4団体16組織の反勢力団体が引き締めあっていた。
それらの団体が「覚せい剤」「経済的闘争」などで、一般市民を巻き込んでしまうことが多い。
そんな世情をみまわり、未然に防ごうとしている人々が、組織がある、、、公安委員会の人々だ。
しかし、法の目を潜りぬえて、悪の組織は町中を闊歩している。悪を絶たなくては、、、、

11。広島県、、原爆投下の街
野次さん喜多さんは九州の視察旅から広島へ入った。久しぶりに観光で広島の原爆ドームや厳島神社を訪れた。
厳島神社を参拝しているときに、野次さんが襲われた。喜多さんが側にいてくれて対処した。突然に暴漢3人に襲われたが、喜多さんの咄嗟の行動で、暴漢を退けた。
喜多さんは吹きやの名手で、いつも所持していたので、ふきやで暴漢を射とめた。九州各県の公安を兼ねた調査が知られて、都合の悪い団体から暗殺指令がでたらしい。
今までの調査によれば、やくざ社会の団体ではなく、特別な組織が暗躍しているようだった。
野次さんは喜多さんに事情を話しておこうと、思った矢先の出来事だった。野次さんの襲われた傷は軽傷ですんだ。
喜多さんの機敏な行動で助かった。
「喜多さん、、、ありがとう、本当にありがとう」と、、、
「何を言うんですか、、、このぐらいのこと。これからも、事情は分かったので、野次さんのボディガードをするから」
と、、、二人は無事だったことを感謝しホテルに帰った。
これからの公安調査は慎重に、しないとと、、、
見えない敵が動いだしたので。。。
そんな広島で、世界遺産の「原爆ドーム」を、暴漢に襲われる前に観光しておいてよかった。と、、思って夜の時間を潰した。
広島県の繁華街は中四国地方最「八丁堀」で紙屋町から銀の町にかけて、、、、
広島は映画でもやっていたようにやくざが多く、抗争が多かった。しかし、郷友会がまとめて、抗争は少なくなった。
広島にある、広島城は毛利輝元が築城し、その後、福島正則、らが治めた。
怪我をした野次さんの傷が謂えるまで、広島県内の観光を楽しんだ。
「野次さん、、あまり無理するなよ、、、年なんだから」
そして、「出来ることがあったら、俺に頼んでな」
「喜多さん、ありがとうな、、、これからは甘えて、頼むことにするから」
今回の怪我で、二人の仲は近くなったような。
元気になった野次さん喜多さんは、次の岡山市に向かった。

12.岡山へ
岡山県岡山市へ着いた。岡山駅前には「桃太郎」の銅像が立っていた。お伽話で有名な「桃太郎」は岡山の史跡であった。
広島で暴漢に襲われ怪我した野次さんも元気になり、喜多さんとこれからの視察旅は充分に気を付けようと。。。
日本全国にはびこる組織暴力団の経済戦争というか、悪銭稼ぎには、さらに目を光らせないと思った。
岡山にも反勢力の広域指定暴力団隊が多数、引き締めあっている、どの組織も「覚せい剤」に絡んだあぶく銭を動かしている。
野次さんの今までの捜査をまとめると、「覚せい剤」に関しては闇の組織が動いているようだ。そして、その闇の組織から、経済的に金銭的に力のあるやくざ組織が仕入れているような。。。そこから、組織だった分配ルートをつくり、管理しているようだと、野次さんは睨み、その流れを掴もうといていた。
そして、岡山で噂を耳にした。
岡山市は東瀬戸経済園最大の都市であり、経。、仲間同士で密かに「茶道」が流行っていた。情報交換を兼ねて、経営者関係で「お茶会」が開かれていた。
そこで、野次さんは大学時代の同級に「お茶の家元」がいたことを思い出した。大きな家元ではないが、岡山地方では
名の通った家柄であった。
野次さんは俵屋総一郎宅を訪ねた。
そして、俵屋総一郎宅の立派な屋敷を訪問した。何年ぶりであったが、覚えていてくれた。
「久しぶりです、、しかし、元気でよかった、商売の「茶の湯」も繁盛してるみたいだな、、、」
玄関からすぐに客間に案内された。
野次さんはお茶を飲みながら、しばらく世間話や大学時代の思い出を語りなら、時を過ごした。
「ちょっと、、、話は変わるが、、、お茶の世界で何か変わったことは無いかな」
と謎を賭けてみた。
「例えば、反社会的な団体からの話とか、、、最近、何か問題を起こした人がいるとか、、組合同士でトラブルが起きたとか。。。。。
俵屋総一郎が気になることをいった。
他の茶会の事だけど、お茶の会の幹部が最近、よく遊んでいるという話を聞いたことがある。
お茶の世界で家元が金回りがいいとか、豪邸を立てたとかの話はあるが、、、幹部で夜の巷を飲み歩くということはあまりない、しかし、何人かが金回りがよくなった話は聞く。
そんな話をしながら、野次さんは長いしたことを詫びて退散した。
野次さんは帰り道、俵屋総一郎にあってよかった思った。
明日からは「茶道」の家元やそれれのお茶の関係商売を調べてみようと考えた。
宿に帰ってから、喜多さんに相談をした。

13.鳥取県、、、出雲大社、、、
島根県には出雲大社、鳥取砂丘、そして、いくつかの温泉町がある、、玉造温泉、三朝温泉、皆生温泉、末広温泉、、、歓楽街も温泉周辺の存在する。
鳥取には中国地方の最高峰「大山」あって、冬などはスキーでにぎあう、、、
鳥取は「漫画王国」と言われている.
水木しげる「ゲゲゲの鬼太郎」や「名探偵コナン」が。。。
鳥取県は人口55万人と少ない、、、それでも悪の獣たちは多い。
指定暴力団は活動している。いつの時代にも無くならないやくざは、、、経済戦争に、、覚せい剤がらみで一般市民を巻き込んで、不幸を呼び込んでいる.
芸能界にもスポーツ界にも「その毒爪」は伸ばしている。
そんな鳥取でも「覚せい剤」は暴力団の資金源になってなっている人とは面白い、やってはいけないことに手を染めて、本の出来心が、現実になってしまう。そして、苦しんでいる。
そんな人々が居なくなることを願って、日々、必死に動いている人たちがいる。
野次さんたちも覚せい剤の流れを追って、島根まで来ているのであった。

14.神戸市、、、神戸牛の美味いところ。
野次さんの今回の目的である視察旅は神戸で終わる。大泥棒の石川五右衛門の末裔「金本喜多郎」を伴った旅は有意義だった。
野次さんが思ってた以上に喜多さんは心つよかった。
その旅も神戸で終わり、また、いつの日にか関東、東北、北海道へ旅立つ予定だ。
兵庫県は日本で人口は6番目で、観光ともに商業第一の都市であった。
兵庫県には神戸市、姫路市、城崎、淡路とあり神戸最大の繁華街は「三の宮と三宮」である。
三宮には南京町、神戸ハーバーランド、ポートアイランドがある。
また、姫路城は別名「白鷺城」とも言われる、日本屈指の名城である。
そして、神戸には日本最大の指定暴力団が存在する。そんな街でのやくざ同士の抗争も多く、やくざ絡みの経済闘争、覚せい剤問題等も多く、一般市民には恐怖を与えている。
そんな中での警察関係、特に公安は毎日が忙しい。
そんな公安視察旅から神戸まで来て、今までの公安記録を本部に提出して、次の視察旅に備えることとした。。
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