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歩・十五「闇」
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朝の冷気は、胸に刺さるように鋭かった。
俺とカサレアは、しばらくの間、言葉を発することができなかった。レミエルの亡き骸を前に、どんな言葉をかければいいのか、どんな表情をすればいいのか、何も浮かばなかった。
カサレアが肩を震わせながら、ぴたりとレミエルの傍にしゃがみ込み、布でその顔を丁寧に覆った。
「……寝てるみたいだよね」
声はかすれていた。
俺はその場に膝をつき、無言のままレミエルの顔をじっと見つめた。
そのときだった。
視界の端に、ゆらりと黒い煙のようなものが見えた。
(……何だ……?)
それは、レミエルの胸元から、ゆっくりと立ち上るように広がっていた。
靄とも、煙とも、あるいは影ともつかない曖昧な存在。
風は吹いていない。それなのに、それは揺れ、流れ、絡みつくようにして、空へと昇っていった。
「カサレア……」
俺は、かすれた声で彼女に呼びかけた。
「ん……?」
「何か……見えるか?」
カサレアは怪訝な顔をしてレミエルのほうを見たが、すぐに首を横に振った。
「……何も。どうしたの?」
「いや……気のせいかもしれない」
俺だけに見えている――そんなものが、この世に存在するのか。だが、見えた。
あの黒い影は、確かに……レミエルの身体から、何かを連れ去るようにして消えていった。
「アラン……? 顔、怖いよ」
カサレアの声が、現実へ引き戻してくれる。
「……すまん。もう……終わったんだよな」
彼女は小さくうなずいた。
「うん。でも、ちゃんと送り出してあげよう」
*
俺たちはレミエルの亡骸を、少し小高い丘の麓に埋めた。
森を見渡せる、風通しのよい場所だった。
何度も土をかき、手を汚し、汗を流し、ようやく一人分の穴を作る。
「……ごめん。もっと……もっと早く気づいていれば」
カサレアが手を合わせながら、何度も何度もそう呟いた。
俺は無言のまま、墓標代わりの石を、丁寧に積み上げた。
心のどこかで、今もまだ、レミエルが歩いてきて「冗談よ」と笑う気がしていた。
だが、彼女はもう、いない。
あの黒い“何か”が、彼女の魂をどこかへ連れ去ったのかもしれない。あるいは、俺にだけ見える“何か”が、死と交わる力の象徴なのか……それは分からなかった。
ただ一つ分かるのは、俺が……何か“見えてしまう”という事実だった。
*
その日は重く、言葉少なに荷物をまとめた。
川の水で手を洗い、湿った風を浴びながら、再び歩き出す。
カサレアはずっと俯いたままだったが、文句ひとつ言わなかった。その強さが、逆に痛々しかった。
俺たちは再びヘットを目指して歩き出した。
警戒は怠らなかった。これまで感じていた視線、気配――それらを警戒し、何度も立ち止まり、周囲を探った。
だが、何も感じなかった。
あの夜以来、俺たちを見ていた“何者か”の気配は、嘘のように消えていた。
「……いないわね」
「……ああ」
声も、影も、追跡の足音もない。まるで、レミエルの死と引き換えに、全てが霧散したかのようだった。
それが何より不気味だった。
*
数日後。
ようやく、街道の先に石造りの城壁が見えてきた。
ヘット――北西交易の要所。人口一万二千。多くの行商人や旅人でにぎわい、物流の拠点として機能している小都市。
石畳の門を抜けると、様々な方言と服装を持つ人々が行き交い、匂いと音が混じる独特の活気に包まれた。
俺とカサレアは、一言も交わさぬまま、その雑踏の中に溶け込んだ。
レミエルがいないこと。その現実が、風景の色をどこか灰色に見せていた。
だが、ここに来たのは復讐のためでも、正義のためでもない。
俺の名を奪った者。仲間を奪った者。
チャド・ゴールドマン。
その男を見つけ出す。それが、今の俺たちにできる、唯一の答えだった。
俺とカサレアは、しばらくの間、言葉を発することができなかった。レミエルの亡き骸を前に、どんな言葉をかければいいのか、どんな表情をすればいいのか、何も浮かばなかった。
カサレアが肩を震わせながら、ぴたりとレミエルの傍にしゃがみ込み、布でその顔を丁寧に覆った。
「……寝てるみたいだよね」
声はかすれていた。
俺はその場に膝をつき、無言のままレミエルの顔をじっと見つめた。
そのときだった。
視界の端に、ゆらりと黒い煙のようなものが見えた。
(……何だ……?)
それは、レミエルの胸元から、ゆっくりと立ち上るように広がっていた。
靄とも、煙とも、あるいは影ともつかない曖昧な存在。
風は吹いていない。それなのに、それは揺れ、流れ、絡みつくようにして、空へと昇っていった。
「カサレア……」
俺は、かすれた声で彼女に呼びかけた。
「ん……?」
「何か……見えるか?」
カサレアは怪訝な顔をしてレミエルのほうを見たが、すぐに首を横に振った。
「……何も。どうしたの?」
「いや……気のせいかもしれない」
俺だけに見えている――そんなものが、この世に存在するのか。だが、見えた。
あの黒い影は、確かに……レミエルの身体から、何かを連れ去るようにして消えていった。
「アラン……? 顔、怖いよ」
カサレアの声が、現実へ引き戻してくれる。
「……すまん。もう……終わったんだよな」
彼女は小さくうなずいた。
「うん。でも、ちゃんと送り出してあげよう」
*
俺たちはレミエルの亡骸を、少し小高い丘の麓に埋めた。
森を見渡せる、風通しのよい場所だった。
何度も土をかき、手を汚し、汗を流し、ようやく一人分の穴を作る。
「……ごめん。もっと……もっと早く気づいていれば」
カサレアが手を合わせながら、何度も何度もそう呟いた。
俺は無言のまま、墓標代わりの石を、丁寧に積み上げた。
心のどこかで、今もまだ、レミエルが歩いてきて「冗談よ」と笑う気がしていた。
だが、彼女はもう、いない。
あの黒い“何か”が、彼女の魂をどこかへ連れ去ったのかもしれない。あるいは、俺にだけ見える“何か”が、死と交わる力の象徴なのか……それは分からなかった。
ただ一つ分かるのは、俺が……何か“見えてしまう”という事実だった。
*
その日は重く、言葉少なに荷物をまとめた。
川の水で手を洗い、湿った風を浴びながら、再び歩き出す。
カサレアはずっと俯いたままだったが、文句ひとつ言わなかった。その強さが、逆に痛々しかった。
俺たちは再びヘットを目指して歩き出した。
警戒は怠らなかった。これまで感じていた視線、気配――それらを警戒し、何度も立ち止まり、周囲を探った。
だが、何も感じなかった。
あの夜以来、俺たちを見ていた“何者か”の気配は、嘘のように消えていた。
「……いないわね」
「……ああ」
声も、影も、追跡の足音もない。まるで、レミエルの死と引き換えに、全てが霧散したかのようだった。
それが何より不気味だった。
*
数日後。
ようやく、街道の先に石造りの城壁が見えてきた。
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石畳の門を抜けると、様々な方言と服装を持つ人々が行き交い、匂いと音が混じる独特の活気に包まれた。
俺とカサレアは、一言も交わさぬまま、その雑踏の中に溶け込んだ。
レミエルがいないこと。その現実が、風景の色をどこか灰色に見せていた。
だが、ここに来たのは復讐のためでも、正義のためでもない。
俺の名を奪った者。仲間を奪った者。
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その男を見つけ出す。それが、今の俺たちにできる、唯一の答えだった。
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