幽刀星

氷翠

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歩・十八「霊」

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 ヘットの町に来てから、俺はほとんど毎日、墓地へ足を運んでいる。
 レミエルを埋葬したあの場所に、静かに座り込むのが習慣になっていた。
 最初はただ、ぼんやりと墓前に立っているだけだった。言葉をかけることもせず、花を添えることもせず、ただ無言でそこに佇む。
 カサレアには「気持ちは分かるけど、無理をしないで」と言われたが、それでも足が勝手に向かってしまう。
 不思議だったのは、あの日からずっと、レミエルの墓の周囲に黒い靄のような影が浮かび上がっていることだった。
 カサレアには見えていないようだった。
 最初は、自分の心が作り出した幻かと思った。だが、その黒い影は日に日に形を持ち始めていた。
 輪郭がはっきりしてくる。大きさも、動きも、曖昧な靄ではなく「存在」としてそこにある。
 それだけでなく、時折、誰かの声のようなものが耳に届くようになってきた。

――「見えるか」

 それが最初に聞こえた言葉だった。
 はっきりとした低く乾いた声。風が木々を揺らす音に混じって、確かに聞こえた。
 だが周囲には誰もいなかった。俺以外、墓地に立つ者はいない。
 声がした方を振り向いても、そこには空気しかなかった。
 次の日、また同じ時間に墓地へ向かい、墓前に立った。
 そのときには、もう影は四体になっていた。人の形に似ているようで、けれど人間ではない。
 黒い煙のような身体。目も口もないはずなのに、どこか「表情」を感じた。
 俺はその場に正座し、目を閉じた。静かに深呼吸をして、ただ心を落ち着ける。

――「聞こえるか」

 再び声がした。今度ははっきりとした響きで、俺の意識に直接飛び込んでくるような感覚だった。

「……お前は、誰だ?」

 俺は思わずそう呟いた。言葉に出したわけではない。それでも、確かに意志がつながったような感覚があった。
 影は答えなかった。ただじっと、そこに留まり続けた。



 その頃、カサレアは別行動をしていた。
 冒険者ギルドで依頼される簡単なクエストを、一人で受けていたのだ。

「今のうちに、できることをやっておかないと……」

 彼女はそう言って、俺に気を使わせないようにしていたのだと思う。
 だが、本当は一人で行動することに不安がなかったわけじゃない。
 彼女は、町の外れにある小さな森で薬草を採取していた。
 指定された薬草は見つかり、あとは帰るだけだった。
 その帰り道。
 ふと、背後に気配を感じたという。

「……誰?」

 立ち止まり、声をかけるも返答はない。
 少ししてから、物陰から人影が現れた。
 背の高い男。顔をフードで隠しており、両手はポケットに突っ込んだままだ。
 目だけが異様に光っていたと、後にカサレアは語った。
 男は一言も発さず、ただじりじりと間合いを詰めてきた。
 カサレアは咄嗟に魔法の詠唱を始めたが、指が震えていたという。
 そのときだった。別の方向から矢が飛んできて、男の足元をかすめた。

「下がれ、嬢ちゃん」

 若い声だった。
 背後から現れたのは、金色のマントを羽織った青年の冒険者。彼は槍を構えて、カサレアの前に立った。

「こいつは俺が相手する。君は逃げろ!」

 そう言って男に向かって突進していく青年。
 カサレアは、気を失いそうな自分を奮い立たせ、なんとか村へと逃げ帰った。
 背後で戦いの音が響いていたが、それがどう決着したのかは分からなかった。



 その日の夕方、俺はいつものように墓地から戻ると、泣きそうな顔をしたカサレアが玄関先で待っていた。

「……アラン、ごめん……」
「何があった?」
「……ごめん……一人で出なきゃよかった」

 俺は彼女の肩をそっと抱いた。
 そのとき、墓地で感じた影の気配が、ふっと後ろに立ったような錯覚がした。
 だが、俺は振り返らなかった。
 それが誰であろうと、もう恐れることはなかった。
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