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歩・十二「偵」
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ザインの門をくぐったとき、足元から張りつくような疲労感が全身にまとわりついていた。
港町。だが、ダアトほどの喧騒はなく、落ち着いた雰囲気。波の音と、遠くから聞こえる市場の掛け声。それが、ようやく“街”にたどり着いたことを教えてくれる。
けれど、安心するにはまだ早い。この街でさえ、俺にとって安全な場所ではない。
「……とにかく、宿だ」
背中の荷物がやけに重い。肩が軋む。心も、同じくらい。
港沿いに並ぶ宿屋のひとつ――“潮音亭”という、洒落た名前の宿を選んだ。木製の看板が風に揺れ、手入れの行き届いた建物が印象的だった。
「一泊、お願いします」
宿の主人は俺を見て、一瞬まゆを動かしたが、すぐに慣れた調子で部屋を案内してくれた。この反応。ここでも、俺の名前は広まりつつある。
部屋の鍵を受け取り、階段を上がる。荷を下ろした瞬間、深く息を吐いた。
だが、その静寂は、長くは続かなかった。
「ごめん、アラン。入るよ」
ドアがノックされ、開け放たれた。そこに立っていたのは――
「……レミエル。カサレア……」
言葉が、喉に詰まった。
数週間ぶり。懐かしさと、申し訳なさと、安堵がごちゃ混ぜになって、頭が少しぐらついた。
「久しぶり……元気そうで、ほんとに……よかった……」
レミエルは、言葉の最後をかろうじて絞り出しながら、俺のそばまで歩いてきた。
カサレアは無言でうなずく。
「どうして、ここに……」
「追いかけてきたに決まってるでしょ」
レミエルの声は少し怒っていた。だけど、その怒りの中にあるものが、俺にはわかった。
*
その夜。三人で灯りを落とした部屋に集まり、今までに得た情報を整理することになった。
「アギの証言には不審点が多かった」
「伯爵は、自分の娘が襲われたことにして、アランを犯人に仕立てたの。アギはアランの顔も知らなかったのに」
「……俺の名が使われただけ、ってことか」
「うん。名前と姿を似せた誰かが犯人。だけど、そいつが誰かはまだ掴めてない」
沈黙。
「……それと、もう一つ」
レミエルが小声で言った。
「アラン、ずっと誰かに見られてたでしょ?」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「……やっぱりか」
ザインに入る前からずっと、尾行の気配があった。魔物とは違う。 人間特有の、追跡の気配。殺気はなかったが、明らかに俺の行動を“観察”していた。
「囮になろう」
カサレアの声が鋭くなった。
「今なら、こっちには三人いる。罠を張れば、正体が分かるかもしれない」
「危険じゃない?」
レミエルが眉をひそめた。
「……でも、俺はもう逃げられない」
俺はそう答えた。
*
作戦は単純だった。
俺が港の方へ散歩を装って単独で出歩き、あえて人気のない倉庫街へと誘い込む。そこにレミエルとカサレアが隠れて待機。
罠を張るには十分な場所だった。風の音と波音が混じる、夜の港。
足音がひとつ、俺の背後に忍び寄る。
……来た。
倉庫の影に入った瞬間、俺は足を止めた。
「そこまでにして」
声をかけたのはレミエルだった。
その声に、相手は驚いたように振り返る。
逃げようとする動き。だが、その前にカサレアの魔法陣が起動。
地面から氷の刃が生じ、足元を封じる。
男は抵抗する間もなく、地面に膝をついた。
「……誰だ、お前」
俺が近づいて問いかけると、男は観念したように口を開いた。
「ヨゼフ・ハーネス。……俺は、雇われていただけだ」
「誰に?」
「名は……言えない」
「言わないなら、次はないわよ」
レミエルが冷たく言う。
「……ホド伯爵の、配下だ」
答えた男の顔は、どこかすでに壊れかけていた。
