婚約破棄された令嬢、二回目の生は文官を目指します!

紗砂

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1巻

1-3

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 いつの間にいたのか、ムッとした様子の殿下が横から口を挟んできた。
 確かに、今世では殿下から昼食に誘われても断ったし、愛称呼びを許してもいない。
 だが、それは全て殿下のためだった。殿下は近い未来、ユリア・フレイシア伯爵令嬢と出会うことになる。私という存在が邪魔しないように、何より勘違いされないように。そう思い、距離を置き続けてきたのだ。
 でないと、私がせっかく蓋をした殿下への恋心が溢れ出してしまいそうだった。また罪を犯し、前世と同じような道を辿ってしまいそうだから。
 そして、もう一つの理由は、目立つからだ。
 一国の王子と公爵令嬢に、護衛としてだが公爵令息。それでは目立つに決まっている。爵位だけでも目立つのに、見た目も良いとくれば衆目を集めないはずがなかった。

「申し訳ございません、殿下。私が殿下とご一緒すると騒ぎになってしまいますから遠慮させていただいておりました。ほかの方のご迷惑になってしまいますもの」

 殿下専用の断り文句だ。こう言えば、殿下も引かざるをえないだろう。

「うん? それなら、私専用の部屋がある。そこならば問題ないだろう」

 今さらながらに思い出す。学園では王族に対してのみ、専用の部屋が設けられると。王族に近付く者は多く、また秘密の話も多くなるから、という理由で設けられていた。

「申し訳ございません。今日は既に先約が……」
「ならば、その者たちも連れてくるといい。場所はわかるな?」

 私の知る殿下は、こんなにも押しの強い方ではなかった。
 むしろ、冷たく突き放すような方で、今の殿下の態度が新鮮に感じる。

「エレノーア、早々に諦めた方がいいって。こうなったレオンは止まらねぇし。別にいいだろ、一緒に食うくらい。特に減るもんでもねぇし」

 いつから聞いていたのか、カインが口を挟んできた。
 どこまでいっても殿下の味方をするあたり、カインらしい。

「ですが、私たちが王族専用の部屋へ招かれると騒がれます」
「そんな奴ら、俺が叩き潰すから大丈夫だって」

 前世では、カイン様とあまり話したことはなかったからわからなかったが、今ならばわかる。
 確かにお母様の言う通り、カイン様は脳筋だ。これで大丈夫なのか、と思わなくもないが、前世では何か問題があったなどとは聞いていないので大丈夫なのだろう。

「何より、ミアとミアの友人から許可をいただかなければなりません。ですから、またの機会ということで……」
「……許可をもらえばいいのだろう。ミアリア嬢、もし良ければ私たちも同席して構わないだろうか」

 私の言葉に、殿下は笑顔でミアに問いかける。
 まぁ、王族からの誘いを断れるわけもなく、ミアは狼狽うろたえつつも、頷いた。

「え、えっと……。も、もももちろんです! 私はフィアを呼んできます!」

 フィア、というのはミアの友人だろう。
 ……なぜ、今世はこんなにも殿下が私に関わってくるのか不思議だ。
 私は、ミアと共にミアの友人を迎えに行き、事情を説明し、謝罪した。
 元はと言えば、私が殿下を止められなかったのが悪いのだ。
 それに加え、せっかく三人で、と誘ってくれたのに……。そう思ったからこその行動だったものの、それは逆に彼女たちを困らせてしまったらしい。

「え、えっ……? ノア様が謝る必要なんてありません! それに、王子殿下と同席だなんて確かに緊張しますけど……。皆で食べた方が絶対楽しいですから!」
「何があったのかはわかりませんが、私は気にしませんので、エレノーア様もお気になさらないでください」

 二人が私を気づかってなのか、本音なのかはわからないがそんなことを口にした。
 その言葉が嘘だったとしても、私が少しばかり救われたことは事実で……。私は、ホッと笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。二人とも、そろそろ行きましょうか。殿下がまた痺れを切らしてこちらまで押しかけてくるかもしれませんもの」
「「えっ……」」

 冗談のつもりで口にしたものの、今の殿下では実際やりかねないと思ってしまう。

「あ、あの……。殿下って、そんな、その、フレンドリーというか、なんというか……」
「ふふっ、えぇ。意外でしょう? 関わってみると、案外親しみやすいお方なのです。ですから、そんな緊張しなくとも大丈夫だと思いますよ。殿下も堅苦しいのはあまりお好きじゃありませんから」

