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歩・四十三「縁」
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エンカイ子爵が王都ダレットへ向けて旅立った翌朝、宿は妙に静かだった。
街の喧騒は聞こえているのに、まるで厚い膜が張られたように遠く感じられた。
俺は、子爵に言われた通り部屋に籠もり、護衛が来るのを待っていた。
影は部屋の隅に溶けるように佇み、ゆっくりと揺れている。
そんな中――
「アラン、いるか?」
扉の向こうから聞こえた声は、聞き慣れたものだった。
「ベンか?」
返事をすると扉が開き、ベン・クラマックスが大柄な体で入ってきた。
その背後には三人の冒険者が並んでいる。
「……来たか」
ベンは短く頷いた。
「エンカイ子爵からの頼みだ。今日から、お前の護衛につく」
その声は、あの日の怒気とは違い、落ち着いていた。
「よろしく頼む」
「まあ……お前に護衛が要るかどうかは分からねぇがな」
ぶっきらぼうな言い方なのに、どこか優しさが滲んでいた。
「お前が動けば、敵の方が怖がるだろうよ」
「俺だって人間だ」
そう言うと、ベンは少しだけ笑った。
奥に控えている冒険者たちは廊下に移動し、ベンだけが部屋の中に入った。
俺たちは向かい合って座った。
しばらく沉黙があったが、ベンが口を開いた。
「……話をしに来た。お前がどこへ行って、どうやってレミエルとカサレアと合流したのか……俺はろくに知らねぇ。だから教えてくれ」
その言葉は、怒りに任せて掴みかかってきたときの声じゃない。
失った仲間の真実を知りたいという、深い願いが滲んでいた。
俺はゆっくりと話し始めた。
「レミエルとカサレアに会ったのは……北のログス湖を回ったあと、東の街だ。二人は一緒に行動していた」
「……あの二人、ほんといつも一緒だよな。カサレアは最初から魔法使いなんだろ?」
「ああ。最初からずっと魔法使いだったよ。あいつは昔からしっかり者で、レミエルの暴走を止める役みたいだった」
「……想像できるな」
ベンが小さく笑った。
「レミエルの“アラン~! 久しぶり!”ってデカい声が聞こえそうだ」
「その通りだった」
俺もつい笑ってしまった。
笑えるのが、少し苦しかった。
「二人とは、そのまま一緒に仕事をすることになった」
ベンは真剣に頷く。
俺は続けた。
「……エノクのことは、どれくらい聞いてる?」
ベンは首を振った。
「名前は聞いてた。昔、お前と組んだことがあるってのも知ってた。でも……あいつがどういう奴かは……ほとんど知らねぇ」
そうだった。
ベンとエノクは直接の関わりは薄い。
だからこそ、今回の話は余計に重いだろう。
「エノクは……俺たちの裏で動いてくれていた。危険な場所の偵察、闇ギルドに関わる噂の確認……全部一人でやっていた。俺にも……何も言わずに」
ベンの拳がわずかに震えた。
「そんなこと……アイツ……一言も言ってなかった」
「言わないんだよ、あいつは。昔から……誰かのために動いてるのに、自分からは言わない」
ベンはしばらく黙っていた。
その間にも、影がそっと揺れた。
まるで、エノクの話を聞いているかのように。
「……アラン。お前は一人で全部背負ってたんだな」
「そんなつもりじゃなかった」
「でも、事実だ。レミエルも、カサレアも、エノクも……全部巻き込まれて……全部、お前の周りで起きた」
ベンの言葉は、責めているようで責めていない。
ただ“現実”を言っているだけだった。
「……怖かったんだ」
俺は、不意に本音がこぼれた。
「誰かが、またいなくなりそうで。俺が動くたびに、仲間が傷ついて……それで、怖くなって……何も言えなかった」
影が、そっと寄り添う気配を見せた。
ベンはその揺らぎに気づかないまま、静かに言った。
「アラン。お前は間違ってねぇよ。少なくとも……俺にはそう見える」
顔を上げると、ベンはまっすぐ俺を見ていた。
「これからどうする?」
「……子爵が戻るまでは動けない。そのあとは……分からない」
「なら……俺がついていく」
ベンの声は強かった。
「エノクの分も、レミエルの分も、カサレアの分も……全部、見届けてやる。お前が倒れそうになったら、殴ってでも前に進ませる」
胸の奥が熱くなった。
「ベン……」
「勘違いすんなよ。別にお前が特別好きってわけじゃねぇ。ただ……俺はもう、仲間を失いたくねぇだけだ」
影が、その言葉に反応するように揺れた。
「……ありがとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ベンは立ち上がり、そっぽを向いた。
「へっ……まったくよ……素直じゃねぇのはお前の方だ」
扉へ向かいながら、
「俺は外で見張ってる。何かあったら呼べ」
その背中は、大きく、頼もしかった。
扉が閉まる音がして――
部屋が再び静かになった。
影がそっと俺の肩に揺れ寄った。
エンカイ子爵が戻るまでの四十日間。
長い。
長いが――
もう、以前のような孤独ではない。
俺には、仲間がいる。
影と共に。
街の喧騒は聞こえているのに、まるで厚い膜が張られたように遠く感じられた。
俺は、子爵に言われた通り部屋に籠もり、護衛が来るのを待っていた。
影は部屋の隅に溶けるように佇み、ゆっくりと揺れている。
そんな中――
「アラン、いるか?」
扉の向こうから聞こえた声は、聞き慣れたものだった。
「ベンか?」
返事をすると扉が開き、ベン・クラマックスが大柄な体で入ってきた。
その背後には三人の冒険者が並んでいる。
「……来たか」
ベンは短く頷いた。
「エンカイ子爵からの頼みだ。今日から、お前の護衛につく」
その声は、あの日の怒気とは違い、落ち着いていた。
「よろしく頼む」
「まあ……お前に護衛が要るかどうかは分からねぇがな」
ぶっきらぼうな言い方なのに、どこか優しさが滲んでいた。
「お前が動けば、敵の方が怖がるだろうよ」
「俺だって人間だ」
そう言うと、ベンは少しだけ笑った。
奥に控えている冒険者たちは廊下に移動し、ベンだけが部屋の中に入った。
俺たちは向かい合って座った。
しばらく沉黙があったが、ベンが口を開いた。
「……話をしに来た。お前がどこへ行って、どうやってレミエルとカサレアと合流したのか……俺はろくに知らねぇ。だから教えてくれ」
その言葉は、怒りに任せて掴みかかってきたときの声じゃない。
失った仲間の真実を知りたいという、深い願いが滲んでいた。
俺はゆっくりと話し始めた。
「レミエルとカサレアに会ったのは……北のログス湖を回ったあと、東の街だ。二人は一緒に行動していた」
「……あの二人、ほんといつも一緒だよな。カサレアは最初から魔法使いなんだろ?」
「ああ。最初からずっと魔法使いだったよ。あいつは昔からしっかり者で、レミエルの暴走を止める役みたいだった」
「……想像できるな」
ベンが小さく笑った。
「レミエルの“アラン~! 久しぶり!”ってデカい声が聞こえそうだ」
「その通りだった」
俺もつい笑ってしまった。
笑えるのが、少し苦しかった。
「二人とは、そのまま一緒に仕事をすることになった」
ベンは真剣に頷く。
俺は続けた。
「……エノクのことは、どれくらい聞いてる?」
ベンは首を振った。
「名前は聞いてた。昔、お前と組んだことがあるってのも知ってた。でも……あいつがどういう奴かは……ほとんど知らねぇ」
そうだった。
ベンとエノクは直接の関わりは薄い。
だからこそ、今回の話は余計に重いだろう。
「エノクは……俺たちの裏で動いてくれていた。危険な場所の偵察、闇ギルドに関わる噂の確認……全部一人でやっていた。俺にも……何も言わずに」
ベンの拳がわずかに震えた。
「そんなこと……アイツ……一言も言ってなかった」
「言わないんだよ、あいつは。昔から……誰かのために動いてるのに、自分からは言わない」
ベンはしばらく黙っていた。
その間にも、影がそっと揺れた。
まるで、エノクの話を聞いているかのように。
「……アラン。お前は一人で全部背負ってたんだな」
「そんなつもりじゃなかった」
「でも、事実だ。レミエルも、カサレアも、エノクも……全部巻き込まれて……全部、お前の周りで起きた」
ベンの言葉は、責めているようで責めていない。
ただ“現実”を言っているだけだった。
「……怖かったんだ」
俺は、不意に本音がこぼれた。
「誰かが、またいなくなりそうで。俺が動くたびに、仲間が傷ついて……それで、怖くなって……何も言えなかった」
影が、そっと寄り添う気配を見せた。
ベンはその揺らぎに気づかないまま、静かに言った。
「アラン。お前は間違ってねぇよ。少なくとも……俺にはそう見える」
顔を上げると、ベンはまっすぐ俺を見ていた。
「これからどうする?」
「……子爵が戻るまでは動けない。そのあとは……分からない」
「なら……俺がついていく」
ベンの声は強かった。
「エノクの分も、レミエルの分も、カサレアの分も……全部、見届けてやる。お前が倒れそうになったら、殴ってでも前に進ませる」
胸の奥が熱くなった。
「ベン……」
「勘違いすんなよ。別にお前が特別好きってわけじゃねぇ。ただ……俺はもう、仲間を失いたくねぇだけだ」
影が、その言葉に反応するように揺れた。
「……ありがとう」
それだけ言うのが、精一杯だった。
ベンは立ち上がり、そっぽを向いた。
「へっ……まったくよ……素直じゃねぇのはお前の方だ」
扉へ向かいながら、
「俺は外で見張ってる。何かあったら呼べ」
その背中は、大きく、頼もしかった。
扉が閉まる音がして――
部屋が再び静かになった。
影がそっと俺の肩に揺れ寄った。
エンカイ子爵が戻るまでの四十日間。
長い。
長いが――
もう、以前のような孤独ではない。
俺には、仲間がいる。
影と共に。
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