霧と魔眼のファタ・モルガーナ

氷翠

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20話「深奥の核」

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 地下神殿の奥、冷たい空気がじっとりと張りつくように漂う中、サリエルたちはゆっくりと歩を進めた。魔方陣の放つ微細な魔力の波が、肌を刺すような違和感を伴って全身を包み込む。

「これは……」

 サンダルフォンが低くつぶやいた。
 彼女の視線の先には、天井にまで届かんとする漆黒の水晶。光を吸い込むような艶を持つそれは、ただそこに存在するだけで、空間のすべてを支配しているかのような威圧感を放っていた。

「なんて禍々しい……」

 ジブリールの声が震える。その黒水晶の根元には、無数の死体が折り重なっていた。どれも、村人たちのものと思われた。顔を知る者もいた。かつて、祭りで共に笑った老人。井戸端で言葉を交わした主婦。皆、目を見開いたまま、死後硬直も終えた冷たき骸となっていた。

「まさか、これが……神胎還元術の完成形なのか……」

 サリエルが剣を握りしめた。怒りと絶望が入り交じる。

「この魔方陣……ただの儀式ではないわ」

 サンダルフォンは膝をつき、魔方陣の細部を指でなぞった。六芒星の重なりに秘められた構造、そしてその中心に組み込まれた大量の生体情報を模した魔術式。

「これは、生体魔力を一つの結晶体に還元し、媒体として固定化する……つまり、この黒水晶は村人たちの“魂”そのものよ」

 ジブリールが唇を噛む。

「じゃあ、あの人たちは……」
「生きたまま……媒介に変えられたのでしょう」

 その瞬間、辺りの空気が一段と冷たくなった。黒水晶の表面に、不気味な波紋が走った。まるで、何かが目覚めるのを告げるかのように。

「この水晶の内部には、まだ“何か”が生きている気配がしますわ。もしかすると……これが“神胎”の原型、あるいは“還元された神意”そのものなのかもしれません」
「……このままにしておくわけにはいかない」サリエルは剣を引き抜いた。目の奥、戦闘で覚醒し始めた“眼”が、水晶の内部を透かし見ていた。
「見える。……うごめいている。何かが、俺たちの存在に気づいて――!」

 水晶の奥から、ずるり、と黒い靄が漏れ出した。それは霧のようでいて、明確な“敵意”を伴っていた。死体の中から、一体、また一体と動き出す骸が現れる。身体の一部が水晶の鱗片に侵され、もはや人間ではない。

「動くな。奴らは……水晶に取り込まれた“残滓”だ。けれど、完全には死んでいない」サンダルフォンの声が震えていた。

 ジブリールが呪文を唱えた。光の輪がサリエルの体を包み、強化が施される。

「行って。……私たちで止めなきゃ、この地は終わる」

 サリエルは頷いた。剣を構え、眼に力を込める。

「バティム……バエル……お前たちの罪は、すべてここに刻まれることになる。俺がその証人になる」

 そして戦いは始まった。地下神殿、黒水晶を巡る最後の闘争が。呻き声と魔力の奔流がぶつかり合い、過去と未来の全てが、今、この場に集束していくのだった。
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