 少しばかり無礼なことをしたところで、何か罰を与えるつもりなのならば、私は前世であのような罪を犯す前に処罰されていただろう。
 今ならばわかるような気がする。
 殿下は、前世の私のような媚びる者より、隣で支え、支え合える人を必要としていたのだと。
 王太子という立場故に避けられ、媚びられることしかなかったからこそ、対等な関係を築き上げられるような人を求めていたのだ。
 まぁ、今さら理解したところで遅いうえ、私はあの方の隣に、友人や部下として立つと決めている。全てが遅すぎた。

「……だって、私があの方に選ばれるはずがない。そんなこと、絶対にあってはいけないんだもの。私に、そんな資格なんてありはしないのだから」

 かつての己の行いを思い出し、ギュッと手を握りしめた。
 その声は小さく、誰にも聞かれていなかったことだけが幸いだろう。

「おっ、いたいた! エレノーア! ったく、お前らが遅いからレオンが道に迷ったんじゃないかとか何か問題でもあったんじゃないかって心配してたんだぜ。そのせいで迎えに行ってこいって駆り出されるし……。ほら、さっさと行こうぜ! じゃねぇと、レオンの奴がくる」
「……えぇ、そうですね。申し訳ありません。ですが、学園内で道に迷うなんてことはありえませんので、お気になさらないでください」
「まぁ、それについては諦めろって。それに、俺もあいつの気持ち少しはわかるしなぁ……」

 なんて、少し気になることをカイン様が口にする。
 殿下の気持ちとは、と気になるものの、それを私が聞くのは良くないだろう。
 そう思い、忘れることにした。

「遅くなり、申し訳ありません、殿下」

 専用の部屋までくると、私はまず謝罪の言葉をかける。
 一応、心配をさせてしまったようなので謝罪は必要であろうと考えたからだった。

「別に、いい。とにかく座れ。知っているかもしれないが、私はレオン・ブルーシュだ。レオンと呼んでくれ。で、こっちは……」
「カイン・フォンワードだ。よろしくな! あっ、俺のことはカインでいいぜ!」

 一応とはいえ、初対面だからと殿下が自己紹介を始め、それにならうようにカイン様が自己紹介をする。

「ミアリア・シューヴェルです。よろしくお願いいたします……!」
「ミアリアの友人、リーフィア・リンケールと申します」
「エレノーア・エルスメアと申します。リーフィア様、このような形になってしまい、申し訳ありません。よろしければ私とも仲良くしてください」
「は、はい、こちらこそ! その、よろしくお願いします」

 リーフィア様に声をかけるものの、彼女も緊張しているのか、言葉が硬かった。変な力まで入っているようだ。
 なぜ、それほど緊張するのか、と少し考え理解した。多分、殿下がいるからだろう。

「リーフィア様、そう緊張しなくとも大丈夫です。殿下といえど、今は同じ学園生ですもの。ここでは身分なんて関係ありませんから。それに殿下は、少々失礼なことをしたくらいで処罰するほど器の小さな方ではありませんわ。少々酷い方ですが、そのようなことをされる方ではないことは私が保証いたします」

 リーフィア様を安心させるために、そう口にすると、殿下が視界の端でピクリと眉を動かした。

「……おい、待てエレノーア。お前は私のことを一体なんだと思っている! 酷いとはなんだ! 私は何もしていないだろう!」

 一番に思い出されるのは、やはり前世での記憶だ。
 何度好きだと口にしても振ってさえくれず、ただただ期待だけしていた頃のこと。
 そして、今もなお私の心を縛り付けていること。それを、酷いと言わずなんというのか。

「ご自身でお考えくださいませ、殿下」

 これを、この気持ちを、この想いを殿下に伝えることなんてできない。
 故に、私は笑顔で押しきった。

「……まぁ、いい。それと、エレノーア。私のことはレオンと呼べと何度言えばわかる。殿下はやめろ」

 少し、拗ねたような表情を殿下は浮かべる。殿下のそんな表情を見たのは初めてだった。
 けれど、それでも名前で呼ぶつもりはなかった。少なくとも、心の整理がつくまでは。

