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閑話・甲斐編
明智光秀の答え
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冷たい洞窟を歩く、むせ返るような死臭を前にしても明智光秀はその固い表情を崩していなかった。
人が死んでいることに対して光秀が何か思うことは無い、良い意味で見慣れたと言えよう。むしろ死体の様相から洞窟の侵入者、そしてここにかつていた者の所持品を漁り賊の所属を調べる始末だ。
(ふむ、武田家ゆかりの者の家紋が多い。ここが、武田家残党で構成された賊の住処と見て間違い無いか)
侵入者は容易に想像がついた、と言うか石畳を蹴破るような化け物が日本に何人もいてたまるものかと光秀は結論付ける。
死体を見る、彼らも、世が世なら武田家で猛威を奮っていた武将たちなのだろう。そんな彼らがここで塵芥のように死んで行く。
勿体無いと御隠居様なら嘆かれるだろう、事実御隠居様は武田信玄以外名だたる武将を無為に死なせないよう亡き大殿に文を送っていた。そのお陰で武田家は潰れたもののその血は生き続けている。
しかし、信玄入道と武田四天王たちは降伏という道を選ばなかった。
武田四天王と呼ばれる者たちは降伏を良しとしなかったのだ、武田家というものが彼らにとってどれだけ大きいものか痛感した。
私にそれができるだろうか、光秀は歩きながらそう考える。
今川がどこか別の勢力に押され、もうどうしようも無くなった時。想像もつかないがそんな時になっても私は忠義を捧げられるか?
御隠居様の為ならば、私は躊躇い無くその命を捧げられるだろう。だが今川には?御隠居様がもし亡くなられたら?
『武家は終わる、その時は必ず来る』
声が聞こえた気がした、御隠居様の言葉だ。
『鎌倉も終わった、足利は名前だけの存在になった。今川が終わらぬなどと誰が言えるだろう』
今川が、そも武士が終わる時代が来る。それが何百年先か、それとも私が生きている内かは知らないがその時は必ず来ると御隠居様は評していた。朝廷は例外とも言っていた、確かにその通りだ。帝は兵力も無い、権力を保持している訳では無い。
その身にあるのは圧倒的な『権威』の力だ。
今川がそうならないか、御隠居様に聞いたがそれはできぬと言われてしまった。
あのお方ができないと言うのだ、出来ないのだろう。
事実名君として知られる過去の傑物たちも永遠に続く幕府を生み出すことは出来なかった。永遠に続く者など無いなど、初めからわかっていたことだったのだ。
「誰かな?」
ふと、足元を掴む男がいた。
その身は背後の岩に叩けつけられたようで血塗れで今にも事きれそうになっている。
放っておいても死にそうだ、だかその万力の力は私の足を離さない。
「離せ」
「クク、その言葉。味方では無いのか」
「貴様らに賊を仕向けられたのでな、礼参りに来た者だ」
「ハハハッ、そいつぁ不運だな。いや不運なのは俺たちか?さっき来た化け物は文字通り災害だ。俺も、この中でも最強と自負していたのにこの様よ」
「災害?言い得て妙だな、なに、領内で散々不届きを繰り返して来たのだ。天罰が下って当然だろう」
「何を言う!ここは我らが土地ぞ!我らの物をどのように使ったところでお前たちには関係あるまい」
「ここは貴様らの土地では無い」
「ここはっ!この地は、我らが長年かけて少しずつ広げて来たのだぞ!」
血反吐を叫びながら男は叫ぶ、既に手だけで無く腕を使って体を起こしもたれかかるように体を光秀に近づけた。
太々しい顔だ、確かに将としての貫禄はある。
「ここは、今川配下の領主諏訪勝頼殿が納める場ぞ?」
