31 / 31
エピローグ(4)
しおりを挟む私の願いに反して、足音は近付くにつれてゆっくりになってくる。
「お困りのようだなあ、ヨミ」
それから、声が降ってきた。
低くて、心地の良い声。
初めて聞くはずなのに、安心してしまう声。
それで、どこか調子に乗っているムカつく声。
「案内するのは、お前の役目だろ」
顔をあげると、真っ黒のスーツに真っ黒のネクタイが視界に入る。
スーツとは対照的な白い腕が差し出された。
「立てるか?」
初めて会った、あの日みたいに。
頭の奥の鍵が外れて、たくさんの記憶が流れ込んでくる。
思い出した。全部。私が会いたかったのは、この人だ。この、たった三文字の名前も覚えられなかった人だ。
「私の名前は、こよみです! クロノさん!」
「そんだけ元気があれば十分だな。さあ、案内してやろうぜ」
彼の手を取って立ち上がる。おばあちゃんが、私とクロノさんを交互に見比べる。彼のことを見ているということで合点がいった。おばあちゃんは無視されていたわけじゃない。誰にも見えていなかったんだ。
クロノさんの言うように、案内するのは私の役目だった。今までは。
「で、でも、私はもうタマジョじゃ……」
「いいや、お前はまだタマジョだ。正確には、今日からまたタマジョとして働いてもらう」
「ど、どうしてっ?」
「お前の働きっぷり、閻魔大王様はちゃんと見てたってことだな。どうする? 史上初の生きたタマジョだぞ。嫌ならやめてもいいんだけどなあ?」
クロノさんは相変わらず、意地そうに口角をきゅっとあげた。
ずるいです。嫌って言っても、無理やりやらせるんでしょう。でもまあ……。
「嫌じゃないです」
「そうこなくちゃな」
嫌なわけなんて、絶対ないんだけど。
おばあちゃんに向き直って、手を差し出す。
「立てますか? 私が、おばあちゃんの行きたかったところに案内します!」
その手を取られて確信した。こんなに冷たいんだもの、それは、気が付いてもらえないよね。でも、もう大丈夫。
「おばあちゃん、一人で不安でしたよね。たくさんの人に無視されて怖かったですよね。でも、それは、おばあちゃんが悪いわけじゃないんです」
「私が悪いわけじゃないの?」
「もちろん! ただ、みんなには見えていなかっただけ。なので、たくさんおしゃべりのできる人がいるところにご案内します。そこが、おばあちゃんの行きたいところです」
「私の、行きたいところ……」
私が頷くと、おばあちゃんの体が淡く光り始めた。ランドセルが勝手に開く。
「ありがとうねえ、なんだか、今ならいける気がするよ」
「おばあちゃん、長生きしたんだね。あっちでも、楽しくしてくださいね」
私の言葉にうなずく前に、おばあちゃんが光の玉になる。ランドセルの中に、勢いよく入っていった。
「案内完了っ!」
ぱちん、とランドセルが閉まる。教科書がパンパンに入っているので、やっぱり重たいけれど、さっきよりもしっくり来た気がする。
ランドセルを背負いなおすと、クロノさんがパチパチと手を叩いた。それはもう、これでもかって食らいに口角をあげて。
どうして私は、ムカつく顔を……じゃなかった。大事なことを忘れていたんだろう。
「さっすが、ヨミだなあ。迎えに来た甲斐があった」
それほどでも……あるかもね。少しだけ胸を張ると、クロノさんが私の頭を思いっきり撫でまわした。
髪の毛が乱れるから、それはやめてって言っているのに。
「ヨミ。俺にふさわしいタマジョはお前だけだよ。閻魔補佐の俺に、なあ」
「っ! 補佐になったなら、三文字くらい言えるようになってよね!」
これからもクロノさんと仕事ができる。最初は生き返るために嫌々始めたことだったし、怖くて仕方なかったのに、まさかこんな気持ちになるなんて。
クロノさんと一緒に一人でも多くの人を助けることができるなら、こんなに幸せなことってない。
最初は少し怪しく見えるかもしれないけれど大丈夫。怪しい者じゃありません。迷子の魂をしっかりご案内させていただきます。
なんていったって私は、たましい案内所なんだもの!
0
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。
猫菜こん
児童書・童話
小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。
中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!
そう意気込んでいたのに……。
「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」
私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。
巻き込まれ体質の不憫な中学生
ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主
咲城和凜(さきしろかりん)
×
圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良
和凜以外に容赦がない
天狼絆那(てんろうきずな)
些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。
彼曰く、私に一目惚れしたらしく……?
「おい、俺の和凜に何しやがる。」
「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」
「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」
王道で溺愛、甘すぎる恋物語。
最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。
クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました
藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。
相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。
さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!?
「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」
星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。
「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」
「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」
ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や
帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……?
「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」
「お前のこと、誰にも渡したくない」
クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。
9日間
柏木みのり
児童書・童話
サマーキャンプから友達の健太と一緒に隣の世界に迷い込んだ竜(リョウ)は文武両道の11歳。魔法との出会い。人々との出会い。初めて経験する様々な気持ち。そして究極の選択——夢か友情か。
大事なのは最後まで諦めないこと——and take a chance!
(also @ なろう)
星降る夜に落ちた子
千東風子
児童書・童話
あたしは、いらなかった?
ねえ、お父さん、お母さん。
ずっと心で泣いている女の子がいました。
名前は世羅。
いつもいつも弟ばかり。
何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。
ハイキングなんて、来たくなかった!
世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。
世羅は滑るように落ち、気を失いました。
そして、目が覚めたらそこは。
住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。
気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。
二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。
全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。
苦手な方は回れ右をお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。
石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!
こちらは他サイトにも掲載しています。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
【完結】またたく星空の下
mazecco
児童書・童話
【第15回絵本・児童書大賞 君とのきずな児童書賞 受賞作】
※こちらはweb版(改稿前)です※
※書籍版は『初恋×星空シンバル』と改題し、web版を大幅に改稿したものです※
◇◇◇冴えない中学一年生の女の子の、部活×恋愛の青春物語◇◇◇
主人公、海茅は、フルート志望で吹奏楽部に入部したのに、オーディションに落ちてパーカッションになってしまった。しかもコンクールでは地味なシンバルを担当することに。
クラスには馴染めないし、中学生活が全然楽しくない。
そんな中、海茅は一人の女性と一人の男の子と出会う。
シンバルと、絵が好きな男の子に恋に落ちる、小さなキュンとキュッが詰まった物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
プロローグの楽しそうでこなれた様子とは打って変わって読者にも、こよみちゃんにも様子が飲み込めず訳が分からないままお話が始まる。無駄な描写をせずにこよみちゃんの素性が明らかになって、なぜここに居るのか、ここがどこなのか、もちゃんと伝わる。だからこそ、何が起こったのかがわからなくて不安になる。
とても面白いのと、とても上手いな!と思うのと二本立ての見事なスタートだと思います!