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目が覚めたら死んでいました(3)
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「ひえっ!」
「おい、目を開けろ」
情けない声をだすと、呆れたような口調の低い声がすぐそばから降ってくる。
恐る恐る目を開けると、目の前が黒かった。よく見ると、境目のようなものが見える。黒いネクタイ、黒いシャツ、黒いスーツ。視線をあげると白い肌に黒い髪。
「クロノさん……」
「頑張ったじゃねえの」
「怖かったです」
「おう、まわり、見てみろ」
クロノさんに言われて視線を動かすと、なじみのある場所だった。真後ろに黒い穴が開いているところだけは違うけれど、間違いなく私の部屋だ。昨日の夜、いつものようにここで眠りについた。
「あれ、ほら」
クロノさんが立つ場所を変えて、ベッドが見えるようにしてくれる。少し怖かったけれど、これを確かめに来たのだ。
「え、うそ……」
ベッドには私がいた。ちゃんと寝ていた。
でも、寝息は立てていない。本当に死んでしまったように眠っているし、枕もとの時計を見ると、いつもなら朝ごはんを食べている時間だ。
「あの、一階も見ていいですか?」
「……見るだけだからな」
クロノさんの許可を経て部屋を出る。透けたらどうしようかと思ったけれど、そんな心配はなくドアノブをしっかりとつかむことができた。
階段を降りるたびに、楽しそうな声が聞こえてくる。私はもう死んでいることになっているから心臓が動いていないはずなのに、体の中で何かがどくんどくんと大きな音を立てている。
意を決してリビングに入ると、家族が楽しそうに談笑していた。誰も、ドアが開いたことに気が付かない。
テーブルに座っているのは、お母さんとお父さん、それから弟の三人。でも、食器は四人分置いてあって、誰もいない場所のご飯が宙に浮いて消えていく。まるで、そこに座った見えない誰かがご飯を食べているみたいに。誰もそれをおかしいことだなんて思っていないようで、会話に華が咲いている。
パンっと手を叩いてみても、誰もこちらを見ない。
「こよみ、今日は何か予定があるの?」
お母さんがそう言って、何もいない空間に話しかけた。
「え、ちょっと、お母さん、私こっちにいるよ!」
「無駄だ」
大きな声を出すと、クロノさんが私の肩に手を置いた。
「あらそうなの。じゃあ、一緒に買い物行かない?」
お母さんは、見えない私の返事を聞いたかのように話を続ける。
「お母さんっ! ねえ、お母さん!」
私は一緒にご飯を食べていない。
お母さんと会話をしていない。
それなのにどうして。
お母さんに近付こうとすると、クロノさんの手にグッと力が入る。
「帰るぞ」
「でも……」
「いいから、帰るんだ」
クロノさんの顔を見上がると、口にグッと力が入っていて、目はいつもより細くなっている。少し怖い雰囲気におされてリビングを出た。
ひどいよ。どうして。こんなのってないよ。
黒い穴を通ってクロノさんと一緒に戻る。
置きっぱなしになっていたオレンジジュースのコップが汗をかいていた。
家族は正常に回っていた。でも、そこに私はいない。ここで一生暮らしていくのか、どうにかして戻れないものか。悩もうにも、私はこの世界を知らなすぎる。
「これからどうしたらいいんですか?」
クロノさんをまっすぐ見てそう聞くと、彼は細い目をまん丸にした。
「お前、大丈夫なのか?」
「え?」
「だって、あんな……」
大丈夫かそうじゃないかって言われたら、大丈夫じゃない。でも、ここでずっと泣いていても何も解決にならない。
お母さんが昔からよく言っていた。何事も、自分から行動しないと始まらないって。
それに、私よりも傷ついたような顔をするクロノさんを見ると、なんだか冷静になれた。
「でも、ずっとこうしているわけにはいかないから」
私の言葉を聞いて、クロノさんが口端を吊り上げた。
さっきまでの顔が嘘みたいだ。
「ひとつだけ方法がある。俺はそのためにお前を助けた」
「自分のミスがばれたくないからじゃ……」
「まあ、それもある。でも、お前も助かる」
クロノさんがビシッと私を指さす。
勢いに負けて黙ると、クロノさんは言葉を続けた。
「お前が俺の専属タマジョになることだ」
「タマジョ……?」
そういえばさっき、閻魔大王様との会話でそんな単語を聞いたような。
タマジョにするとかなんとか。
でも、タマジョってなんのこと?
