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本編
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まさか、国王を決めるのに、押し付け合いになるとは思っていませんでした。
私も何か断る理由を用意しておかなければなりませんね。
「エリス様、エリンスフィールの方々がお見えになりました」
「分かりました、すぐに行きます」
公爵家の方々が帰ったかと思えばすぐコレですか……。
気が休まる時がありませんね。
「殿下、カイン様、お待ちしておりました。
部屋にご案内致します」
「あぁ、急に済まないな」
「いえ、お気になさらず。
ルアンは、いつもの部屋を使ってください」
「分かった」
ルアンはここへ来ることも多いので、ルアン専用の部屋を用意してあります。
その横に広い客室があるのでそこを殿下の部屋とすれば良いでしょう。
最初は宿を……と思っていたのですが、いい部屋がなく、殿下がいいのなら公爵家で……ということになったのです。
幸いというべきか、殿下が了承したので今に至ります。
「エリス、伯父さんは?」
「……王宮で気絶したそうです」
「何があった!?」
「……何があったのでしょうね?」
まさか、次の国王の押し付け合いのせい、などとは言えません。
私も認めたくはありませんから。
ですが、あのお父様がそのような事で気絶などするでしょうか?
気絶させられた、の方が正しい気がしてきました。
あのエンドルース公爵もいたようですし。
「夜会まではまだ日がありますが……。どうしますか?」
「そうだな。街へ行ってみようと思うのだが……」
「……でしたら、フィーリン商会から一人お付けしましょうか?」
ルアンもいますが、ルアンが最後に来たのは何年か前になります。
その間に店舗も増えましたから。
「不躾ながら、エリス様がご案内すればよろしいかと。
エールへ来てからお休みを取られたことがありませんので、この機会にお休みなさってください」
まさか、ハーネスにそのようなことを言われることになるとは思いませんでした。
「ですが、仕事が……」
「休憩も仕事のうち、と仰ったのは他でもなくエリス様だと記憶しておりますが」
……確かに、いつだったか、ハーネスを休ませるためにそんなことを言った覚えがありますね。
「エリス、ハーネスさんの言う通りにしたら?」
……この従弟は、何故こうも私と殿下を関わらせたいのでしょうか。
今は特に、王族とは関わりたくありませんのに。
「……ハーネス」
「こちらになります」
全てを言う前にハーネスは紙を渡してきました。
そこには、公爵方の予定が書かれていました。
それはまさしく、私がたった今頼もうとしていたものです。
「ありがとうございます、ハーネス。
そうですね……行きたいところはありますか?」
「フィーリン商会の本店に行ってみたいのだが……」
「では、予定に組み込んでおきます。
ハーネス、上の個室を押さえておいてくれますか?」
「承知致しました」
ハーネスが予約の為に下がると、ルアンが口を開きました。
「エリス、僕とカインは下にいるよ」
「分かりました。案内しましょうか?」
「いや、いいよ。道は分かるから」
下といえば、兵の訓練場があります。
二人はそこへ行くつもりなのでしょうが……殿下を置いていくのはどうなのでしょうか。
ですが、それを口にする前に二人は出て行ってしまいました。
「エリス、婚約者を探していると聞いた」
「ルアンから、ですか」
何故、今その話を出てきたのかは分かりませんが、そんなことを言うのはルアンしかいません。
他に知っている人も少ないですし。
「ですが、それがどうかしたのですか?」
「……あぁ。
エリス、私の婚約者になってはくれないだろうか?
私は、エリスのことが好きだ」
「…………はい?」
なにを言っているのでしょうか……?
私のことが、好き?
殿下の婚約者に……?
