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駿河編
教えるって難しいね
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そして、夜となる。
昔の夜は暗い、田舎などに住んでいる方はわかるかも知れないが、夜というものは本来少し先、つまり足元すら暗いと言われている暗黒の世界だ。
しかも今宵は月が厚い雲に隠れており、かがり火が無ければ歩くこともままならない。
これで先を見通せるのは、特殊な訓練を受けたものか、忍びの者たちだけであろう。
集められた精鋭が、今川館に向け牙を剥いていた。
「半蔵様からの通達だ!襲撃をかけるぞ、準備はできているな?」
「「応」」
そしてここでも、30に別れた部隊の1組が準備を整え、動き出そうとしていた。
普段は日本全国に散らばる乱破たちが駿河に集結する、いずれも各地の戦場で活躍して来た者たちだ。
「点呼を取るぞ!」
そんな精鋭部隊の長と見られる男が、部隊が全員揃っているかを確認しようとする。
確認方法は点呼式だ、1人ずつ自分の数を1つ増やして次の者に回す。
軍隊で良くある点呼だ。
「一」
「二」
「三」
「四」
「五:
1人ずつ、自らの名前では無く数を数えていく。いつもの点呼式、しかしこの点呼に綻びが生じていた。
「三十!」
「三十一!」
「頭、31ですぜ?」
「はぁ?そんな筈無かろう!半蔵様は組の人数を各30人で振り分けた筈だ!2日前も点呼をした際には30だった筈、なにかの間違いだ!」
頭は部下のそんな答えに憤慨する。
「頭、誰かが戯けて1つ多く数えているのでは無いですか?」
「あぁ、そうだな!お前たち、もう一度数え直せ。いいか!次巫山戯たことをする奴がいれば叩き斬る!」
「一!」
「二!」
「三!」
........................
「三十!」
「よし、30だったな。全く驚かせおって。」
次はぴったり30だった、良かったとばかりに頭は胸を撫で下ろす。
ただえさえ今回の襲撃はリスクが大きい。
天下人の本拠地、防衛施設としては大したことが無いもののそれでも警備は厳重だ。
そんな場所に潜り込んでの要人暗殺。
しかもバレてしまえば自分たちは破滅する。
気を使うのは当然の話だった。
「開始までもう暫く時間がある!念のためもう一度点呼を取るぞ!」
「一!」
「二!」
「三!」
................
「二十八!」
「二十九!」
「あと1人はどうした?」
「・・・・・・」
「あと1人はどこにいるっ!!」
頭は顔を真っ赤にして怒りに震えていた、彼らは黒を基調とした半蔵と同じような服を見に纏っているために顔を見ることができない。
万が一にも顔を見られない為だ、しかしその反面彼らはお互いに誰が誰だかを判別することができない。
この格好自体は、単独での活動が多い忍びの仕事をするにはそんなに問題は無かった。しかし、今回は総力戦だ。
最初に数えた時は31人
次に数えた時には30人
そして今、29人にまでその数を減らした。
これを意味することは、流石にわかるだろう。
敵の姿を模倣し、潜り込むのにこの格好は最適だ。
「まさか、この中に敵の間者がいるのか?」
「そんな馬鹿な!そのようなことが」
「無いと言い切るのか?我々の世界ではそれこそあり得ぬことだぞ。」
1人の忍びの言葉に全員がおし黙る。
確かにそうだ、ありとあらゆる可能性を考慮するのが彼らだ。
それを、無いと言い切るのはあまりにおかしい。
「ど、どうします?頭...」
動転したように、忍びの1人が頭に話しかける。
しかしそこにいたのは、袈裟懸けに斬られて倒れる頭の姿だった。
「て、て敵だぁ!」
「どこだ!?」
「各自散開しろ!このことを半蔵様に伝えるのだ!」
「ちくしょう、この計画が漏れていたのか?」
「なら、これは失敗だ!今川館に隠居がいない可能性すらある!」
各自、木に登り、草に紛れて身を潜めながらも言い放つ。
目を凝らす、だが誰一人としてその間者を捉えられない。
「なんだ?この違和感は...」
忍びの1人がぼそりとそう言う、その言葉に反応した人間は、彼らの目の前で堂々と座っていた。
「いや、私最初からいましたよね?誰も気づかないし...」
それは、侍の格好をした1人の痩せぎすの男だった。