私が首を傾げると、クロノさんは優位に立ったと思ったのか胸を張る。
「たましい案内所。略してタマジョだ。お前はたましいを案内する場所になる。わかったか?」
全然わかりません。
説明の仕方が下手すぎて、ちっとも内容が伝わらない。
首を振ると、クロノさんは理解力がないとでも言いたげに大きなため息を吐いた。
「実際にやってみたほうがはやいだろ。習うより慣れろだ、行くぞ」
「え、どこにですか?」
「タマジョとしての初仕事」
ちょっと待ってろと言い残したクロノさんがバタバタと部屋を出て行く。階段を上るような音が聞こえて、またすぐに降りてきた。この家は二階まであるのか。
リビングに入ってきたクロノさんは真っ赤なランドセルを持っている。少し使い込まれているみたいで、横に猫のストラップがついている。
むむむ、そのストラップ見覚えあるよ。
「お前のランドセルだ、背負え」
やっぱり!
今どきあまりいない真っ赤なランドセルはおばあちゃんが送ってきてくれたものに間違いない。
クロノさんからランドセルを受け取って背負った。背中にフィットする感じが、私のものだと主張してくる。
ランドセルってみんな同じなのに、どうしてか自分のじゃないと変な感じがするんだよね。
クロノさんのあとに続いて廊下を進むと、彼は先ほどのドアを開いた。
「また家に行くんですか?」
「今度は家じゃない」
「え、これ、どこにでも行けるんですかっ?」
「俺の行きたいところにな。それと、敬語はやめろ」
「あ、はい」
「うん、だ」
言わない限りは先に進まないぞとでも言いたげな態度に仕方なく口を開く。
「……うん」
「行くぞ、ヨミ」
「こよみだってば……!」
それに満足したのか、クロノさんは暗闇の中に進んでいった。
一度通っていても怖いものは怖い。でも、もうどうにでもなれば良い。行動しなきゃ、始まらない。
今度は目を開けて、暗闇の中に足をすすめた。
「おい、目を開けろ」
情けない声をだすと、呆れたような口調の低い声がすぐそばから降ってくる。
恐る恐る目を開けると、目の前が黒かった。よく見ると、境目のようなものが見える。黒いネクタイ、黒いシャツ、黒いスーツ。視線をあげると白い肌に黒い髪。
「クロノさん……」
「頑張ったじゃねえの」
「怖かったです」
「おう、まわり、見てみろ」
クロノさんに言われて視線を動かすと、なじみのある場所だった。真後ろに黒い穴が開いているところだけは違うけれど、間違いなく私の部屋だ。昨日の夜、いつものようにここで眠りについた。
「あれ、ほら」
クロノさんが立つ場所を変えて、ベッドが見えるようにしてくれる。少し怖かったけれど、これを確かめに来たのだ。
「え、うそ……」
ベッドには私がいた。ちゃんと寝ていた。
でも、寝息は立てていない。本当に死んでしまったように眠っているし、枕もとの時計を見ると、いつもなら朝ごはんを食べている時間だ。
「あの、一階も見ていいですか?」
「……見るだけだからな」
クロノさんの許可を経て部屋を出る。透けたらどうしようかと思ったけれど、そんな心配はなくドアノブをしっかりとつかむことができた。
階段を降りるたびに、楽しそうな声が聞こえてくる。私はもう死んでいることになっているから心臓が動いていないはずなのに、体の中で何かがどくんどくんと大きな音を立てている。
意を決してリビングに入ると、家族が楽しそうに談笑していた。誰も、ドアが開いたことに気が付かない。
テーブルに座っているのは、お母さんとお父さん、それから弟の三人。でも、食器は四人分置いてあって、誰もいない場所のご飯が宙に浮いて消えていく。まるで、そこに座った見えない誰かがご飯を食べているみたいに。誰もそれをおかしいことだなんて思っていないようで、会話に華が咲いている。
パンっと手を叩いてみても、誰もこちらを見ない。
「こよみ、今日は何か予定があるの?」
お母さんがそう言って、何もいない空間に話しかけた。
「え、ちょっと、お母さん、私こっちにいるよ!」
「無駄だ」
大きな声を出すと、クロノさんが私の肩に手を置いた。
