戦乱の世は終結せり〜天下人の弟は楽隠居希望!?〜

くろこん

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越後動乱編

そして夕陽は落ち

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目の前は霧、手には槍。

 十分な鎧兜は無く、背中を任せるに十分な家臣もいない。

 自分がいるべき場所には案山子かかしがあり、雑兵として大地に立つ。

 鬼小島弥太郎にとって戦場とは、かつてそういうものだった。

  弥太郎は、上杉に古くから仕えた家臣と言う訳では無い。謙信に仕え、その武力を見込まれてのし上がった成り上がり者である。

  弥太郎を名将たらしめんとされたエピソードは3つある。

  1つ目は、将軍足利義輝の大猿を懲らしめたというものだ。

将軍足利義輝は、長宗我部氏から献上されたという凶暴な大猿を飼っていた。

 故に、謙信の通る道端から飛びかからせて謙信がどのような反応を示すか見てやろうと思ったのだ。

 しかし、諜報網によって事前にこれを知った謙信は、弥太郎を一足先に京へ向かわせる。

 弥太郎はその大猿が飼われている番所の役人に取り入り、檻に近づき餌を一つ二つ与えた。
 
 大猿が三つ目の餌を取ろうとした時、弥太郎は猿の腕を捕まえ、
力まかせに鉄格子に押さえつけて猿を睨みつけた。
 
 10人力といわれる弥太郎の怪力には大猿もたまらず、苦しみ悶えて泣き叫んだという。
 
 謙信の上洛当日、謙信一行の通る道端にはこの大猿が繋がれ、牙をむいていたが、大猿は謙信の脇に控える弥太郎の眼光にすくみ、ひれ伏していたという。

 弥太郎、齢16の出来事である。

 この功績により弥太郎は謙信の側近として若手の中でも一歩先んじることとなる。

 2つ目のエピソードは川中島の戦いの出来事だ。

 この時代でも、勿論川中島の戦いは起きている。

 川中島の戦いの際、弥太郎は謙信の使者となって武田信玄の陣営に赴いた。

 信玄は、いたずら心を起こしたのか、それとも弥太郎を慌てさせて恥をかかそうとしたのか。ともかく陣営に甲斐・信濃一円に知られている「人喰獅子」なる異名をもつ猛犬をわざと放させておいた。