頬は痩せこけており、顔色が悪い。
服は彼の身分を表すように上等なものを着込んでいる、しかし彼の痩せこけた顔には不相応な感じもある。
そんな男を、彼らは誰一人として捉えられない。
素早く動いている訳では決して無い、男はあくまでもそこにいるだけだ。
そう、この男は影が薄いのである。
「たまたま今川館の途中で貴方達に話しかけたら誰も聞いてくれないし、聞いていれば貴方達賊だと言うでは無いですか。故にちょっと隠れて1人倒しますよね?次にもう1人倒しますよね?誰も気づかないじゃ無いですか。最後には貴方達の頭を斬りましたよ?貴方達の目の前でね、なのに誰も気づかない。」
彼は、生まれながらに影が薄かった。
仕事を任せれば有能、戦働きも人並み以上にできた彼は銃の名手でもあったがそれでも大成する程では無かった。
一流の腕前を持っているにも関わらずなぜかと思うかも知れないが、彼はとにかく人に覚えられないのだ。
隣人、友人、1番酷い時には愛している妻にまで忘れられることもあり、彼の悲哀は加速していった。
そんな彼を見出したのが輝宗である。
彼ともう1人の彼の友人だけは、平時においても当たり前のように彼を捕捉できた。
『天下をも取れる大器が君にはある!今川家で働かないか!』
「ご隠居様...あの時言われた言葉、私生涯の宝物とさせて頂きます...」
そう言いながら彼は刀を振るう。
1人
また1人と、彼の姿を捕捉できぬままに忍びたちは殺されて行く。
「な、何者だ!?何者なんだぁぁぁぁぁ!!!」
「明智十兵衛光秀、閻魔に名前を覚えて貰うまで、我が名を言い続けるがいい!」
光秀はそう言いながら刀を振り回す、姿を捉えることすらできなかったこの組は、やがて全滅の憂き目を見ることになった。
◇◇◇◇
「行くぞ」
「はっ」
ここにも、服部半蔵により差し向けられた30名の忍びがいた。
彼らは忍びの中でも特殊な部隊で、手に長いカギ爪のようなものをつけている。
基本的にこの装備は大きな城を登るために開発された爪なのだが、彼らはそれを独自に発展させることにより想像を超える膂力を手に入れた。
選び抜かれた30名、その中でも殺しを専門とする部隊。
黒死隊
忍びに名前が知れ渡るのは本来ならば忌避される事態だが、松平元康直々にこれは名付けられていた。
本来ならば半蔵が直接指揮を執る部隊なのだが、今回半蔵と彼らは別ルートから今川館に潜入する。
暗殺の成功率を高める為だ。
森の中、草が生い茂る中足音1つ立てずに彼らは今川館へと接近して行く。
そう、彼らは精鋭中の精鋭。
余計な物音を立てず、標的のみを狙う。
そんな彼らが今、今川館へと侵入しようとしていた。
「はぁ?誰だお前ら?」
この男さえいなければ。
野人、彼を表すならばその一言に尽きるだろう。
上半身は惜しみなくその肉体が露出しており、その身体は傷だらけだ。
下も服らしいがボロボロで、腰に刀を刺していなければとてもでは無いが武士には見えなかっただろう。
光秀より頭一つ出ている程度の身長しか無いが、鍛え抜かれた筋肉もあってか大男にも見えた。
手には猪の肉があり、食事の跡が残っている。
「殺せ」
頭からの指示が飛ぶ、確かにこの男の存在は異常だったが、その程度で作戦を中止するような黒死隊では無い。
その大きな爪を、野人に向かって一瞬たりとも迷わずに振り下ろしていた。
「誰だって聞いてんだから答えろよ、やっちまうぞコラァ」
「何!?」
恐らく初めて、黒死隊の顔に驚きの表情が浮かんだ。
そう、目の前にいる野人は、まるで飛んで来た鞠を掴むように、巨大な爪を受け止めていた。
爪には、もちろん鋭い刃がある。握れば血が出る筈だが、男の手にその様子は無い。
分厚い掌が、それを阻んでいるのだ。
「成る程、お前ら味方じゃあ無さそうだなぁ。」
「!?」
瞬間、ゆらりと男が武器を構える。男の隣に置いてあった槍が、まるで鬼火のようにゆらりと動いた。
忍びも構える、だが無駄だった。
男の振るう十文字槍は、まるで紙を斬るように、3人ほどの忍びの命を刈り取った。
「なっ...」
「手強い」
「援軍を呼ばれる前に仕留めるぞ」
「だ~れが呼ぶかっての、敵は幾らでも殺していいって輝宗様も言ってたんだぁ..」
野人はぺろりと舌なめずりする、こいつらは恐らく強い。
やはり、自分の勘は正しかった...