「あらそうなの。じゃあ、一緒に買い物行かない?」
お母さんは、見えない私の返事を聞いたかのように話を続ける。
「お母さんっ! ねえ、お母さん!」
私は一緒にご飯を食べていない。
お母さんと会話をしていない。
それなのにどうして。
お母さんに近付こうとすると、クロノさんの手にグッと力が入る。
「帰るぞ」
「でも……」
「いいから、帰るんだ」
クロノさんの顔を見上がると、口にグッと力が入っていて、目はいつもより細くなっている。少し怖い雰囲気におされてリビングを出た。
ひどいよ。どうして。こんなのってないよ。
黒い穴を通ってクロノさんと一緒に戻る。
置きっぱなしになっていたオレンジジュースのコップが汗をかいていた。
家族は正常に回っていた。でも、そこに私はいない。ここで一生暮らしていくのか、どうにかして戻れないものか。悩もうにも、私はこの世界を知らなすぎる。
「これからどうしたらいいんですか?」
クロノさんをまっすぐ見てそう聞くと、彼は細い目をまん丸にした。
「お前、大丈夫なのか?」
「え?」
「だって、あんな……」
大丈夫かそうじゃないかって言われたら、大丈夫じゃない。でも、ここでずっと泣いていても何も解決にならない。
お母さんが昔からよく言っていた。何事も、自分から行動しないと始まらないって。
それに、私よりも傷ついたような顔をするクロノさんを見ると、なんだか冷静になれた。
「でも、ずっとこうしているわけにはいかないから」
私の言葉を聞いて、クロノさんが口端を吊り上げた。
さっきまでの顔が嘘みたいだ。
「ひとつだけ方法がある。俺はそのためにお前を助けた」
「自分のミスがばれたくないからじゃ……」
「まあ、それもある。でも、お前も助かる」
クロノさんがビシッと私を指さす。
勢いに負けて黙ると、クロノさんは言葉を続けた。
「お前が俺の専属タマジョになることだ」
「タマジョ……?」
そういえばさっき、閻魔大王様との会話でそんな単語を聞いたような。
タマジョにするとかなんとか。
でも、タマジョってなんのこと?
私が首を傾げると、クロノさんは優位に立ったと思ったのか胸を張る。
「たましい案内所。略してタマジョだ。お前はたましいを案内する場所になる。わかったか?」
全然わかりません。
説明の仕方が下手すぎて、ちっとも内容が伝わらない。
首を振ると、クロノさんは理解力がないとでも言いたげに大きなため息を吐いた。
「実際にやってみたほうがはやいだろ。習うより慣れろだ、行くぞ」
「え、どこにですか?」
「タマジョとしての初仕事」
ちょっと待ってろと言い残したクロノさんがバタバタと部屋を出て行く。階段を上るような音が聞こえて、またすぐに降りてきた。この家は二階まであるのか。
リビングに入ってきたクロノさんは真っ赤なランドセルを持っている。少し使い込まれているみたいで、横に猫のストラップがついている。
むむむ、そのストラップ見覚えあるよ。
「お前のランドセルだ、背負え」
やっぱり!
今どきあまりいない真っ赤なランドセルはおばあちゃんが送ってきてくれたものに間違いない。
クロノさんからランドセルを受け取って背負った。背中にフィットする感じが、私のものだと主張してくる。
ランドセルってみんな同じなのに、どうしてか自分のじゃないと変な感じがするんだよね。
クロノさんのあとに続いて廊下を進むと、彼は先ほどのドアを開いた。
「また家に行くんですか?」
「今度は家じゃない」
「え、これ、どこにでも行けるんですかっ?」
「俺の行きたいところにな。それと、敬語はやめろ」
「あ、はい」
「うん、だ」
言わない限りは先に進まないぞとでも言いたげな態度に仕方なく口を開く。
「……うん」
「行くぞ、ヨミ」
「こよみだってば……!」
それに満足したのか、クロノさんは暗闇の中に進んでいった。
一度通っていても怖いものは怖い。でも、もうどうにでもなれば良い。行動しなきゃ、始まらない。
今度は目を開けて、暗闇の中に足をすすめた。
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