幽刀星

氷翠

文字の大きさ
19 / 55

歩・十九「旧」

しおりを挟む
 次の日の朝、俺とカサレアは冒険者ギルドを訪れた。
 昨日、カサレアを助けてくれた冒険者に、礼を言うためだった。
 朝のギルドは静けさと緊張感が混じっている。依頼掲示板の前には何人かの冒険者が立ち、受付にはいつも通り無表情のアニィが控えている。
 俺たちは気配を殺すようにして、入口付近から中を見渡していた。

「……いた」

 カサレアがぽつりと呟く。
 その目線の先、窓際で佇む男の姿が目に留まる。
 栗色の髪に、鋭いがどこか柔らかさを含んだ眼差し。旅装の上に羽織った黒のコート、腰には剣。
 その立ち姿には見覚えがあった──だが一瞬、名前が出てこない。
 男は俺たちに気づくと、穏やかに笑みを浮かべて近づいてきた。

「……アラン、だよな」

 その声と表情が、記憶の奥に眠っていたものを引き出してくれた。

「──エノクか……!」

 懐かしさと驚きが入り混じった声で、俺はその名を呼ぶ。
 エノク・ヨエル。俺がベンやレミエルと組む以前、旅を始めたばかりの頃に短い間だが共に冒険した仲間だった。
 23歳──俺と同じ歳だ。

「久しぶりだな。三年ぶり、か?」
「そうだな。まさか、ここで会うとは」

 短く握手を交わしながら、過去の時間が蘇ってくる。
 カサレアが一歩下がってこちらを見ていたので、紹介する。

「彼女は、カサレア・アグリッパ。今のパーティで共に戦ってる魔術師だ」
「怪我は大丈夫か?」

 エノクが自然に声をかける。

「……はい。昨日は、本当にありがとうございました」

 カサレアが深く頭を下げた。エノクは小さく笑う。

「礼なんていらないよ。……ただ、あの襲撃者は普通じゃなかった。冒険者の技でも、あれほど素早くは動けない」

 彼の言葉に、俺とカサレアは無言で頷いた。

「立ち話もなんだ。話したいことがある」

 俺たちはギルドの隅、窓際の静かな席へ移動する。

「それで、どうしてここに?」

 俺が尋ねると、エノクは椅子にもたれながら答えた。

「別の大陸に渡ってたんだ。考古学者たちと、古代遺跡の探索に同行してた。やっと戻ってきたばかりでさ」
「……それで、どうしてこの町に?」
「お前のことを耳にしたからだ。──『アラン・ヴィルー、犯罪者として指名手配』ってな」

 エノクの声には怒りや失望ではなく、静かな違和感があった。
 俺は視線を落とした。
 言い返す言葉はあっても、意味を持たない。

「信じられなかった。お前がそんなことをするとは思えなかった。だから、噂の出所を追って、ここまで来た」
「……ありがとな」

 短くそう返すことしかできなかった。

「……レミエルのこと、聞いた」

「ああ。殺された。目の前で、何者かに」

 俺の言葉は途中で詰まった。

「私は……すぐ動けなかった。私もいたのに……」

 カサレアが静かに俯く。

 エノクの瞳が一層深く沈む。

「レミエルも……ベンも、知ってる。俺がいた頃は、まだカサレアはいなかったけど、噂で聞いてた。……まさか、そんなことになっていたとは」

「ベンは……俺を信じ切れなかった。そして、パーティを抜けた」

 沈黙が落ちる。

「……らしくないな、あいつが」

「信じてる、と言ってくれなかった。でも……きっと、心の中では違うと思ってくれてると願いたい」

 言いながら、自分に言い聞かせているようだった。

「それで……カサレアが襲われたとき、たまたま通りがかったのか?」

「いや。お前の行き先を辿っていたら、ここにたどり着いてたんだ」

 エノクは淡々と語る。

「偶然かもしれない。でも、どこかで引かれるものがあった。……そして、あの場面で出くわした」

 彼の言葉に、カサレアがそっと口を開いた。

「エノクさんがいなかったら……今、私はここにいません」

 静かだが、強い言葉だった。
 しばし沈黙が流れる。
 俺は、ふと口を開いた。

「なあ、エノク。……しばらく、一緒に来てくれないか」

 問いというより、願いだった。
 彼は少しだけ驚いたようにこちらを見て、それから微笑む。

「言うと思ったよ。……もちろん、いいさ」

 こうして、かつての仲間が、再び俺たちの旅路に加わることになった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

【もうダメだ!】貧乏大学生、絶望から一気に成り上がる〜もし、無属性でFランクの俺が異文明の魔道兵器を担いでダンジョンに潜ったら〜

KEINO
ファンタジー
貧乏大学生の探索者はダンジョンに潜り、全てを覆す。 ~あらすじ~ 世界に突如出現した異次元空間「ダンジョン」。 そこから産出される魔石は人類に無限のエネルギーをもたらし、アーティファクトは魔法の力を授けた。 しかし、その恩恵は平等ではなかった。 富と力はダンジョン利権を牛耳る企業と、「属性適性」という特別な才能を持つ「選ばれし者」たちに独占され、世界は新たな格差社会へと変貌していた。 そんな歪んだ現代日本で、及川翔は「無属性」という最底辺の烙印を押された青年だった。 彼には魔法の才能も、富も、未来への希望もない。 あるのは、両親を失った二年前のダンジョン氾濫で、原因不明の昏睡状態に陥った最愛の妹、美咲を救うという、ただ一つの願いだけだった。 妹を治すため、彼は最先端の「魔力生体学」を学ぶが、学費と治療費という冷酷な現実が彼の行く手を阻む。 希望と絶望の狭間で、翔に残された道はただ一つ――危険なダンジョンに潜り、泥臭く魔石を稼ぐこと。 英雄とも呼べるようなSランク探索者が脚光を浴びる華やかな世界とは裏腹に、翔は今日も一人、薄暗いダンジョンの奥へと足を踏み入れる。 これは、神に選ばれなかった「持たざる者」が、絶望的な現実にもがきながら、たった一つの希望を掴むために抗い、やがて世界の真実と向き合う、戦いの物語。 彼の「無属性」の力が、世界を揺るがす光となることを、彼はまだ知らない。 テンプレのダンジョン物を書いてみたくなり、手を出しました。 SF味が増してくるのは結構先の予定です。 スローペースですが、しっかりと世界観を楽しんでもらえる作品になってると思います。 良かったら読んでください!

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです

NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた

蒼穹に溶けた約束 ―記憶を失った勇者と終焉の魔女―

usako
ファンタジー
目を覚ましたとき、名前も記憶も失っていた――。 少年は滅びゆく世界で、ただ一人の「魔女」に拾われる。 世界を救うと呼ばれた勇者は、なぜすべてを忘れたのか。 魔女が背負う「終焉の呪い」とは何か。 過去を思い出すたび、二人は哀しみの真実に近づいていく。 これは、滅びの運命に抗う二人の再生の物語。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

処理中です...