幽刀星

氷翠

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歩・二十九「邂」

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ダアトまでは、西へ五日の道のりだ。
サメフの宿を出た俺は、早朝のまだ冷たい空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩き出した。アランとカサレアを残して一人で進むのは久々で、背に感じるのは不安よりもむしろ静けさだった。
考える時間は、歩けば嫌でもついてくる。
俺は道すがら、アランのことを思い返していた。
サメフを出る前の彼は落ち着いていた。影のことを告白し、力の正体はまだ掴めぬままでも、妙に覚悟のようなものを抱いているように見えた。あれは危うさではなく、何かを受け入れた男の目だった。
少なくとも、ダアトの噂で聞いた「犯罪を犯した冒険者」という類の話は、彼には当てはまらなかった。
それでも、俺は歩きながら考え込んでいた。
ホド伯爵、闇ギルド、バラキエル、アミーの死──どの糸を引けば先に繋がるのか。
答えを探しても、道の上では見つかるわけがないのに。



三日目の夕暮れ、魔物が現れた。
狼に似た外見だが、牙の先に紫の毒が光る。群れで襲いかかってきたときには、正直、面倒なことになったと舌打ちした。

「邪魔だッ!」

俺は刀を抜き、低く構えて突っ込む。
一匹目の顎を切り裂き、すぐさま身を翻して二匹目の脚を断つ。
背後から飛びかかった三匹目は、岩肌に叩きつけて骨を砕いた。
数度の斬撃と打撃で群れは散り、残りは森の奥へと逃げていった。
呼吸を整えながらも足は止めない。夜明けとともにまた歩き出す。



五日目の昼、海風が混じった空気が頬を撫でた。
そこにあったのは、港町ダアト──人と船と声と匂いが渦巻く大都市。
久々に戻ったその雑踏の中で、俺の胸は少しだけ高鳴っていた。
俺には考えがあった。
ダアトに戻ったらまず、会うべき人物がいる。
女だ。彼女に会うことで、俺の中で絡まった糸の一本がほぐれるかもしれない。



宿に入ったとき、古い仲間たちの顔が一斉に俺を見た。

「エノク!?」
「あんた、生きてたのか!」

驚きの声が飛ぶ。俺が消えるように姿を消したのは随分前のことだ。
軽く手を上げて応え、俺は念のためにベンの所在を尋ねた。

「ベンは?」
「今はいないぞ。別の冒険者たちとクエストに出かけてる」

そう答えたのは馴染みの宿の主人だった。
胸の奥に僅かな安堵が広がった。ベンがここにいないなら、ひとまず余計な火種は避けられる。



足は自然と冒険者ギルドへ向かっていた。
相変わらずの喧騒、掲示板に群がる冒険者たち、テーブルに並ぶ酒の匂い。
そのざわめきの中で、俺の目はすぐに一点を捉えた。
隅の席に、フードを深くかぶった人物がいる。
小柄な体躯、手先の細やかさ。女だ。
俺は迷わず歩み寄った。

「……久しぶりだな」

低く声をかけると、フードの下からかすかに息を呑む気配がした。
女は顔を上げずに短く答えた。

「……エノク」

その声を聞いた瞬間、確信した。探していた人物だ。
俺は彼女の正面に腰を下ろすと、短く要点だけを伝えた。
ホド伯爵、闇ギルド、バラキエル、アミーの死──そしてアラン。
声を潜め、必要最低限の言葉で。
女は黙って聞き、そしてゆっくりと立ち上がった。
会話は終わりだという意思表示だった。

「待て、まだ──」

言いかけた時にはもう遅い。
フードの女性は軽やかに人混みを抜け、ギルドの扉を押し開けて去っていった。
残された俺は椅子に深く背を預け、しばし黙っていた。
再会は果たした。だが、答えはまだ遠い。
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