彼は諸国放浪の旅に出ていた、自分に相応しい主人を得る為に、この乱世で一旗あげる為に。
そう思っていたのに、彼が予想していたよりも速く、戦乱の世は終結を迎えた。
そんな彼を拾ったのが輝宗だ。
だが野人である彼も一筋縄ではいかない。
『勝負しろ!お前が俺より強ければ、てめぇに仕えてやる!』
『おう!いいぞ!勝負だ!』
『おい!テメェなんで刀を抜きもしねぇんだ!俺が止めなかったらお前死んでたぞ!』
『止めると信じていたからね。それにもう刀なんていらない、そんな時代が来るんだ。』
『んだと、じゃあ俺はどーなるんだ!』
『次の世代に繋げてくれ、自らを鍛えてくれ。君の優れた武術を、戦術眼を、次に繋げて欲しい。共に来てくれ!君の力が必要だ!』
「殿は言ってたぜぇ...俺は強いが、強いだけじゃあダメだってな」
十文字槍が、風切り音を鳴らして振られ、次々に忍びが音も無く死んで行く。
「子供ができてやっとわかった。今川輝宗様、あの方こそが本当につえー奴だ!」
服部半蔵が指揮する筈だった黒死隊、それが、ものの数刻で葬られる。
きっと半蔵がここにいたら憤死するであろう状況が、今この場で起きていた。
「へへっ島左近、敵兵30、討ち取ったり!ってか!」
◇◇◇◇
「左近殿~」
「おお、十兵衛殿!どーしたよ相変わらず不幸を呼びそうな顔してんなぁ!」
「うるさいですよ、今川館は無事ですか?」
「あ~何十人も今川館に入り込んでる、こりゃ結構やべーぞ。」
「ふむ、そうですか。」
2人が2組の忍びを全滅してから、僅か数刻。
彼らは合流を果たしていた、要因として左近の大声が目立つからというのは光秀の秘密だ。
「まぁ、ご隠居様はおられるのですよね?」
「あ?あぁ輝宗様か、そうだ」
「なら、我々はどうすればよろしいと思われますか?左近殿」
本来なら、これは異常事態である。
自らの主人たちが眠る場所に何十人もの殺意ある敵が向かっているという異常事態。
並みの者ならばすぐさま助けに向かうことだろう。
だが、彼らはある意味輝宗を信じていた。
今川輝宗と言う男は天才だ、どんな行動も、どんな行為も、全て最後には本人も意図してない結果へとたどり着く。
そしてそれは、悉く今川の利になってきた。
ちなみに余談なのだが、本人がそれを自覚していないのはかなり性質が悪いように思える。
故に2人は焦らない、ここで自分たちがどう動こうとも輝宗様の策に綻びは存在しないことを知っているからだ。
むしろ、自分たちが積極的に動くことで主人の策を邪魔してしまうのでは無いか。むしろそれが彼らにとっての命題であった。
「ならば私は、若様も助けに行きましょう。このような実戦の機会はそうそう無いでしょうからね。」
「お、それいいな!傅役っぽくていいぞ!俺も行く!」
「わかりました、左近殿、その塀を登ると龍臣丸様の罠があるのでご注意を。」
「え!?ちょうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「全く、貴方と言う人は...」
結局、光秀はその後も何度か左近を助けるので、合流するのがかなり遅れるのだった。
昔の夜は暗い、田舎などに住んでいる方はわかるかも知れないが、夜というものは本来少し先、つまり足元すら暗いと言われている暗黒の世界だ。
しかも今宵は月が厚い雲に隠れており、かがり火が無ければ歩くこともままならない。
これで先を見通せるのは、特殊な訓練を受けたものか、忍びの者たちだけであろう。
集められた精鋭が、今川館に向け牙を剥いていた。
「半蔵様からの通達だ!襲撃をかけるぞ、準備はできているな?」
「「応」」
そしてここでも、30に別れた部隊の1組が準備を整え、動き出そうとしていた。
普段は日本全国に散らばる乱破たちが駿河に集結する、いずれも各地の戦場で活躍して来た者たちだ。
