婚約破棄された令嬢、二回目の生は文官を目指します!

紗砂

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1巻

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「……待て、アイリス。ノアは私と一緒に城へ行くと言っている。私の方が先約だろう」
「あら、別にいいじゃない。あなたは毎週ノアと王宮へ行っているんだもの。今日くらい、私に譲ってくれてもいいでしょう?」
「ダメだ。ノアは私と行きたいと言っているだろう」

 なぜか争いはじめた両親に私は戸惑いを隠せない。
 お父様とお母様が言い争うだなんて今までなかったうえ、その原因が私なのだから……

「ノアは公爵家の令嬢なのよ? ほかの家の子との学園外での交流だって大切なことなの。文官になるというのならなおさらよ」

 お母様に視線を向けると、基本的に笑みを崩さないお母様が珍しく真面目な表情をお父様に向けていた。

「ほかの貴族との交友関係が文官にとって重要なのだということは、あなたが一番わかっているでしょう? それに、公爵家の令嬢としてはお茶会への参加も少ないわ」
「むぅ……。だが、実際の仕事風景を目で見ることも必要だろう。ノアにとっても勉強になる。貴族ならば、城にもいるからな」

 一瞬、お母様の言葉にお父様が言葉を詰まらせたものの、すぐに言い返した。
 その間、私はどうすればいいのかわからず、ただ狼狽うろたえていることしかできなかった。……前世でこういった経験はただの一度さえなく、対処法が全く思いつかない。

「城にいるのは歳をとった貴族でしょう。同年代の子は王族や脳筋の馬鹿くらいじゃない。ノアに必要なのは、ほかの同年代の貴族との交流よ。今、城にいる貴族と交流を持ったところでノアが文官になる頃にはどうせ変わっているもの。それとも、あなたは社交界でノアに一人でいろ、とでも言うつもりかしら?」
「……わかった。ノア、今日はアイリスと茶会へ出席しなさい。城へ行くのは別の日にしよう」

 お父様は不本意そうではあったものの、お母様に言い負かされ、渋々ながら私へ茶会への出席を命じた。対して、お母様は嬉しそうに笑っていた。

「ふふ、お茶会へ参加するのならドレスを選ばないといけないわね。ノアのドレスを選ぶなんて、久しぶりだから楽しみだわ」

 そんなお母様相手に拒否できず、私は諦めてお母様の着せ替え人形になる覚悟を密かに決めた。

「きゃー‼ ノア、似合ってるわ。さすが私の娘、すごく可愛いわ!」

 急遽、私のお茶会への出席が決定してから数十分。
 私は茶会用の淡い青のドレスに身を包んでいた。

「お嬢様の白銀の髪がよく映えていて、いつもより何倍もお綺麗です!」
「ふふっ、当然よ! ノアは私の可愛い娘だもの!」
「さすがは私たちのお嬢様です!」

 サーニャがお母様と謎の盛り上がり方をしていた。
 ドレスを着た私を見て、サーニャとお母様の二人は楽しそうにはしゃいでいる。
 そのような光景を見ていると何も言えなくなるのだから不思議だ。
 私は完全に置いてけぼり状態で、されるがままになっている。早く終わってくれれば……そんな思いが通じたのか扉がノックされ、誰かが入ってきた。

「奥様、お嬢様、そろそろ出発のお時間です」

 お母様専属の側仕えであるエミリーが出発の時間を告げ、ようやくこの着せ替え人形の状態が終わる。私はそっとため息をついたが、それも仕方ないことだろう。

「あら……。もうそんな時間? 仕方ないわね。ノア、行きましょうか」
「はい、お母様。サーニャ、行ってくるわね」
「はい! 行ってらっしゃいませ、エレノーアお嬢様」

 今回、サーニャは留守番だ。私はサーニャに見送られながら、お母様と一緒に馬車へと乗り込む。お茶会に参加するのは久しぶりだ。特に、お母様と一緒に参加するのなんて、最初に参加したお茶会以来かもしれない。
 今世では最低限のパーティー以外は全て断っていたし、そんな暇があれば文官になるために、と言ってお父様についてまわったり、勉強に時間をあてたりしていたから。