思わず現実逃避しそうになったのは仕方ないことだと思います。
ですが、そんなことをしてしまえば断る機会を無くしてしまうでしょう。
「返事は今でなくとも……」
「いえ、今させていただきます」
「……そうか」
「はい。殿下のお気持ちは嬉しいですが、お断りさせていただきます。
私は今、エール王国において微妙な立ち位置におりますので。
……エールの王家は、変わります。
次の王の候補として名が上がっているのは、三人です。
エンドルース家の、ラウス・エンドルース様。
ルースベル家の、ミハエル・ルースベル様。
フォーリア家からは、私です。
そして、いずれの家も辞退を申し出ております。
この問題が片付くまでは婚約者を決めるつもりはありませんので」
本来、この話をするつもりはありませんでした。
ですが、殿下からあのような話をされ、断る以上、その理由として話さなければなりません。
「……王になりたいという者はいないのか」
「えぇ、ですから困っているのです。
先程、公爵方がしらっしゃいましたが、その内容が私を王へと推薦する、というものでしたので。
お断りしましたが折れる気がなさそうなので、しばらくこの国から出ることも叶わないでしょう」
殿下との婚約自体は、嫌だとは思いません。
その婚約についてくる、身分や義務、面倒事などの付属品は嫌ですが。
殿下自体は、仕事も剣も、人柄も文句のいいどころがなく、流石は王族……と言ってしまう程です。
ですから、問題があるとすれば私自身の方となるのです。
「ならば、エリスが王となればいい。
私には弟もいるからな。問題は無いだろう」
「……あると思うののですが。私は、王になるには」
なんの勉強もしていない、そう口にするつもりでした。
ですが、それより先に殿下が口を挟みます。
「私がいるだろう。これでも、王族だ。
王になるための勉強もしてきている」
「いえ、そういう問題では……」
「なら、何が問題なのだ?」
そう尋ねられ、私はただ、逃げているだけなのだと分かりました。
私は、王になるのが嫌なのではありません。
王となり、その責任を負うことが嫌なだけなのです。
だからこそ、適当に理由をつけて逃げている。
それは、ただの我儘です。
「……私は、エールに住む人達の命を背負う覚悟も自信もありません。
そのような者が王になってしまえば、この国は崩壊すると思うのです」
「私はそうは思わないが。
最初から、その覚悟が出来ている者など居ない。
エリスは他の公爵家から推薦されたのだろう。
それは、それだけの力があると、エリスにならば任せても良いと思ったということだ。
そしてエリスについて行くと決めたということでもある。
ならば、エリスもエリスを信じた皆のことを信じれば良い。
一人で全てを背負うことは無いのだからな」
殿下が言うと説得力がありますね。
殿下の仰る通り、なにも一人で全てを背負うわけではありません。
全てを一人で背負うのならば、宰相や大臣などという役職など要らないのですから。
ただ、その中の代表というだけです。
その役割を任せようと思ってくださる方がいるのならば答えるべきなのでしょう。
「……私に、出来ると思いますか?」
「さぁな。だが、私は出来ると信じている。
少なくとも、エリスを王へ推す者達もそう信じるからこそここへ来たのではないか?」
そうですね。
いつまでも逃げているわけにもいきませんし、信じている者がいるのならばそれに応えなければなりません。
フィーリン商会も、そうやってここまで来たのですから。
「……殿下、ありがとうございます」
「気にしなくていい。改めて……エリス、私の婚約者になってはくれないだろうか?」
先程までとは違い、既に断る理由は無くなりました。
それに、殿下とならばたとえ婚約者となっても、上手くやっていけると思うのです。
「……はい、よろしくお願いします、アルス殿下」
私は、自然と微笑んでいました。
そういえば、殿下の名前を口にしたのは初めてだったように思います。
「っ……あぁ、こちらこそよろしく頼む」
心做しか、殿下の頬が朱く染まっていました。
私も何か断る理由を用意しておかなければなりませんね。
「エリス様、エリンスフィールの方々がお見えになりました」
「分かりました、すぐに行きます」
公爵家の方々が帰ったかと思えばすぐコレですか……。
気が休まる時がありませんね。
「殿下、カイン様、お待ちしておりました。
部屋にご案内致します」
「あぁ、急に済まないな」
「いえ、お気になさらず。
ルアンは、いつもの部屋を使ってください」
「分かった」
ルアンはここへ来ることも多いので、ルアン専用の部屋を用意してあります。
その横に広い客室があるのでそこを殿下の部屋とすれば良いでしょう。
最初は宿を……と思っていたのですが、いい部屋がなく、殿下がいいのなら公爵家で……ということになったのです。
幸いというべきか、殿下が了承したので今に至ります。
「エリス、伯父さんは?」
「……王宮で気絶したそうです」
「何があった!?」
「……何があったのでしょうね?」
まさか、次の国王の押し付け合いのせい、などとは言えません。
私も認めたくはありませんから。
ですが、あのお父様がそのような事で気絶などするでしょうか?
気絶させられた、の方が正しい気がしてきました。
あのエンドルース公爵もいたようですし。
「夜会まではまだ日がありますが……。どうしますか?」
「そうだな。街へ行ってみようと思うのだが……」
「……でしたら、フィーリン商会から一人お付けしましょうか?」
ルアンもいますが、ルアンが最後に来たのは何年か前になります。
その間に店舗も増えましたから。
「不躾ながら、エリス様がご案内すればよろしいかと。
エールへ来てからお休みを取られたことがありませんので、この機会にお休みなさってください」
まさか、ハーネスにそのようなことを言われることになるとは思いませんでした。
「ですが、仕事が……」
「休憩も仕事のうち、と仰ったのは他でもなくエリス様だと記憶しておりますが」
……確かに、いつだったか、ハーネスを休ませるためにそんなことを言った覚えがありますね。
「エリス、ハーネスさんの言う通りにしたら?」
……この従弟は、何故こうも私と殿下を関わらせたいのでしょうか。
今は特に、王族とは関わりたくありませんのに。
「……ハーネス」
「こちらになります」
全てを言う前にハーネスは紙を渡してきました。
そこには、公爵方の予定が書かれていました。
それはまさしく、私がたった今頼もうとしていたものです。
「ありがとうございます、ハーネス。
そうですね……行きたいところはありますか?」
「フィーリン商会の本店に行ってみたいのだが……」
「では、予定に組み込んでおきます。
ハーネス、上の個室を押さえておいてくれますか?」
「承知致しました」
ハーネスが予約の為に下がると、ルアンが口を開きました。
「エリス、僕とカインは下にいるよ」
「分かりました。案内しましょうか?」
「いや、いいよ。道は分かるから」
下といえば、兵の訓練場があります。
二人はそこへ行くつもりなのでしょうが……殿下を置いていくのはどうなのでしょうか。
ですが、それを口にする前に二人は出て行ってしまいました。
「エリス、婚約者を探していると聞いた」
「ルアンから、ですか」
何故、今その話を出てきたのかは分かりませんが、そんなことを言うのはルアンしかいません。
他に知っている人も少ないですし。
「ですが、それがどうかしたのですか?」
「……あぁ。
エリス、私の婚約者になってはくれないだろうか?