「覚えておきます。忘れていたら、申し訳ありません」
「毎回同じことしか言わないのか、お前は」
「まぁ、そこがエレノーアらしいよな。絶対に覚える気のないとことか」

 それまで黙々と食べ続けていたカイン様がそこで口を挟む。

「お前はエレノーアに名前で呼ばれているではないか! なぜ、私だけ……」
「ま、諦めろってレオン!」

 悔しそうな殿下に対し、煽るようにカイン様が笑みを浮かべた。
 そんなカイン様に殿下は諦めたように息を吐く。

「……はぁ。あぁ、そういえばエレノーア。次の休みは城へ来るのか?」
「はい。ミアも一緒にですが、その予定です。どうかなされたのですか?」
「……別に、なんでもない。にしても、ミアリア嬢も一緒なのか。珍しいな」

 殿下が驚いたような表情をする。今まで一人だったのは、同じ文官志望の友人がいなかったからだった。そのせいか、登城するたび殿下とカイン様に押しかけられるのだが。
 ミアは殿下に話しかけられ驚いたように目を見開く。

「は、はい! ノア様にお誘いをいただき、ご一緒させていただくことになりました」
「リーフィア嬢は一緒ではないのか?」
「はい。私は、エレノーア様やミアのように文官を目指しているというわけではなく、我が侯爵家の商会を継ぐことを目指していますから。休日は商会で手伝いをしております」

 そう口にするリーフィア様は誇らしそうだった。
 もしかしたら、そんな彼女の力があったからこそミアは商会を立ち上げ、成功することができたのかもしれない。

「あぁ、ラリート商会の経営はリンケール侯爵家だったか。ラリート商会は良い品を扱っているからな。いつも世話になっている」
「ありがとうございます! 殿下にそう仰っていただきますと光栄です」
「そう、固くならないでくれ。レオンと呼ぶまで、とはいかずとももっと気楽に接してくれ」

 少し、困ったように、かつ申し訳なさそうにそう告げる殿下にリーフィア様とミアは顔を見合わせ、少し不安げながらも頷いた。
 昼休みも終わり、それぞれのクラスへ戻る直前、私はリーフィア様に呼び止められた。

「どうしましたか、リーフィア様?」
「エレノーア様、どうかよろしければ私のことはフィアとお呼びください。ミアも、そう呼びますから……」
「では、フィアと呼ばせていただきますね。私のことも、ノアと呼んでください。今度は三人でゆっくりお話ししましょう?」
「はい! ありがとうございます、ノア様」

 ミアもフィアも嬉しそうにしているが、やはり、私の名前を様付けするのはやめてもらえないらしい。
 背後で殿下がじっとこちらを見つめているが、気にしないでおこう。殿下に愛称呼びを許すつもりは、少なくとも今はないのだ。

「ミアもフィアも、様は付けなくても良いのですよ? それに、言葉使いも普段と同じようにしてください。お友達ですもの。堅苦しいのはやめましょう?」
「ノアがそう言うなら、普段通りにするわね」

 と、フィアの方は順応力が高いらしい。対してミアは、まだ迷っているらしかった。

「ほら、ミアも。ノアがこう言っているんだから、逆に失礼になるわよ」
「そ、そうだね! じゃ、じゃあ、ノアって呼ばせていただき……。呼ぶね」
「はい!」


 フィアの後押しもあってか、ミアは恐る恐るではあるものの、承諾してくれた。

「じゃあ、ノアも。ノアだって、普段通りってわけじゃないんでしょ? だったら、ノアもいつも通りに接してよね!」

 なんてことをフィアに言われる。確かに、二人に強制しておきながら自分は、というのも変だろう。それに、友人なのだからこれくらいは……

「なら、そうさせてもらうわね。改めて、よろしくねフィア、ミア」
「えぇ、よろしくノア!」
「よろしくね、ノア」

 フィアとミア、二人と本当の意味での友人になれた気がした。
 ただ、少しだけ思うのは、ユリア様のことだ。
 私がこの二人と友人になったことで、ユリア様の居場所を奪ってしまっていないだろうか。そして、それによって殿下との関係を邪魔していないかという心配だ。

「ちょっと待て、エレノーア。私に対しては何もないのか! 愛称呼びを許すだとか、その口調をやめるだとか……」
「申し訳ありません、殿下。そろそろ時間になりますので、お先に失礼させていただきます」

 殿下が愛称呼びやら口調のことやらで何か言っているが、気にせずに断り、教室へと歩き出す。そんな私と殿下のやり取りで、カイン様が笑っているが、気にする必要はないだろう。