「ノアとお茶会だなんて久しぶりね。すごく嬉しいわ。誰に似たのか文官のことばかりなんだもの」

 お母様が心からの笑みを浮かべながら、そんなことを口にする。その言葉に、少し照れくさくなるのは、前世の行いがあるからだろうか。それとも、今世ではあまりお母様と接してこなかったからなのだろうか。
 もしくは……。と、そこまで考え、やめた。私は前を向いて生きると決めたのだから、今を見よう、そう思って。

「そうですね。私も、お母様と一緒にお茶会に参加するなんて久しぶりで……。嬉しいです」
「あの人ばっかりノアと一緒にいて、羨ましかったのよ? こんな可愛いノアを独占だなんて、ズルいじゃない」

 唇を尖らせ、ズルいと口にするお母様に私は苦笑を漏らす。
 お母様の方が私よりも断然可愛らしく、子供っぽく見えるのは、こういった仕草をするからなのだろうか。

「お母様の方が可愛らしいと思うのですが……」
「もう! ノアの方が可愛いに決まっているじゃない! そうね、例えば……」

 と、馬車の中で私がいかに可愛いかを語る暴走が止まらなくなったお母様のおかげで、気力と体力を削られた状態で私は会場入りした。
 いつからお母様はこんな風になってしまったのだろうか。そんなことを思わずにはいられなかった。

「エルスメア公爵家の方々がご到着されました」

 私たちをここまで案内してくれた執事がそう口にすると、集まっていた方々の視線がこちらに向けられる。好意的な視線から探るような視線、少しばかり敵意がこもった視線と様々だ。こういった視線は、やはりいつになっても慣れない。
 ……いや、前世の頃は慣れていた。慣れていたというより気付かなかった、と言った方が正しいのかもしれない。

「さぁ、ノア。まずはウォーレス伯爵夫人に挨拶へ行くわよ?」
「はい、お母様」

 お母様が隣で微笑んでいた。そんなお母様を見ていると、自然と変な力が抜けていくのだから不思議だ。これが安心感というものだろうか。
 そんなことを考える余裕があるくらいには、私は落ち着いていた。

「久しぶりですね、アイリス。よく来てくれました」
「お久しぶりですわ、ウォーレス伯爵夫人。本日は娘共々、お招きいただきありがとうございます」
「急遽、出席させていただくこととなり、申し訳ありません。エルスメア公爵家が長女、エレノーア・エルスメアと申します」

 公爵夫人であるお母様が特別丁寧な礼をとるのは、ウォーレス伯爵夫人の生まれにある。
 現在は伯爵夫人とはいえ、以前は王族の一員で降嫁されたのだ。今がどうであれ、礼を尽くすのは当然だろう。一方、ウォーレス伯爵夫人は困ったように頬に手を当てている。

「今の私はウォーレス伯爵家の人間なのですから、昔がどうであれエルスメア公爵家のお二人がそう礼を尽くすものでもありませんよ。それに、私とアイリスの仲でしょう?」
「えぇ、リアナがそう言うのなら」

 お母様のいつもとは違う、少し砕けた雰囲気に驚きを隠せずにいると、ウォーレス伯爵夫人が私に目を向けてきた。王族の証でもある金の瞳を向けられ、気圧されそうになる。

「その子が、アイリスの娘なのね?」
「えぇ! ふふっ、ノアは可愛いでしょう? 私の自慢の娘なのよ。誰に似たのか、文官になることしか頭にないのだけれど」

 お母様に自慢の娘と言われて気恥ずかしくなり、俯くと、ウォーレス伯爵夫人がふふ、と笑った声が聞こえた。

「本当、誰に似たのかしら? それにしても、小さい頃のアイリスにそっくりね。……本当はもっと話していたいのだけど、ごめんなさいね」

 ウォーレス伯爵夫人はこの茶会の主催者だ。ほかに挨拶をする人もいるだろうし、私とお母様も公爵家の人間だ。やることだってある。そのため、そう話し込んでいるわけにはいかなかった。