「点呼を取るぞ!」
そんな精鋭部隊の長と見られる男が、部隊が全員揃っているかを確認しようとする。
確認方法は点呼式だ、1人ずつ自分の数を1つ増やして次の者に回す。
軍隊で良くある点呼だ。
「一」
「二」
「三」
「四」
「五:
1人ずつ、自らの名前では無く数を数えていく。いつもの点呼式、しかしこの点呼に綻びが生じていた。
「三十!」
「三十一!」
「頭、31ですぜ?」
「はぁ?そんな筈無かろう!半蔵様は組の人数を各30人で振り分けた筈だ!2日前も点呼をした際には30だった筈、なにかの間違いだ!」
頭は部下のそんな答えに憤慨する。
「頭、誰かが戯けて1つ多く数えているのでは無いですか?」
「あぁ、そうだな!お前たち、もう一度数え直せ。いいか!次巫山戯たことをする奴がいれば叩き斬る!」
「一!」
「二!」
「三!」
........................
「三十!」
「よし、30だったな。全く驚かせおって。」
次はぴったり30だった、良かったとばかりに頭は胸を撫で下ろす。
ただえさえ今回の襲撃はリスクが大きい。
天下人の本拠地、防衛施設としては大したことが無いもののそれでも警備は厳重だ。
そんな場所に潜り込んでの要人暗殺。
しかもバレてしまえば自分たちは破滅する。
気を使うのは当然の話だった。
「開始までもう暫く時間がある!念のためもう一度点呼を取るぞ!」
「一!」
「二!」
「三!」
................
「二十八!」
「二十九!」
「あと1人はどうした?」
「・・・・・・」
「あと1人はどこにいるっ!!」
頭は顔を真っ赤にして怒りに震えていた、彼らは黒を基調とした半蔵と同じような服を見に纏っているために顔を見ることができない。
万が一にも顔を見られない為だ、しかしその反面彼らはお互いに誰が誰だかを判別することができない。
この格好自体は、単独での活動が多い忍びの仕事をするにはそんなに問題は無かった。しかし、今回は総力戦だ。
最初に数えた時は31人
次に数えた時には30人
そして今、29人にまでその数を減らした。
これを意味することは、流石にわかるだろう。
敵の姿を模倣し、潜り込むのにこの格好は最適だ。
「まさか、この中に敵の間者がいるのか?」
「そんな馬鹿な!そのようなことが」
「無いと言い切るのか?我々の世界ではそれこそあり得ぬことだぞ。」
1人の忍びの言葉に全員がおし黙る。
確かにそうだ、ありとあらゆる可能性を考慮するのが彼らだ。
それを、無いと言い切るのはあまりにおかしい。
「ど、どうします?頭...」
動転したように、忍びの1人が頭に話しかける。
しかしそこにいたのは、袈裟懸けに斬られて倒れる頭の姿だった。
「て、て敵だぁ!」
「どこだ!?」
「各自散開しろ!このことを半蔵様に伝えるのだ!」
「ちくしょう、この計画が漏れていたのか?」
「なら、これは失敗だ!今川館に隠居がいない可能性すらある!」
各自、木に登り、草に紛れて身を潜めながらも言い放つ。
目を凝らす、だが誰一人としてその間者を捉えられない。
「なんだ?この違和感は...」
忍びの1人がぼそりとそう言う、その言葉に反応した人間は、彼らの目の前で堂々と座っていた。
「いや、私最初からいましたよね?誰も気づかないし...」
それは、侍の格好をした1人の痩せぎすの男だった。
頬は痩せこけており、顔色が悪い。
服は彼の身分を表すように上等なものを着込んでいる、しかし彼の痩せこけた顔には不相応な感じもある。
そんな男を、彼らは誰一人として捉えられない。
素早く動いている訳では決して無い、男はあくまでもそこにいるだけだ。
そう、この男は影が薄いのである。