私は、エリスのことが好きだ」
「…………はい?」
なにを言っているのでしょうか……?
私のことが、好き?
殿下の婚約者に……?
思わず現実逃避しそうになったのは仕方ないことだと思います。
ですが、そんなことをしてしまえば断る機会を無くしてしまうでしょう。
「返事は今でなくとも……」
「いえ、今させていただきます」
「……そうか」
「はい。殿下のお気持ちは嬉しいですが、お断りさせていただきます。
私は今、エール王国において微妙な立ち位置におりますので。
……エールの王家は、変わります。
次の王の候補として名が上がっているのは、三人です。
エンドルース家の、ラウス・エンドルース様。
ルースベル家の、ミハエル・ルースベル様。
フォーリア家からは、私です。
そして、いずれの家も辞退を申し出ております。
この問題が片付くまでは婚約者を決めるつもりはありませんので」
本来、この話をするつもりはありませんでした。
ですが、殿下からあのような話をされ、断る以上、その理由として話さなければなりません。
「……王になりたいという者はいないのか」
「えぇ、ですから困っているのです。
先程、公爵方がしらっしゃいましたが、その内容が私を王へと推薦する、というものでしたので。
お断りしましたが折れる気がなさそうなので、しばらくこの国から出ることも叶わないでしょう」
殿下との婚約自体は、嫌だとは思いません。
その婚約についてくる、身分や義務、面倒事などの付属品は嫌ですが。
殿下自体は、仕事も剣も、人柄も文句のいいどころがなく、流石は王族……と言ってしまう程です。
ですから、問題があるとすれば私自身の方となるのです。
「ならば、エリスが王となればいい。
私には弟もいるからな。問題は無いだろう」
「……あると思うののですが。私は、王になるには」
なんの勉強もしていない、そう口にするつもりでした。
ですが、それより先に殿下が口を挟みます。
「私がいるだろう。これでも、王族だ。
王になるための勉強もしてきている」
「いえ、そういう問題では……」
「なら、何が問題なのだ?」
そう尋ねられ、私はただ、逃げているだけなのだと分かりました。
私は、王になるのが嫌なのではありません。
王となり、その責任を負うことが嫌なだけなのです。
だからこそ、適当に理由をつけて逃げている。
それは、ただの我儘です。
「……私は、エールに住む人達の命を背負う覚悟も自信もありません。
そのような者が王になってしまえば、この国は崩壊すると思うのです」
「私はそうは思わないが。
最初から、その覚悟が出来ている者など居ない。
エリスは他の公爵家から推薦されたのだろう。
それは、それだけの力があると、エリスにならば任せても良いと思ったということだ。
そしてエリスについて行くと決めたということでもある。
ならば、エリスもエリスを信じた皆のことを信じれば良い。
一人で全てを背負うことは無いのだからな」
殿下が言うと説得力がありますね。
殿下の仰る通り、なにも一人で全てを背負うわけではありません。
全てを一人で背負うのならば、宰相や大臣などという役職など要らないのですから。
ただ、その中の代表というだけです。
その役割を任せようと思ってくださる方がいるのならば答えるべきなのでしょう。
「……私に、出来ると思いますか?」
「さぁな。だが、私は出来ると信じている。
少なくとも、エリスを王へ推す者達もそう信じるからこそここへ来たのではないか?」
そうですね。
いつまでも逃げているわけにもいきませんし、信じている者がいるのならばそれに応えなければなりません。
フィーリン商会も、そうやってここまで来たのですから。
「……殿下、ありがとうございます」
「気にしなくていい。改めて……エリス、私の婚約者になってはくれないだろうか?」
先程までとは違い、既に断る理由は無くなりました。
それに、殿下とならばたとえ婚約者となっても、上手くやっていけると思うのです。
「……はい、よろしくお願いします、アルス殿下」
私は、自然と微笑んでいました。
そういえば、殿下の名前を口にしたのは初めてだったように思います。
「っ……あぁ、こちらこそよろしく頼む」
心做しか、殿下の頬が朱く染まっていました。
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