「また、ゆっくり話しましょう」
「えぇ、その時はぜひ。アイリス、エレノーアさんも楽しんでください」

 そう微笑んで、ウォーレス伯爵夫人は行ってしまった。
 すると、すぐにほかの貴族から話しかけられる。やはりエルスメア公爵家の名前はここでも注目を浴びてしまうようだ。

「お久しぶりです。お二人が揃ってお茶会に参加だなんてお珍しいですね」

 話しかけてきたのは、お母様の友人で公爵家とも交流のあるアリア・スーフィエット伯爵夫人だった。私が最後にお会いしたのは、年末に城で行われた夜会だっただろうか。

「久しぶりね、アリア。元気そうで何よりだわ」

 お母様の挨拶に倣うよう、私も軽く挨拶を返す。そして、二人の話が盛り上がってきた頃、スーフィエット伯爵夫人に一言断りを入れ、当初お母様に言われた通り、同年代の友人を作るためにお母様から離れることにした。
 お母様と別れたはいいものの、同年代の参加者のところへどう入っていけばいいのか悩み、私は会話に入れずにいた。私にとっては、長い間傷つけ、威圧し、関わりを持とうともしなかった人たちなのだ。会話に入れないのは当然のことだろう。

「あ、あの……。エレノーア様、よろしければ……」

 会話に入れずにいた私を心配したのか、小動物のように可愛らしい令嬢が話しかけてきた。だが、緊張しているのか上手く言葉にできないようだった。
 そんな彼女に、私は笑みを浮かべる。

「初めまして、シューヴェル侯爵家のミアリア様ですね。よろしければ、私のお話し相手になってくれませんか?」

 私の言葉にミアリア様は嬉しそうに笑って頷いた。

「あっ……! わ、私の名前、覚えて……?」
「えぇ、もちろんです。学園のテストでは毎回上位に入っていましたし、事前のコース調査で私と同じ文官コースを志望したと伺っておりましたから。令嬢の中で文官コースを志望したのはあなたと私だけですもの。ぜひお話ししたいと思っていました」

 私と同じ、文官コース志望で私以外では唯一の女生徒だ。
 そのうえ、前世ではユリア様の友人だった彼女には、少なからず思うところがあった。

「ありがとうございます! 私も、その……。ず、ずっとエレノーア様とお話ししたいと思っていました!」
「ふふっ、ありがとうございます。ミアリア様さえよろしければ、あちらでゆっくり話しませんか?」

 数は少ないものの、椅子やテーブルなどはしっかりと用意されている。
 私たちは、違うケーキを一切れずつお皿にとり、お茶を飲みながらゆったりと話すことにした。

「なぜ、ミアリア様は文官コースを?」
「お父様に、憧れていたんです。国のため、民のためと働いている姿を見ていてふと思ったのです。私は、他国と、この国を結ぶ外交官となり、この国の素晴らしいところも他国の素晴らしいところも広めていきたいと。この国とほかの国を結ぶための橋渡しができればと思い……」

 夢について口にするミアリア様の瞳は、輝いていて……
 それだけでなく、先ほどまで狼狽うろたえていたとは思えないくらい芯の通った、強い光を瞳に宿していた。

「ということは、ミアリア様は諸外国との架け橋、外交官になりたいのですね」
「はい……。私なんかにできるとは思えませんが、精一杯頑張りたいと思ってます」
「ミアリア様なら、きっと叶えられます」

 私の知っている限りの未来では、ミアリア様は、女性初の外交官として活躍する。他国と共同で開催されるイベントも彼女の手により増え、それにより観光客も増加するのだ。
 さらに、その観光客に向けた旅行雑誌の販売が隆盛になり、彼女の立ち上げる自国や他国の特産品を集めた商会は国一番となる。