「たまたま今川館の途中で貴方達に話しかけたら誰も聞いてくれないし、聞いていれば貴方達賊だと言うでは無いですか。故にちょっと隠れて1人倒しますよね?次にもう1人倒しますよね?誰も気づかないじゃ無いですか。最後には貴方達の頭を斬りましたよ?貴方達の目の前でね、なのに誰も気づかない。」
彼は、生まれながらに影が薄かった。
仕事を任せれば有能、戦働きも人並み以上にできた彼は銃の名手でもあったがそれでも大成する程では無かった。
一流の腕前を持っているにも関わらずなぜかと思うかも知れないが、彼はとにかく人に覚えられないのだ。
隣人、友人、1番酷い時には愛している妻にまで忘れられることもあり、彼の悲哀は加速していった。
そんな彼を見出したのが輝宗である。
彼ともう1人の彼の友人だけは、平時においても当たり前のように彼を捕捉できた。
『天下をも取れる大器が君にはある!今川家で働かないか!』
「ご隠居様...あの時言われた言葉、私生涯の宝物とさせて頂きます...」
そう言いながら彼は刀を振るう。
1人
また1人と、彼の姿を捕捉できぬままに忍びたちは殺されて行く。
「な、何者だ!?何者なんだぁぁぁぁぁ!!!」
「明智十兵衛光秀、閻魔に名前を覚えて貰うまで、我が名を言い続けるがいい!」
光秀はそう言いながら刀を振り回す、姿を捉えることすらできなかったこの組は、やがて全滅の憂き目を見ることになった。
◇◇◇◇
「行くぞ」
「はっ」
ここにも、服部半蔵により差し向けられた30名の忍びがいた。
彼らは忍びの中でも特殊な部隊で、手に長いカギ爪のようなものをつけている。
基本的にこの装備は大きな城を登るために開発された爪なのだが、彼らはそれを独自に発展させることにより想像を超える膂力を手に入れた。
選び抜かれた30名、その中でも殺しを専門とする部隊。
黒死隊
忍びに名前が知れ渡るのは本来ならば忌避される事態だが、松平元康直々にこれは名付けられていた。
本来ならば半蔵が直接指揮を執る部隊なのだが、今回半蔵と彼らは別ルートから今川館に潜入する。
暗殺の成功率を高める為だ。
森の中、草が生い茂る中足音1つ立てずに彼らは今川館へと接近して行く。
そう、彼らは精鋭中の精鋭。
余計な物音を立てず、標的のみを狙う。
そんな彼らが今、今川館へと侵入しようとしていた。
「はぁ?誰だお前ら?」
この男さえいなければ。
野人、彼を表すならばその一言に尽きるだろう。
上半身は惜しみなくその肉体が露出しており、その身体は傷だらけだ。
下も服らしいがボロボロで、腰に刀を刺していなければとてもでは無いが武士には見えなかっただろう。
光秀より頭一つ出ている程度の身長しか無いが、鍛え抜かれた筋肉もあってか大男にも見えた。
手には猪の肉があり、食事の跡が残っている。
「殺せ」
頭からの指示が飛ぶ、確かにこの男の存在は異常だったが、その程度で作戦を中止するような黒死隊では無い。
その大きな爪を、野人に向かって一瞬たりとも迷わずに振り下ろしていた。
「誰だって聞いてんだから答えろよ、やっちまうぞコラァ」
「何!?」
恐らく初めて、黒死隊の顔に驚きの表情が浮かんだ。
そう、目の前にいる野人は、まるで飛んで来た鞠を掴むように、巨大な爪を受け止めていた。
爪には、もちろん鋭い刃がある。握れば血が出る筈だが、男の手にその様子は無い。
分厚い掌が、それを阻んでいるのだ。
「成る程、お前ら味方じゃあ無さそうだなぁ。」
「!?」
瞬間、ゆらりと男が武器を構える。男の隣に置いてあった槍が、まるで鬼火のようにゆらりと動いた。
忍びも構える、だが無駄だった。
男の振るう十文字槍は、まるで紙を斬るように、3人ほどの忍びの命を刈り取った。
「なっ...」
「手強い」
「援軍を呼ばれる前に仕留めるぞ」
「だ~れが呼ぶかっての、敵は幾らでも殺していいって輝宗様も言ってたんだぁ..」
野人はぺろりと舌なめずりする、こいつらは恐らく強い。
やはり、自分の勘は正しかった...