 そうとは知らぬ弥太郎が、信玄の前で縁に手を掛け、片膝を付いて使者の向上を述べているとき、その猛犬が弥太郎の脛に飛びかかって噛みついた。

 「見ろ、上杉の若武者は犬に驚く臆病者ぞ」

 この時の信玄が予想してたものは、獅子に驚き慄く弥太郎の姿だっただろう。

 だがそれは幻想だった。

 獅子の強靭な牙は何も傷つける事無く終結することとなる。

  弥太郎は顔色一つ変えず使者の口上を述べながらさりげなく縁の下に手を差し入れ、獅子の口元を握りしめたのだ。

そして信玄の返答を聞き終わると、ぐいと手に力を入れて握りつぶし、立ち上がるや獅子を地面にたたきつけ殺してしまう。

 絶句する信玄、それを尻目に弥太郎は何喰わぬ顔で退出したという。

  最期のエピソードは、弥太郎の『武人らしさ』を演出したと言えるものだ。

 川中島の合戦の最中、弥太郎は武田軍の名将・山県昌景と一騎打ちを行なっていた。

 しかし昌景は、その最中武田信玄の嫡男である武田義信が窮地に陥っているところを目にしてしまう。

「主君の御曹司の窮地を救いたい為、勝負を預けたい」という昌景の申し出を弥太郎は快く受け入れ、戦闘を中断。

 昌景はこのことを深く感謝し、弥太郎のことを「花も実もある勇士」と賞賛したと言う。

 さて、そんな弥太郎だが今の状況はまさしく初陣よりも劣悪と言わざるを得ない。

 輝宗の策で足軽と同程度にされた、策にしては杜撰と言いたいが命じた者が者だ。

 しかし、これはチャンスでもある。

 鬼小島弥太郎にとって戦場とは手柄を立てる場所以外の何者でも無い、弓と槍と刀が交錯し、男が自らの誇りを賭けて争う。

 最近出てきた銃の威力を把握し、一揆勢が良い銃を使うということを理解していても彼の姿勢スタイルは変化することが無かった。

 「弥太郎様、堀と柵が薄っすらと見えて参りました。」

 「うむ、合図と共に突っ込む。準備をせい」

 「弥太郎様が一番槍で?」

 「俺以外に誰がやると言うのだ?」

 ニヤリと、弥太郎は家臣の前でふてぶてしい笑みを見せる。

 戦国時代における銃とは、当てることに意義があったとは言い辛い。

 と言うのもそもそも戦国時代初期における銃とは精度も悪く命中率もお世辞には高いとは言えない代物であり、あくまで音で馬や人を乱す役割を担っていたというのが大きい。

 故に、あんなもんに当たる奴は運の悪い奴。

 そう弥太郎は心の中で確信していたのだった。

 「突撃!!!!」

 弥太郎が吠えると共に敵に向かって走り出した、風を切るように走るその健脚は些かの衰えも無くその闘志は一切揺らいでいない。

 敵もようやく気付いたのだろう、その柵から銃口が覗いている。

 「放て!」

 敵の指揮官だろうか、その者がそう叫んだ瞬間炸裂するような銃声が複数辺りに満ちた。

 ついさっきまで隣で走っていた男が倒れたのを見て弥太郎は舌打ちを漏らす、運が悪いな。

 ・・・・運が悪い?

 弥太郎は、思わず後ろを振り向いて確認する。同じく並んでいた雑兵たちが先んじて突っ込んで行くがそんなことは気にも止まらなかった。

 そこには、

 は?

 鎧の各部位にはこれ見よがしに穴が空いており、他の案山子にも同様の傷が付いていた。

 弥太郎が注視したのは、その威力では無い。

 その命中率だ、敵将を複数の鉄砲で囲み一斉に撃つ。

 敵の指揮官を討つということで策としては非常に合理的だが、それでも命中率が低いのが鉄砲の常だ。

 にも関わらず、あれだけの傷が付いている。そこに弥太郎は驚愕の姿勢を崩さなかったのだ。

 もしあそこに私がいたら...

 自分は今頃血に塗れ屍となっていたことに間違いは無いだろう、否。輝宗様はこれを想定してこの策を授けたのか?

 撤退。

 ぞわりとした感覚と共に来る久方ぶりに反応した危険信号死の予感に弥太郎は身震いすると共に影家の言葉を思い出していた。

  『一度引き、輝宗様に様子を伺った方が良いか?』

 どうすれば良かったのだ?

 弥太郎は、自らの行為を戦さの最中に思い出す。

 初手で甚大な被害を出しながらも上杉の武威は止まらず、一番前にあった柵の内部に侵入することに成功していた。

 上杉の兵は歓喜した、そして絶望した。

 その奥に第2、第3の柵があることに気づいてしまったからーーーー

 「おおおおおお!」

 槍を振るい、また1つ柵を破壊した。

 逃げ遅れ背中を見せる百姓を突き殺しながら弥太郎は自問する。

 どうすれば良かった?

我々は敵の陣地を甚大な被害を出しつつ進んでいる、敵の柵は奥に奥にと続き敵が近づくと百姓は鉄砲を持ち奥の柵へと逃げていく。

 我々が殺せたのは逃げ遅れた者だけだ。

 今撤退の指示を出しても混乱で届かないだろう、そう自分の中で決定づけ前へと進もうとする。

 だが足が動かない、熱を帯びた頭が今までに無いほどの考えを私にもたらし戦に集中できずにいる。

 どうすれば...良かったのだ?私は。

 「や、弥太郎様!?」

 気付いた時には、もう手遅れだった。

 いくつもの銃口がこちらを向いていた、持っているのは痩せぎすの百姓たち。

 引き金に力が入るのが見える、回避を取ろうとするが頭が全てを拒否しているかのように重かった。

 数多の武将と相対してきた。心踊るような戦さを、勝負を経て来た。

 自分が日本一の武人であるという自負を持っていた時もあった、それを諦めてからは殿の矛であろうと努力して来た。

 我が最後の相手がこんな、雑兵?

 認められなかった、認めたく無かった。

 「嫌ーーーー」

 絞り出すように声が出る、だが敵は待ってくれない。

 戦場に幾つもの銃声が響き、刻の声が高らかに鳴った。
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