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歩・二十五「刺」
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あの夜の空は、どこまでも黒かった。
月も星も雲に隠れ、灯りひとつない裏通りに、俺たちの足音だけが響いていた。
カサレアと並んで歩きながら、後ろのエノクとアミーの様子が気になって、何度も振り返ってしまう。
「……本当に、口を割らないんだな?」
問いかけたのはさっきだ。アミーに向かって、俺は最後のチャンスをやった。
「お前は俺たち三人が狙われてるって言った。それはわかった。でも……誰なんだ? 次に狙ってくるのは。名を言え。俺たちは無駄に死ぬ気はない」
アミーは目を細め、口元だけで笑った。
「言えるわけないでしょ。アタシだって、命がいくつあっても足りない相手よ」
その言い草は、恐れというより、諦めだった。もう覚悟してる目だった。
けど、それでも俺たちは引けなかった。俺も、カサレアも。
だが彼女は沈黙したまま、俯いて目を閉じた。
仕方なく、カサレアと俺は宿へ戻ることにした。
アミーの監視にはエノクが残る。
「何かあったら、すぐ連絡しろよ」
「当然だ。……でも大丈夫さ、こっちには油断してるフリができる奴が残ってる」
そう言って、エノクは片目を細めた。
俺とカサレアは、そのまま人気のない路地を抜けて宿に戻った。
小さな焚き火の音が、耳の奥で遠く聞こえる気がした。
──そして、その時だった。
闇の中から、不意に金属音と叫び声が重なった。
「ぐっ──! 誰だッ!!」
エノクの怒声。
俺とカサレアは、同時に振り返って駆け出した。
エノクのいた小屋の裏手、そこにいたのは――
闇の中から舞い降りるように、影が跳んだ。
一瞬、音もなく、ただ舞う黒布のような影だった。
エノクが抜刀する。刃が火花を散らし、襲撃者の短剣を弾いた。
「ちっ……なかなかやるな」
その声は男だった。だが妙に乾いた、感情のこもらない声だった。
その男は、軽装。顔には布を巻いていたが、瞳だけが異様に冷たい。
「アミーを殺しにきたな……!」
エノクが一歩踏み出すと、男はそれを待っていたように、身を捻って投げナイフを二本──いや、三本、同時に放った。
エノクは一つ目を剣で弾き、二つ目は身を翻して避けた。
だが三つ目は――
「──がはっ!!」
アミーの喉に突き立っていた。
「ア……アタシを……殺る、気だったのね……バ、バラキエル……」
かすれた声が漏れ、血泡とともにアミーは倒れた。
目が見開かれたまま、まるでその名が呪いのように口からこぼれた。
「──バラキエル……?」
俺たちが駆けつけた時には、すでにアミーは息絶えていた。
その傍らで、エノクがなおも襲撃者──バラキエルと渡り合っていた。
激しい剣撃。火花。飛び散る瓦礫。
だが相手は逃げに徹していた。
「情報源を殺しにきたか……!」
「殺すだけの命だったさ」
バラキエルが嘲るように呟いた。
その瞬間、煙玉が足元で弾けた。
白煙。
「待て──!」
エノクの声が煙の中に消える。
俺たちが駆け寄ったときには、そこにはアミーの血と、虚ろな夜の冷たさだけが残っていた。
「……逃げられた」
エノクが低く言った。肩で息をしていた。
「アミーの言った“バラキエル”って……」
「ああ。あいつだ。名前を呼ばせるつもりはなかったんだろう。あの瞬間に殺しに来た意味が、やっとわかった」
エノクはアミーの死体を見下ろし、しばらく黙っていた。
その顔には、怒りでも悲しみでもない、静かな失望があった。
「せっかく……糸口だったのにな」
それだけ呟くと、エノクは一歩、夜の道へと足を踏み出した。
「待て、追う気か」
「当たり前だろ。俺のミスで情報を絶たれたんだ。せめて……あのバラキエルって野郎に一矢報いねえと、やってられねえ」
それ以上、止める理由はなかった。
エノクの姿は夜の帳に消えていった。
カサレアが静かに呟いた。
「……アミー、苦しかったかな」
「わからない。ただ……何かを言いかけてた気がした」
それが何かを知ることは、もうできなかった。