「カイン、お前だって許されていないだろう!」
「あー、俺はまあ。別に気にしてねぇしな。レオンくらいじゃねぇの? そんなに、呼び方を気にしてるの」
「……仲の良い友人のようで、羨ましいだろう」

 少しだけ、恥ずかしそうに殿下が口にする。
 それに驚いたのは前を歩いていた私だけでなく、カイン様やフィア、ミアも同じだった。

「な、なんだ。忘れろ! 早く戻るぞ!」

 照れ隠しのように顔を背け、教室へ戻る殿下に、少しだけ申し訳なく感じた。


 殿下たちと共に昼食をとったその日の夜、私は殿下の言葉が頭から離れずにいた。
『仲の良い友人』それは、本来私が望んでいたはずのものだった。
 なのになぜ、私はまだ過去に囚われたままなのだろう。
 まだ、私の奥には殿下への想いがくすぶっていて、諦めきれていないのだろうか。
 だから、こんなにもその言葉を受け入れられずにいるとしたら……?

「……本当の意味で、殿下の友人になれる日が私にくるのかしら」

 少なくとも、こうして殿下のことを想ってばかりいるうちは無理だろう。
 いっそのこと、全て忘れられたら。
 そう考えて、やめる。
 今の私は、前世でのことがあったからこその姿なのだ。きっと、記憶を失ったところで、また前世の時と同じような過ちを繰り返すだけだろう。
 そして何より、私の前世での行いは、到底許されるべきものではないのだ。
 たとえその行いがなかったことになっていても、私は死ぬまで抱えて生きていかなければならない。それが、今世の私にできる、犯した罪に対する贖罪だ。

「……一人だけいたわね。私を止めようとしてくれていた人が」

 罪を犯す前、犯した後も私を止めようとしてくれていた人が傍にいたのを思い出す。
 ただ一人私を信じ、庇ってくれた。それが、いつの頃からだったか姿を見せなくなった。
 私の前からだけではなく、学園からも消えたのだ。

「……彼は、なぜ消えてしまったのかしら。今世では、彼と友人になれるかしら?」

 前世で迷惑ばかりをかけてしまったけれど、彼と、今度は友人に。
 確か、彼が気に入っていた場所が学園にあったはずだ。あの場所は……


 次の日、私は少しだけ早めに屋敷を出た。サーニャに怪しまれたものの、読みたい本があるのだと言えば納得してくれた。呆れたような視線を向けられはしたが。
 本当の目的はもちろん、昨夜思い出した彼に会うためだった。いつもよりも少し早めに学園に着くと、荷物を教室に置き、彼を探しに向かった。多分、今日もあの場所にいるだろう、と予測をつけて。
 そしてその場所、学園の図書館の裏へと来ると、やはり彼はいた。壁によりかかり、何を考えているのか空を見上げて。

「……珍しいですね。この場所に人が来るだなんて。誰も来ないと思っていたのですが、どうやら予想が外れたようです」

 私を見ると少しだけ驚いたような顔をして、彼は前世と全く同じ言葉を口にした。

「……あの有名な、エルスメア公爵家のご令嬢がなぜこのような人のいない場所に? 私の勝手な主観ではありますが、あなたはこのような場所に来るような方だとはとても思えないのですが」
「誰もいないところで少し、休みたかったのです。私はどうしても目立ってしまうようですから。お邪魔してしまったのでしたら申し訳ありません」
「……いえ。一つ、聞かせてくれませんか? あなたの噂は聞いていますが、なぜ、文官になろうと? 公爵家の令嬢であれば、文官になる必要などないはずですが。本来であれば、殿下の婚約者になるあなたが、それを断ってまで文官を目指す理由はなんですか?」

 彼は、迷いのある瞳で私を見つめてくる。
 そんな彼が、少し珍しく感じるのはきっと私が前世の迷いのない彼しか知らないからだろう。迷いなく選択し、突き進む彼の姿を知っているからこそ、違和感があった。

「たしかに、文官になる必要があるかないかと言われれば、答えは否でしょう。ですが、民のためになにかしたいと思うのはおかしなことでしょうか? 私は、私とこの国に住む人々のために、文官を目指すのです」
「自分と民のため、ですか。面白い考え方ですね。貴族といえば自分のために、という考えを持つ方が普通ですが。あなたは、ずいぶんと変わった方のようだ」

