30 / 31
エピローグ(3)
しおりを挟む
慌てて振り返ると、おばあちゃんが泣きそうな顔をしてこちらを見ていた。
ど、どうしたっていうの、そんなに顔にシワをつくっちゃって。って、おばあちゃんだからシワがあるのは元々か。
「あの、どうかしましたか?」
いつまで見つめ合っているのも変だし、思い切ってそう声をかけた。
おばあちゃんはびくっと肩を揺らした後、お化けでも見たみたいな驚いた顔をしながら震える手で自分の顔を指さす。
そうです。あなたですよ、おばあちゃん。
私が頷くと、おばあちゃんの全身がわなわなと震えて、地面に膝をついた。
いくら舗装されているとはいっても痛いだろうとおばあちゃんに近づく。
「大丈夫ですか……?」
しゃがみこんで顔を覗き込むと、ぎょっとするほど大粒の涙を流していた。
どうしちゃったの。やっぱり膝が痛いとか?
「あなたは、優しい子だねえ」
「え?」
「話しかけてくれて、あるがとうねえ」
おばあちゃんはそう言ったきり、両手で顔をおおって本格的に泣き出してしまった。
まるで小さい女の子みたいだよ。
「お、おばあちゃん? 泣かないで?」
どうやって声をかければ泣き止んでくれるのかな。大人の人が泣くなんて、相当のことだよね。
私が戸惑っていると、おばあちゃんが小さく、ごめんねえと声を漏らした。
「謝らなくていいです! でも、何があったのかなって、気になっちゃって」
「あ、あのねえ、私はずっとここを歩いていたんだけどね、話しかけてもだーれも反応してくれなかったんだよ」
こんな大きな荷物を持ってずっと歩いていたなんて。でも、ここをっていうのが気になるよ。目的地はどこなんだろう。
「ごめんねえ、こんなことで。人から無視をされるというのは、いくつになっても悲しいものだね……」
「そっか、そうだったんですね。でも、みんな無視なんてひどいですね」
「それぞれ事情があるだろうし、仕方ないのかもしれないね……でも、あなたがこうやって声をかけてくれてよかった。聞きたいことがあったのよ」
「聞きたいことって何ですか?」
私に答えられることならなんでも聞いてね。って言っても、いち小学生が答えられることなんて限られてるよね。九九とか。って、私はもう五年生。社会とか理科もある程度なら……うーん、怪しいかも。習っているのと理解しているのは別問題って、先生言ってたっけ。
おばあちゃんが涙を拭って、照れくさそうにほっぺたをかく。
少女の面影が見えるようだよ。
「あのねえ、ここがどこかわからなくてねえ……行きたいところがあるんだけど」
「あ、迷っちゃったんですか?」
住宅街って同じ景色が続いて分かりにくいもんね。その、行きたいところっていうのはどこなんでしょう?
「実は、行きたいところがわからなくて……」
「え、ええ! えっと、何か特徴とかわかりますか?」
「それもわからないの」
そんなあ。私はエスパーじゃないから、おばあちゃんが本当はどこに行きたいのかなんてわからないし、もうお手上げだよ。
こういうのはプロに任せたほうがいいよね。道案内のプロ。
「おばあちゃん、交番まで案内しますから、そこでお願いしてみましょ!」
家を早く出てきたから、時間は十分にある。
でも、おばあちゃんは私の提案をばっさりと切り捨てた。
「ダメなのよ」
「ダメって、交番がですか?」
「そうなの。行ってみたんだけどね、ダメだったの」
「交番いったんですかっ?」
私が聞くと、おばあちゃんは静かに頷いた。
それもそうか。私よりうんと長く生きている人が交番に行くということを思いつかないわけがないよね。
「中に入って何度か声をかけたんだけど、無視されちゃって。ちょっと机を叩いてみても、力がないからか気が付いてもらえなかったの。でも、おかしいわよね。話しかけているのに気が付かないなんてことないものね……」
おばあちゃんの声はだんだん小さくなって、最後にはかすれて聞き取れなくなった。
交番は困った人の味方でしょ。こんなに困っているおばあちゃんを無視するなんて、どうなっているの。
「えっと、じゃあ他に……って、まずは行き先がわからないと……」
「ごめんなさいね。困らせてしまって」
大丈夫。悩んではいるけど困ってはいません。本当に困っているのは、おばあちゃんの方でしょう。
「案内、案内かあ……交番以外に……」
ん? 今何か引っかかった気がするよ。交番以外に、じゃなくて、そのもっと前。そう、案内。案内ってところ。なんだっけ、誰かいたような。どこにいても迷子をしっかりと案内できる人がいたと思うの。
「案内……」
「お嬢ちゃん? どうしたの?」
大事な何かが記憶の奥にからドンドンとドアを叩いている。だして、ここだよ、って。でも、それはどこなの? 大事な何かってなに?