「あ、ありがとうございます……。エレノーア様は、なぜ文官に?」

 ミアリア様は私の言葉に気恥ずかしそうに俯き、思い出したかのように、ばっと顔を上げた。

「私は、私たち貴族は平民によって生かされています。私たち貴族が使っているお金は平民の血税により得ています。さらに日々の世話をしてくれるのも、服や食事を作るのも全て平民です。ですが、私はそんな平民たちに何も返せてはおりません。ですから、そのような方たちが少しでも生活が楽になるように、この国に産まれて良かったと思えるようにしたいのです。それが、私にできる恩返しですから。そのために私は文官になると決めました。文官以上に、民に尽くす仕事はほかにありませんから」

 私の働きは、間接的に殿下の力になる。だからこそ、私は文官を目指す。この国と、この国に住む人々、そして殿下のために少しでも力になれるであろう、この道を。
 ミアリア様と色々話しているうちに、茶会が終わる時間となっていた。

「ミアリア様、今日はお話できて良かったです。また、よろしければお話しさせてください」
「は、はい! 私もエレノーア様とお話しできて良かったです! その……。が、学園でも声をかけても良いでしょうか?」
「えぇ、もちろんです。こちらからお願いしたいくらいです。ぜひ、学園でもお話ししましょう」

 正直、私が本当にミアリア様と……という思いもある。
 前世で、私が傷つけた人の中にはミアリア様も入っている。だが、私の答えに嬉しそうに笑ったミアリア様を見て、その思いは消え去った。

「ありがとうございます! あの、良かったら私のことはミアと呼んでください。家族からもそう呼ばれていますから……」

 緊張気味に、愛称呼びを許してくれたミアリア様……ミアに、私は頷いた。

「では私のこともノアと呼んでください。改めてよろしくお願いしますね、ミア」
「はい!」

 こうして、久しぶりのお茶会は、一人の大切な友人を得て終了した。


 茶会から帰ると既にお父様が家にいた。お父様にしては、早い帰宅だ。

「お父様、ただいま帰りました」
「あらあら、ずいぶん早いのね。あなたったらノアが心配だったのかしら?」

 私が帰宅の挨拶をし、お母様がお父様を茶化す。
 すると、お父様は顔を背けた。少しばかり耳が赤くなっているのは気のせいではないだろう。

「別に、そういうわけでは……。それはそうとノア、茶会はどうだった。友人はできたか?」

 誤魔化すように話題を変えたお父様に、私は思わず笑みを零す。
 あぁ、これも前世では考えられなかったことだ。こんな時間が得られるだなんて、あの頃は想像もできなかった。

「はい、楽しかったです。友人もできました! 私と同じ、文官志望で外交官になりたいのだと言っていました」
「……そうか。なら、良かった。今度はその友人も連れて、城へ見学に来るといい。外交官志望だとしても色々学べることはあるだろう」
「はい! ありがとうございます」

 お父様の提案は嬉しいものだった。誰かと共に見学する、なんてことはありえないと思っていた。まず、そんな友人すらできないと思っていたくらいだ。

「お前に友といえる存在ができて良かった。その友人を大切にしなさい」
「はい」

 お父様に言われるまでもない。前世を含めて、初めての友人なのだ。大切にするに決まっている。もう、間違えたりなんてしない。


 部屋に戻ると、サーニャが笑顔で待っていた。

「お嬢様、お嬢様! 今日のお茶会、どうでしたか! 楽しめましたか?」
「えぇ、とても楽しかったわ。ミアという友人までできたのよ? 本当に、お茶会へ参加して良かった。お母様に感謝しなきゃいけないわね」

 サーニャはまるで自分のことのように嬉しそうに笑った。

「つ、ついにエレノーアお嬢様にご友人が! 良かったです! これで、お嬢様も勉強ばかりしなくなりますよね!」
「もう、勉強ばかりって……。それじゃあ私が勉強しかしていないみたいじゃない。サーニャは大袈裟なのよ。私はそんな、いつも勉強ばかりしているわけじゃないもの」

 呆れた口調になるのも仕方ないだろう。
 私はサーニャが言うほど勉強ばかりしているわけじゃない。サーニャが大袈裟すぎるだけだ。

「いいえ! 大袈裟ではありませんからね! お嬢様は毎日勉強しかしていませんからね!」

 なんて、怒るサーニャに、私は笑う。

「あ、あぁぁぁ! また笑いましたね! もう、私は本気で心配しているんですよ。わかったら少しは自重してください!」
「えぇ、わかっているわ。ごめんなさい。ありがとう、サーニャ」

 ミアという友人ができたお茶会があった次の日、私は学園で早速ミアを探していた。
 なにせ友人ができたのは初めてだったので、クラスを聞くのをすっかり忘れていたのだ。

「うん……? エレノーア、こんなところでどうした?」

 その途中で、まさか殿下に会うことになろうとは。

「おはようございます、殿下。殿下のお手を煩わせるようなことではありませんので、どうかお気になさらないでください」

 前世の私であれば、殿下に話しかけられただけで舞い上がっていただろう。
 まぁ、殿下が私に話しかけてくるなんて一度たりともなかったが……

「そんなことを言うな。私とエレノーアの仲だろう。友人なのだから、少しくらいは頼ってくれ」

 友人。殿下の口から零れたその言葉に、私は込み上げる感情をグッと堪える。死ぬ間際、私が望んでいた立場であり、こうありたいと願ったその存在になれたのだと。
 そんな、嬉しいと思う気持ちとは裏腹に、やはり私では殿下の大切な存在にはなれないのだと示されたようで、苦しいと思う気持ちもあった。
 殿下は、そんな私の気など知らず、笑顔を浮かべて近付いてくる。

「これは、私がやらなければいけないことですもの。殿下のお手を借りるわけにはいきません。ですから、どうかお気になさらないでください」
「……そう、か。わかった。だが、もし何か力になれることがあれば言ってほしい。私は必ず、エレノーアの力になろう」

 他者が聞けば、まるで告白だ。それを、この人は……。そういう人だから、私はきっと勘違いして、勝手に想いを寄せて、あのような罪を犯してしまったのだろう。
 私は笑みを浮かべながら、胸の奥が痛むのを感じた。

「うわっ……! あ、いた。レオン! ……と、エレノーア? 何してんだ、こんなとこで」
「カイン様には関係のないことですのでお気になさらないでください。私のことより、カイン様は殿下にご用件があったのでは?」

 カイン・フォンワード。真っ赤な、燃えるような髪が特徴的な彼は騎士団長の息子であり、お母様曰く、『脳筋の馬鹿』である。
 剣に頼りきっているが故のことで、私が牢に入れられていた時には周りをよく見られる期待の新人、なんて言われるようになっていたので、きっとこれから改善されていくだろう。

「あっ、そうだった。近いうちにある、職場見学で見学を希望する場所はあるかってさ。レオンが決めないと俺も決まらねぇの」

 職場見学。前世でもあった気がする。確か、私は殿下と同じ場所じゃなかったから休んだ覚えがある。今考えればありえないことだけれど……確か、この時は殿下はカイン様と騎士団の見学に行ったのだ。

「……そう、だな。カインは騎士団か?」
「いや、俺はお前の護衛だからレオンと同じにする。あ、けど頭使うとこなら別の奴に護衛を任せるわ」
「……そうか、すまないな。エレノーアは……。聞くまでもなく、文官か」

 そして、殿下はまた少し考え込み、決めたようだった。結局どこにするのかはわからないが、多分、また前世と同じようになるのだろう。
 とりあえず、私はミアを早急に探さなければいけない。いとまを告げて二人と別れた。
 殿下たちと別れた後、私は再びミアのクラスを探しはじめた。学園のクラスは、上級貴族、中級貴族、下級貴族と商人の子、平民というクラスに分かれている。
 とはいえ、状況によっては多少前後することもある。ミアの家は侯爵家のため、上級貴族のクラスにいるはずだ。そのため、クラスは自然と絞られる。
 なにせ、上級貴族のクラスは三つしかない。