 彼は、そう言って少しだけ笑みを浮かべた。優しく、他人を落ち着かせるような笑みを。

「変わった方だなんて、そのようなことはないかと思いますが……。申し遅れました。私、エレノーア・エルスメアと申します。エレノーアとお呼びください」
「私はルイス、ルイス・バートンです。ルイスと呼んでください。エレノーア嬢、あなたとは良い友人になれそうです」


   ◇ ◆ ◇


 ルイス様と会った日の夜、私は懐かしい夢をみた。

「エレノーア、あなたは馬鹿なのですか! あのような誘いに乗るなど、嵌めてくれとでも言っているようなものではありませんか! なぜ、それをわかっていながら行ったのです! このままでは、このままではあなたが……」

 ルイス様は、私を見つけるや否や詰め寄ってくる。その顔はいつになく真剣で、悲しげだった。

「……意外ですね。あなたは、私など興味がないと思っていましたのに、そんな忠告をなさるだなんて。ダメではありませんか。あなたは、殿下の側近となる方なのですから」
「心配するに決まっているでしょう。殿下の側近となるのは関係ありません。……エレノーア、私にはあなたがどれだけの覚悟を持って行動しているのかはわかりません。ですが!」
「覚悟だなんて何も。間違っているとわかっています。ですがそれでも! ほんの少しでいい、ユリア様に向けるその瞳を、想いを、私にも向けてほしいのです」

 そう口にした私へ向けるルイス様の瞳は苦しげで、何かを口にしようとして、やめた。
 そんなルイス様を見ながら、私はさらに言葉を続ける。

「これ以上、ユリア様に何も奪われたくはないのです。私の欲しかったものを手に入れ、私の婚約者を奪ったあの方が、私は憎いと思ってしまった。その上、まだ私の居場所を奪おうとするあの方に負けたくはありませんから」
「なら、ならばなぜ! あなたはそんな苦しそうなのですか! なぜ彼女よりあなたの方が、そんなにも辛そうなのですか。このままではエレノーア、あなたが」

 そう言われてようやく、自分が涙を流していることに気付いた。
 決して人前では泣かないと決め、作り上げた壁が、壊されたのだと気付いた。
 だが、私が行動をするたびに彼女に何かを奪われる。それが、良いことであっても、悪いことであっても。それが私の心を壊そうとしている、その元凶であった。
 だからこそ認めない。認められないのだ。

「……全て、私のせいなのですって。彼女に何かあれば私のせい。私が何もしていなくても、私が悪いことにされるのです。最初の頃は、レオン様の気持ちが最後に戻ってくるのなら……。戻ってこなくとも、彼が幸せになれるならば、潔く身を引こうと思っていたのです。ですが……!」

 ただただ、悔しかった。苦しかった。
 私がレオン様と共にあるために、積み重ねてきた全てが否定されたようで辛かった。

「私は何もしていなかったのに! なぜ、私が全てやったことになっているのでしょう。レオン様は、なぜ私を信じようとはしてくださらないのでしょう。なぜ、何もしていない私が悪となり、レオン様に軽蔑の目を向けられなければならないのでしょうか!」

 ずっと、あの方の隣にいるために頑張ってきたはずだった。あの方の隣に立つために、幼い頃から王妃教育を受け、あの方の隣で支えるために、誰よりも努力をしてきたつもりだった。
 それなのに、レオン様は私を信じてさえくれなかった。
 多分、その時だっただろう。私の奥で、何かが壊れたのは。

「私が何をしたと言うのです! 私は、ただレオン様の幸福を願っていただけだというのになぜ、悪とされなければならないのでしょう。何もせず悪とされるのなら、私は、私は……!」

 そして、私は壊れてしまった。悔しくて、苦しくて、そんな思いから逃げるように罪を犯した。それが間違っているとわかっていても止められなかった。何もしていなくても悪とされるのならば、いっそのこと本当に悪となろうと。

「……エレノーア。あなたが好きなのが、レオン殿下ではなく……」


 そこで、私は目を覚ました。

「……懐かしい夢ね。今さら、あんな夢を見るだなんて思わなかったわ。ルイス様と会ったからかしら? ……でも、あの時、ルイス様は最後になんて言ったのかしら?」

 それだけが、思い出せなかった。あの後、ルイス様がなんと言ったのか。
 ただ、覚えているのは、あれから少ししてルイス様が学校を去ったということ。
 その理由が、あの時の会話にあったような気がしてならなかった。


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