コチラ、たましい案内所!

入江弥彦

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目が覚めたら死んでいました(2)

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 ついて来い、と言われてクロノさんの背中を追う。
 結局私はどうなったんだろう。特に悪いことをした覚えもないから、地獄に行くわけじゃないと思うし、いや、そもそも死んでないんだけど。
 二つのドアのどちらに向かうのかとドキドキしていると、クロノさんはそのどちらでもないほうに歩いていく。


「え、あれ?」

「お前、死んでないんだろ?」

「えっと、はい、寝てただけです」

「だから、こっち」


 彼の後について関係者以外立ち入り禁止のドアをくぐる。長い廊下を歩いて、迷路みたいに何回か曲がると、クロノさんは一番奥のドアを開けた。


「入れ」

「え、と、お邪魔しまーす」


 ドアの中は、普通の家だった。無機質な廊下からは想像もできない。
 玄関には黒い靴がたくさん並んでいて、木目が綺麗な廊下と白い壁。天井には明るい電球が可愛らしいカバーをかけてもらっている。


「どうぞ」


 私の後ろから入ってきたクロノさんが靴を脱いで私にあがるように促す。


「足、あの、裸足だったので」


 ずっと裸足で外を歩いていたのに、そのまま人様の家にあがるのは気が引ける。少し不思議そうにしていたクロノさんだったが、すぐにわかったようでああと声を出した。


「そのまま上がっていいよ。そのへんは汚くないし」

「えっ」

「靴は、ファッションだから」


 早く来るように言われて、お言葉に甘えて上がらせてもらった。足の裏を見てみたけれど、彼の言うように埃ひとつついていない。
 リビングに入ると、テーブルの上にオレンジジュースが用意されていた。
 テレビの前にはソファーが置いてあって、いかにも一般家庭のリビングという感じがする。私や友達の家を総合したらきっとこんな感じになるのだろう。ドラマのセットだと言われても、納得してしまうかもしれない。


「座って」

「あ、はあ」

「オレンジジュース飲めるか?」

「あ、好きです。いただきます」


 クロノさんと向き合うように座ってオレンジジュースに口をつける。
 うん、ちゃんとオレンジジュースだ。ますます、自分が死んでしまったなんて信じられない。感覚がリアルで、夢でもなさそうだ。
 まだ状況がよくわからなくて大がかりなドッキリなんじゃないかと思うくらいだけれど、芸能人でもない自分にそんなドッキリを仕掛ける人はいないわけで。つまりやっぱり、これは現実なのだと思う。


「七瀬こよみ」

「は、はい」

「俺はクロノだ。ただのクロノ。年齢は二十四。っていっても、見た目は十八の時のまんまだけど」


 クロノさんは簡単に自己紹介をして、少しだけはにかんだ。
 私から見ると十八歳も二十四歳も大人だからあまり区別がつかないけれど、どうやら結構違うらしい。


「んで、ヨミ。お前は死んでないんだよな」

「ヨミ?」

「こよみじゃ長いだろ」

「三文字ですよ?」

「うるさい。ヨミだ」


 納得いかない。けれど、有無を言わせない口調に静かに頷く。
 たしかに私は家で寝ていただけだ。それを伝えると彼は両手で顔を覆って、静かに息を吐いた。
 それから、落ち着いて聞いてくれと続けた。


「簡単に言うと書類上のミスだ。本当は別のやつが事故で死ぬはずだったんだろうな」

「ええっ! じゃあ、私は……」

「間違えて死んだってこと」

「そ、そんなあ。じゃああの、生き返れたりするんですか?」


 間違えて死ぬなんてことがあり得るの?
 私のわずかな希望はクロノさんの次の一言でバッサリと切られて消えた。


「しないな。閻魔大王様ってのはなんでも平等に裁かないといけない。だから、お前があの場にいたら間違いなく死んだことのまま話が進んでた」


 死んだことのまま?


「じゃあ、助けてくれたってことですか?」

「まあ、そうだな」

「ありがとうございます」


 どこか気まずそうなよそよそしい態度が気になるが、クロノさんのおかげでとりあえず私の死は保留状態にあるらしい。


「でも、どこの誰がそんな重要なミスを」


 ふと、そう呟くとクロノさんの肩がわざとらしく揺れた。それはもう、怪しいくらいに。漫画だったら、ビクッという効果音がついていてもおかしくない。


「そんな重大なミス、普通しないですよね。誰だろう?」


 今度はクロノさんの様子をじいっと見ながらそう言うと、大きく肩が跳ねて大きな黒目が細いふちの中をいったりきたり。


「ねえ、クロノさんは誰がしたミスか知ってるんですか?」


 彼の目をじっとみていると、最初はあーとかうーとか言って言い訳を探していたみたいだったけれど、すぐに観念したらしい。


「……俺だな。結構やばいミスだよな。テキトーに指示出しちゃって」


 少し困ったようにそう言って開き直った。
 いや、やばいなんてもんじゃない。


「じゃあ、私を助けてくれたのって……」

「言っただろ。閻魔大王様は平等に裁く。死者も俺たちのことも」

「ん? それって……」


 自分のミスを隠すためってことだよね。


「まあ、そうとも言う」

「そうしか言いません!」


 私を助けてくれたというのはわかっているし、ミスもわざとじゃないっていうことは理解できる。でも、どうしても自分が死んでしまったということが考えられない。つい、大きな声を出してしまった。
 そもそも、クロノさんがミスをしなければ私が助けられる必要もなかったわけで……ああ、だめだ、混乱してきた。
 だいたい、下校途中にトラックに轢かれるなんてそんなの悲しすぎる。


「ん? トラック……?」


 今頃、私の体はどうなっているのだろう。トラックに轢かれたと言われたけれど、実際は寝ていただけ。ということは今朝だって、布団の中に入っているはずだ。
 ベッドの上で、トラックに轢かれたようになっているのを想像してみると未解決事件の匂いがプンプンする。


「何考えてんだ?」

「え、いやあ、私の死体はどうなってるのかと思ったんです」

「ないんじゃないか?」

「え?」

「今ここにいるけど、実際には死んでないんだろ? だから、多分、何も変わってないはずだ」

「その、それはどういうことですか?」


 理解ができずに首を傾げると、説明が面倒になったのかクロノさんが頭をかいた。


「あー、見に行ってみるか?」

「いけるんですかっ?」

「あっちには干渉できないから、見るだけな」


 そういうと、クロノさんは立ち上がって私についてくるように言った。
リビングを出て、廊下をまっすぐ進む。つきあたりに、かがんでくぐらないといけないような小さなドアがあった。


「見るだけだからな」


 念を押すように言ったクロノさんが先にドアを開く。ドアの先には何もなくて、真っ暗だ。
 これ、大丈夫なの? すっごく怖いよ。


「ちゃんとついて来いよ」


 そう言って、なんの躊躇もなくクロノさんがドアの中に入っていった。吸い込まれていったというほうが正しいかもしれない。どこまでも続いていそうな暗闇のなかに消えて、すぐに見えなくなった。


「えー、ああ、もう、よーし!」


 恐怖を消すように自分のほっぺたを軽く叩く。こういうのは、ゆっくりいくほうが怖いんだ。それから、注射とかもそうだけど、見えているほうが怖かったりする。
 目を瞑って、一歩一歩確かめるように進む。真っ暗の中に入った感覚はなくて、そのまま進もうとすると、誰かに両肩を掴まれた。

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