「……えっ? な、なんでこんなところにエレノーア様が?」
「ま、まさか誰かやらかしたんじゃ……」
「そんな……。何をやらかしたって言うのよ。だって、あのエレノーア様よ?」

 私がミアを探して別のクラスへとお邪魔すると、そんな声が聞こえてくる。
 前世ならばわかるが、今世ではそんな恐れられるようなことはしていないのに不思議だ。

「あ、あの……。エレノーア様、こちらのクラスに何か……?」
「えぇ、ミア……。ミアリア様を探しているのだけれど、クラスがわからなくて。このクラスにミアはいますか?」

 私の質問に、クラス全体がざわめいた。
 そんなにおかしなことだっただろうか、と私は内心疑問符を浮かべる。

「ミアリアさんが何か……? あっ、いえ! な、なんでもありません! えっと、ミアリアさんはまだ登校してなくて……」

 目の前の子が、狼狽うろたえはじめた。何かを隠しているようにも思える。
 にしても、ミアはまだ登校していないらしい。仕方ないので、伝言を残していこう。

「そう、ですか……。では、ミアにまた来ます、とお伝えいただけませんか?」
「えっ……」

 私の返答が予想外だったのか、目の前の子は戸惑いを隠せずにいた。

「あっ、ノア様?」
「おはようございます、ミア。教室まで押しかけてしまってごめんなさい。どうしても話しておきたいことがあったので……」

 ちょうど、というべきか、ミアが登校してきたようだ。
 ミアは少しばかり戸惑っていたようだったが、笑顔で頷いた。

「ノア様、お話ってなんでしょう?」

 教室前から少し場所を移動して、ミアとゆっくり話せるようにする。
 とはいえ、もうそんなに時間はない。

「私、実は休日にお父様の職場で見学をさせていただいているのです。ミアのことをお父様に話したら、次の休日はぜひミアも一緒に見学に来ないか、と。外交官志望でも、色々学べることはあると思います。ミアさえ良ければなのですが……」

 私の提案に、ミアは驚いたように目を丸くした。そして、花の咲くような笑みを浮かべ、頷いた。「はい、ぜひ! ありがとうございます、ノア様!」
 職場見学でどうせまた行くことになるのだろうが、それでも良い体験になる。それに、仕事を近くで見られることは一番の学びだろう。

「でも、何か悪い気がします……。本当に私なんかがお邪魔しちゃって良いんでしょうか?」
「お父様が良いって言うんですもの。大丈夫です。それに、私も一緒ですから」
「そうですね……! 次の休みの日が楽しみです!」

 こうして、私は次の休日、ミアと共にお父様の職場……、文官の仕事を見学することになった。友人と過ごすだなんて初めてなので、私も楽しみだ。……まぁ、遊びではないのだが。
 昼食時、私はいつも通り一人で、静かな場所で食べるために移動しようとしていた。

「あっ、ノア様! あの……! よろしければ、お昼をご一緒させてくれませんか? 私の幼馴染の友人も一緒で良ければ、なのですが……」

 廊下を歩いていると、緊張気味のミアから昼食のお誘いがあった。ミアの友人も一緒のようだが、こんな誘いは初めてで、素直に嬉しい。だが、なぜミアは私と話す時は緊張気味なのだろうか。

「えぇ、もちろんです。ミアとその方さえよろしければ、ぜひご一緒させてください」

 私の返答に、クラスメイトがざわめいた。さすがにその反応は酷いのではないだろうか。ミアが気にしていないようなので良いけれど……

「……おい、待て。エレノーア、なぜ私に愛称呼びを許してはいないのにその者には許しているのだ。しかも、私が何度昼食に誘っても応えてくれたことなどなかっただろう」


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