そして俺たちはまた一つ、答えの前で扉を閉ざされたのだった。
月も星も雲に隠れ、灯りひとつない裏通りに、俺たちの足音だけが響いていた。
カサレアと並んで歩きながら、後ろのエノクとアミーの様子が気になって、何度も振り返ってしまう。
「……本当に、口を割らないんだな?」
問いかけたのはさっきだ。アミーに向かって、俺は最後のチャンスをやった。
「お前は俺たち三人が狙われてるって言った。それはわかった。でも……誰なんだ? 次に狙ってくるのは。名を言え。俺たちは無駄に死ぬ気はない」
アミーは目を細め、口元だけで笑った。
「言えるわけないでしょ。アタシだって、命がいくつあっても足りない相手よ」
その言い草は、恐れというより、諦めだった。もう覚悟してる目だった。
けど、それでも俺たちは引けなかった。俺も、カサレアも。
だが彼女は沈黙したまま、俯いて目を閉じた。
仕方なく、カサレアと俺は宿へ戻ることにした。
アミーの監視にはエノクが残る。
「何かあったら、すぐ連絡しろよ」
「当然だ。……でも大丈夫さ、こっちには油断してるフリができる奴が残ってる」
そう言って、エノクは片目を細めた。
俺とカサレアは、そのまま人気のない路地を抜けて宿に戻った。
小さな焚き火の音が、耳の奥で遠く聞こえる気がした。
──そして、その時だった。
闇の中から、不意に金属音と叫び声が重なった。
「ぐっ──! 誰だッ!!」
エノクの怒声。
俺とカサレアは、同時に振り返って駆け出した。
エノクのいた小屋の裏手、そこにいたのは――
闇の中から舞い降りるように、影が跳んだ。
一瞬、音もなく、ただ舞う黒布のような影だった。
エノクが抜刀する。刃が火花を散らし、襲撃者の短剣を弾いた。
「ちっ……なかなかやるな」
その声は男だった。だが妙に乾いた、感情のこもらない声だった。
その男は、軽装。顔には布を巻いていたが、瞳だけが異様に冷たい。
「アミーを殺しにきたな……!」
エノクが一歩踏み出すと、男はそれを待っていたように、身を捻って投げナイフを二本──いや、三本、同時に放った。
エノクは一つ目を剣で弾き、二つ目は身を翻して避けた。
だが三つ目は――
「──がはっ!!」
アミーの喉に突き立っていた。
「ア……アタシを……殺る、気だったのね……バ、バラキエル……」
かすれた声が漏れ、血泡とともにアミーは倒れた。
目が見開かれたまま、まるでその名が呪いのように口からこぼれた。
「──バラキエル……?」
俺たちが駆けつけた時には、すでにアミーは息絶えていた。
その傍らで、エノクがなおも襲撃者──バラキエルと渡り合っていた。
激しい剣撃。火花。飛び散る瓦礫。
だが相手は逃げに徹していた。
「情報源を殺しにきたか……!」
「殺すだけの命だったさ」
バラキエルが嘲るように呟いた。
その瞬間、煙玉が足元で弾けた。
白煙。
「待て──!」
エノクの声が煙の中に消える。
俺たちが駆け寄ったときには、そこにはアミーの血と、虚ろな夜の冷たさだけが残っていた。
「……逃げられた」
エノクが低く言った。肩で息をしていた。
「アミーの言った“バラキエル”って……」
「ああ。あいつだ。名前を呼ばせるつもりはなかったんだろう。あの瞬間に殺しに来た意味が、やっとわかった」
エノクはアミーの死体を見下ろし、しばらく黙っていた。
その顔には、怒りでも悲しみでもない、静かな失望があった。
「せっかく……糸口だったのにな」
それだけ呟くと、エノクは一歩、夜の道へと足を踏み出した。
「待て、追う気か」
「当たり前だろ。俺のミスで情報を絶たれたんだ。せめて……あのバラキエルって野郎に一矢報いねえと、やってられねえ」
それ以上、止める理由はなかった。
エノクの姿は夜の帳に消えていった。
カサレアが静かに呟いた。
「……アミー、苦しかったかな」
「わからない。ただ……何かを言いかけてた気がした」
それが何かを知ることは、もうできなかった。
そして俺たちはまた一つ、答えの前で扉を閉ざされたのだった。
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