霧と魔眼のファタ・モルガーナ

氷翠

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15話「黒の誓約」

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 地下の祭壇室。重く澱んだ空気が立ち込め、壁一面に刻まれた古代の紋章が脈動していた。石の階段を下った奥、漆黒の水晶で組まれた壇の上に、バエルとバティムの姿があった。

「……報告は以上です。ほとんどの村人は怪物化に成功しました。術式の適合率は計算通りです」

 バエルは一礼しながら、穏やかな声で報告を終えた。その表情には罪悪の色は一切なく、静かな確信だけが宿っていた。

「そうか。では――次の段階に移る」

 バティムは低い声で応じる。彼の手のひらには、淡く脈動する“渾沌の核”の小片が浮かんでいた。まるで心臓のように、闇の鼓動を刻んでいる。

「この村の“精髄”はすでに準備が整った。残るは、あの二人……ジブリールとサリエル」
「ええ。あの二人は“偶然”生き残ったのではない。むしろ、最高の器として“選ばれた”。」

 バエルの瞳が細くなる。かつて彼が見つけた古文書――神胎還元術の記録――には、“双極の星”という記述があった。二人の存在は、術式完成の最後の鍵だ。

「私は、あなたに導かれるまで、この村が“ただの檻”であることに気づけなかった。人々は自由を信じ、希望を語りながら、何も変えられずに老い、死んでいく。だから、私は誓ったのです」

 バエルは、壇の前で跪いた。

「私は、この村を“供物”に捧げる。この命も、魂も、未来も、あなたの大計のために――」
「お前は狂っているようだな、バエル」

 バティムは笑った。しかしその声には皮肉も嫌悪もなかった。ただ、事実として述べているだけだった。

「……だが、その狂気こそが必要なのだ。我々は、“神胎”の再構築を果たす。かつて神が創った“器”を、我らの手で再現し、神を超える存在へと至る」

 バティムが壇の前に立つと、彼の背後に黒い陣が浮かび上がった。祭壇全体が低く唸り、魔力が収束していく。

「だが、ここでの作業は終わった。私は次の“実験地”に向かう。お前にはここで、最後の“封印”を完成させてもらう」
「次の地……隣町の“サウナリア”ですか?」
「そうだ。あそこには更に洗練された“因子”が集まっている。都市の民は感情が濃く、穢れもまた深い。格好の器よ」
「ふふ、素晴らしい……。私もいずれ、あなたの地へ辿り着けるでしょうか」
「それはお前次第だ。最後の鍵を、きっちり締めることだな」

 そのとき、祭壇の外で微かな気配が揺れた。ジブリールの探知が近づいていることを、バティムは感じ取っていた。しかし、彼は動じない。

「そろそろ“星”たちがやってくる。迎えてやれ、バエル。お前の信仰が、本物かどうかを試すときだ」
「……はい、バティム様」

 バエルは深々と頭を下げた。
 バティムの身体が黒い霧のように崩れ、そのまま虚空に溶けて消える。転移の魔術。もはや人の技ではない。
 残されたバエルは、祭壇を見上げた。血に塗れ、怪物と化した村を、その全てを捧げる覚悟を持って――彼は、静かにその場を後にした。
 その後、ジブリールたちがこの場へ辿り着くまで、残された時間はわずかだった。
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