「そうだ、あの方じゃ、あの方さえ立って下されば!!武田は再び再興できる!」
「不可能です、あの男が立ったところで動かせる人数は1000を超えますまい。踏み潰されて終わりです」
「そんなことは無い、そんなことは無い!勝頼様が立てば各地にいる武田家縁故の者も立つ!勝てるのだ!」
哀れだ、今力を持ち武田縁故の者は今川、ひいては助命をされた御隠居様に大きな感謝を捧げている。彼らが立つことはあり得ない。そもそもそれらが全員立とうと今川の脅威足りあるこもは無い。
そんなこと、一流の将たるこの者たちは理解している筈なのに・・・・
これが、負けるということか。
耐えられそうには無いな。
「勝てませぬ」
「クソッ!裏切りさえ無ければ、真田、小山田、小笠原...皆次々と武田を身限りおった!」
「裏切った者達か」
真田たちは、と言うか真田は特に御隠居様の意向に重きを置いて領土安堵とおまけに加増を頂いている。
裏切りは戦局を大きく左右する、士気にも関わる。大殿も武田家家臣の調略は積極的にされていただろう。
「おのれ、オノレ、オノレぇぇぇぇ...」
怨嗟の声を上げつつも死にかけの武者が出すその声が少しずつ小さくなっていき、足を握る万力の力が少しずつ弱くなっているのを光秀は実感していた。
「勝たずとも、いずれ滅びるとしても。貴様らには守る『覚悟』が無かったのだ、栄枯盛衰。いつか滅びるこの世で家という形が無くなろうともその血を、その魂を受け継ぐ覚悟が貴様らには無かったのだ!」
私にはできる、少なくとも私にはそれができるはずだ!
この者たちは何故、武田の血を受け継ぐ勝頼の側に居られなかったのか。勝頼と共に降伏して今川に仕えれば良かったのだ、名門の誇りがそれを邪魔した。
糞ったれな自尊心だ、現実を見ることのできない哀れな者とも言えよう。
この知略の限り、この命ある限り光秀は今川を守る鬼であり続けるだろう。例え今川が滅びようとも、その後生きている者たちを光秀は守り続ける。
御隠居様のお言葉に心が揺らいだ、それこそが我が身の不覚か。
光秀は、もう迷っていなかった。
少しの静寂の後、足を払う。もう手に力は入っていない。
『分からんか?光秀』
「ええ、わかりませぬ。教えて下され御隠居様、永遠に」
光秀は歩き始める、乱れ無きその歩みは暫く続くことになる。
人が死んでいることに対して光秀が何か思うことは無い、良い意味で見慣れたと言えよう。むしろ死体の様相から洞窟の侵入者、そしてここにかつていた者の所持品を漁り賊の所属を調べる始末だ。
(ふむ、武田家ゆかりの者の家紋が多い。ここが、武田家残党で構成された賊の住処と見て間違い無いか)
侵入者は容易に想像がついた、と言うか石畳を蹴破るような化け物が日本に何人もいてたまるものかと光秀は結論付ける。
死体を見る、彼らも、世が世なら武田家で猛威を奮っていた武将たちなのだろう。そんな彼らがここで塵芥のように死んで行く。
勿体無いと御隠居様なら嘆かれるだろう、事実御隠居様は武田信玄以外名だたる武将を無為に死なせないよう亡き大殿に文を送っていた。そのお陰で武田家は潰れたもののその血は生き続けている。
しかし、信玄入道と武田四天王たちは降伏という道を選ばなかった。
武田四天王と呼ばれる者たちは降伏を良しとしなかったのだ、武田家というものが彼らにとってどれだけ大きいものか痛感した。
私にそれができるだろうか、光秀は歩きながらそう考える。
今川がどこか別の勢力に押され、もうどうしようも無くなった時。想像もつかないがそんな時になっても私は忠義を捧げられるか?
御隠居様の為ならば、私は躊躇い無くその命を捧げられるだろう。だが今川には?御隠居様がもし亡くなられたら?
『武家は終わる、その時は必ず来る』
声が聞こえた気がした、御隠居様の言葉だ。
『鎌倉も終わった、足利は名前だけの存在になった。今川が終わらぬなどと誰が言えるだろう』
今川が、そも武士が終わる時代が来る。それが何百年先か、それとも私が生きている内かは知らないがその時は必ず来ると御隠居様は評していた。朝廷は例外とも言っていた、確かにその通りだ。帝は兵力も無い、権力を保持している訳では無い。
その身にあるのは圧倒的な『権威』の力だ。
今川がそうならないか、御隠居様に聞いたがそれはできぬと言われてしまった。
あのお方ができないと言うのだ、出来ないのだろう。
事実名君として知られる過去の傑物たちも永遠に続く幕府を生み出すことは出来なかった。永遠に続く者など無いなど、初めからわかっていたことだったのだ。
「誰かな?」
ふと、足元を掴む男がいた。
その身は背後の岩に叩けつけられたようで血塗れで今にも事きれそうになっている。
放っておいても死にそうだ、だかその万力の力は私の足を離さない。
「離せ」
「クク、その言葉。味方では無いのか」
「貴様らに賊を仕向けられたのでな、礼参りに来た者だ」
「ハハハッ、そいつぁ不運だな。いや不運なのは俺たちか?さっき来た化け物は文字通り災害だ。俺も、この中でも最強と自負していたのにこの様よ」
「災害?言い得て妙だな、なに、領内で散々不届きを繰り返して来たのだ。天罰が下って当然だろう」
「何を言う!ここは我らが土地ぞ!我らの物をどのように使ったところでお前たちには関係あるまい」
「ここは貴様らの土地では無い」
「ここはっ!この地は、我らが長年かけて少しずつ広げて来たのだぞ!」
血反吐を叫びながら男は叫ぶ、既に手だけで無く腕を使って体を起こしもたれかかるように体を光秀に近づけた。
太々しい顔だ、確かに将としての貫禄はある。
「ここは、今川配下の領主諏訪勝頼殿が納める場ぞ?」
「そうだ、あの方じゃ、あの方さえ立って下されば!!武田は再び再興できる!」
「不可能です、あの男が立ったところで動かせる人数は1000を超えますまい。踏み潰されて終わりです」
「そんなことは無い、そんなことは無い!勝頼様が立てば各地にいる武田家縁故の者も立つ!勝てるのだ!」
哀れだ、今力を持ち武田縁故の者は今川、ひいては助命をされた御隠居様に大きな感謝を捧げている。彼らが立つことはあり得ない。そもそもそれらが全員立とうと今川の脅威足りあるこもは無い。
そんなこと、一流の将たるこの者たちは理解している筈なのに・・・・
これが、負けるということか。
耐えられそうには無いな。
「勝てませぬ」
「クソッ!裏切りさえ無ければ、真田、小山田、小笠原...皆次々と武田を身限りおった!」
「裏切った者達か」
真田たちは、と言うか真田は特に御隠居様の意向に重きを置いて領土安堵とおまけに加増を頂いている。
裏切りは戦局を大きく左右する、士気にも関わる。大殿も武田家家臣の調略は積極的にされていただろう。
「おのれ、オノレ、オノレぇぇぇぇ...」
怨嗟の声を上げつつも死にかけの武者が出すその声が少しずつ小さくなっていき、足を握る万力の力が少しずつ弱くなっているのを光秀は実感していた。
「勝たずとも、いずれ滅びるとしても。貴様らには守る『覚悟』が無かったのだ、栄枯盛衰。いつか滅びるこの世で家という形が無くなろうともその血を、その魂を受け継ぐ覚悟が貴様らには無かったのだ!」
私にはできる、少なくとも私にはそれができるはずだ!
この者たちは何故、武田の血を受け継ぐ勝頼の側に居られなかったのか。勝頼と共に降伏して今川に仕えれば良かったのだ、名門の誇りがそれを邪魔した。
糞ったれな自尊心だ、現実を見ることのできない哀れな者とも言えよう。
この知略の限り、この命ある限り光秀は今川を守る鬼であり続けるだろう。例え今川が滅びようとも、その後生きている者たちを光秀は守り続ける。
御隠居様のお言葉に心が揺らいだ、それこそが我が身の不覚か。
光秀は、もう迷っていなかった。
少しの静寂の後、足を払う。もう手に力は入っていない。
『分からんか?光秀』
「ええ、わかりませぬ。教えて下され御隠居様、永遠に」
光秀は歩き始める、乱れ無きその歩みは暫く続くことになる。
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