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プロローグ
(5)聖女様は許しません
しおりを挟む亡きランセー王妃ジャンヌ・マドレーヌの、というか元エステルライヒ王女のヨハンナ・マグダレーナ(帝国語による名前の変遷)に訴えかける好みポイントがどのあたりだったのかはもはや知るよしもないが、シュヴァルツ=ギリンク伯爵アーダルベルト・エルンストという男は、断言するが、美男である。
と、思う。思うしかない、気がする。
というのは客観的に観察してとか、相対的に見てともいうが、そもそもの彼の派手な見てくれの根拠となっているド金髪と、灰色に緑がかった淡い色合いの夢見るような瞳(?)にひたむきに見詰められたら、よろめく女性は少なくはない、と思う。よろめいたことがないので具体的にどうこうは言えないが。
まあ実際ひたむきに王妃へ愛を捧げたんだろうし、それを見ていたギュスティからも、大国の王妃に忠誠を捧げる故国の忠実な騎士に見えていたそうだ。
それに軍人とはいえ、古風な中世の騎士と違って現代は鉄砲と大砲がメインの武器だ。馬と戦士のガタイそのものがモノをいう肉弾戦をするわけじゃないので、将校だろうがスリムでも平気なんだろう。そもそもシュヴァルツ=ギリンクは貴族なんだし、白兵戦なんてしてないのかもしれない。
だいたいあやつはカツラではない、というアピールポイントがある。おフランスよろしくランセー宮廷でも革命までは、いや革命中でも大盛りに盛った白金や銀髪のカツラ全盛時代だったのだ。
エステルライヒでもカツラは流行していたとは思うが、シュヴァルツ=ギリンクは軍人としてアムリア大陸まで遠征したからなのか、この革命のご時世に大時代的なカツラ気分でもなくなったからなのか、王妃のサロンでも堂々カツラじゃなかったらしい。もちろん王妃もプティ=トリアノンに類する自分だけの別宅をヴェルメイユの中に構えていたから、そこでは村娘さながら自前の金髪を惜しげもなくその他大勢に見せていたんだろう。
ふさふさ長めで北方系の明るい金髪を後ろでひとつにリボンでまとめ、疲れて後れ毛が額に垂れかかっていたりでもすれば、悩ましさのあまり女の胸を打つ、のかもしれない。うーん。わからないことはない、かも?
生憎私のストライクゾーンには入っていないみたいだし、命懸けで愛人関係を結びたいかと問われればまったくそんな気分にはならないが、それはシュヴァルツ=ギリンクの風体を見ているこの私の中身が前世ではけっこう長寿、現世でも三十という大年増の目で見ているせいかもしれないし、そもそも女の園の修道院育ちのせいで、生身の男への関心そのものが枯渇しているせいなのかもしれない。べつにギリンクを優男だとか軟弱者だとか貶しているわけじゃないよ。
そんな美男の伯爵との庶子を大国の王妃が生んだ。産んじゃったからしかたないではなく、問題はあっただろう。そりゃーもういろいろ。
「下の王女だが、王妃の女官に託されてヴェルメイユから連れ出され、暫くはペリスのサント=ジャンヌ大聖女修道院に預けられた。女官の娘として女官も込みでだ。生まれたばかりの赤子を長距離移動はさせられんだろう」
「確かに」
私も三歳になるまで王都近郊の王家の城館で育てられたらしいし。
「死んだことになってるのは、どうなの」
「なに、王太子も王女もほんの赤子。小さな棺を整え、王妃が嘆き悲しんでいるという呈で土人形の全身をすっぽりと純白の綺羅でくるみ、花を敷き詰めて棺の中を見えないようにしただけだ。髪の毛くらいは出してあったがな。そもそも王家の棺を開けて覗こうという者もおらんわけだが」
そういえばガラスはまだ高級品、棺に覗き窓なんてないんだった。
「葬儀は手順通り、聖皇庁差し回しの枢密卿が執行、大聖堂地下の王家の墓所に安置された」
「大々的に葬儀は出したのね。そりゃそうね、王女はともかく王太子にしちゃってたんだもんね……」
それでも小さな子供たちが殺されなくて済んでよかった!
「ちゃんと保護されてるノイエンシュテルン伯爵はともかく、ラファエル王女のその後は?」
「ペリスで人攫いにかどわかされた」
「はい?!」
爆弾が目の前で炸裂した。
それからのフェロワの発言は目を覆わんばかりの恐怖の展開だった。
修道院に身を隠し、王妃から託された赤子を育てていた女官は、親しかった男に騙されて別の赤子とすり替えられ、気づいた時には手遅れ、任務失敗と責任追及の恐怖で首をくくってしまったという。
そして、それすら知らされないまま王妃は処刑されてしまった。
なんなの……王妃の庶子と知った上で略奪したの?
というか女官も問題。任務中に親しい男(=恋人だろ?)と逢瀬を楽しんでいたのか? 間が抜けすぎ!
「女官はマヌケット・ドジーという名で」
「ぶっ……やーめーてー……笑わせないで!」
そういうどうでもいい情報は割愛でいいから!
いや、日本語感覚がないフェロワにはわかんないか!