「案内……しなきゃ……」
ああもう、頭が痛くなってきた。もう少し、あと少しで出てきそうなのに。記憶の端っこに赤と黒が見える。
私の思考を遮るように、かつかつと革靴の音が近付いてくる。会社に向かうサラリーマンだろう。
今はちょっとの音も邪魔なんです。お願い、はやく通り過ぎて。
ど、どうしたっていうの、そんなに顔にシワをつくっちゃって。って、おばあちゃんだからシワがあるのは元々か。
「あの、どうかしましたか?」
いつまで見つめ合っているのも変だし、思い切ってそう声をかけた。
おばあちゃんはびくっと肩を揺らした後、お化けでも見たみたいな驚いた顔をしながら震える手で自分の顔を指さす。
そうです。あなたですよ、おばあちゃん。
私が頷くと、おばあちゃんの全身がわなわなと震えて、地面に膝をついた。
いくら舗装されているとはいっても痛いだろうとおばあちゃんに近づく。
「大丈夫ですか……?」
しゃがみこんで顔を覗き込むと、ぎょっとするほど大粒の涙を流していた。
どうしちゃったの。やっぱり膝が痛いとか?
「あなたは、優しい子だねえ」
「え?」
「話しかけてくれて、あるがとうねえ」
おばあちゃんはそう言ったきり、両手で顔をおおって本格的に泣き出してしまった。
まるで小さい女の子みたいだよ。
「お、おばあちゃん? 泣かないで?」
どうやって声をかければ泣き止んでくれるのかな。大人の人が泣くなんて、相当のことだよね。
私が戸惑っていると、おばあちゃんが小さく、ごめんねえと声を漏らした。
「謝らなくていいです! でも、何があったのかなって、気になっちゃって」
「あ、あのねえ、私はずっとここを歩いていたんだけどね、話しかけてもだーれも反応してくれなかったんだよ」
こんな大きな荷物を持ってずっと歩いていたなんて。でも、ここをっていうのが気になるよ。目的地はどこなんだろう。
「ごめんねえ、こんなことで。人から無視をされるというのは、いくつになっても悲しいものだね……」
「そっか、そうだったんですね。でも、みんな無視なんてひどいですね」
「それぞれ事情があるだろうし、仕方ないのかもしれないね……でも、あなたがこうやって声をかけてくれてよかった。聞きたいことがあったのよ」
「聞きたいことって何ですか?」
私に答えられることならなんでも聞いてね。って言っても、いち小学生が答えられることなんて限られてるよね。九九とか。って、私はもう五年生。社会とか理科もある程度なら……うーん、怪しいかも。習っているのと理解しているのは別問題って、先生言ってたっけ。
おばあちゃんが涙を拭って、照れくさそうにほっぺたをかく。
少女の面影が見えるようだよ。
「あのねえ、ここがどこかわからなくてねえ……行きたいところがあるんだけど」
「あ、迷っちゃったんですか?」
住宅街って同じ景色が続いて分かりにくいもんね。その、行きたいところっていうのはどこなんでしょう?
「実は、行きたいところがわからなくて……」
「え、ええ! えっと、何か特徴とかわかりますか?」
「それもわからないの」
そんなあ。私はエスパーじゃないから、おばあちゃんが本当はどこに行きたいのかなんてわからないし、もうお手上げだよ。
こういうのはプロに任せたほうがいいよね。道案内のプロ。
「おばあちゃん、交番まで案内しますから、そこでお願いしてみましょ!」
家を早く出てきたから、時間は十分にある。
でも、おばあちゃんは私の提案をばっさりと切り捨てた。
「ダメなのよ」
「ダメって、交番がですか?」
「そうなの。行ってみたんだけどね、ダメだったの」
「交番いったんですかっ?」
私が聞くと、おばあちゃんは静かに頷いた。
それもそうか。私よりうんと長く生きている人が交番に行くということを思いつかないわけがないよね。
「中に入って何度か声をかけたんだけど、無視されちゃって。ちょっと机を叩いてみても、力がないからか気が付いてもらえなかったの。でも、おかしいわよね。話しかけているのに気が付かないなんてことないものね……」
おばあちゃんの声はだんだん小さくなって、最後にはかすれて聞き取れなくなった。
交番は困った人の味方でしょ。こんなに困っているおばあちゃんを無視するなんて、どうなっているの。
「えっと、じゃあ他に……って、まずは行き先がわからないと……」
「ごめんなさいね。困らせてしまって」
大丈夫。悩んではいるけど困ってはいません。本当に困っているのは、おばあちゃんの方でしょう。
「案内、案内かあ……交番以外に……」
ん? 今何か引っかかった気がするよ。交番以外に、じゃなくて、そのもっと前。そう、案内。案内ってところ。なんだっけ、誰かいたような。どこにいても迷子をしっかりと案内できる人がいたと思うの。
「案内……」
「お嬢ちゃん? どうしたの?」
大事な何かが記憶の奥にからドンドンとドアを叩いている。だして、ここだよ、って。でも、それはどこなの? 大事な何かってなに?
「案内……しなきゃ……」
ああもう、頭が痛くなってきた。もう少し、あと少しで出てきそうなのに。記憶の端っこに赤と黒が見える。
私の思考を遮るように、かつかつと革靴の音が近付いてくる。会社に向かうサラリーマンだろう。
今はちょっとの音も邪魔なんです。お願い、はやく通り過ぎて。
0
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる