幽刀星

氷翠

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歩・十「兆」

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「……見つからない」

それが、ここ数日の調査の、唯一の結果だった。
アギに暴行を加えた“真犯人”。 その正体も、行動の痕跡も、まるで霧のように消えていた。
あれだけ丹念に調べ上げたのに、情報の糸がそこでぷつりと切れている。 何かを隠すために、誰かが動いている。

――わたしたちは、壁にぶつかっていた。

「このままじゃ……」

つぶやいたのはカサレアだった。

「このままじゃ、アランの身に、何か起こるかもしれない」

その言葉に、私ははっとして彼女を見た。
何か――それはきっと、死ですらあり得るという意味だった。

「冤罪だけじゃない。あの人は、何者かに“監視”されてる可能性がある」
 「……うん、私もそれ、感じてた」

そもそもあの事件自体が、単なる濡れ衣ではない。 仕組まれたものだった。 しかも、個人の私怨ではない。 ホド伯爵のような存在が動いている時点で、それはもっと深く、もっと大きな何かが絡んでいる。
私たちは、アランを見捨てるわけにはいかなかった。

「エンカイ子爵に、もう一度会いに行こう」



子爵は、あの日と変わらぬ静けさで私たちを迎えてくれた。

「真犯人についての情報は、まだないのですか?」

問いかけに、私は俯いて首を振った。

「足取りがまったく掴めません。ですが……このままでは、アランの命が危ない」 
「……なるほど」

子爵は深く椅子に腰を預け、指を組んだ。

「貴女たちは、彼を追うと?」
「はい」

カサレアが頷いた。

「このままここにいても、私たちにできることは限られています。それなら、彼の近くにいた方が、何か掴める気がするんです」

子爵は、少しだけ目を細めた。

「わかりました。では、これを持って行きなさい」

そう言って差し出されたのは、子爵の私印が押された旅人許可証だった。

「各地の門や関所で役に立つでしょう。表立っては協力できませんが、貴女たちの働きは覚えておきます」

私たちは深く頭を下げた。

「ありがとう、ございます……」



それから私たちは、ダアトを出る準備を始めた。 物資は最低限。 移動は馬を使わず、徒歩。 目立たぬように、静かに。
けれど、問題はひとつあった。

――アランがどの方向に向かったのか、分からなかった。

彼の気配、足跡、情報……
すべてが、静かに消えていた。

「……でも、一つだけ、分かってることがある」
 「へー村?」

私は頷いた。

「ダアトから最も近い集落。アランが出発した直後に、そこへ向かったと考えるのが自然」
「足跡を追えるかもね」

カサレアは地図を広げ、へー村の位置を指さす。

「人口は三千。大きな街じゃないけど、情報の断片は残ってるはず」
「うん。行こう。まずはそこから」

私たちは荷をまとめ、ギルドを後にした。
長く過ごしたこの街。 だけど今は、ここにいても何も始まらない。
アランは、ひとりで歩いている。 誰も信じられないまま、きっと孤独の中で――
だから、今度は、わたしたちが歩く番だった。
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