影を踏み、踏まれ、ようやく捕らえた真実の端。
この先にあるのは、さらなる闇か、希望か。
そのどちらかも、今はまだ見えなかった。
港町。だが、ダアトほどの喧騒はなく、落ち着いた雰囲気。波の音と、遠くから聞こえる市場の掛け声。それが、ようやく“街”にたどり着いたことを教えてくれる。
けれど、安心するにはまだ早い。この街でさえ、俺にとって安全な場所ではない。
「……とにかく、宿だ」
背中の荷物がやけに重い。肩が軋む。心も、同じくらい。
港沿いに並ぶ宿屋のひとつ――“潮音亭”という、洒落た名前の宿を選んだ。木製の看板が風に揺れ、手入れの行き届いた建物が印象的だった。
「一泊、お願いします」
宿の主人は俺を見て、一瞬まゆを動かしたが、すぐに慣れた調子で部屋を案内してくれた。この反応。ここでも、俺の名前は広まりつつある。
部屋の鍵を受け取り、階段を上がる。荷を下ろした瞬間、深く息を吐いた。
だが、その静寂は、長くは続かなかった。
「ごめん、アラン。入るよ」
ドアがノックされ、開け放たれた。そこに立っていたのは――
「……レミエル。カサレア……」
言葉が、喉に詰まった。
数週間ぶり。懐かしさと、申し訳なさと、安堵がごちゃ混ぜになって、頭が少しぐらついた。
「久しぶり……元気そうで、ほんとに……よかった……」
レミエルは、言葉の最後をかろうじて絞り出しながら、俺のそばまで歩いてきた。
カサレアは無言でうなずく。
「どうして、ここに……」
「追いかけてきたに決まってるでしょ」
レミエルの声は少し怒っていた。だけど、その怒りの中にあるものが、俺にはわかった。
*
その夜。三人で灯りを落とした部屋に集まり、今までに得た情報を整理することになった。
「アギの証言には不審点が多かった」
「伯爵は、自分の娘が襲われたことにして、アランを犯人に仕立てたの。アギはアランの顔も知らなかったのに」
「……俺の名が使われただけ、ってことか」
「うん。名前と姿を似せた誰かが犯人。だけど、そいつが誰かはまだ掴めてない」
沈黙。
「……それと、もう一つ」
レミエルが小声で言った。
「アラン、ずっと誰かに見られてたでしょ?」
その言葉に、俺は顔を上げた。
「……やっぱりか」
ザインに入る前からずっと、尾行の気配があった。魔物とは違う。 人間特有の、追跡の気配。殺気はなかったが、明らかに俺の行動を“観察”していた。
「囮になろう」
カサレアの声が鋭くなった。
「今なら、こっちには三人いる。罠を張れば、正体が分かるかもしれない」
「危険じゃない?」
レミエルが眉をひそめた。
「……でも、俺はもう逃げられない」
俺はそう答えた。
*
作戦は単純だった。
俺が港の方へ散歩を装って単独で出歩き、あえて人気のない倉庫街へと誘い込む。そこにレミエルとカサレアが隠れて待機。
罠を張るには十分な場所だった。風の音と波音が混じる、夜の港。
足音がひとつ、俺の背後に忍び寄る。
……来た。
倉庫の影に入った瞬間、俺は足を止めた。
「そこまでにして」
声をかけたのはレミエルだった。
その声に、相手は驚いたように振り返る。
逃げようとする動き。だが、その前にカサレアの魔法陣が起動。
地面から氷の刃が生じ、足元を封じる。
男は抵抗する間もなく、地面に膝をついた。
「……誰だ、お前」
俺が近づいて問いかけると、男は観念したように口を開いた。
「ヨゼフ・ハーネス。……俺は、雇われていただけだ」
「誰に?」
「名は……言えない」
「言わないなら、次はないわよ」
レミエルが冷たく言う。
「……ホド伯爵の、配下だ」
答えた男の顔は、どこかすでに壊れかけていた。
影を踏み、踏まれ、ようやく捕らえた真実の端。
この先にあるのは、さらなる闇か、希望か。
そのどちらかも、今はまだ見えなかった。
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