「略取された赤子はファラオン26世の政敵、オルランヌ公爵のもとへ献上された」
「献上とかいうな」
確かにオルランヌ公爵、前世のオルレアン公なら国王の政敵認定で間違っていない。ルイ14世の弟の子孫で、もちろん王位継承権がある傍流王族。
ルイ16世の処刑に賛成票を投じたんだから! 悪意ありまくるでしょうよ。
恐らくこっちでも同様の行動をしたんだろう。平民の味方ぶりっこで民衆騙してたファッキン欺瞞野郎……。
「口が悪いのう聖女よ。ギュスティ王女が聴いたら泣いてしまうやもしれん」
「あの子の前では口を噤みますとも。決まってるでしょ。わたくしは敬虔な神の使徒なんですからね」
しかしオルランヌ公かー……パレ・ロワイヤル、じゃなくてこっちの居城はなんていうんだっけ? ペリス市中だよね。
「パレ・デュ=グラン=ヌーヴォ」
「そうそれ。そこにいるの? それとも?」
「革命もとうに恐怖政治体制になっておるからな。ランセー全土は周辺各国と戦争状態だ。むろんオルランヌ公もしっかり亡命しておるよ」
「じゃあ、どこ」
「今はアングリアだな」
アングリアか……まぁイギリスだろうな。
「海を渡ったのか」
小さなラファエル王女がどんな状況なのか知りたい。不遇なら救い出したい。生まれてすぐに棄てられた身の上が自分の境遇と重なってしまう。
私は棄てられたんじゃないけど、生まれてすぐに母親から引き離されたって点では同じなんだ。
「それほど心に懸かるのなら、おいおいシュヴァルツ=ギリンクの夢枕にでも立って教えてやろう。愛しい王妃の忘れ形見だ。奪われたと知れば、取り返しに行くだろうからの」
知らないのか!
そうだよね、抱き込んだ女官は自殺、ほかに護衛も何も着いていなかったのか。いたとしても報告しようにも王妃は処刑されてるし、亡命して無事な王族に救援を求めるわけにもいかない。死んだことにした秘密の庶子だから。エステルライヒの大使も革命で帰国しちゃってたかもしれないし。
そんなギリギリ状態で私の窮地を救い、王妃の義妹を救い、よくぞシュヴァルツ=ギリンクはランセー国内で活動できているんだな。
可能ならサン=ポール塔のガブリエル王女も奪還したいところだろう。
前世のフランス革命と相似なら、彼女は将来エステルライヒとの人質交換に使われるんだろうが、こちらの手札が強いに越したことはないはずだ。
今はまず、ギュスティの子供を探し出して保護したい。
「ギュスティの子はエステルライヒにいるんだったね」
「うむ。看守が獄中で産気づくのを恐れ、マルセーヌの娼館にギュスティ王女を預けていたのだ」
「看守も兵士も男だけだろうからね。そりゃ恐いでしょう」
出産で死ぬかもしれない時代だ。いくら死んだことになっている女囚でも、生身の人間を日々監視していたら、正義とか思想とかの概念だけじゃないヒトとしての情が湧いていても不思議じゃない。
「で、産後に王女はギイフ監獄に戻された。生まれたのは男子で、娼婦に金を握らせて世話を任せていたのだが、客との痴情のもつれでどうしても子が欲しかった娼館の女子の一人が連れて逃げてしまってな」
「また?!」
そんなに日常茶飯事なのか人攫い!
「娼婦?」
「然り」
「客の男は?」
「勢いで絆されて一緒に逃げるには逃げたのだが、スィザーを越え、エステルライヒへの峠を越える手前で正気に返ってしまったというのか、女と子供を棄ててマルセーヌに戻ってきた」
「おいおい……」
恋しい男を繋ぎ止めるために利用した赤ん坊を、棄てられた女がそのまま保護しているなんて、ある?
「……男はマルセーヌに戻っているわけね」
「然り」
「吊るし上げてやる! 誰なのそのクズは!」
「落ち着け。マルセーヌの破落戸だがベルロック・デナシーという元貴族で、今は父親のエナシー侯爵に回収された」
「……ロック……デナシー……?」
ロクデナシかい!
てか腹筋鍛えさせないでよ!
「侯爵の息子がマルセーヌの破落戸に落ちぶれてたわけ?」
「亡命しそびれた貴族は軒並み没落しておるよ」
「ああー……それはわかる、けど!」
ギュスティの息子はどこいったのよ!
「ヴィマーの下町だ。娼婦は娼婦で稼ぐのが手っ取り早いということらしい」
……よかった。生きてるのね?
「無事なのね?」
「今のところは」
おのれロック・デナシー!
「父親に回収されて不肖の息子はどうしてるわけ?」
「レオン・ド・ボナヴィエというコルジー出身の士官の部隊に入隊させられ、一兵卒としてペリスを目指しておる」
「貴族なのに革命軍に突っ込まれたの?」
「エナシー侯爵も選択の余地がなかったのであろうな。破落戸まで成り下がった息子の食い扶持が減っただけでもありがたかろう」
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やっぱりナポレオン体制に移行しつつあるわけなんだろうか。物凄く早く時代が進んでいる気がするけど!
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