幽刀星

氷翠

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歩・十三「影」

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ヨゼフ・ハーネス―― その名がようやく明らかになった夜、俺たちは彼を潮音亭の裏手にある物置小屋に一時拘束し、順番に事情を聞いていた。
レミエルの用意した魔封じの手錠と、カサレアの小型結界。それらがなければ、こんな“尋問”は成り立たなかっただろう。
彼の目は常に泳いでいた。答えるたびに、一つ、また一つと言葉を選び直しているような間がある。

「アギ嬢を襲ったのは……俺じゃない」
「それは分かってる」 

俺は静かに応じる。

「じゃあ、誰がやった?」

しばらく沈黙。息をひとつ大きく吐いてから、ヨゼフは低く言った。

「……チャド・ゴールドマン、という名を聞いたことがあるか?」

俺も、レミエルも、カサレアも顔を見合わせた。

「知らないな」
「私も」

ヨゼフは視線を落としたまま、言葉を続ける。

「チャドは、元冒険者だった。けど、ある事件でギルドから破門された。以来、裏の仕事に流れて……人を消すのが専門になった」
「どこにいる」

俺が身を乗り出すと、ヨゼフは警戒したように肩をすくめる。

「落ち着け。話す……話すよ」

彼は細く笑いながら、唇を震わせた。

「……ヘットって町に逃げ込んだって、俺は聞いた。ザインから北西……交易が盛んな町だ」



ヘット。 聞き覚えのある名だった。
人口は約一万二千人ほど。けして大きくはないが、街道の要所に位置しており、各地の行商人が集まる交易の要。この街を中心に、近隣の村や町へ物資が散らばっていく。
人の出入りが多いぶん、誰かが紛れ込むにはもってこいの場所だ。

「つまり……チャドってやつは、そのヘットに隠れてるってことだな?」
「多分な。少なくとも、俺にそう伝えたやつはそう言ってた」
「誰に頼まれたんだ?」

ここが一番重要な質問だった。
ヨゼフは逡巡した。
だが、今の彼に、黙秘する余裕はなかった。

「……ホド伯爵からだ。直接じゃない。間に人がいたけど、間違いなく命令は伯爵から来てる」

レミエルの顔が歪む。

「信じられない……自分の保身のために、どこまで……」

ヨゼフの目が、一瞬だけ鋭くなる。

「俺は……あんたらが思ってるほど、慣れてるわけじゃない」
「何が?」
「こういう“仕事”……暗殺とか、尾行とか……やり始めたの、つい最近なんだ」

俺は、無言で彼を見た。
確かに、尾行されていたことには早い段階で気づいた。 殺意もなかった。

「見逃されてたってわけか」

ヨゼフは苦く笑った。

「そう……かもな。あんた、強いもんな。どこで隙を突けばいいか……全然わからなかった」

それでも、命令は命令だったのだろう。
いつか俺を襲うつもりだった。ただ、それを実行する度胸と経験がなかった。
そして、その迷いが、彼自身の敗因となった。



「どうする?」

尋問が終わり、三人で話し合う時間になった。

「ヨゼフはもう手放してもいいと思う。嘘をついているようには見えなかったし、これ以上、彼を責めても意味はない」

レミエルは言った。カサレアもうなずいた。

「ここに留めていても、目立つだけよ。ギルドに一報入れておいて、処理は任せよう」

俺も、その判断に賛成だった。

「それよりも、ヘットに向かう準備を進めよう」
「チャドを捕らえれば、アランの潔白を証明できるかもしれない」

カサレアの言葉に、俺はわずかに笑った。

「潔白……それがどうでもよくなるほど、俺はもう遠くに来ちまってる気がするよ」
「それでも、戻らなきゃ」

レミエルのその一言が、妙に胸に残った。
戻る。その言葉が、こんなにも遠く感じるようになるとはな。



ヨゼフは、ギルドに身柄を引き渡された。後の処遇は、ザイン支部長の判断に任せる。
彼が語った言葉のすべてが真実かどうかは、まだ分からない。だが、嘘だけでできる物語ではなかった。
俺たちは、静かに夜のザインを後にした。
北西、ヘットへ。
俺の名を奪い、俺の人生を壊した男。チャド・ゴールドマン。
その男の顔を、この目で見るまでは――この歩みは止められない。
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