彼は諸国放浪の旅に出ていた、自分に相応しい主人を得る為に、この乱世で一旗あげる為に。
そう思っていたのに、彼が予想していたよりも速く、戦乱の世は終結を迎えた。
そんな彼を拾ったのが輝宗だ。
だが野人である彼も一筋縄ではいかない。
『勝負しろ!お前が俺より強ければ、てめぇに仕えてやる!』
『おう!いいぞ!勝負だ!』
『おい!テメェなんで刀を抜きもしねぇんだ!俺が止めなかったらお前死んでたぞ!』
『止めると信じていたからね。それにもう刀なんていらない、そんな時代が来るんだ。』
『んだと、じゃあ俺はどーなるんだ!』
『次の世代に繋げてくれ、自らを鍛えてくれ。君の優れた武術を、戦術眼を、次に繋げて欲しい。共に来てくれ!君の力が必要だ!』
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十文字槍が、風切り音を鳴らして振られ、次々に忍びが音も無く死んで行く。
「子供ができてやっとわかった。今川輝宗様、あの方こそが本当につえー奴だ!」
服部半蔵が指揮する筈だった黒死隊、それが、ものの数刻で葬られる。
きっと半蔵がここにいたら憤死するであろう状況が、今この場で起きていた。
「へへっ島左近、敵兵30、討ち取ったり!ってか!」
◇◇◇◇
「左近殿~」
「おお、十兵衛殿!どーしたよ相変わらず不幸を呼びそうな顔してんなぁ!」
「うるさいですよ、今川館は無事ですか?」
「あ~何十人も今川館に入り込んでる、こりゃ結構やべーぞ。」
「ふむ、そうですか。」
2人が2組の忍びを全滅してから、僅か数刻。
彼らは合流を果たしていた、要因として左近の大声が目立つからというのは光秀の秘密だ。
「まぁ、ご隠居様はおられるのですよね?」
「あ?あぁ輝宗様か、そうだ」
「なら、我々はどうすればよろしいと思われますか?左近殿」
本来なら、これは異常事態である。
自らの主人たちが眠る場所に何十人もの殺意ある敵が向かっているという異常事態。
並みの者ならばすぐさま助けに向かうことだろう。
だが、彼らはある意味輝宗を信じていた。
今川輝宗と言う男は天才だ、どんな行動も、どんな行為も、全て最後には本人も意図してない結果へとたどり着く。
そしてそれは、悉く今川の利になってきた。
ちなみに余談なのだが、本人がそれを自覚していないのはかなり性質が悪いように思える。
故に2人は焦らない、ここで自分たちがどう動こうとも輝宗様の策に綻びは存在しないことを知っているからだ。
むしろ、自分たちが積極的に動くことで主人の策を邪魔してしまうのでは無いか。むしろそれが彼らにとっての命題であった。
「ならば私は、若様も助けに行きましょう。このような実戦の機会はそうそう無いでしょうからね。」
「お、それいいな!傅役っぽくていいぞ!俺も行く!」
「わかりました、左近殿、その塀を登ると龍臣丸様の罠があるのでご注意を。」
「え!?ちょうわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
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